評価はA+

世間的な人気では、ヒギンズと言えば「鷲は舞い降りた」なのかもしれませんが、
個人的にはこの「死にゆく者への祈り」が好きです。
とにかくキャラクターの造形が見事。


人を殺すことで、己の魂を滅ぼしていく暗殺者。
朽ち果てるように寂れた教会の神父と、その盲目の姪。
男たちに弄ばれながら、健気に生きる売春婦。


全編、彼ら、彼女たちが漂わせるもの悲しさに満ちており、「傷み」なしでは読めません。


主人公のファロンは、陰のあるクール系主人公を描かせたら右に出るもののいないヒギンズらしく、
非常に格好良く仕上がっていますが、決して超人ではなく、その奥に非常に繊細な感覚を持った人物のように感じました。

個人的に印象に残ったシーンのうち、2シーンほど抜き出してみます。


「いつになったらやむのだろう? まったく、いやになる。このいまいましい空まで、泣きやもうとしない」
「あなたは、人生のつらいところばかり見ていらっしゃるわ、ミスター・ファロン」
(中略)
「それで、そこには何一つ存在しないんですの? あなたのその世界で価値のあるものは、何ひとつないんですの?」
「あなただけだ」ファロンは言った。


プリーツスカートとグリーンの絹の服をまとうと、髪にブラシをかけ始めた。それはおそらく他のどんなしぐさより、女らしい動きだろう。ファロンは奇妙に悲しい気持ちに襲われた。欲望と言えるようなものは、とくに肉体的な意味ではまったくないと言えた。だが、現在目にしているものが、この世では決して自分の手に入らぬものであり、しかもそうした結果をもたらした原因が他ならぬ自分にあるのだということが、急に痛いほどに感じられた。


ファロンの最初の台詞、「このいまいましい空『まで』泣きやもうとしない」という台詞は実に繊細で、
作中一度も涙を流さないファロンだけれど、本当は常に泣きたい気持ちを抱えていることを明示したシーンだと思います。
それは、沢山の人の命を奪い続けてきた(特に過ちから、罪のない子どもを殺してしまった)自分は既に「生きる死者」であり、「生きている」周囲の人間とは違うのだという意識があるからなんですね。


悪役に関しても単純な悪者、偏執狂のような人物ではなく、表の商売では不正を許さない一面を持っていたり、
普段は不出来な弟に手を焼かされつつも、その死に動揺するなど人間味のあるキャラクターで良かったです。


ラストシーンも美しい余韻を残してくれました。
彼の魂は果たして救われたのでしょうか。
死にゆく者へ、祈りを。