シナリオ 135/150 キャラ 135/150 絵 90/100 音楽 80/100 その他システム 70/100  
印象 45/50 合計 555/650   ESにつける点 90点



練りに練られた架空スポーツ、FC(フライングサーカス)が楽しめる青春スポ根ストーリー。
シンプルなメッセージは、明確すぎて想像の余地が少ないきらいはあれど、力強く胸に響く。
キャラゲーかと勝手に想像していたが、予想を遙かに超えた質の高いシナリオに驚かされた。
個人的ベストシナリオはみさき。フェイバリットヒロインは明日香。



【イントロダクション】

個人的な好みはこちら(S~E)。


倉科明日香  シナリオ A     キャラ S 
鳶沢みさき シナリオ S      キャラ A
有坂真白  シナリオ B+   キャラ B+
市ノ瀬莉佳 シナリオ B+   キャラ B



本感想では、まず本作で打ち出されたテーマについて、
同一の構造を持つみさき&真白シナリオと、明日香&莉佳シナリオの二つに分けて書き、
次に、FCという競技について見ていきたいと思います。



【本作のテーマ――「楽しむ」こと。「初心を忘れない」こと――】

本作のテーマは、作中でしつこいくらい繰り返しリフレインされているとおり、『楽しむ』こと。
そして、『楽しさを脅かすもの』が敵、という構図はどのルートでも変わっておりません。


より細かく分類すると「有坂真白」のシナリオは、「鳶沢みさき」シナリオの別バージョンであり、
「市ノ瀬莉佳」シナリオは、「倉科明日香」シナリオの別バージョンということができると思います。


【真白・みさき両ルートについて】


真白・みさき両ルートにおいて共通しているのは、「みさきの復活」を描いたシナリオだということです。
夏の大会で、乾沙希と倉科明日香という二人の天才の前に、才能の違いを見せつけられ、挫折してしまったみさき。部活動を辞めるまでに思いつめ、燻っていた彼女を復活へ導くというのがストーリーラインです。
みさきルートにおいて、みさきの手を引くのは晶也であり、真白ルートにおいては真白がみさきの手を引くことになります。
この両ルートでは、やはり敵の規模が大きく、晶也の復活も描かれるみさきルートの方が盛り上がるのは当然と言えば当然かと思います。
晶也、そしてみさきが抱えている「悩み・燻り」。その基となっている己の中の恐怖心を克服するというのが、特にみさきルートのキーになります。
部への参加意欲すらなくしていたみさきが、紗希と明日香、2人の天才を打ち破るみさきルートは、非常に胸に響きました。
その感動を支えているのは繊細で共感のしやすい心理描写と、緻密な頭脳と閃きで組み立てられた、手に汗握るFCシーン。


何かに夢中になった経験がある人、譲れないものを持っている人の多くは、みさきに共感できるのではないでしょうか。
本気だからこそ、全身全霊で戦ったからこそ、敗れた時には本気で傷つく。
自分の全てを否定されたような気になってしまう。どうでも良い事で負けても、ダメージはありません。
しかし、本気で頑張ったにも関わらず、そこで敗れた時。
全力を尽くしたにも関わらず、他者から評価されなかった、あるいは自分で満足できる域に到達できなかった時の傷は深い。


私自身、(みさきたちほどの本気ではないかもしれませんが)そうした思いをしたことがかつてあり、
同じように背を向けてしまった対象があります。
背を向けたにも関わらず、その悔しさは未だに癒えず、無関心ではいられないのです。
晶也やみさきほどの本気でもなければ、彼らのような世界的才能にも無縁の私ではありますが、
立場的にはくすぶっている晶也や、部を辞めてゲーセンに行ってしまったみさきと同じという事もあり、非常に共感しながら読むことができました。


「こんなに真剣に練習してしまったら、負けた時、言い訳できない。
まだ本気じゃないとか、他人にも自分にも絶対に言えない……。心の中で自分に言い聞かせることもできない。それが恐い!」

