ミステリとは何なのか(ミステリの歴史編) ver2

以前、シミルボンで見た『ミステリ批判』について、あまりにも頭に来たので
こういう記事を書いた。

そこでも書いたが、
犯人当てクイズ(パズラー・本格ミステリ)以外にも、
サスペンススリラー、警察ドラマ、スパイ小説、西部劇、冒険小説、法廷モノ、社会派、ピカレスク小説、ハードボイルド、ユーモアミステリなどなど、これらすべてが『ミステリ』なのだ。
基本的に「人が犯した犯罪」が作中に登場すれば、それはもうミステリだと考えた方が良い。

というのが僕の結論で、これ以上真新しい事は書けません。

ただ、それはそれで良いのだが、各ジャンルについての概観というか、
ミステリの歴史などについて関心がある方もいるかもしれない。
僕なんぞの記事を読まず、その手の評論でも読んだ方が良いと思うけど、
僕自身の整理のためにちょっと書いておきます。

なぜ今まで書かなかったかというと、僕自身が書いていてあまり楽しくないから。
だって、その時代その時代のミステリを彩った『歴史的名作』(僕が読んだもの)のタイトルを挙げていく形を取らざるを得ないけど、『歴史的名作』なんかよりも、『僕が読んで楽しかった本』を紹介したいから。
僕が感想を書きたい紹介したい本と、ミステリの歴史は重なるようで重ならないんだ。

また、現代小説(特に日本の)があまり読めていないため、どうしても古い話が中心になるのでご理解のほどよろしくお願いします。
それと、翻訳の都合上、アメリカ・イギリス以外のミステリはほとんど読めていません。もっといろんな国の小説を読みたいですね。
日本・アメリカ・イギリスの状況は分けて考えた方が良いので、見出しには『どこの国』の話かを書くつもりです。



☆ミステリの始祖 エドガー・アラン・ポー(アメリカ:19世紀前半)


ミステリの始祖は、エドガー・アラン・ポー『モルグ街の殺人』(1841年)だと言われているようです。
ポーは色々な作品を残した事で有名な娯楽作家で、ホラーの始祖ともされる『黒猫』(1843年)。
暗号解読等のスパイ・冒険小説的要素の強い『黄金虫』(1843年)なども抑えておきたい作品です。、
個人的には『盗まれた手紙』もお薦めです。
(まぁモルグ街の殺人や黄金虫を今読んで面白いとはあまり思わないけど。「黒猫」は面白かったよ)

殺人が起きた時、うまく人為的な理屈がつけられれば『ミステリ』。
理屈がつけられなければ『ホラー』。
種明かしがある手品(ミステリ)と、種明かしのない手品(ホラー)のように兄弟のようなジャンルだと考えるとわかりやすいかも
しれません。

ポーは、日本の作家『江戸川乱歩』先生のペンネームの由来にもなっていますし、
そこから『江戸川コナン』君の名前もとられているわけですね。

☆シャーロック・ホームズの登場/コナン・ドイル(1892年・イギリス)

ポーの後、ミステリが書かれなかったわけではありません。
イギリスではウィルキー・コリンズの『月長石』やチャールズ・ディケンズの『エドウィン・ドルードの謎(未読)』などなどの作品が存在しますが、
一躍大ブームを作ったのはコナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』という短編集です。
ワトスンという助手を従えて、基本的に『頭脳』で謎を解くホームズの形がミステリというジャンルを確立させました。
『緋色の研究』では、犯人の生涯に多くの筆を費やしておりますし、宿敵モリアーティ教授との対決など、冒険小説・ヒーロー小説的な側面も強いホームズの活躍は、熱狂的な多数のファンを生みました。

この後、『頭脳で犯人を当てる』スタイルのミステリは大流行し、1930年代までこの隆盛が続きます
この『頭脳で犯人を当てる』スタイルのミステリを、『パズル小説(パズラー)』と呼びます。
日本では、『本格ミステリ』とも呼ばれましたが、これが現在の混乱を招いているように感じます。


