2007年08月

群青の空を越えて グランドルートクリア(バレあり)

シナリオ 120/150 キャラ 115/150 絵70/100 音楽 80/100 その他システム 70/100(ここはまだ暫定です) 思い入れ 30/50 トータル 485/650

ESにつけた点数 79点。総合順位52位/130ゲームくらい(75点以上のゲームは正確に、69作品と把握しています)。

ESへの感想はこちら(ほとんど同じ事書いてる気がしますが、一応)。


ひたすら、徒労感の残るエンドでした。と書くと悪口のように受け取られかねないけれど、別に悪口ではありません。
「私たちは、なぜ闘っているのでしょう?」。
橋一つのために、命を散らした生徒。相手の警備を引きつけるために、命を犠牲にしていった人々。戦後、少しでも有利な条件を引き出すために、死んでいくパイロット。
理想という熱に浮かされ始まった、戦争という悪夢。いつしか理想を忘れ、ただ利権のためだけに発生する殺し合い。


戦争という悪夢の中では、戦死は一つの勲章だった。たとえ、残された者の中に大きな傷を残したとしても。残された者は、そんな誇り高き死に心を動かされ、賛美する。
けれども、戦争という夢が終わった時。そこに理想なんてないと知った時。
果たして、彼らの死が有意義なものだったと、言えるのか。
確かに、彼らの犠牲によって新しい社会システムができあがった。歴史が動いた。
けれど、戦った人間がその恩恵を受けられるわけじゃない。夢見ていたほど、それは幸せな新世界でもない。


けれど、それで良かったのかもしれないとも思う。この作品は、戦争を真っ向から描いたごまかしなしの作品だった。グランドルートでは、社がヒーローになるエンディングを楽しみにしていたが、結局社もヒーローにはなれなかった。
けれども、それで良かったのだと思う。


戦争は、虚しいものだ。そのことを描ききったのだから、これで良かったのだと思う。
エンターテイメントとして、ラストのあれは個人的にどうかと思うが、それでも……戦後の平和な生活を、希望に満ちた後日談として描くくらいなら。


作品全体の構成をおさらい。
最初の3ルートでは、理想のために戦い、散っていく若者達の生き様が描かれる。戦局を少しでも有利に運ぶため、という理由での「有意義な」死。
もっとも戦後情勢のための捨て石だとか、要領を得ない社の戦う理由(何かというと親父親父で、自分の戦う理由がそれ以外に言えない)、一向に明らかにならない円経済圏の実態などから、
本当に関東政府がそこまで崇高な理想を抱いていたのかについては、既に疑念はあったわけだけど。


圭子、夕紀ルートでは関東政府の実態が露わになる。
掲げた理想が変質し、既得権益維持という正反対の方向に腐敗が進んだ関東政府。そして明らかになる本当の、円経済圏理論。


最終シナリオ、グランドルートでは、正しい円経済圏理論を説いて戦争を終結に導くという筋で物語が展開される。
この流れで言うならば、歪んだ円経済圏を選び悲劇の種を蒔いた関東政府に代わって、正しい円経済圏理論が日本を解体し、新しい時代へと導いていく。
のかと思いきや。
結局導き出された答えは、「システムは人を幸せにしない」「私たちは何のために戦っているのでしょう?」。



最後に。美樹教官の惨めさが本当に哀しい。若菜ルートでは熱い散り様を見せてくれた教官だったけれど(それだって、無駄な死ではあった)、グランドルートでは完全に負け犬……。死に際を誤った英雄というか、もはやシルバリーシルフィードも過去の亡霊というか……ラストでは、貴子さんよりもよほど生きることに疲れているように見えました。

しかし、美樹にしろ司令にしろ、今ひとつ行動が理解できなかったなぁ。


グランドルートから離れて、個々のシナリオの感想を言うと、個人的に一番好きだったのは加奈子ルート。最果ての地で結ばれる二人の姿がとても美しく、その陰で選ばれなかったトシの心境を考えると本当に哀しい。「僕と僕らの夏」で失恋を印象的に描いた早狩氏ならではの切れ味だった。


