著者はジェームス・ケイン。評価はA-。


これは驚いた。面白いじゃないの。

ケインというのは、ハードボイルドの礎を築いた一人といわれている作家。
で、アメリカのハードボイルドと言うと、ヘミングウェイ・ハメット・チャンドラー・ロスマク・レナードあたりが思い浮かぶんだけど、
どうもあまり肌に合わない。
ロスマクの「さむけ」はかなり好きだし、ヘミングウェイの「老人と海」なんかは嫌いじゃないけど、基本的には『肌に合わない』作品が多い。
というわけで、ケインも全然期待しないで読んだ。


あとがきで、訳者は「良識やセンチメンタリズムからの絶縁」と書いているけれど、これは正直違うと思う
この「郵便配達~」は、切ない余韻の漂う物語であると感じたからだ。


物語はというと、若い兄ちゃん(主人公/犯人)・美人人妻(犯人)・夫(被害者)の3人が主軸。
主人公と人妻が不倫をし、交通事故に見せかけて夫を殺してしまう。
2人は愛しあいながらも、お互いの裏切りに脅える。
そこにはさまざまな駆け引きがあり、愛憎相半ばする心情が的確に描写されている。

2人はなんとか無罪を勝ち取り、更にお互いを心から信じあえるようになった矢先、今度は正真正銘の交通事故で人妻が死んでしまう。
残った主人公は、無罪に終わった夫殺害も含めて再度疑われ、死刑になってしまう。

一番気に入っているシーンの、

女はおれのそばへ寄って来て、手をとった。顔をみあわせた。そのとき、悪魔が離れたこと、おれが愛してることを、女は知った。

とか、ラストの

考えないようにしよう。気がついてみると、いつもおれはコーラ(人妻)といっしょに、青空の下で、ひろい水のなかで、これからおれたちは幸福になる、それが永久につづくんだと話しあっている。コーラといっしょにいるとき、おれは大きな川の上にうかんでいるらしい。


なんて、胸が痛くなるくらい切ない(センチメンタルな)文章だと思うんですけれど。


物語を冷静に考えれば、因果応報自業自得で、同情の余地はないんだけど、
不思議と主人公に肩入れしてしまったのは、やっぱり文章力だなぁと思った。