以下、2013年に読んだ本の短評を。


S→この本に出会えて良かったと心から思える作品。

秒速5センチメートル/新海誠……表題は、桜の花びらが木から舞い散る速度だそうだが、「二人の心が離れていく速度」と考えた方が妥当かと思う。映画版とやや印象の異なる小説版では、距離が離れていなくても「時間が二人の心を離していく」さまも描けていた。
好きな人はとことん好き、嫌いな人はとことん嫌い、その中間は(ほとんど)ない。そんな作品。


A→とても素晴らしい読書体験のできた作品。

敵手/ディック・フランシス……今回はいつになく敵キャラがまとも(同著者の他作に比較してですが)。制裁もきちんと加えられるので、気楽に安心して読める。白血病の少女や、別れた元妻とシッドの交流が温かく、敵とのバトルよりも人間ドラマとして面白い。

崩れゆく絆/チヌア・アチェベ……ブラックアフリカの村が、西欧キリスト教徒たちの侵略にあい、併呑されていくまでの物語。現地文化の興味深いエピソードや、(キリスト教徒たちの侵略に擁護のしようはないが)一方的な悲劇ではなく、様々な面から一つのイデオロギーの敗北を考えさせられる良書。


クワイヤボーイズ/ジョゼフ・ウォンボー……元警察官の描いた、巡査たちの悲喜交々の日常。キャラクターは極めて生き生きとしており、彼らの乱痴気騒ぎに笑いつつも、そこには一抹の寂しさが漂っている。

死にゆく者へ祈りを/ジャック・ヒギンズ……罪のない子どもを殺してしまった暗殺者の、救済の物語。スケールの大きな作品ではないが、全編に漂うもの悲しさは必見。

葬儀を終えて/アガサ・クリスティ……やはり、一族をめぐる殺人ミステリ作品は面白い。クリスティらしく、キャラの一人ひとりの描き分けが光る名作。
今まで読んだ彼女の作品マイベスト3(他2つは「ナイル」、「オリエント」)に食い込むくらい気に入りました。

動く指/アガサ・クリスティ……村を震撼させた悪質な誹謗中傷手紙事件を描いた作品。キャラクターが実に生き生きとしていて、ヒロインのミーガンを筆頭に特に女性キャラが皆素晴らしい。狭い世界における人間関係のネガティブな部分が描かれつつも、暖かな交流もあり読後感は爽やか。


サラの鍵/タチアナ・ド・ロネ……フランスによる、ユダヤ人強制収容事件『ヴェルディヴの悲劇』。それに関わる主人公ジュリアが、ヴェルディヴの被害者サラを探す旅の中で描かれたのは、『過去の過ちから目を背けない』こと。『歴史の闇を忘れない』こと。
後半、ややこじんまりしてしまったが、良い作品だった。


興奮/ディック・フランシス……正直に言うと、360ページ中250ページくらいまではつまらなかった。しかしそこから一気にテンションを上げ、終わってみれば爽快な読後感を得ることができた。バトルシーンも熱い。フランシス作品ならSランク相当の「利腕」をまずはお薦めするが、こちらも良作。


度胸/ディック・フランシス……先に言っておくと、僕はこの作品は好きではない。あまりに悪役が邪悪に過ぎ、読んでいて血管が破裂しそうになった。こんなにキレながら読んだ作品もそうはない。この敵をもっと苦しませ、破滅させてやればいいと思った。
ただ、この敵役の嫌らしさはなかなか真似しようと思っても真似できるものではなく、評価しないわけにもいかないだろうと思う。インパクトは絶大。


B→まずまず面白く、損はしなかったと思える作品。

ミレニアム2 火と戯れる女/スティグ・ラーソン……面白いは面白いが、『3部作の2巻目』の典型的なパターンに嵌っている。1巻ほどの新鮮味はなく、結末は3巻に続く感じ。まぁそれでも水準よりは上なのだけど。


ストロングメディスン/アーサー・ヘイリー……製薬会社に勤める若手女性プロパーが、昇進を重ねついに社長へとステップアップしていくと同時に、様々な薬害事件、製薬業界の裏側などを描いた作品。面白いし、ヘイリーらしさも出ているものの、彼の作品の中では下の方かもしれない。

