「キラ☆キラ」再読始め……ると思います(駄文記事)

すんごく煮え切らない書き方になってしまったのは、色々と経緯があるせいで。

まず、
A(現実逃避したい。癒されたいので)学園青春モノの再読をして、誰かと対談したい
いう目的があり、
B 対談相手の残響さんも音楽が大好きだし、ちょうどいいかも
という事でチョイスしたのが数か月前。


なんですが、まずAの時点で既におかしいですよね。
学園青春モノかもしれないけど、「キラキラ」は明らかに癒される作品ではないw
きらりルートがしんどい事はまぁ覚えていたんで大丈夫なんですけど、
千絵姉ルートも(他の方の感想を読み漁っていたら)結構しんどかったんだっけ?
全然記憶にないんですけど、そうらしい。
3ヒロイン中2ヒロインがしんどい話だと、『癒され』目的でやるにはしんどいなーというのが1つ。
ま、既に1回プレイしているゲームなので、初読よりは気楽なんですけど。


次にBなんだけど、残響さんとちょっと色々あって、対談の話は(現状)なしになったので。
この辺はもう僕には何もできないんで、向こうからコンタクトがあれば考えますけど、
ないようなら無理でしょうな。
一応水面下で仔月さんと対談を新たに始めています(記事化はまだ。記事化したら告知します)が、
「キラ☆キラ」に関しては特にまだ約束はしていないので、解りません。


で、まぁ1人でやるなら、何もしんどい話をやらんでもいいよね、っていうのはあります。はい。
ただ一方で、2章までは特にしんどくないはずだし、そこまで楽しめばいいじゃん、
2章まで楽しくプレイすれば、そのままの勢いで3章もできるでしょ、って気分もありますし、
何よりキラ☆キラは力のある作品なので、多少しんどくてもやりたい気持ちもあります。


後ね、仮に対談するなら、オマージュ元だというドストエフスキーの「罪と罰」は抑えておいた方が良いのかな?って。
6年くらい前に、DG-Lawさんもそう仰っていたし。

しかし、大昔「カラマーゾフの兄弟」を読んだ時、全然楽しめなかった(難解で)し、
「罪と罰」はそれに比べればとっつきやすいとは聞くけど、ドストエフスキーに苦手意識があるんすよね。
まぁ読まなくてもいっかな、とか、やっぱり読んだ方が良くね? とかちょっと色々迷っています。
対談やらないなら、読まないと思うw  
そんなあやふやな感じですが、序章と、紗里奈ルート(3章)をちょっと読んだら、
記憶にあったものよりもテキストが読みやすくて楽しいの。


やっぱりやろうかなー、キラキラ。
って感じの現状です、はい。
こんなあやふやな状態で仔月さんに打診してみて良いのか正直わからんw
でも一方で、約束しちゃえば腹をくくってプレイする気もする。
まぁそれ以前に、仔月さんがやりたいかどうかもちゃんと聞いていないのだけど。

残響さんはキラキラを以前はやりたがっていたけど、今はどうなんだかわからんし……
まぁ彼に気兼ねしなくても良いのかな、とか、まぁ色々色々。煮え切らねー!って感じです、はい。











火星年代記のポエム

「火星年代記」を対談で読んでいた時に、手すさびに作ったポエムです。
全作分作ってやろう!と思わないでもなかったけど、出来の悪いものを乱造しても仕方ないし、
全作分ないのに入れてもしゃーないかなーと思って、出しませんでした。

以前の文書を整理していたら発掘されたので、ちょっと公開してみます。




「イラ」

夢を見た
其は黒き髪
きらきら輝く金のロケット
ナサニエル・ヨーク ナサニエル・ヨーク
運河を渡るそよ風の唄


夢を見た
其は青い瞳
さらさら溶けてく甘い唇
連れてって 私を地球へ連れてって
砂をなぶる滑らかな唄


二度の銃声
唄はどこ 唄はどこ
覚めてしまった 覚めてしまった
私は泣く
ナサニエル・ヨーク ナサニエル・ヨーク
唄はどこ 唄はどこ


「地球の人々」

ツツツはアアアと決闘し
ルルルはイイイとデートする
クスクスクス クスクスクス
「地球からロケットが到着いたしました!」
ツツツの銃声 アアアはひらり
ルルルとイイイに嫉妬して
キキキとチチチは歯ぎしりだ
「人類はついに宇宙へ進出します!」
クスクスクス クスクスクス
「木星から来ました」「地球から来ました」「土星から来ました」
クスクスクス クスクスクス

