2011年04月

人類皆殺し 読了(バレあり)

著者はトーマス・ディッシュ。評価は A-


東北関東大地震という大災害がありましたが、平常通りの内容を書いていきます。
作品が作品な上に、今日11日は余震連発と、タイミングは最悪だと思うのですが。



私、破滅もののSFというジャンル自体が好きなのかもしれません。

ラリー・ニーヴンの「悪魔のハンマー」、ネビル・シュートの「渚にて」。
ロベール・メルルの「マレヴィル」、(破滅ものじゃないけど、破滅描写が素晴らしい)スティーブン・キングの「ザ・スタンド」。いずれもA評価以上ですもの。

一方で、既に事が起こってしまった後の世界を描いたブライアン・オールディスの「地球の長い午後」ですとか、ジャック・ヴァンスの「終末期の赤い地球」なんかはあまりピンと来ないのですけれど。


今回の「人類皆殺し」はまず、植物の襲来というのが個人的に新しかったなと。
このガジェットのおかげで、新鮮な気持ちで読めました。
また、登場人物のキャラ付けがある種類型的ではあるものの、非常にわかりやすかったこと。


頑固で独裁的なウザ親父(でも指導力抜群)、頭がキレるけど無責任な長男、頭が悪くて乱暴でウザい次男、一家を破滅させる悪意に凝り固まった男、といった具合にすんなり頭に入ってくるキャラ付けなんですね。
人間ドラマがしっかりしていて、実に読みやすい。
破滅SFはやはり人間ドラマだと思うのです。冒険SFが、しばしば活劇描写に偏りがちなのとは対照的に、破滅SFはしんみりとした人間ドラマが楽しめる。
だから破滅ものが好きなのかもしれないですね。

非日常的なドキドキ、破滅という甘美な響きに魅せられる、といった部分もあります。


ただ。
現実に破滅……というのは困りますので、お話の中だけにしてもらいたいですね。



ずっとお城で暮らしてる 読了(重ネタバレあり)

著者はシャーリィ・ジャクスン。評価はA。


精神に異常を来たした妹(メリキャット)にとって、世界中で必要なのは、大好きな姉(コンスタンス)一人だけでした。


『大好きよ、コンスタンス』

『わたしもよ、メリキャット』


閉じられた世界で二人はとても幸せです。
ずっとずっと、幸せです。
ずっと、お城で暮らしてる。永遠に二人きりで。


時には外の世界から、二人の世界を破壊しようと闖入者がやってきます。
闖入者の一人は、金銭目的で姉をたぶらかそうとしました。
屋敷に火をつけました。
暴徒が屋敷を襲撃し、思い出の品々を破壊していきました。


そんな事があってから、二人はますます閉じこもるようになりました。

『大好きよ、コンスタンス』
『わたしもよ、メリキャット』


『あたしたち、とっても幸せね』



というのが、妹視点から見たハッピーエンドストーリー。
姉視点から見ると、妹のせいで屋敷に閉じこもる羽目になり、
闖入者のせいで憧れていた外の世界にも羽ばたけなくなり。
妹は大切な存在だけれど、本当に幸せなのかと聞かれると、バッドなんじゃないのかなぁ?という疑いも。


精神に異常をきたしている妹(というより、知恵遅れじゃないかと。18歳と言われるとおかしいけど、小学生くらいならこの思考パターンは割に普通だと思うし)よりも、金目当てで姉に近づく闖入者のチャールズの方が、よほどウザくて有害というのは自明の理。
姉妹を迫害する村人たちも同様に。
どっちが狂ルっているのか、ということを考えるのもありですね。


上では『狂』を連呼していますが、そもそも『狂』とは一体なんなのか?
と、考えるとそれは、『他の人とは、行動・思考パターンが違っている』『予測不可能である』と定義できるのではないかと。
あくまで、他の人の行動パターンから逸脱しているという意味なので、一人ぼっちの世界に『狂』はあり得ない。


この小説の場合、妹の行動を姉が『狂』と判断すれば、妹は『狂』かもしれませんが、どうなのかな?
少なくとも赤の他人のチャールズなんぞが、「こんなのはおかしい!まともな生活をしよう!」などと騒ぎ立てるようなことではないと思います。
『まとも』だと判断するのは、だぁれ?
その判断を下したあなたは、本当に『狂』っていないと、言えますか? ってね。


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