☆フェアさを競う、知的クイズ/ヴァン・ダイン(~1920年代)

ホームズの大ヒットは、数々の後継者たちを産みました。

代表的な作家として、レックス・スタウトの『ネロ・ウルフシリーズ』(「毒蛇」など)
ドロシー・セイヤーズの『ピーター卿シリーズ』(「ナインテイラーズ」など)。
ヴァン・ダインの『ファイロ・ヴァンスシリーズ』
などです。

特にヴァン・ダインの『僧正殺人事件』(1929年)はマザーグースに見立てた殺人が起こるという趣向で、
『グリーン家殺人事件』(1928年)は金持ちの豪邸で、ワケありの一家が殺し合うというストーリーで、横溝正史などに影響を与えました。

『頭脳で犯人を当てる』作品はいつしか、『読者との知恵比べ』の様相を呈し、
読者が探偵よりも早く犯人を当てられるかどうかを競う『ゲーム』と化していきます

作家はいかに、読者を騙すか。それもフェアなやり方で。

この『フェアさ』を突き詰めて考えたのがノックスの十戒であり、ヴァンダインの二十則です。
犯人当て小説は時に行き過ぎを起こし、「絶対に読者が犯人を当てられない」ようなズルも行われるようになりました。
そうしたズルに対し、『ミステリとは、フェアなゲームじゃなきゃダメなんだ!』というのがヴァン・ダインの主張になります。

エラリー・クイーンとディクスン・カーの時代(1930年代~・アメリカ)

第二次世界大戦が間近に迫る中、ミステリ界はまるで現実逃避をするかのように、
『犯人当て・ゲーム的空間』が広がって行きました。
中でも忘れてはならないのが、ディクスン・カーエラリー・クイーンです。

ディクスン・カーは『密室トリック』の大御所的存在であり、数々の密室殺人モノを発表しました。
特に有名なのは『三つの棺』、『ユダの窓』でしょうか。
(個人的には『皇帝の嗅ぎ煙草入れ』が面白いけど、カーっぽくない)。
密室トリック自体は、『モルグ街の殺人』や、ガストン・ルルー『黄色い部屋の謎』(1908年・フランス)など前例がありますが、ここまで密室トリックにこだわり続けた作家はなかなかいません。
カーが作り上げた、狭義のジャンルと言えるでしょう。

エラリー・クイーンも『国名シリーズ』などで王道ミステリを量産しました。
また、バーナビー・ロス名義で描いた『Yの悲劇』(1932年)は、『グリーン家殺人事件』の後継者とも呼べる作品で、日本人に特に好まれ、数々のファンを産みました。
クイーンは、上述の『Yの悲劇』や『レーン最後の事件』(未読)などで、
『探偵が、犯人を殺して良いのか』『探偵が、犯人を裁く権利があるのか』という疑問を投げかけました。

法律で裁けない犯人を、探偵が勝手に裁いて良いのか。それとも野放しにしたままで良いのだろうか


こうした問いかけは、その後アガサ・クリスティの「カーテン」などにも受け継がれていきます。


☆異端児アガサ・クリスティ(1920年代~・イギリス)

こうしたヴァン・ダインやエラリー・クイーンといった『王道ミステリ』に対し、イギリスにものすごいへそ曲がり作家が生まれました。
アガサ・クリスティです。(トリックのバレ有り。反転してください)
単なる記録係に過ぎないはずのワトスン役が真犯人という、有名な『アクロイド殺し』(1926年)
登場人物全員が犯人という『オリエント急行の殺人』(1934年)
いつの間にか犯人が死んでいる(と見せかけている)『そして誰もいなくなった』(1939年)など、
数多くの名作・問題作を書き、ヴァン・ダインの激しい非難を浴びました。
マザーグースの見立て殺人などトリック面の工夫もあれば、ストーリー面にも目を向けたアガサ・クリスティの作品は、単なる犯人当てクイズに留まらず、幅広く読者に愛されました。