ツツツとアアアは握手をし
ルルルとイイイは喧嘩して
キキキとチチチは喜んだ
地球から来たウィリアムズ 木星から来たクククさん 土星から来たイイイさん
みんななかよし クスクスクス クスクスクス




「第三探検隊」



かけっこをしよう 競走だ!
息せき追いかける 兄貴の背中
桃色の頬 肥った体 戸口にはママ
胡麻塩頭 愛用のパイプ 隣にはパパ

くたくた遊んで帰ったぼくを 迎えてくれる七面鳥
過去も未来も其処にはなくて どこまでも続く今だけがある
永遠に続く夏休み 永遠に続く幸せな日々

どんなに時を隔てても 瞳を閉じればいつでも帰れる
懐かしき故郷(まち) グリーンヒル
たとえそれらが虚像(うそ)だとしても 誰かの作った虚像だとしても

瞳を閉じればいつでも帰れる 
懐かしき故郷 グリーンヒル
あの頃へと続く幸せな記憶 永遠に眠る幸せな日々

新しい墓穴と 新しい墓標
かげろう煌めく 永遠の街





「沈黙の街」


染み一つない透き通る肌 
月光に踊る 長の黒髪
その唇はペパーミント
甘やかな声持つ聖天使

かの人の名は ジェヌヴィエーブ
優しきぼくの ジェヌヴィエーブ

その両頬は 露濡れた薔薇
その瞳は サファイアの蒼
白魚のような指 甘やかな声がぼくに囁く
照れたように 恥ずかしそうに
「ウォルター・グリップ どこにいるの? どこにいるの?」

かの人の名は ジェヌヴィエーブ
ぼくはけっして 離しはしない
愛しきぼくの ジェヌヴィエーブ



「オフシーズン」

銀河一のホットドッグ 喧嘩っ速さはマッドドッグ
腑抜けた野郎はサンドバッグ 英雄の名はサム・パークヒル

見渡す限りの火星の大地 これら全てが俺のもの
隊長見てるか悔しいか? ホットドッグが食いてえか?

火星人の襲来も 俺はひるまず戦った
エルマは俺に惚れ直し 鼻高々で暮らしてる
グレート・サムの嫁さんは 幸せ者ねと噂され
十万人のお客様 ホットドッグにかぶりつく

きちがい野郎は忘れられ 俺の名だけが無窮に残る
宇宙一のホットドッグ ビッグな俺はサム・パークヒル
ビッグなサイズのホットドッグ 姉ちゃんお一つ食わねえか?



笠井潔「バイバイ、エンジェル」感想(重バレあり)

語り手(ワトスン役)ナディアと、矢吹探偵

評価はB+~A-。


表のストーリーは、ラルース家で起きた殺人事件。
オデットとジョゼットという中年姉妹と、その周囲の人々が殺される。
密室トリック、アリバイetc→『犯人は誰だ!?』という、お馴染みの小道具が現れる。

語り手はナディア。
女性の武器を最大限に活かして男性を手玉に取って楽しんでいそうな、
なんだか生々しい感じの、フツーの女性である。
好きな男に焼餅を焼かせるため、好きでもない男に粉をかけたりとか。
新たな美女の登場に『アタシの方が魅力的よ!』とムキになって、張り合ってみたり。

……フツーか? 
個人的にはそういう女性に振り回された経験があって、僕としては良い事は何一つなく疲れるだけなので、
現代日本ではフツーじゃない事を祈りたい。

探偵は矢吹駆。話す事が一々、難しい。衒学的、とでも言うのだろうか?
『簡単な事を、勿体ぶってわざわざ難解に話す』ようなキャラクターだ。
物語の特性上、仕方ない部分も多いのだが、いやはや読んでいて疲れるw

