2013年08月

ジャック・ヒギンズ「死にゆく者への祈り」読了(重バレあり)

評価はA+

世間的な人気では、ヒギンズと言えば「鷲は舞い降りた」なのかもしれませんが、
個人的にはこの「死にゆく者への祈り」が好きです。
とにかくキャラクターの造形が見事。


人を殺すことで、己の魂を滅ぼしていく暗殺者。
朽ち果てるように寂れた教会の神父と、その盲目の姪。
男たちに弄ばれながら、健気に生きる売春婦。


全編、彼ら、彼女たちが漂わせるもの悲しさに満ちており、「傷み」なしでは読めません。


主人公のファロンは、陰のあるクール系主人公を描かせたら右に出るもののいないヒギンズらしく、
非常に格好良く仕上がっていますが、決して超人ではなく、その奥に非常に繊細な感覚を持った人物のように感じました。

個人的に印象に残ったシーンのうち、2シーンほど抜き出してみます。


「いつになったらやむのだろう? まったく、いやになる。このいまいましい空まで、泣きやもうとしない」
「あなたは、人生のつらいところばかり見ていらっしゃるわ、ミスター・ファロン」
(中略)
「それで、そこには何一つ存在しないんですの? あなたのその世界で価値のあるものは、何ひとつないんですの?」
「あなただけだ」ファロンは言った。


プリーツスカートとグリーンの絹の服をまとうと、髪にブラシをかけ始めた。それはおそらく他のどんなしぐさより、女らしい動きだろう。ファロンは奇妙に悲しい気持ちに襲われた。欲望と言えるようなものは、とくに肉体的な意味ではまったくないと言えた。だが、現在目にしているものが、この世では決して自分の手に入らぬものであり、しかもそうした結果をもたらした原因が他ならぬ自分にあるのだということが、急に痛いほどに感じられた。


ファロンの最初の台詞、「このいまいましい空『まで』泣きやもうとしない」という台詞は実に繊細で、
作中一度も涙を流さないファロンだけれど、本当は常に泣きたい気持ちを抱えていることを明示したシーンだと思います。
それは、沢山の人の命を奪い続けてきた(特に過ちから、罪のない子どもを殺してしまった)自分は既に「生きる死者」であり、「生きている」周囲の人間とは違うのだという意識があるからなんですね。


悪役に関しても単純な悪者、偏執狂のような人物ではなく、表の商売では不正を許さない一面を持っていたり、
普段は不出来な弟に手を焼かされつつも、その死に動揺するなど人間味のあるキャラクターで良かったです。


ラストシーンも美しい余韻を残してくれました。
彼の魂は果たして救われたのでしょうか。
死にゆく者へ、祈りを。



 

スーザン・コリンズ「ハンガーゲーム」読了(重バレ感想) 2巻読了追記アリ

評価はC+に近いB-。

つまらなくはなかった、と思う。
だが、「全米2600万部」との煽り文句を頭に入れてしまうと、「え……これが?」としか思えなかった。


まず良かった点を挙げると、サバイバルの描写はなかなか堂に入ったものだったと思う。
またスズメバチに襲われるシーンは本作でもなかなか緊迫した場面ではあった。
ルーの死のシーンでは泣かないまでも多少ジーンとはした。
ペータ君とのロマンスは、儚い感じで嫌いではなかった。
後は訳の良さから、とても読みやすかった。
読みやすいというのは重要で、読みにくい本だと挫折してしまうこともしばしばあるので、すいすい読めたのは嬉しい。


しかし、ダメな点も多い。
まず、このジャンルには貴志祐介の「クリムゾンの迷宮」、高見広春の「バトルロワイアル」、スティーブン・キングの「死のロングウォーク」といった偉大な先駆者がいる(他にもあると思いますが、僕が読んだのはこれだけです)。
いずれもS評価をつけた名作中の名作群だ。 

それら作品に比べると、本作は圧倒的に物足りない。


☆物足りない要素①「登場人物の魅力」


この大会は24人のメンバーが参加しているのだが、果たして読者にとって印象深かったのは何人だろうか?
主人公のカットニス、相手役のペータ、カットニスの友人になるルー、これくらいではないだろうか?
後は単なる敵役だ。


僕は「バトルロワイアル」を高く評価しているが、あの作品は本当に人物描写が良かった。
主人公やその仲間だけじゃなく、簡単に殺されてしまう生徒までしっかりと性格描写がなされていた。
だからこそ、「この子、死んじゃうんだろうけど応援したい。頑張って!」とか、「あ、こういう奴いたわ……」とか、
「こいつ、俺みたいな奴だな……俺も多分こんな感じで死ぬな……」などなど、いろいろな登場人物を味わいながら読めた。
きっとこいつがラスボスかなとか、こいつとなら同盟を組めそうなのに、とか色々考えながら読んだものだ。
それは一つには、『学校のクラスメイト同士』だったからこそ、回想シーンなどを交えることで様々なドラマを生み出せたのだろうし、複数視点の巧さもあった。


が、本作では終始ほぼカットニス視点であるし、ペータとカットニス以外に接点はない。せいぜいルーとの交流があった程度なのだから、物足りないのも無理はない。
故に本作の人間関係は終始希薄で、「いつ裏切るかいつ裏切られるか」といったサスペンス性も皆無だし、
誰となら同盟が結べそうかといった戦略的要素も皆無であり、
主人公以外に応援したい人間もいなかった(ぶっちゃけ主人公もそこまで応援したいわけでもない)。