エネルギー/アーサー・ヘイリー……今まで読んだヘイリー作品7作の中ではワースト。エネルギー業界の問題点を描く作品にしては、テロリズムとの闘いに相当量のページが割かれていたり、意味のない不倫エピソードが連続するなど、何がやりたかったのかよくわからない。それでも読ませるあたりはさすがだが。

ホテルニューハンプシャー/ジョン・アーヴィング……ある大家族の年代記。「子供~青春時代編」が描かれる前半部に比べ、「青年~中年時代編」が描かれる後半にややパワーダウンを感じてしまうのは、単に好みの問題か、それとも青春はそれだけ輝いていたということなのか。


初秋/ロバート・B・パーカー……ハードボイルドでカッコいい大人の男(主人公)が、ニート引きこもり予備軍の少年をたくましく育てていく、異色ハードボイルド作品。期待していたほどではなかったが、面白かった。少年が初めて母親に反抗するシーンが一番熱かったけど、惜しむらくはそれが200ページ付近にあったこと。最後に同じくらい感動させてくれたら、Aになったかも。


強盗プロフェッショナル/ドナルド・ウェストレイク……「ホットロック」に続くドートマンダーシリーズ第二作は、今回も期待を裏切らない『笑い』を提供してくれました。名作、とか、読まなきゃ損!というわけではないけれど、肩の力を抜いて笑えるギャグ小説として、良質なシリーズだと思います。


学寮祭の夜/ドロシー・セイヤーズ……(あまり肌に合わない)セイヤーズ作品の中ではベスト。ピーター卿視点ではなく、ヒロインのハリエット視点なのが功を奏して、恋愛描写にも強度が出てきた。犯人の主張も、キチガイじみている中に「あ、でも、ちょっとだけわかる」と思わせられるところがあって、巧かったなと。


女と男の名誉/リチャード・コンドン……ラスト10ページの緊張感は紛れもなくAクラス。中盤以降の展開も読ませるものがある。欠点はヒロインが目先の金のことしか考えられない大馬鹿者にしか思えないこと。この女の何に主人公が惚れたのか、最後までわからなかった。


黒後家蜘蛛の会1~5/アイザック・アシモフ……秘密クラブ、ブラックウィドワーズのメンバーが挑む数々の謎を集めた短編集。たまに微妙なモノもあるけれど、出来のいい短編も多く、総合して考えるに良作。ただ、個人的にアシモフのSFミステリの大ファンなので、それに比べると個人的にはやや落ちる。

狂気のモザイク/ロバート・ラドラム……上巻までは面白いのだが、その後、主人公の巻き込まれる陰謀が大きくなりすぎて感情移入しづらかった。全体を通して考えれば70~75点で十分及第点以上なのだが、1000ページを超えるボリュームを考えると、手放しでおすすめはしづらい。


躍る黄金像/ドナルド・ウェストレイク……ニューヨークを舞台にしたドタバタ冒険譚。身近なところに出会いも冒険も転がっているというテーマは、繰り返しの日常にマンネリを感じる読者(僕)の心を浮き立たせてくれる。
快い読後感からBにランクしたが、コミックノベルにしては少々読みづらいのがネック。

ゼロ時間へ/アガサ・クリスティ……前半の泥沼愛憎恋愛劇に胸を躍らせ、薄幸の美女オードリーに肩入れして読むも、後半は普通の(と言っても出来は良いが)ミステリにシフトしてしまって少々残念。そして何より、勝手に萌えたオードリーに勝手に失望し物語は終わった。まぁ、彼女が今度こそ幸せを掴んでくれれば俺からいうことはないのだが、尻軽感が否めず、これは犯人に恨まれても仕方ない。


ABC殺人事件/アガサ・クリスティ……Aに近いB。読んでいてとても楽しく、飽きずに読めた。これが書かれた当初は恐らく画期的な作品だったのでは?とも思う。ただ、今となっては一件無意味に見える連続殺人は、その中の一つに本当の狙いがあるというのも見え見えで、そう考えて犯人を探したところ、物語の半分も行かないうちに犯人がわかってしまったのが悔やまれる。



