2010年08月

キング・ラット―チャンギ捕虜収容所―読了

著者はジェームズ・クラベル。評価はS


チャンギ捕虜収容所は、この世の地獄であり、楽園であった。


収容所に君臨するのは、偉大なるカリスマ、アメリカ人のキング。
キングに従い、利益を得るマックスたち。
キングに命を助けられ、強い友情を感じるイギリス人のピーター。
キングを目の敵にし、異常な執念で彼を陥れようとするグレイ。


キングは彼の機転を持って、捕虜収容所において絶対の富を蓄え、金の力を持って君臨する。気前良くお金をばら撒き、彼に協力する者は恩恵に預かる。収容所では彼一人が、餓えから完全に距離を置き、健康体を保つ。


そして、戦争が終わり、状況は一変する。


明日という日のくるのが恐ろしかった。
いまでは、チャンギ中が戦争の終わったことを知っている。とすれば、未来に直面しなくてはならない。チャンギの外にある未来。その未来がいまやってくる。

チャンギの人間は、自分自身の中に引きこもるよりほかなかった。ほかにどこにも行くべきところはない。隠れる場所はない。自分自身の中よりほかない。そしてその中には、恐怖がある。


生きるか死ぬか。それしか考えることができない、そしてそれさえ考えていれば良かった、おとぎの国が、現実に浸される。


捕虜が解放され、物資が届けられたチャンギでは、キングはただの伍長であり、待っている家族もなく、住む家すらままならぬ貧乏人でしかなかった。王座を剥奪されたキングに、あれだけ助けてもらっていたマックス達は背を向ける。


王国は崩壊し、捕虜たちはいなくなった。そこにはキングがビジネス用に飼っていたネズミだけが残っている。


確かに、キングは一人富んでいた。
だが、それは彼の実力がもたらした富。
戦争が終わった途端、見捨てられるような罪を、キングは本当に犯したのだろうか?


貧困に苦しむ捕虜たちにとって、一人だけ富んでいたキング。
彼のもたらす富が欲しいばかりに、彼に協力していた男たちは、内心妬みと屈辱を感じていたのだろう。自分たちが餓えに苦しんでいるのに、なぜあの男だけは健康なのだろうか?


では、キングはどうすれば良かったのか?
彼の実力で得たものを他のみなに分け与え、貧困と不潔に甘んじれば良かったのだろうか?


その答えはチャンギを取り囲む、紺碧の海だけが知っているのかもしれない。




クラベルといえば、以前このブログでも取り上げた「将軍」(評価 S)の作者である。
後で知ったのだが「将軍」はアジアン・サーガ3作目ということで、それではと思い、アジアン・サーガ1作目の「キング・ラット」を図書館で借りてきたが、これが「将軍」を上回る面白さ。クラベル作品をすっかり気に入ってしまったが、元々寡作家な上、日本では約半分の作品が翻訳されておらず、たとえ翻訳されていても文庫にはなっていないため、非常に手に入れにくい。アメリカではミリオンセラーを連発していた作家であり、日本人が読んでも絶対面白いのに、かえすがえすも残念である。


富士 感想

著者は武田泰淳。評価はA-。


戦時中の精神病院を舞台にして、「正常」と「異常」のあやふやな境界を描いた、狂気の名作。
深いテーマ性を持った作品でありながら、活き活きと描かれた個性豊かな登場人物たちの活躍で、ほとんど飽きずに楽しめた(ただし、最初の30ページは我慢が必要)。病院を舞台に、哲学的な問いをするという意味ではトーマス・マンの「魔の山」を彷彿とさせるが、読みやすさ、面白さでは断然「富士」に軍配が上がると言えるだろう。


誰が「正常」で、誰が「異常」なのか。医師であり、最も正常であるように見える主人公も「異常」であるという衝撃のラストを紐解くまでもない。

「正常」とされる、百姓の中里親子の性根の醜さ、厭らしさ。「異常」とされる、色男患者、一条の魅力ある弁舌の数々と一種の清々しさ。突き詰めるところ、『誰が正常で、誰が異常か』ではなく、『何を正常として、何を異常とするか』を考えさせられる。

ユービック 感想

著者はフィリップ・K・ディック。評価はA。

ディック作品を読むのは「アンドロイドは電気羊~」、「火星のタイムスリップ」、「高い城の男」、「スキャナーダークリー」と読んで、これで5作目だけれど、この「ユービック」が一番面白かったです(「スキャナーダークリー」も捨てがたいが)。

5作にほぼ共通しているのは、「これは現実なのか、それとも幻なのか」という問いかけと、「薄ぼんやりとした、不安定な未来世界」。


その中で、必要以上に重苦しかったり、読みにくかったりする作品もあるのですが、今回の「ユービック」は美少女は出てくるし、主人公が時間退行現象という興味深い現象に巻き込まれるし、ユーモアもあるしで非常に読みやすい作品です。それでいて、上記の「これは現実なのか~」というディックの問いかけもきちんと組み込まれており、エンターテイメント性と描きたい主義主張が高いレベルでマッチしているように感じました。


恐らく世間では「アンドロ羊」や「高い城」の方が代表作といわれているのでしょうが、ディック初読者には僕は断然「ユービック」をお勧めしたいです。

マン・プラス 感想

著者はフレデリック・ポール。評価はB+。


「サイボーグ」になる男が火星に行く、というストーリー。実に巧みなタッチで主人公の『感覚』を描いたことに驚かされた。たとえば、主人公が目をつぶると当然物が見えなくなるわけだけど、その様子が読んでるこちらにもバッチリわかる。目をつぶったまま、人の声が聞こえている様子とかがそのまま追体験できる文章は、一読の価値があるだろう。

男の家族、仲間などキャラクターもなかなか魅力的で、読んでいて不愉快なキャラクターは出てこない。クライマックスの解決では伏線を張っていた下ネタが炸裂、と、ある意味くだらないっちゃくだらないのだが、実に楽しく気分良く読める、良質な娯楽小説だった。
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