☆物足りない要素②「狂気と絶望」


本作に絶対的に欠けている二つ目の要素がこれだ。
この作品では終始皆が「正常な思考」を持っている。
「クリムゾンの迷宮」や「死のロングウォーク」、「バトルロワイアル」のように、狂気が人を蝕むシーンは皆無だ。

また、序盤の「喉の渇きに苦しむシーン」を除き、生理的な苦しみを感じるシーンもほぼなく
(僕はスカトロ趣味ではないのだが、敵に樹上に追い詰められたシーンでも、たとえばう○ち漏れそうという設定一つあるだけで、もっとずっと緊迫したシーンになったはずだけど?)
凶悪な追っ手に追い詰められるシーンもない。
主人公、もしくは好きなキャラが生き残れないのでは?という「絶望感」も皆無で、
よく言えば「安心」して読むことができる。

が、それは「ホラー」としてはどうなのだろう?
「恋愛モノ」にサスペンスを絡めたラノベだとでも思えばまずまず出来は良いと思うが、少なくとも本作はちっとも「怖くない」。


☆不満な要素①「出しゃばりなゲームマスター」

また、この手の作品で一番興ざめするのは「外部の人間」のゲーム操作だと思う。
僕は、「大会参加者の闘い」が見たいのだ。


超超超不謹慎なことを言えば、「バトルロワイアルものとは、一種のスポーツ」である。
ゲームマスターとは、決められた「死のゲーム」のルールを選手たちが踏み外さないために、力を振るう存在であり、要は「審判」みたいなものだ。


それが、気まぐれに介入するのでは興ざめもいいところではないか。
「ゲームを面白くするため」という不明瞭な理由でゲームに介入し、主人公に火傷を負わせてみたり、
「突然ルールを変更」して、タッグ組みをOKにするなど、この「ハンガーゲーム」の「審判」は出しゃばりすぎだ。


僕はサッカーの試合をよく見るのでサッカーに例えて言うが、
『汚いファウル』に「イエローカードを出す」のが審判の役目であって、
「10点差で負けているチームに贔屓して、バンバンPKを与えてスコア上は互角にして盛り上げる」とか、
「試合途中で突然ルールを変えて、自陣に全員で引きこもったチームにはペナルティとして3失点とする」とか、そんなのは論外だろう。


どうしてもやりたいなら、「試合前に」ルールを変えておかなくてはいけないし、ルールを厳密に設定せず、明確にしなかったのは「ハンガーゲーム」の陳腐さを際立たせているだけではないだろうか。
「膠着状態がイヤ」なら、前もって「ルールを整えておく」必要があるだろう。
それこそ『バトルロワイアル』の「侵入禁止区域の順次拡大」のように。
そしてそれが前もって提示されていたならば、全く問題はなかったのだ。
第『74回』ハンガーゲームなのだから、もう少しルールができていても良さそうなものだ。



更に言わせてもらうなら、どう考えても「愛し合う二人が協力して生き残ることを目指す」姿よりも、
「愛し合う二人が、どちらか片方しか生き残れない」というシチュの方が、
『殺し合いゲームに大喜びする層』にはウケると思うのだが、いかがだろうか?
やっぱ作者の都合かねぇ、などと思ってしまうのがいかにも残念である。

最後の「やっぱ二人には殺し合ってもらいましょう」→「あ、でもやっぱり二人が勝者でいいや!」な展開などは、
もう作者の正気を疑いたくなるほどにくだらない茶番であり、何故こんなシーンを入れたのか心底理解不能である。



と、このように冷静に(?)考えれば考えるほど本作は駄作だったように思えてしまうのだが、
読んでいるあいだはそれなりに楽しめたこともあるし、
ハッキリと粗が見えてくるまでは(割と早い段階で見えてしまったが)ハラハラしながら読めたこともあるので、
一応B-評価としておきたい。



*追記

「ハンガーゲーム2 燃え広がる炎」を読みました。

ここまで読んで思ったのが、「1巻は単なる前フリ」だったんだなということ。
そして、「作者は別にホラーのつもりで書いたんじゃないんだな」ということでした。


1巻の最後、上述したルール変更なども2巻に繋げるために無理に入れたものにしか見えません。
そもそも「ハンガーゲーム」というゲーム自体、あるいはホラー小説という体裁自体がこのシリーズの本質ではありません。
どうやら、「打倒帝国を掲げるレジスタンスもの」。平たく言っちゃえばスターウォーズ的な、あるいはバトルもののラノベだと思った方が良いのだと思います。
そう考えれば、本作は決して出来の悪い作品ではない……かな?

少なくともホラーとして見るよりは、「スターウォーズ」だと思った方が、がっかりはしないと思います。


ハンガーゲームの部分は、『こんな酷い目にあったよ、許せないよ! 帝国倒さなきゃ!』の中の
『許せないよ!』の部分でしかありません。
それを知った上で読んだほうが、作品にとっても読者にとっても幸福なように思います。


間違っても「アメリカ産バトロワ」だと思って、スリルを期待して読まないことです。








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