何というか……微妙?
所々、感心するシーン、巧いなと思わせるシーンはあったんだけど、
全体を通すとやや不満。
一言で言ってしまうと、不完全燃焼。
これには5つの理由が挙げられます。


①司と殿子の間に発生する障害が、つまらないところ(鷹月家&、殿子のすぐに諦めてしまう気持ち)

②エンディングのあっさり感と、突拍子もない解決(数学者ってどっから出てきたんだ?)

③僕が内心期待していた展開に、行きそうに見えて結局行かなかったこと。

④キャラ紹介を見たときから激萌えする予定だったにも関わらず、殿子にそこまでの萌えを感じなかったこと。

⑤主に②から垣間見える、健速氏の限界


一方で、評価したいのは伏線扱いの見事さでしょうか。
「暁先生に泳ぎを習う」、「テスト期間中の約束」。
この2つの伏線の回収法は見事でした。
「あからさまに張るのではなく、いつのまにか忍ばせておいて、ここぞというところで爆発させる」、伏線の妙を見せられた思いです。
「泳ぎ」は“使いどころ”が、「約束」は“忍ばせ方”が、実に巧かったと思います。
飛行機フライト→飛行機墜落→司泳ぐまでの一連の流れは良かったですね。
……褒めるのはここまでですが。


ここからは不完全燃焼の理由です。
物語全体の構成として、主に描かれるのは以下の3点。

(a)殿子と両親の確執→はっきりと描かれないまま、奇抜な理由で解消。
(b)飛行機づくり→割と丁寧に描かれた。後日談によると未だ挑戦中とのこと。
(c)司と殿子のすれちがい→しのの助けもあったにせよ、殿子自滅で司の元へ。


正直に言って、(a)や(c)というのは、物語として面白く見せるのがとても難しいんですよ。
現に今回もかなり失敗しています。
殿子の感情を共感しやすく描けているため、致命傷にはなっていないものの
(c)はいわゆる殿子の一人芝居。不満点の①と④に絡んでいます。
この物語を面白く描くなら、葛藤をドラマチックに描くための舞台装置が必要です。
たとえば、「こなかな」の佳苗シナリオや、「もしらば」の千早のような舞台です。
この、(c)をメインに持ってきたのが、最大の敗因だと思います。

(a)は、無理。鷹月家VS司の戦いとか、面白くなるわきゃない。
ですから、悪い言い方をしますと、エンディングであぁやって「逃げ」てしまっても、仕方ないと思います。元々そんなものが書きたかったのではないでしょうし、
あくまでも(a)は(c)を描くための、舞台装置に過ぎないのでしょうから。
しかし、もう少し巧い逃げ方は無かったの? というのが、正直なところです。
数学者は無いでしょ、数学者は。それこそ、本編内に貼った伏線を利用してくれないと。
あれならいっそ、未解決で終わった方が良かったと思います。

⑤については、もちろんまだ断定はできないのですが、「こなかな」と
「かにしの」のみやび、殿子をプレイして、
『こなかなクリスルートを例外として、彼はきちんと描ききることができない』のではないかという疑いが、僕の中で生まれています。
「物語の見せ方として、クライマックスを見せない」のは有りです。そういう意図で、組み立てているのであれば。
しかし、「描けない」のでは困ります。それは単なる構成力不足です。
殿子シナリオ自体は、「描けない」というよりは「描く気が無かった」のだと思います。
ですから、このシナリオのレビューとしては適切ではないのですが、正直「またか」と思ってしまいました。


③。僕は話が(b)の方に向かいそうだったので、ある期待をしていたんです。
それは、「かにしの」というゲームの特殊な舞台設定を存分に使った、シナリオになるのではないかという期待です。


「かにしの」というゲームの冒頭は、風景描写から始まっています。
その後、森で迷子になってみたり、学園内で教室が見つからず迷ってみたりもしています。このように、『空間』を強調したつくりになっているのです。


空間とはまず第一に『孤島の学園』という舞台装置を指します。
外界と隔絶されていながらも、外界の影響を受けている。
外界と違って、物理的に自由を制限されていながらも、外界に比べて精神的に自由な空間。あるいは、箱庭、モラトリアム、そして牢獄。


第二に、『外界』。学園の外に拡がる、権力やら家柄やらといったものを指します。
もちろん、このゲームでの『外界』は、ダイレクトに『家族』や『家』といったものと結びついています。
この物語では、『学園』を卒業した先にあるものが『外界』であると同時に、
様々な影響を『学園内』にも与えています。


第三に、『個人の居場所』。このゲームでは、友人の存在が挙げられます。
栖香を除き、美綺&奏、しの&殿子、邑奈&イェンレイ、みやび&リーダという具合に、
ヒロインには必ず同姓の親友キャラがいます。
そして、美綺&奏を除いて、相棒に対する強い依存傾向が見受けられます。


第四に、『司の側』。これはまぁ、言うまでもないかなと。


殿子シナリオを考えてみると、飛行機というのはかなり象徴的なアイテムです。それは、事実上学院に幽閉された殿子が、
「第一の空間:学院」を超えて、「第二の空間:鷹月」をも超える可能性を秘めたアイテムだからです。
更に、「地下通路」や「格納庫」は、彼女たちが「第二の空間:家柄」から抜け出せる、治外法権的な空間でもあります。逆に邑奈シナリオに出てきた「温室」は、「第二の空間:家」を象徴した場所でもありますね。


今回のシナリオでも飛行機は比較的重要なアイテムに座ってはいます。
しかしそれは、

困難な状況を諦めずに乗り越える意志

鷹月家から離れて、2人が幸せになることを諦めずに乗り越える。
何度失敗しても飛行機を作り続け、いつか空を飛ぶ   


といった程度の意味合いしか持ちません。
しかも、物語はこの(b)が中心ではなく、(c)が中心なのです。
それも、司の方には最初から問題は無いわけです。彼は、初めから諦めない人ですから。
殿子シナリオとは結局、殿子が司の足を引っ張ってしまっていた。
その、足を引っ張るのをやめるまでの物語。
何故足を引っ張るのをやめたのか。それは、親友の活躍もあったけれど、
結局は自分の恋心の強さに耐えきれなくなった。


やっと、『空間』が主役になる話が来たかと思ったのですが、
やはり『空間』は脇役のままでした。というのが、不満の③ということになります。