特別料理/スタンリー・エリン……10の短編のうち、特に素晴らしい(A評価以上)と思うものはなかったが、一方で外れもなく、全体的に良質な短編集。面白かった。強いて言うなら、表題作の「特別料理」は極めて評判が良いようで、実際割と面白いんだけど、宮沢賢治の小説で同じネタが既にあったよね。

あるスパイへの墓碑銘/エリック・アンブラー……Aに近いB。面白かった。ヘマを繰り返す主人公が徐々に追い詰められていく展開はなかなかのスリルで、ラストの種明かしもグッド。「ホテルの屋根があまりに小さく見えて、僕は驚いてしまった(原文そのままではありません)」という締めもいい味を出してます。

ゴールデンキール/デズモンド・バグリィ……『宝探し』をして競い合っていたはずの敵と、宝がなくなった途端に和解するその牧歌的な感じがなんともツボだった。

南海の迷路/デズモンド・バグリィ……海の底に眠る鉱石探しと、それを邪魔する悪人とのバトル。鉱石探しはワクワクしながら読めて面白かったが、悪人とのバトルはイマイチ。総合してまずまずだった。

黄金のランデヴー/アリステア・マクリーン……豪華客船上での殺人事件を扱うミステリ風味な前半は良かったが、シージャック犯とのバトルになだれこむ後半はイマイチ。彼の作風的に、後半が描きたかったのはわかるのだが、個人的には前半だけでよかった……。

NかMか/アガサ・クリスティ……いつになっても気持ちの若い、冒険好きな中年夫婦が危険に立ち向かうお話。二人の仲の良さが微笑ましく、読んでいて面白いけれど、読み終えた後に何かが残るかと聞かれると……。


予告殺人/アガサ・クリスティ……牧歌的な村で起こる、連続殺人事件。殺人が起こっているにも関わらず、本当にのどかな読み口。退屈はしなかったが、犯人の正体がバレバレで、特に驚きはなかった。



ウィチャリー家の女/ロス・マクドナルド……人の世に流れる悲しみを、主人公リュウ・アーチャーの目から描く本作は、ハードボイルドというよりも純文学に近い味わい。家庭の崩壊、家族を持ってなお孤独な人々の、気持ちのすれ違いを描いた作品。なるほど、「さむけ」と並んでロスマク代表作と呼ばれるのも頷ける。ただ、中盤は少々冗長だが。


人の死にゆく道/ロス・マクドナルド……同じBだけれど、「ウィチャリー家」に比べれば確実に落ちる、Cに近いB。途中までは退屈なのだけど、ラスト5ページはしみじみと泣かせる。ロスマクらしい、過剰な親の愛が子供へ伝わらないすれ違いが切ない。


大穴/ディック・フランシス……フランシス作品の中でも当たりの部類。最初から最後まで飽きることなくすいすいと読める。ただ、悪役がすごく嫌なやつなので、もう少し酷い目にあわないとイマイチすっきりしないような(フランシス作品にはよくあることですが。似たようなことを「骨折」でも書いた記憶が……)


罰金/ディック・フランシス……競馬シリーズの中でも当たりの部類。不倫をする主人公が、(フランシス作品では)新鮮。主人公への肉体的暴力だけではなく、病気の妻への脅迫が加わっているあたりが(このシリーズとしては)珍しいと思った。


ハンガーゲーム/スーザン・コリンズ……読みやすく、ところどころ面白い(ルーとの別れのシーンとか、スズメバチに襲われるシーンあたりは良かったね)が、圧倒的に『狂気』が足りず、正直同ジャンルの先駆者である「バトルロワイアル」、「死のロングウォーク」、「クリムゾンの迷宮」には遥かに及ばない出来。大ヒット作、と考えると拍子抜け。

ハンガーゲーム2燃え広がる炎/スーザン・コリンズ……この巻にきてようやくわかった。このシリーズは『ハンガーゲーム』というバトロワめいた殺人ゲームを描いたホラー作品ではない。「帝国」に反旗を翻す、スターウォーズ系列のバトルものラノベなのだと。そう考えて読めば、悪くはない。しかし、まかり間違っても『ホラー』ではない。


