著者はジェームズ・クラベル。評価はS


チャンギ捕虜収容所は、この世の地獄であり、楽園であった。


収容所に君臨するのは、偉大なるカリスマ、アメリカ人のキング。
キングに従い、利益を得るマックスたち。
キングに命を助けられ、強い友情を感じるイギリス人のピーター。
キングを目の敵にし、異常な執念で彼を陥れようとするグレイ。


キングは彼の機転を持って、捕虜収容所において絶対の富を蓄え、金の力を持って君臨する。気前良くお金をばら撒き、彼に協力する者は恩恵に預かる。収容所では彼一人が、餓えから完全に距離を置き、健康体を保つ。


そして、戦争が終わり、状況は一変する。


明日という日のくるのが恐ろしかった。
いまでは、チャンギ中が戦争の終わったことを知っている。とすれば、未来に直面しなくてはならない。チャンギの外にある未来。その未来がいまやってくる。

チャンギの人間は、自分自身の中に引きこもるよりほかなかった。ほかにどこにも行くべきところはない。隠れる場所はない。自分自身の中よりほかない。そしてその中には、恐怖がある。


生きるか死ぬか。それしか考えることができない、そしてそれさえ考えていれば良かった、おとぎの国が、現実に浸される。


捕虜が解放され、物資が届けられたチャンギでは、キングはただの伍長であり、待っている家族もなく、住む家すらままならぬ貧乏人でしかなかった。王座を剥奪されたキングに、あれだけ助けてもらっていたマックス達は背を向ける。


王国は崩壊し、捕虜たちはいなくなった。そこにはキングがビジネス用に飼っていたネズミだけが残っている。


確かに、キングは一人富んでいた。
だが、それは彼の実力がもたらした富。
戦争が終わった途端、見捨てられるような罪を、キングは本当に犯したのだろうか?


貧困に苦しむ捕虜たちにとって、一人だけ富んでいたキング。
彼のもたらす富が欲しいばかりに、彼に協力していた男たちは、内心妬みと屈辱を感じていたのだろう。自分たちが餓えに苦しんでいるのに、なぜあの男だけは健康なのだろうか?


では、キングはどうすれば良かったのか?
彼の実力で得たものを他のみなに分け与え、貧困と不潔に甘んじれば良かったのだろうか?


その答えはチャンギを取り囲む、紺碧の海だけが知っているのかもしれない。




クラベルといえば、以前このブログでも取り上げた「将軍」(評価 S)の作者である。
後で知ったのだが「将軍」はアジアン・サーガ3作目ということで、それではと思い、アジアン・サーガ1作目の「キング・ラット」を図書館で借りてきたが、これが「将軍」を上回る面白さ。クラベル作品をすっかり気に入ってしまったが、元々寡作家な上、日本では約半分の作品が翻訳されておらず、たとえ翻訳されていても文庫にはなっていないため、非常に手に入れにくい。アメリカではミリオンセラーを連発していた作家であり、日本人が読んでも絶対面白いのに、かえすがえすも残念である。