後、アララトの2番の歌詞が神。オープニングで聴ける1番はそれほど感慨も無かったんだけど。

アントニオ・プエルタ

群青の空を越えてをクリアしたので、近々感想を書こうと思います。


しかし、今日はそれどころではないのです。
非常にショッキングなニュースに接したので、それの紹介を。


セビリアの左SB、アントニオ・プエルタ選手(22)が亡くなったそうです。試合中に意識を失って、その後5度の心停止をしたとかなんとか。
映像はこちらです。

プエルタは去年の欧州スーパーカップ(だったと思う)、対バルセロナ戦で目にして以来、注目していたプレイヤーで、
レアル・マドリードの獲得リストにも挙がるほどの、有望なプレイヤーでした。
スペイン代表にも呼ばれるようになり、今が上り調子の選手でした。
何よりまだ22歳。信じられない思いです。
奥さんのお腹の中に子どももいるというのに。
彼が倒れてからの動向は、こちらのページに詳しく載っています。

彼の冥福を祈ります


そういえば、プエルタをお見舞いに、元ウルグアイ代表で2002年ワールドカップにも出場したFW、ダリオ・シルバ氏が訪れたそうです。
ダリオ・シルバといえば、確か去年だったか、交通事故に遭って足を切断するほどの重傷を負いました。生命に別状はないものの、本人の意識は未だ戻らず、もうサッカーが続けられないことを彼はまだ知らない、そんなニュースを受け取って以来、その後の足取りは届きませんでした。
あの時も非常に大きなショックを受けたことを覚えていますが、ニュースを聞いてお見舞いに駆けつけられるくらいまで回復したんですね。


元大宮アルディージャのヨルン氏(享年38歳)の訃報(そもそも彼の場合は、引退の報からして悲劇的だった)といい、ダイスラーの早すぎる引退といい、最近のサッカー界は本当に不幸なニュースが多く、哀しい気持ちにさせられます。

コリバノフさんへの返信

コメントだと文字数制限がうるさいので、記事にしてしまいます。


>>北朝鮮

同感です。僕が見てきた94-06のアジアの中で、唯一欧州と戦ってもなんとかなったアジアのチームって、94サウジくらいしか思いつきませんし(02韓国はあまり評価していません)。特に、各国の力の差が今よりも開いていたであろう、あの時代にあれだけの力を見せてくれるとは。

>>ポリバレント

あんまり、頭使わないで単語を使っているので何ともですが……そうですね。ユーティリティ=ポジション的な便利屋(DFもFWもできる)。ポリバレント=能力の引き出し(シュートもタックルもできる)みたいな感じで使っている……と思います。
ユーティリティな選手というのは多いと思いますが、ポリバレントな選手は最近とみに少ないので、多分この単語を使ったのは、今回が初めてじゃないかなと。

>>エトーとかカイト

これはプレスに積極的な選手の代名詞であって、ベッケンバウアーに比肩する才能を持った選手を出したわけではないです。カイトが後世に残るとはとても思えませんし、そもそも現代最強のストライカーだとも思っていません。ピルロやカカーも、単にイメージで出したに過ぎません。ピルロと言えば、レジスタの代名詞みたいな理由です。あしからず。カカーは伝わりにくいかも。

ちなみに個人的現代最高ストライカーは、アンリだと思っています。今はドログバも凄いですね。これにニステル、ビジャ、ロナウド、インザーギあたりが入って、カイトは彼らよりも1ランクは下です。

>>ネッツァー

映像を見て率直な感想を言えば、思っていたほど「芸術家肌」の選手ではなく、あくまでジェラードやバラックのようなフィジカルをベースに、ドリブル能力も備えているというイメージで書きました。
正直、ベッケンバウアーを超える天才のような記事も目にしていましたが、そこまででも無いように感じたのですね。


>>今の時代で歴史に残る選手

さすがに、サッカー観戦歴13年では、50年に一人の選手と比べて、誰が残るとはちょっと言えません。リバウドージダンーロナウジーニョが、最近の世界最強「10番」の系譜ではあると思っていますが。プラティニと同クラスくらいで、ジダンは残るかな……と言ってみる、プラティニを知らない私なのでした。だって、あのマラドーナですら90分きちんと見たのは、94年だけなんですもの。そんな私にはせいぜい、「今」の優れた選手しか語ることはできません。そして、「今」ベッケンバウアーのような選手がいるかと聞かれたら、私はいないと答えるでしょう。


