まずは点数から

話130/150 人125/150 絵75/100 音80/100 その他システム60/100 印象40/50

Total 510/650 ESにつける点数 85 

 
前置き】

一言で言うならば、極めてイメージ性に富んだ作品。
名シーンが情景として頭に残るような、そんな作品でした。

緻密に貼られた伏線や、その見事な回収。
数々の人間ドラマなど、賞賛すべき点はいくらでもあるのですが、実感としては、それら優れた論理性よりもなお、目を閉じればすぐに思い描ける空気感、雰囲気、光景といったイメージ性の強さが本作の特徴だったと思います。


本感想ではルートごとに気に入ったシーンを中心に、足りない部分を補足しつつ書いていこうと思います。


【前置き2】

本作では厳密なシナリオロックが行われており、
プレイヤーは順に物語を読みすすめていくことになります。
順番はアリエス→2048→アクア→明香です。

2
章に関しては、AQUAと書くと2050年のアクア編と紛らわしいですし、明香里と書くと感じの字面的に明香編と紛らわしいので、便宜上【2048】と表記させていただきます。


【アリエスルートについて】

物語の冒頭を飾るアリエスルートは、伏線のために作られたルートという印象が強いです。序盤、MIBらしき人物による監視のシーンはなかなかスリリングではあるのですが、その正体がアクアだと判明した以降は、割と起伏のない日常が続く印象です。
「ひまわり」が面白くなるのは次章以降なので、仮に面白く感じなかったとしても、我慢して次章を読みすすめてほしいところです。


【過去編 2048について】

本編よりも2年前の物語である過去編は、とても力の入ったシナリオで、「ひまわり」の肝とも呼べるものになっています。現代編よりも優れているように感じてしまうのは、作品にとって幸だったのか不幸だったのか。
失われた時間、失われた最愛の女性を求め続ける雨宮大吾と、そんな彼に焦がれてしまったアクアの物語。
徹頭徹尾、鬱な本シナリオでは印象深いシーンがいくつもありました。


『大吾、明、明香里、3人の天文部――夢を見続けていられた子供時代――』

まず特筆すべきポイントは、明香里視点で語られる天文部の活動が、本当に楽しそうで、まさに青春そのものであったこと。
地球から見た宇宙は、壮大で、見果てぬ未知の世界。
そんな途方もない夢を、気の置けない仲間たちと追いかける。それは、子供じみた夢でしかないのかもしれません。
ですが彼方を目指した3人の光景は、子供時代を卒業してしまった僕の身には甘い郷愁として胸に迫るものがありました。
そしてその郷愁はプレイヤーである僕だけではなく、大吾の、そして明のものでもあったのですね。


『月面での告白――遠くに輝く月光と、傍に寄り添う室内灯――』

遥か彼方へ。学生時代追い続けてきた夢を遂に達成した大吾を待ち受けていたのは、荒涼とした死の世界でした。
そこに降り立った大吾は、気づいてしまうのです。
自分が本当に求めていたのは、遠いどこかではない。
ずっと身近にいたはずの明香里という女性こそ、彼が最もたどり着きたかった場所だったのだ、と。


ですがそれに気づいたとき、明香里のお腹の中には明との子供が既におりました。
大吾の一世一代の告白は失敗に終わります。
心を暖めてくれる灯りはベランダから臨む月の光ではなく、月を見るために自分が背を向けた室内にこそあった。
それが大吾の答えでした。
明香里、そして後日には明香という室内灯を手にしながら、それらを犠牲にしてまで月の光を求め続けた明とは、ここで袂を分かったことになります。


そして数年後、明香里は失踪(実際には死亡)します。大吾はいなくなった明香里を追い求め、再度宇宙を放浪することになります。
大吾の行動は再び、彼方の灯りを、失ってしまった明香里という女性を追い求めるものへと変わったのです。
そんな彼の傍に、アクアという新しい灯が点ったことにも気づかずに。


『月面での死――転回する「地球」と「月」、「夢」と「現実」の対応関係――』


クライマックス、月を彷徨う2人のシーンも実に印象的でした。
自分を『明香里』と呼ぶ大吾、ルナウイルスの影響もあり、なくしてしまった過去を追い求める大吾に対し、精一杯『明香里』を演じるアクア。
ついに力尽き、倒れたその先、月面から見えた水の惑星。
かつて大吾が夢にまで見た月、今死にゆく不毛の大地と
かつて大吾が青春を過ごした地球、眼前に広がる豊かな惑星の対比は非常にシニカルで、本作中で最も印象に残るシーンとなりました。


月の秤動を使ったギミックもさることながら、この叙情性は今まで読んだ名作SF小説に勝るとも劣らないインパクトがあったと思います。


【アクアシナリオについて】

再び陽一を主人公にしての現代編。
大吾への恋を忘れられずにいるアクアは、地上にてルナウイルスの保菌者、陽一と出会います。
彼に惹かれていくアクアですが、それは陽一の身体に眠るルナウイルスのため。
そして、大吾への想いにも苦しむアクアは、陽一から離れようとします。


シナリオ最終盤「アクアの想いはウイルスへの渇望に過ぎない」と断じる明に対する、陽一の切り返し
「ルナウイルスに惹かれてアクアが陽一を求めるのは、遺伝子に惹かれて雄と雌が求め合うのと何ら変わらない」(要約しました。一字一句正確ではありません)。
この台詞にもまた心を動かされました。
なるほど、言われてみればその通りのことなのですが、知らず恋愛脳に毒されてしまっていたのか、そのことに気づかず「ルナウイルスのせいで好かれてるのか。なんか嫌だな」と思っていた僕の目を覚ますインパクトのある台詞でした。