(個人的には上記『オリエント』と、『ナイルに死す』、『終りなき夜に生れつく』、『五匹の子豚』、『葬儀を終えて』、『鏡は横にひび割れて』あたりが超名作
「アクロイド」は歴史的意義はあるけど、個人的には超つまらなかった。『そして誰も』もそこまでではなかったけど、記事の特性上触れざるを得ない……)

ほぼ同時期、犯人側の視点で描かれた『殺意』(未読)や、『試行錯誤』、『毒入りチョコレート事件』といった数々のひねくれ作品を残した、アントニー・バークリー(フランシス・アイルズ)も抑えておきたい作家です。


☆ハードボイルドの登場(1929年・アメリカ)

『頭脳で犯人を当てる』探偵の隆盛に、疑問を感じる作家が現れました。
リアル探偵経験者のダシ―ル・ハメットです。
ハメットの目には、『頭脳で犯人を当てる、カッコいい名探偵』がバカバカしく思えたのかもしれません。
実際の探偵はもっと泥臭くて、実際の事件はもっと悲惨なのだと、そういった気持ちがあったのかもしれません。
探偵自らが足を使って事件にぶつかり、庶民の生活ぶりに直接触れ、時には暴力で事件を鎮圧する、生々しい事件を描いた、『血の収穫』(1929年)や、『マルタの鷹』(1930年)といった作品群が登場します。

この、ハメットに影響を受け、登場したのが日本にもファンが多いレイモンド・チャンドラー
行動派&庶民派探偵をヒーローのように謡いあげた、『長いお別れ』(1953年)などが有名です。

更に、あくまでも事件の傍観者として、家庭内の悲劇を見つめ続けるロス・マクドナルド『さむけ』(1964年)、『ウィチャリー家の女』(1961年)など)を入れた3人がハードボイルド御三家として広く知られているようです。

(個人的にはロスマクはまだいいとして、ハメットやチャンドラーはあまり好みではなかったため、
ハードボイルドを長らく食わず嫌いしていた身としては、この『御三家』という呼称は好きではないです)

また、日本ではあまりウケていませんが、犯人を躊躇わず撃ち殺すような保安官タイプの探偵を描いた、ミッキー・スピレイン(『燃える接吻』『裁くのは俺だ』など)も抑えておきたい作家です。


☆第二次世界大戦・ベトナム戦争の時代(アメリカ:1945~あたり)

世界を巻き込んだ大戦争は、フィクションにも影響を及ぼしました。
ベトナム戦争の後遺症で、薬物が蔓延り、戦争後遺症で悩む人々も現れました。
また、シリアル・キラー(連続殺人鬼・異常殺人鬼)の存在もクローズアップされるようになります。

こうした世界の中で頭脳で問題を解決する旧き良き『犯人当てクイズ』は廃れていき、
行動派探偵、警察、検視官などの現場の人々を描く作品が増えていきます。

王道ミステリを描いていたエラリー・クイーンは作風を変え、『十日間の不思議』(1948年)で既に家庭の悲劇を描き、
『九尾の猫』(1949年)では異常殺人鬼を印象深く描いています。

異常殺人鬼を扱った作品では、
ジム・トンプスン『内なる殺人者』(1952年)、リチャード・ニーリィの『心ひき裂かれて』(1974年)、トマス・ハリスの『レッドドラゴン』(1981年)、『羊たちの沈黙』(1988年)等の作品が生まれていきますが、これはアメリカ特有の現象だと思われます

アメリカ独自のミステリとしては、『民族問題』を扱った作品も多々あります

黒人差別を扱ったスチュアート・ウッズの『警察署長』(1981年)やジョン・ボールの『夜の熱気の中で』(1965年)
ユダヤ教の宣教師(ラビ)を主人公にした、ハリイ・ケメルマンの『ラビシリーズ』
ナバホ族を描いた(らしい)トニイ・ヒラーマンの作品など(未読なんです。そのうち読みたいです)
様々な民族を描いた作品が登場します。