もっとも、これはどこでも言われることですが、昔はプレスも無かったし、試合数も今ほど多くなかったと思います。ノンプレッシャーで芸術的なプレイを見せられても、今では誰も相手にしてくれません。プレッシャーがあるのが、当たり前ですから。疲れを引きずった選手が、いつも元気な選手よりも動きが悪いのも当たり前。
おまけに、見られるのはほんの数試合。下手をするとダイジェストだけ。一方現在はほとんどの試合を見ることができます。ロナウジーニョの凄い試合も見られますが、パッとしないロナウジーニョを目にすることもあります。良いところばかりを見られる選手と、良いところも悪いところも全てを見られる選手では比較のしようもない、とも言えます。
去年のリヨンーレアル戦でカリュウが3人抜きを見せました。もしも、あの試合の、それもハイライトだけが後世に伝わったら、カリュウはドリブラー扱いされてしまうかもしれません。これは極端すぎる例ですが。


結局、「今」を基準にしてしか「過去」は無く。「記憶」ですら美化され、移り変わっていくもの。
ペレ、ディステファーノ、プスカシュ、レオニダス、シンデラー、フリーデンライヒ、スティーブ・ブルーマー。どれだけさかのぼっても、英雄はいます。
うろ覚えですが、マラドーナも初めはシボリの劣化版と言われたという話も聞きました。
ですから僕は、今の選手と過去の選手を優劣で論じるのは不可能だと思っています。好悪を論じるのは可能ですし、それでいいのではないでしょうか。


更に言うなら。
98チュニジア代表のGKエル・ウアエルは、技術的に世界最高ではないかもしれませんが、あの大会での彼の動きはまさに神でした。僕の中で、エル・ウアエルは最強GKの称号に等しいものがあります。
もちろん、最強のGKは誰かと聞かれたら、ブッフォンだとか、あるいは見たこともないヤシンだとか、ディノ・ゾフだとか答えると思いますが、それでも僕の中ではエル・ウアエルなんです。そんな感じで、各々が自分の中の「天才」像を抱けば、それでいいのではないでしょうか。


ただ、昔の選手の方が総じてポリバレント(能力の引き出しが多い)のは確かなようです。最近はドリブラーならドリブラー、パスは飛び抜けて上手くないし、パサーならパサーでドリブルはそんなに巧くない。そういった選手が多いですから。


>>西ドイツの中央突破とサイド攻撃

74年、ヘルツェンバインがサイドを崩した後、内側に切れ込んでシュートを放つシーンが鮮明に焼き付いています。72西ドイツもサイドは使っていましたが、崩している感じはあまり受けませんでした。すぐに中央に戻しちゃうような。ウイング自身の突破力の問題かもしれません。

>>ゲルト・ミュラー

よくゴール嗅覚という言い方をされますよね。僕はこの単語のせいで、ミュラーとはインザーギ兄のような選手かと思っていたのですが(実際全然違うことがわかりました)、偏執的なまでにポジショニングを繰り返すというのがよく似ているのでしょうか。なお、遠目からでは誰かわからないような僕には、ミュラーがボールの無いところでどのような動きをしているかまでは、確認できないのが現状です。
それにしても、クリンスマン、フェラー以降、ろくなFWがドイツにはいませんね。かろうじて最近クローゼが出てきましたが……。まぁ、ミュラーと比べるのが間違っているのかもしれませんが。

>>ハインケス

どうも、僕が見ている時はいつも全然ダメなのです。しかし、リーグではかなりの回数得点王になっているんですよね。
監督としてのイメージが強く、ある意味馴染みのある人ではあります。
ドイツは、マイヤー、フォクツ、ベッケンバウアー、ヘーネス、ミュラーにハインケスなどなど、現在でも活躍している人物が多いので、あの監督は現役時代こんなだったのか的楽しさがあります。
ゲルト・ミュラー型ですか。てっきりビアホフ型かと思いました。ヘディングをしているシーンが印象に残っているので。


>>戦術的なこと

あぁ書いたのは言い訳の面もあるんですけど、そもそもその時代の選手達を知らないために、走っている姿や背番号を見ても「あれがヘーネスだ、あれがヴィンマーだ」ってわからないんです。ドイツで言うなら、ネッツァーやミュラー、ベッケンバウアー、ブライトナーはわかりますが。だから、たまたまサイドを切れ込んでいったのがグラボウスキーだったからと言って、ウイングのグラボウスキーなんて書いてしまっていいのかと思って、間違えても許してね的な意味合いであぁ書いた次第です。グラボウスキーのポジションがどこだとか、書籍を見てもMFとしか書いてなかったりして、何とも言えないのです。
サッカーというスポーツは大好きでも、選手を見る目は知らないスポーツを見るのと同じくらい無知なのです。初めて見るチーム同士のようなもので、実況に頼るしかないのです。
だからこそ、知識に頼らず「あの5番は凄い」とか言えますが、戦術的に本当に5番が優れているのか、たまたまその時に良い動きをしただけなのかは結局わからないのです。