まぁたとえば、

観察された事実を論理的に配列すれば唯一の道を辿って確実に真実に到達する事ができるという近代人の確信は、たとえばこんな挿話の中にも簡潔に示されている。
……部屋のなかで男が死んでいる。妙なのは、被害者が扉に近い場所で襲撃されたのにもかかわらず、おそらく犯人の逃走の後に部屋の中央まで這っていって、テーブル上の砂糖をひっくり返したうえ、その砂糖を固く握りしめて死んでいたという事実だった。
探偵はまず、握りしめられた砂糖は、ただ犯人を指示する一種の記号(シーニュ)であると考える。しかし、これが単なる独断に過ぎないのはあまりにも明らかだ。砂糖を握っていたという事実の中には、権利上同等な無数の意味(シニフィカシオン)が含まれている。たとえば、被害者が甘党だったので死ぬ前にもう一度砂糖の甘い味覚を楽しみたかったのかもしれない。たとえば、被害者が、雪国の生まれで、死の幻想が彼に砂糖の輝くような白と新雪の汚れない白とを結びつけさせ、彼に砂糖を握りしめさせたのかもしれない。けれども探偵は、読者にたいしてどんな根拠も示すことなく、握られた砂糖の多義的な意味を一方的に限定し、それが犯人を指示する記号だと断定する。
(以下、延々と続くので省略)

一事が万事この調子である(こいつ、メンドクセェ……)。
ナディアとは別の意味で読んでいてしんどいが、この探偵の個性が物語終盤には活きてくる。
『堕天使』にして『人間以下』でもある、魔王ルシファーこと、マチルド・デュ・ラヴォナン嬢との対決で、
矢吹駆は実に古典的探偵らしく、『悪』を殺すのだ。

ナディア&アントワーヌ&オデットの物語(痴情ミステリ)と、矢吹&マチルドの物語(人民革命論)の乖離

ラルース家で起きた殺人事件。
それを解決すべく立ち上がったのがナディアである。
ボーイフレンド(友達以上恋人未満?)のアントワーヌや、被害者のオデット。
オデットの妹ジョゼットや、家政婦のバルト夫人などの登場人物が絡んで引き起こされる
『古典的ミステリ殺人』は、これはこれで悪い話ではない。

それにしても、オデットにしろジョゼットにしろ、本当に嫌な女たちである。
まぁ彼女たちは『嫌な女役』なのだろうから良いとして、ナディアにしたってマチルドにしたって面倒くさい女である。
この作品は(家政婦のバルト夫人を除いて)面倒くさい女しか出てこない。
そんな女性キャラに対比されるような、『純情で、愚かで、無垢な』青年アントワーヌが愛おしい。

一方、矢吹探偵はと言えば、人民革命論(と言ってしまって良いのだろうか?)を唱える『堕天使マチルド』とのラストバトルが熱い。
矢吹ばりに小難しい理屈を並べ立てるマチルダを、『言葉で殺す』矢吹の活躍ぶりは恐ろしいほどだ。
ここで行われているのは、『肉弾を伴わない、バトル・アクション』である。

なぜ、革命は失敗するのか? それは、革命の最大の敵は為政者ではなく、『人民』だからだと説くマチルド。
10ページ以上にもわたって繰り広げられる台詞を引用するのはたまらないので、ほんの少しに留めるが、まぁこんな具合。