ハメット、チャンドラー、ロスマクのハードボイルドの系譜は、その後
ジェイムズ・クラムリー(『酔いどれの誇り』)
ローレンス・ブロック(『八百万の死にざま』)といった、アルコール中毒を抱える破滅的な私立探偵や、
ロバート・B・パーカー『スペンサーシリーズ』のように女性にも優しい健全な探偵などが生まれています。

また、こちらはほとんど未読なので申し訳ないのですが、
女性作家による、女性探偵が大暴れする作品群(スー・グラフトン、パトリシア・コーンウェル、イバノビッチなど?)も流行しました。
この辺も抑えないといけませんね。不勉強で申し訳ないです。


☆第二次世界大戦・冷戦の時代(イギリス:1945~1990あたり)

アメリカ以上に『ソ連』を身近に感じるイギリスでは、スパイ小説が大流行しました。
スパイ小説自体はそれこそ、エドガー・アラン・ポーの『黄金虫』あたりからありました。

戦前のスパイ小説作家といえば、エリック・アンブラーが有名どころです(『あるスパイへの墓碑銘』など)。

東西冷戦が始まると、ジョン・ル・カレ『寒い国から帰って来たスパイ』
グレアム・グリーン『ヒューマンファクター』といった、純文学的なスパイ小説から、
ブライアン・フリーマントル『別れを告げに来た男』
イアン・フレミング『007シリーズ』のようなスパイ活劇的な作品まで、数多くのスパイ小説が生まれました。
アメリカにもスパイ小説はありますが(アダム・ホールなど)、スパイ小説の大隆盛はイギリスに顕著な特徴です。

スパイではありませんが、フレデリック・フォーサイス『オデッサファイル』など、国家間謀略などを描いたジャーナリスティックな小説も人気を呼びました。


同時に、大自然などを舞台に敵と戦う、冒険小説もイギリスで流行しました。

アリステア・マクリーン『女王陛下のユリシーズ号』
ジャック・ヒギンズ『脱出航路』といった海洋冒険小説や、
マクリーン『ナバロンの要塞』デズモンド・バグリィの『高い砦』といった山岳冒険小説などなど、
舞台は様々ですが、大自然の厳しさに混じって、人間同士の争いが行われるような、そういった作品群です。

更に、大きな悪役との(主に1対1の)決闘小説とも呼ぶべき作品群
ディック・フランシスの『競馬シリーズ』
ギャビン・ライアルの『もっとも危険なゲーム』などや、

暗殺者を主人公にしたケン・フォレット『針の眼』、ジャック・ヒギンズ『死にゆく者への祈り』
なども、抑えておきたいところです。

☆警察小説の歴史(主にイギリス)

フリーマン・クロフツの『樽』(1920年)は、警察の丹念な捜査で犯人のアリバイを崩す作品として、日本人作家にも大きな影響を与えました。
イギリスではありませんが、ベルギーのジョルジュ・シムノンが描く『メグレ警部シリーズ』
アメリカ人作家ヒラリー・ウォーの『失踪当時の服装は』
コリン・デクスターの『モース警視シリーズ』(「キドリントンから消えた娘」など)
クラシックなスタイルの警察小説は、ウィングフィールドの『フロスト警部シリーズ』などに引き継がれています。

アメリカの警察小説は、どちらかと言えば都市型の事件(一つの事件を追うのではなく、様々な事件に追われる警察官の生活が描かれる)が多く、ザ・刑事ドラマ的な作品として
エド・マクベインの『87分署シリーズ』、
警察官のリアルな日常が描かれるジョゼフ・ウォンボーの『クワイヤボーイズ』などが代表的な作品です。

警察官から更に離れ、法廷を描いたスコット・トゥローの『推定無罪』や、ジョン・グリシャムの『評決のとき』。

更に、泥棒を主人公にしたドナルド・ウェストレイクの『ドートマンダー―シリーズ』や、
詐欺師に取られた金を取り戻す騙し合い小説、ジェフリー・アーチャーの『百万ドルを取り戻せ』
など、ミステリの世界はますます広がり続けています。