まぁそんなわけで、コリバノフさんの議論相手としては僕は役者不足なのです。
単純に、アンリが好きとか、あのベンハイムの守備はざるだとか、ジブリルシセの髪型どうにかならんかとか、そういったことならいくらでも言えますが、専門的なことは大して……というかほとんどわかりません。まして馴染みの薄い昔ならなおさらです。
というわけで、この辺で勘弁してやってくださいませ。
気を悪くなさったらごめんなさい。

温故知新 

コリバノフ氏が、興味深い動画を教えてくださったので、感謝の意味も込めて、動画の感想を書いてみます。

まずは、古い順ということで66年ワールドカップの映像から。


66年のベッケンバウアー

これは良いものを見せていただきました。
74年の皇帝しか知らない私にとって、ベッケンバウアーは「DFラインにいるピルロ」のイメージでした。
DFラインから、ロングパスで攻撃を組み立てるリベロ。
ちょっと格が落ちますが、フランク・デブールみたいなイメージ。

ですから、ベッケンバウアーは若い頃は中盤の選手だったと聞かされても、
「あー、ピルロみたいな選手ね。中盤の底からパス配ってまわる」と思っていたんです。

……違うんですね。ピルロより遥かに攻撃的な、ミランで言うならむしろカカーに近いようなプレイをしていますね。
ドリブル突破やワンツーを駆使して、前線に駆け上がり、自らフィニッシャーを務めています。
これは驚きました。

DF能力もあって、ロングパスも巧くて、シュートもきちんと決めて、ドリブルも巧くて、リーダーシップもあって……完璧じゃないですか。


後、凄いと思ったのは、西ドイツの徹底したワンツーパス。……これ本当にドイツか? むしろチェコのウルチカや、06アルゼンチンのパス回しを思わせるような、ワンツーの連続には圧巻。もちろん、プレスが緩いというのは大いにあったのでしょうが、逆に言えばプレスがきつくてもあれだけのパス回しができれば、かいくぐれそうに思います。

66年の西ドイツと言えば、決勝で疑惑のゴールで敗れたチームですよね。
66年大会というのは、レフェリングで物議をかもした大会で、西ドイツとイングランドは共に優遇され、勝ち上がってきたというような記事を読んだことがあります。それが事実かどうかはわかりませんが、とりあえず西ドイツが普通に強かったことは間違いなさそうです。


66年 ポルトガルVS北朝鮮

まずは、北朝鮮の動きの良さに驚きました。ダイジェスト版であり、90分を見られるわけではないので
断定はできないのですが、こと3-0になるまでは北朝鮮が一方的に押しているように見えます。
とにかくスピーディーなショートパスと、ドリブル突破を織り交ぜた攻撃は、
世界との差を感じさせない、列強国と互角にやりあえるだけのクォリティを感じさせました。
ポルトガルと比べても、チーム自体の質は上だったのではないでしょうか。

ただ、途中から突然防戦一方になったのは残念と言えば残念。
負傷者、退場者でも出たのか、1点返されただけで気落ちしてしまったのか、
終盤までスタミナが保たなかったのか、定かではありませんが、
最初はポルトガルを圧倒していたのに、途中から圧倒されてます。

しかし、ポルトガルの攻撃は北朝鮮の攻撃と違い、
ミドルシュートが多く、あまりチーム全体で相手の守備を崩しにかかるシーンはありません。
エウゼビオがフィニッシュから何から一人でやっているようにすら見えます。
特に、ポルトガルの2回目のPKを獲得したシーンでは、エウゼビオが実に4人ぐらい相手を抜いています。
……エウゼビオって、ドリブラーのイメージはなく、むしろアドリアーノみたいなタイプかと思っていましたが、
ドリブルも巧みだったんですね。


チーム自体は北朝鮮の方が魅力的でしたが、エウゼビオのタレント性と、
北朝鮮の失速にも助けられ、ポルトガルが大逆転勝利を収めた、という内容に見えました。
2回もPKが、それも社会主義国である北朝鮮の相手に与えられたことで、訝しみながら見ていましたが、別にミスジャッジではなさそうですね。正当なPKのようです。