また、アリエスの大人びた一面が浮き彫りになるのも本シナリオでした。
ルナウイルスを受け入れてアオイの代わりを務めようと陽一を誘うシーンは、本作でも屈指の名シーンだったと思います。
アリエスとアクアの仲直りシーンも良かったですね。二人の絆を感じることができ、胸が暖かくなりました。


ここは少し自信がないのですが、アクアがシナリオ後半に陽一に突きつける数々の選択肢の正解は、みな「大吾ならきっとこうしたであろう」選択肢だったように思います。
もしそうだとするならば、アクアが本当に求めているのは大吾の姿であって陽一のものではないことになります。大吾が明香里を望み続けて、新しいアクアを望まなかったように、アクアもまた新しい陽一を望まずに、過去の大吾を望み続けていたのでしょうか。
そんな一抹の不安を感じさせるほろ苦いシナリオでした。


【明香シナリオについて】


さて、最終シナリオに位置づけられるのが明香シナリオです。
本シナリオでは、西園寺明の内面描写が印象深く綴られました。
目的のために手段を選ばない冷徹な男は、その実、宇宙を夢見た少年のままの心を持ち合わせていました。
そんな彼の魅力も印象に残りましたが、より重要だと感じたのは本シナリオにおけるカーテンコールのシーン。皆が集い和気あいあいとした雰囲気に満ちた天体観測会だと思います。


アクアシナリオまでを読んだ時点で、僕が受け取ったテーマは非常に暗いものでした。

『過去編2048』の感想でも触れた、「天文部の部活動」と「実際に降り立った月の情景」(大吾)。
「大吾への恋」と「陽一への恋」(アクア)。
「葵との幸せな時間」と「新しい恋人アクアとの時間」(陽一)。


過去と現在が入り混じる本作において、常に過去は現在に比べ、より美しく描かれていたように思います。
いわば「失われた時は二度と戻らない。それでも人は幸せな記憶を忘れられない」という、呪いを描いた作品なのかと思っていました。


ですが、このシナリオを読み、『呪い』というほどネガティブな書かれ方ではないのかなと思い直すようになりました。

本シナリオでは明香の病気(余命数年)を知ってなお、陽一は明香を選ぶのですが、そのシーンの描かれ方に悲壮感がないのです。むしろ、天体観測会の場であっけらかんと
「どんな生き方を選んでも、後悔することになる。だから精一杯生きていくんだ」という宣言が陽一の口からなされます。
彼は悲劇をもまた、人生の一部分として肯定しているのです。
そして大変な悲劇に見舞われ、今また近い将来見舞われようとしている明もまた、そのことに異議を唱えません。つまりそれこそが、陽一の口を借りた「本作のテーマ」と言えるのかもしれません。


そう考えてみると、大吾の最大のミステイクは明香里への恋に敗れたことでも、過去の亡霊として明香里をずっと想い続けたことでもなく、死んでしまったことの一点に尽きるのでは?とさえ思えてくるのです。


ここまでベタ褒めを重ねてきましたが、多少の不満もあります。
最も大きな不満は、本作を覆っていた陰鬱な雰囲気が、天体観測会が始まった途端に払拭されることでしょうか。皆が一堂に会するこのイベントは、それまでのダウナー系の物語展開を考えるとやや唐突な印象を受けました。
そしてその唐突なイベントこそが、作品テーマ・作品の雰囲気(読後感含む)を大幅に軌道修正したような印象があり、その辺りに拙さを感じました。もっとも、暗いまま物語が終わってしまうよりも、この方が後味良く終われるとは思うのですが……。


本シナリオにおいて修正されたテーマ、最終結論は
「人は生きていく。素晴らしい時間が永遠に過ぎ去ってしまったとしても、生きていればきっといいこともある。【その「いいこと」が、かつての時間に匹敵するほど素晴らしいかどうかは別にして】』という感じでしょうか。
まだ若造の分際ではありますが、今まで生きてきた僕個人としては、確かにうなずけるテーマではあります。


しかし一方で物語としては、多少座りが悪いと言いますか、明確に「○○は××だ!」

(この場合は「素晴らしい時間はもう二度と帰ってこないのだ」とか、
あるいは「生きてさえいれば、あの幸福はまた取り戻せるものなのだ」のような)
と言い切れるようなものではないために、作品の外観がややぼやけてしまったとも感じるのです。
もっとも言い切らないからこその奥深さもあるわけなので、叩きたいというわけではありません。
高校生である陽一君がたどり着くには、あまりにも早く、あまりにも哀しい真理だったように思います。


また、恋愛面においても多少の疑問は残ります。


確かに、『大吾』という強力なライバルが存在するアクア、『葵』との接点が強いアリエスに比べ、明香には葵個人との接点はありません。ですが、アリエスやアクアがそうであるように、明香もまた『葵』の異父姉妹にあたります。完全に葵と無関係というわけではないのです。


過去は過去のものとして未来を目指す上で、陽一は明香を葵と比べず、完全に乗り越えて新しい恋を育んでいけるでしょうか。大丈夫だろうとは思うのですが、ここは葵とは無関係の女の子をもってきた方が、『再スタート』の物語としてはよりシンプルだったように思います。

逆に言えば、安易に断言せず、シンプルにしないことが「ひまわり」らしさ。
よりリアルに、誠実に考えられた物語であると言うこともできますね。


【終わりに】

ロリっ娘宇宙人同棲ADVと銘打った本作でしたが、実際には「過去」との付き合い方、「未来」の迎え方を描いた骨太のSF作品だったと思います。

個人的に、『2048』の出来が素晴らしすぎ、雨宮大吾という人物が魅力的でありすぎたため、『2050』、本来の主人公である日向陽一の影がやや薄くなってしまったのが少々残念ではありましたが、
それを差し引いてもなお、名作と呼ぶべき作品でした。