『犯人当てクイズ』は確かにミステリの源流ですが、ミステリという単語はもはや犯人当てクイズだけを指すものではないのです。


☆戦後日本のミステリ

第二次世界大戦が終わると、日本では江戸川乱歩が精力的に海外の作品を紹介しました。
ウィリアム・アイリッシュの『幻の女』や、『Yの悲劇』などなど、
日本のミステリに多大な影響を与えました。

『グリーン家殺人事件』→『Yの悲劇』といった、世俗を離れた金持ち一家の殺人事件などは
横溝正史の『金田一耕助シリーズ』に受け継がれ、独特のホラーテイストを帯びた和風ミステリの空間を作り上げています。
現代では京極夏彦の『京極堂シリーズ』などになるでしょうか。

また、時刻表トリックの鮎川哲也(『黒いトランク』など)や、松本清張『点と線』など、公共交通機関のアリバイ崩しを中心にした作品群。

多少趣は変わりますが、これまた電車が数多く登場する、内田康夫、西村京太郎(未読)の旅情ミステリなどは日本独自の発展を遂げたミステリと言えそうです。

戦後日本でも、英米の影響を受け、
『ハードボイルド』から派生した社会派探偵の波がやってきました。
犯人当てクイズではなく、庶民を、社会を描くムーブメントです。

松本清張『砂の器』や、現代では宮部みゆき、東野圭吾などがその一派と言えそうです。

その他、和製スパイ小説、結城昌治の『ゴメスの名はゴメス』
和製ハードボイルド船戸与一の『山猫の夏』など、様々な作品が誕生しました。

一方で、古き犯人当て作品も、島田荘司の『占星術殺人事件』の大ブームを機に、
綾辻行人『十角館の殺人』など、脈々と生き残っています。

もちろん小説だけではなく、『名探偵コナン』『相棒』シリーズなど様々な分野で、ミステリは親しまれています。



☆終わりに

めちゃくちゃ駆け足で紹介した上、僕自身の読書不足(特に日本の小説は読めていない)や
記事の構成の甘さ(SFミステリとか、ユーモアミステリ、歴史ミステリ、赤川次郎あたりも触れたかった)、
更に言えば別段好きでもない有名作家を長々と紹介して、自分の好きな作品についてあまり触れられない虚しさ等もあり、
終わりに近づくにつれて『やっつけ』感漂う出来になってしまった気もしますが、
僕なりに頑張りました。

勉強不足の点も多々あると思いますが、多めにみてやってください。


僕のミステリ集中読書期間(2017年11月~現在)は、もう少し続きますが、
別段『ミステリ』というジャンルに格別のこだわりがあるわけではなく、
他のジャンルもたくさん読みたいので、こんな感じで……。











トッテナム・ホットスパーVSマンチェスター・シティ CL 準々決勝 1st leg

たまには真面目にサッカーの記事を書きたくなったので。
トッテナムの新スタジアムで開催された、欧州CL準々決勝1st legの試合です。
個人的にはマンCのファンで、マンCを応援していましたが、そういう『贔屓目』はこの記事では出していません。




トッテナムのスタメンは
GK ウーゴ・ロリス 7
右SB キーラン・トリッピアー 5
CB ヤン・ヴェルトンゲン 6
  トビー・アルデルワイレルド 6
左SB ダニー・ローズ 6.5
中盤の底に司令塔のハリー・ウィンクス 6
と潰し屋のムサ・シソッコ 6・5
を並べ、
二列目にソン・フンミン 7、
クリスチャン・エリクセン 6.5、
デレ・アリ 6・5を配置。
最前線にハリー・ケイン 6です。

監督はポチェッティーノ 7

(数字は点数。10点満点で、6が標準です。
良かった選手を赤、悪かった選手を青で塗ります。太字はMOM)


マンCのスタメンは
GK エデルソン 5.5
右SB カイル・ウォーカー 5・5
CB エメリッヒ・ラポルト 6、
  ニコラス・オタメンディ 6
左SB ファビアン・デルフ 5・5
中盤の底に司令塔のフェルナンジーニョ 5・5
少し前にダビド・シルバ 6