毒/赤川次郎……すいすい読めて面白い。読後深く心に残るかどうかと聞かれると謎だけど、通勤などの娯楽には持ってこいじゃないかな。



妖精配給会社/星新一……いつもの星さん。今回は、妖精とかお化けのような、少し妖しい感じの話が多く、微妙にホラー風味。


母をお願い/シン・ギョンスク……田舎で暮らした一人の『オンマ(お母さん)』の思い出を、家族の目から振り返る地味ながらしんみりとする物語。直球の泣き系かと思ったらそうでもなかったのがある意味残念だったが、これはこれでアリ。


ほら男爵現代の冒険/星新一……星さんは長編小説よりもショートショートの方が良い気はしますね。 


高慢と偏見とゾンビ/ジェイン・オースティン&セス・グレアム・スミス……名作「高慢と偏見」に、ゾンビ要素を加えて、「一つの作品として、見られる出来になっている」点は評価。ただ、この作品の面白さの大部分は、元々の「高慢と偏見」オリジナルのものなので、評価はしづらい。
ちなみに「高慢と偏見」オリジナルはA評価。同じくらい面白いとは思います。


C→あまり面白くはなかったが、時間潰しとしてはアリな作品。

緊急の場合は/マイクル・クライトン……「中絶」を悪とするボストンの風潮に対し、メッセージを投げかけた本作。その部分については非常に意義があったと思われる。ミステリとしてはイマイチで、(中絶は悪ではない)今の日本人が読む必要は……あまりないかな?


大氷原の嵐/ハモンド・イネス……出来の善し悪しというよりは、合う・合わないの問題。大自然に翻弄されつつ不撓不屈の精神で生還する主人公たちの活躍は、好きな人は好きだと思う。個人的にはちょっとマゾっぽくて、高揚感や感動よりも「悲惨だなぁ」という印象が強かったのがC評価の所以。


ナインテイラーズ/ドロシー・セイヤーズ……寒波の押し寄せる小村で謎の死体が発見される。小村ゆえか、登場人物が訛っていて、実に読みにくい。トリックの素晴らしさ、アイディアの見事さに敬意は表したいが、楽しかったかと聞かれると疑問。

毒を食らわば/ドロシー・セイヤーズ……恋する相手を助けるために事件を解決する。そんな感情移入しやすい状況ではあるものの、ピーター卿がなぜハリエットに惚れたのかは、「一目惚れ」としか言いようがなく、ハリエットの魅力も十分描写されていないため、ロマンス部に関しては魅力に欠けると言わざるを得ない。

ドルの向こう側/ロス・マクドナルド……良くも悪くもロスマクらしい作品。ロスマクらしさを味わうことはこの作品でもできるけれど、「ウィチャリー家の女」や「さむけ」に比べると落ちる。



D→自分には合わなかった作品。

スティック/エルモア・レナード……レナードは基本的に、社会の最下層で生きる犯罪者、不良などの生き様を描写した作品が多い。この「スティック」もその1つ。元々、これらの人々に興味がないこともあるが、興味がないなりに楽しめた作品もある(「ザ・スイッチ」など)。しかし今回は楽しめなかった。


北海の墓場/アリステア・マクリーン……物語中盤、主人公の医者が突然「実は俺はイギリス○○省のエージェント」みたいなことを言い出してドン引いた。「ぼくのかんがえたさいきょうのしゅじんこう」じゃねぇんだから……。普通にミステリやればいいのにって思った。


殺人は広告する/ドロシー・セイヤーズ……広告業界で起こった殺人事件の話。ミステリというよりは、広告会社の日々を描いた企業小説(と言っても1930年代のイギリスのだが)に近い。テニスンやマザーグース、聖書や聞いたことのないイギリスの詩人などを引用した軽妙なやりとりが持ち味だが、無教養な僕には面白みが今ひとつ伝わらない。


エンパイアスター/サミュエル・ディレイニー……相変わらずディレイニーの作品は超難しい。彼の作品で問題なのは、「難しいけどそれはおいといて~」という表層的な読みでは面白さがちっとも伝わらないことだ。
物語的な楽しみ方は出来ないというか。
『解る人』、『解ろうと渾身の努力を惜しまない人』にとって、名著であるのは理解できるのだが……。