評価は A+。

これがデビュー作であり、17歳の時に書かれたという話を聞いて、完全に恐れ入った。

10代でデビューした作家の作品というと、乙一の「夏と花火と私の死体」や綿矢りさの「蹴りたい背中」などが思い浮かぶ。
しかし、「夏と花火と私の死体」にしろ「蹴りたい背中」にしろ、『若さ故の未熟さ』のようなものを感じる部分も多い(特に前者:そしてこう言っておきながらなんだけど、乙一は大好きな作家です)。
 

だが、この「上海ビート」には、まるで作家生活十年を超えた、文字通り完成された作家が書いたと言っても不思議ではないと感じた。


「上海ビート」は、とにかくユーモアに溢れ、非常に笑える作品である。
特に主人公の雨翔や、中学時代の恩師、馬先生の描写がたまらない。
笑いを支えているのは、作者のユーモアセンスだけではない。
人間の心理・行動を面白おかしく描く、観察眼が極めて優れていると感じた。
「あぁ、言われてみれば、そうだ。何で気づかなかったんだろう」。文章を読み、笑いながらも、そう思わされることがとにかく多かった。
また、作者の知識量にも脱帽するばかりで、笑いのために引用される中国古典、海外純文学など、とても17歳とは思えない読書家ぶりだ。


風刺も実に効いており、僕が20代も半ばに達してから気づいたことや、いまだ気づけなかったことを、
ズバリと言い切ってしまう(しかもそれが頷ける)その成熟ぶりには驚かされるばかりで、
「天才ってこういう人を言うんだろうなぁ」と思い、ワナビとしての我が身の至らなさをつくづくと感じた。



「上海ビート」は主人公の中学時代と高校時代を描いた小説である。
前半部が中学、後半部が高校だ。
あらすじを一言で言ってしまうと
『お調子者な主人公が楽しく中学を過ごしていくが、高校で挫折してしまう』。
これだけである。

この小説で唯一問題なのが構成で、高校での挫折が少々急ぎ足に感じる。
全414ページ(単行本)のうち、最後の50ページで次々と破滅がやってくるのだが、
唐突感は否めない。


また、作者はこの結末を前提に描いたと思うので叩く部分ではないのだが、
どうしても中学時代の楽しかった日々と比べると、高校時代は面白い友人も一人だけで、少々物寂しい。
主人公の破滅はあまりにも不運に感じてしまうのだが、自業自得な側面も大きく、この破滅自体にやるせなさ・悲壮感はさほどない。
だが、自業自得とはいえ面白いキャラでもあり、陰ながら彼の幸せを応援しながら読んでいたので、バッドエンドに終わってしまったのは、やはり残念だし、辛かった。
高校のキャラは非常に意地が悪く、読んでいて不快なキャラがのさばっているのも少々辛かった。
とはいえ、主人公自体も褒められた性格ではないので、読者(僕)にかかるストレスは最小限に抑えられており、
この辺はやはり巧いなと感じた。


恋愛小説としても非常に面白い。
ヒロイン、スーザンの気持ちは完全に主人公に向いているにも関わらず、主人公はまるで気づかないので
「何で気づかねーんだよ!」と思いたくもなるが、スーザンのアプローチも非常に消極的かつ見当違いな部分が多く、いろいろともったいない気持ちにさせられる。
残念だが、ここまですれ違いが多いのでは、『合わないんだろうなぁ』と思ってしまう。
この恋については、はっきりと終わったとは書かれていないが、厳しいな、と。
厳しいと感じる一方で、結ばれてほしいなと強く思った。
(しかし、主人公も手紙くらい書けよ)。