イルカイ・ギュンドアン 5
を置いて、
左にラヒム・スターリング 7
右にリャド・マハレズ 5・5
中央にセルヒオ・アグエロ 5

監督はグァルディオラ 5

個人的には
なぜ、オタメンディなのか(ストーンズではないのか)、
なぜ、ギュンドアンなのか(デ・ブライネではないのか)
なぜ、マハレズなのか(ザネではないのか)
がよく解りませんでしたが、コンディションの問題など色々あるのでしょうか。
オタメンディはともかく、ギュンドアンとマハレズは、明らかにデ・ブライネやザネよりもクオリティが低く、不満が募りました。

【前半】

立ち上がりはマンCの左翼、ラヒム・スターリングの仕掛けが切れ味鋭く、
トッテナムの右SBキーラン・トリッピアーが押し込まれました。
トッテナム目線では、中央の守備は割と固める事ができたのですが、とにかくスターリングのところが厄介。
ここから何度も切り込まれ、前半10分にはやや不運な形でPKを献上しました。

個人的には、この手の『シュートブロックをしようとして、スライディングしたら手に当たった』形でのハンドは、取らないでほしいというのが希望です。
何故なら、この程度のハンドを一々取っていたら、DFが身体を投げ出して、シュートブロックできなくなってしまいます。明確に故意と判断できる、不必要に手を広げたハンド以外は取らないでほしいです。

が、まぁそれはともかくこのPK。
大事なアウェイゴールがかかっており、これが決まれば力量で勝るマンCの圧倒的な勝利もありうるこのPKを、トッテナムGKウーゴ・ロリスがファインセーブ。
トッテナムを大いに勇気づける、前半最大のターニングポイントでした。MOMはロリスでもいいんじゃないかな。

ピンチを脱したトッテナム。
ハンドを取られイエローカードを出されたダニー・ローズが、その後数分ほど浮き足立っていたのが気になりました。そこを嫌らしく突いてファウルを誘うマンC右ウイングのリャド・マハレズですが、
ローズはよくこらえ、徐々に盛り返していきます。
スターリングVSトリッピアーのマッチアップはスターリング優勢でしたが、
マハレズVSローズは明らかにローズ優勢。
中央の守備もトッテナムは固く、シティの攻撃をよくシャットアウトしました。

一方で、トッテナムの攻撃面ではケインが最前線でボールを収め、二列目の3枚(エリクセン、ソン・フンミン、アリ)が押し上げるのが基本戦術。
なのですが、イマイチロングボールの精度が低く、効果的なアタックは多くなかったように感じます。
力関係を考えれば、チャンスが多くないのは仕方ない面もありますが。

トッテナム唯一のチャンスは、右サイドの守備(誰だったかは見逃しました。多分ウォーカー。ひょっとするとオタメンディ)者がトッテナムのローズを倒してしまった後、
セルフジャッジで一瞬躊躇した気のゆるみと、
センターのラポルテがケインのマークを外すという、シティ守備者二人のミスが重なってケインがフリーになったシーン。
トッテナム目線で考えれば、あそこは決めたかったですね。


前半で他に気になった点を幾つか。

シティGKエデルソンの足元の乱れ。パスの巧い選手ですが、前半だけで2回のパスミスがありました。芝を気にする素振りもありましたし、新スタジアムという事もあって、あそこの芝があまり良くなかったのかもしれません。
エデルソンが悪い、というよりはピッチコンディションなのかなとも感じました。

なぜ先発? と疑問を呈したオタメンディ、ギュンドアン、マハレズの3人ですが、
オタメンディに関してはなかなか良い動きを見せていました。

フェルナンジーニョの、ケインへのファウルは、一発退場を出されてもおかしくないと思います。
少なくともイエローカードが妥当。なぜカードなしなのか理解に苦しみました。
フェルナンジーニョはシティの要とも言える選手ですが、ブラジル代表では彼のラフプレーや気の抜けたプレイで、戦犯になる事も多い選手です。
あのプレイでのフェルナンジーニョは、シティのフェルナンジーニョではなく、代表でのフェルナンジーニョでしたね。

トッテナムの選手全体に言えることとして、中盤の守備意識が高いですね。
トリッピアーの裏を突かれたシーンで、シソッコが巧くスターリングを潰したり、
これまたトリッピアーの裏を突かれたシーンで、エリクセンが危機を察知してタックルに入ったのも見事でした。
……トリッピアー、全然ダメじゃね? スターリングが相手なので仕方ないのかな?