『人民』とは、人間が虫けらのように生物的にのみ存在することの別名です。日々、その薄汚い口いっぱいに押し込むための食物、食物を得るためのいやいやながらの労働、いやな労働を相互の監視と強制によって保証するための共同体、共同体の自己目的であるその存続に不可欠な生殖、生殖に男たちと女たちを誘い込む愚鈍で卑しげな薄笑いに似た欲情……。
この円環に閉じこめられ、いやむしろこの円環のぬくぬくとした生暖かい暗がりから一歩も出ないような生存の形こそ〈人民〉と呼ばれるものなのです。つまり、人民とは人間の自然状態です。だから、あるがままの現状をべったりと肯定し、飽食し、泥と糞のなかで怠惰にねそべる豚のように存在しようと、あるいは飢餓の中で、その卑しい食欲を満たすため支配的な集団にパンを要求して暴動化し、秩序の枠をはみ出していくように存在しようと、どちらにせよただの自然状態であることに変わりはありません。
だから人民は、本質的に国家を超えることができないのです。国家とは、自然状態にある個々の人間が、絶対的に自己を意識しえない、したがって自己を統御しえないほどに無能であることの結果、蛆が腐肉に湧き出すように生み出された共同の意志だからです。制度化され、固着し、醜く肥大化した観念、これが国家だからです。
(以下延々と続く)

(引用するのも疲れた)。
そして、革命を真に達成するためには、核兵器を持って人口の9割を吹き消してしまえば良いとまで語るマチルド。
まさに、RPGに登場する大魔王の風格だ。
そんな大魔王に立ち向かうのが、我らが探偵、矢吹である。

少女時代のマチルドは、村で皆からいじめられていた。誰も彼女を助けるものはいなかった。
マチルドは社会から疎外され、自らを阻害した社会を憎むようになる。
矢吹は言う。

君はただ、普通に生きられない自分を持てあました果てに、真理の名を借りて、普通以下、人間以下の自分を正当化し始めただけだ

これはキツい……。
そうして矢吹に心を折られ、論破されてしまったマチルドは死んでしまったのであった。
勇者矢吹は、大魔王マチルドを討伐する事に成功したのである……。

古来、名探偵は犯罪者の粗を指摘し、犯人を捕まえてきた。
しかし、犯罪者が犯罪を犯さずに済むような、幸福な人生を差し出す事はできなかった。
そういう意味で、マチルドの『自己欺瞞』を暴き、マチルドを殺してしまう矢吹の存在は、
確かに『古典的な名探偵』に似つかわしい振る舞いかもしれない。

人を殺してしまったのだからこれぐらいされても仕方ないかもしれないが、
『普通に生きられない自分を持て余した、厨2病患者』に対して、その事実を痛烈に突きつけるのではなく、
もっと優しさと寛容さを持って、『普通に生きられる』ように手を差し伸べてほしい……

と、『普通に、生きられない私(fee)』は思うのでありました……。

感想まとめ

表ではラルース家の殺人古典ミステリが行われ、裏では探偵矢吹のマチルド討伐が行われるわけだが、
この2つ、どうもかみ合わせが良いんだか悪いんだかがよくわからない。
そもそも、この作品はミステリが書きたくて書いたんだか、革命論が書きたくて書いたのかもよく分からない。
比重は明らかに後者に傾いている(それが悪いというわけではない)。

個別で見る限りどちらも悪い話ではないのだが、どうも矢吹VSマチルドのインパクトがデカすぎる。
裏では『核兵器で人民を殲滅する』だのしないだのの話をしているのに、
表では『中年男女が何人か亡くなった』だけ(??)なのである。

表の犯人アントワーヌは、強かで生臭い女性たちや、堕天使マチルドだの、それを論理で殺しにかかる殺人探偵矢吹だのに比べていかにも弱々しく、健気で儚い。
そんなところもまた良いのではあるが、
大魔王が降臨している中では、『ラルース家の殺人事件』がどうでもよくなってしまう。
そんな、アンバランスさも感じてしまった。

今日も内戦で数多くの命が奪われているシリアやらアフガニスタンを尻目に、
1人や2人の男女が奇怪な死を遂げただのなんだの騒いでもなぁ……という、この微妙な読後感こそが
笠井氏の狙ったものである可能性も捨てきれず、
『一粒で二度おいしかった』のか、『良さを殺し合ってしまったのか』は何とも判断しづらいのだが、
独特な読後感であった事は確か。

メンドクセー論説を延々読まされるため人を選びそうだが、まぁ良かったら挑戦してみてください。

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