エウゼビオとベッケンバウアーの2人を見て思ったのが、昔の選手って今よりももっとトータル的な、ポリバレントな選手が多かったのかなぁと。

今まではむしろ、昔のサッカーは「DFはDFの仕事」「FWはFWの仕事」という、攻守完全分業型サッカー。それを覆したのがトータルフットボール。という認識だったのです。
しかし、エウゼビオにしたってシュート力だけじゃなくてドリブル突破もできます。ベッケンバウアーはシュート、ロングパス、ドリブル、ディフェンスいずれもレベルが高いように感じます。


最近の選手ってなかなかそういう人いないですよね。確かにエトーやカイトは守備もするけど、じゃあカイトをDFラインに入れようかとは誰も思わない。

そもそも「ピルロみたいな選手」「カカーみたいな選手」といった、「●●みたいな選手」といった選手をタイプ別に見る考え方こそ、現在の選手の持つ能力の狭さを(高さ低さではなく)、物語っているのかもしれません。

だって、何でもできる選手を僕、思いつきませんもん。どこのポジションでもできる選手という意味ではコクーとかルイス・エンリケとかになりますが、プレイのレパートリーで何でも出来るというのは、なかなかねぇ。


72ユーロ 西ドイツVSスイス
親善試合 ソ連VS西ドイツ

72ユーロ、 西ドイツVSソ連(決勝)

初ネッツァー。なんだけど、ゲルト・ミュラーに目が釘付け。
ボディバランス良いし、シュートの振りが早くて正確。これは凄い。
彼は、間違いなく現代サッカーでも驚異のストライカーとして名をはせそうです。横からクロスを受ける形を作らせたら、もう彼は止められませんね。
それに引き替えハインケス兄さんは冴えなかった印象。


ネッツァーは前線の指揮官というイメージでした。本などの知識では、古典的なパサーなのですが、ドリブルもシュートも積極的に行っていました。ロングパスも一本良いの決めていたし。無理矢理こじつければ、ドリブルの出来るジェラード? もっとラテンの香り漂うリケルメチックな選手かと思っていました。


きちんとフォーメーション、戦術を把握していないので、的外れかもしれませんが、ユーロ72の西ドイツは、74の西ドイツに比べて、中央攻撃が多く、サイド攻撃が少ない印象があります。
例えて言うなら、ドログバ(ゲルト・ミュラー)に頼ったチェルシー(ネッツァーはバラックの位置か。プレイはバラックというよりは、まだランパードに近い気がするけど)が72。ロッベン(ヘルツェンバイン)やジョー・コール(グラボウスキー)などを中心に、サイドから仕掛けるチェルシーが74といったところでしょうか。僕は74の西ドイツの方が好きですね。


また、72の西ドイツはとにかくクリアをしません。無闇なロングパスもしません(無闇じゃないロングパスはします)。必ず足下足下に繋ぎにいきます。
その方向性は買うんだけど、「おいおい、そんな危ないパスすんなよ」的な、現代では「絶対やっちゃいけないパス」が何本もありました。DFラインでそんなに緩いパス出しちゃダメでしょっていう。ネッツァーはパス、シュート、ドリブル共に優れ、チームの中心としてプレイしているように感じましたが、
やや球離れが遅いので(これは、当時の選手全般に見受けられるけれど)、現代サッカーで生き残れるか、あるいは74年に出場してオランダのプレスをかいくぐれたかは正直、なんとも言えない……というよりも分が悪い印象です。


最後に。サポーターが牧歌的ですなぁ。でも、ソ連の選手にとってはとてもやりにくいんじゃないでしょうか。
優勝が迫ってるからと言って、あんなフィールドを取り囲むようにドイツサポが旗振ってるんじゃ、いくら暴動を起こしていないとは言ってもねぇ。それこそ同点ゴールでも放ったら、何されるかわからぬ。
試合終了後はともかく、終了前までは大人しく席に座っていましょうよ。

ちょっと休憩

仕事中、communistとジョンソン大統領について調べていたら、
何故かこんなものを発見してしまい申した。


有名だったら今更だけど、とりあえず笑ったのでどうぞ。
音が少し大きめなので、注意して下さいね。


あ、そうそう「うみねこのなく頃に」買っちゃいました。「群青」が終わったらプレイ開始予定です。


では仕事に戻ります。

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