【後半】

前半、スターリングに散々引っ掻き回されていた右サイドの守備。
どうするのかなと思っていましたが、ポチェッティーノ監督は見事に修正を施しました。
ムサ・シソッコをトリッピアーの援軍に出し、2人でスターリングを見張る事で、スターリングを封殺。
これでますます、シティの攻撃に怖さがなくなりました。

一方、攻撃面は相変わらずケインめがけてのロングボールであまり工夫が感じられず(とはいえ、これがいつものトッテナムなのですが)、得点の匂いがあまりしない固い展開に。
そんな中、シティのデルフとの接触でトッテナムの大エース、ケインが負傷交代
(ちなみに、デルフは悪くないと思います。ファウルではないです)。

ここで、ケインに代えて入って来たのは、ルーカス・モウラ(6.5)でした。
ケインとは違うタイプの選手ですが、トッテナムの戦術は変わらず続行。
ケインの代わりにデレ・アリをめがけてロングボールを蹴り、ルーカスはその周りを衛星のように回って、何度も鋭い突破を繰り出します。
後半開始から、ルーカス投入も挟み、後半25分辺りまでは明らかにトッテナムペースで試合が運びましたが、徐々にシティも盛り返してきたなー……と思った矢先の後半30分。
右サイドでドフリーになっていたソン・フンミン。エリクセンになかなか気づいてもらえない彼でしたが、再度動き出したソンの走り込みに合わせてエリクセンから絶妙のスルーパス。
ソンのファーストタッチは乱れましたが、ライン際でよく残し、遅れてカバーに入ったデルフをかわし、独力でゴールをこじ開けました。

ここのシーンで、ソンがなぜここまでフリーだったのか? デルフのミスなのか、違うのかはよくわかりませんが、あそこまでスペースを与えてはいけません。
とはいえ、ソンはよく決め切りました。

1点リードしたポチェッティーノ監督は、ウィンクスに代えてヴィクター・ワニャマ(6)を投入。
中盤の守備力を高めるカードを切ります。
シソッコに加えてワニャマも入る事で、シティの攻撃は更に窒息状態に。
手堅いというか、理に適った采配です。

一方のグァルディオラは、何もできなかったアグエロに代えてジェズス(6)こそ入れましたが、
2枚目のカードを切ったのは後半43分と、あまりにも遅すぎました。
ザネと、デ・ブライネ……なぜもっと早く使わなかったのか。
細かい修正を施していたのかもしれませんが、シティの攻撃にきっちりと対処し、
シソッコの右サイドケア、ルーカスの投入、ワニャマの投入と狙いが明確なポチェッティーノに対し、
グァルディオラはあまりに無策だったように感じました。


MOMはロリス。
殊勲のゴールを決めたソン・フンミンも素晴らしかったけれど、やはりPKストップでアウェイゴールを与えなかったロリスがNo1でしょう。

ちなみに試合の面白さは 6点(10点満点)くらいかな。
チャンスが多いわけではなく、よく言えば引き締まった固い試合でした。


1st legを1-0で乗り切ったトッテナムですが、2nd legも残っています。
現状では、トッテナム55%、マンC45%ぐらいの勝ち上がり予想でしょうか。
つまり、まだまだ全く分からないということですね。
それでは2nd legに期待しましょう
(2nd lgeの記事を書くとは言っていない)


この青空に約束を再読③浅倉奈緒子ルート

☆奈緒子ルート 評価

航 C+
奈緒子 C-(ある意味B)
シナリオ B-
羨ましさ C
青春度  B
Hシーン D-

評価を見ていただければわかると思いますが、奈緒子は『あまり好きではありません』。叩きます。
気分を害されそうな方はここで回れ右してください!








2年前、浅倉奈緒子は辻崎先輩に恋をしていた。
そんな事情を知らない航は、奈緒子をナンパし、まとわりつき、片思いを募らせていく。
そして奈緒子はそれを知りつつ、辻崎先輩へのアプローチのために航を利用する。
その事に気づいた航は深く傷つく。
航の打ちひしがれる姿を見た奈緒子は、罪悪感から居ても立っても居られなくなり、贖罪のため航と関係を結んでしまう。

二人の関係はこれで終わりのはずだった。

しかし二人は学生寮で再会してしまう。
奈緒子は航に素の自分を見せ、自分を好きにならせないためにキツい態度をとり、
いつしか航にとって、頼れる『親分』的な関係を築き上げてきた。
奈緒子は航に惹かれ、航も再び奈緒子にアプローチを取ろうとした矢先、
辻崎先輩が帰島する(ゼミの合宿のため)。
奈緒子は辻崎先輩に接近し、航はヤキモキしながら辛い日々を過ごす。
しかし、奈緒子が現在好きなのは航。
奈緒子は航へのアプローチのために、辻崎先輩を利用しようとするが、その現場を航自身に見られ、
奈緒子と航は結ばれるのだった。



奈緒子、最低すぎない? 
大事な人を手に入れるためには、他の人(奈緒子に好意を抱く人間も含めて)を傷つけるのも辞さない、というより積極的に傷つけていくスタイルなんだよね。

2年前は辻崎先輩を手に入れるために航を利用して、今回は航を手に入れるために辻崎先輩を利用するんすか。
サイテーっすね。ドン引きですわ。僕、こういう人、軽蔑しますわ。
2年前の航が本当にかわいそうだし、現在の辻崎先輩が本当にかわいそうでした。


でもまぁ、キャラぶれはしていないし、丸戸さん自身も奈緒子をそういうキャラだと自覚して描いている節があるので、『稚拙だとか、下手糞だとか、そういう意味の出来は悪くない』。
つまり、奈緒子というかなりのクソ女を、きちんとクソ女として描いている、そういう技術的な意味ではキャラ評価はBをつけてもいいし、
しかし僕個人の感情としては嫌いなのでC-をつけてもいい(Eではない。奈緒子より嫌いなヒロインは、『こんにゃく』内にはいないけど、エロゲ全体で言うならそこそこいる)。


ただやっぱりね。
2年前の過ちは仕方ないとして、また同じ過ちを別の相手に対してやっている時点で、ちょっとなーって思っちゃいますわ。
2年前の過ちを反省して、今度は当て馬なんか使わずに、航にアプローチしてほしかったよね。
将来、奈緒子が航以外の男を好きになったら、航はまたぼろ雑巾のように捨てられるんだろうなー。


というシリアスシーン以外でも、二人のデートシーンも個人的には全然面白くなかったな。
これは、航の『年上の、高嶺の花の女性相手に、背伸びして、男らしさを見せたい』という所と、
奈緒子の自己中な所が重なったせいなんだけど、
僕、こういう『男らしさ誇示』的な(昭和の価値観的な)デートって嫌いなのよ。
この辺は本当に僕の好みなんだけど。
なんで一回のデートで42000円も女に貢ごうとしとるねん。アホちゃうか?
なんで付き合ってもいない女に、ケータイチェックされて他の女のアドレス消されてるねん。ウザすぎないか?
(航が率先して消したならいいけど違うし)


そこを持ってきて、航ってモテモテな設定でしょ? つぐみ寮も美少女多いよね。
なんで奈緒子に対して、そこまでしてやらなきゃならんの? 
という感じで、正直『萌えゲー』的な意味ではキツかったっす。

でもまぁ、クソみたいな女に振り回される話が悪いとは思わないし、
こんなヒロイン書くなとも思わない、むしろよく描いたなーと思いました。
毒にも薬にもならないようなヒロイン&話よりは、こういうのもアリだと思う。

Hシーンの評価が低いのは、声優さんの力も大きいです。




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