「受け止められない! だって真剣にやるってことは、大げさな言い方だけどあたしの全部を使っているってことだよ?
それなのに負けたら。……負けたら全部を失いそうで怖い。
きっと、死んじゃいそうな気持になる(略)心のどこかは死ぬよ」

――鳶沢みさき――


この辺りの台詞には、本当にもう「わかるわかる」と頷いてしまいます。


「本気で練習しないと、そんなことを思ったりできないだろ? だからそれはいいことなんだ」

「本当に負けた時は、勝ちたい気持ちも負けちゃってるんだよ」

「恐いって良いことだよ。恐いを乗り越える時が楽しいと思う」


――日向晶也――

それに対する晶也の回答には(お前も燻ってる身じゃねーかよと思わなくもないものの)、非常に勇気づけられる思いがしました。
もちろん、燻ったままの時点でダメダメなんですけど、まだ悔しさがある。勝ちたい気持ちがある。
そんな自分の内面を見て、「まだ本当に負けてはいないんだ」と(勝手に)慰められたといいますか。
フィクションの優れた面の一つとして、現実界で生きる私たちに勇気や生きる力をくれるというものがありますが、本ルートからはまさにそんなポジティブなエネルギーを分けてもらいました。


負ける「怖さ」、「痛み」に目を背けることなく、それすらも「楽しい」という感情で塗り替えていく。
勝負に負け、自らの無力を痛感し、ともすれば忘れがちになってしまう初心。
初めの頃に感じていた「楽しい」を思い出すこと。
挫折から心を守り、新たな挑戦へと駆り立ててくれる原動力は、結局のところそこなのだと思います。


競技シーンも非常に面白く、
背面飛びを駆使した乾沙希との試合も手に汗握りましたが、何より決勝の明日香との試合。
優勝を確信して、サードブイへと飛ぶみさきの姿には爽やかな感動で胸がいっぱいになりました。


真白ルートに関しては、本筋はあまり印象に残りませんでしたが、縦読みだとか、スピーダー同盟とか、ぬいぐるみでの独り芝居とか、そういった真白の可愛らしさ、キャラ萌えイベントの数々は印象に残りました。



【明日香・莉佳シナリオ両ルートについて】


明日香・莉佳シナリオでも、『楽しむ』というテーマ。
そして、『楽しさを脅かすもの』が敵という構図は変わりません。
ですが、『楽しさを脅かすもの』を純粋に相手選手/悪役に置き換えている点が、みさき・真白ルートとは違う点だと思います。
個人的には上記のみさき・真白ルートの方が私の好みです。
解りやすい悪を倒してテーマを貫く、というのは、王道ではありますがやや安直かなと思うからです。



『空を飛ぶ楽しさを忘れ、他人に対して「楽しくない」プレイをする乾沙希(明日香ルート)、あるいは黒渕霞(莉佳ルート)に、明日香・莉佳両ヒロインが打ち勝ち、勝負にも勝った上で、相手に「楽しさ」を教えてあげる』
というのが両ルートの物語。
そして、内容的により深みがあったと感じるのは莉佳ルートの方でした。


莉佳ルートにおける黒渕は、晶也・みさきと同じ道を辿りかけます。
天才と出会い、挫折した心。楽しさを忘れてしまった心を、晶也やみさきは「競技への逃避」へと向けました。
一方、パーソナリティの違い故か、はたまた(申し訳程度にフォローされる)堂ヶ浦高校顧問の差し金か、
黒渕は「ラフプレイ」という歪んだ形で、周囲に向けることとなります。
乾沙希&イリーナについては黒渕以上に描き込みが少なく、なぜ「楽しさ」を忘れてしまったのか、その辺りがイマイチ伝わってこないのが多少物足りなく感じます。


ただ「ラフプレイ」に頼る黒渕霞と、FCの革命を目論む乾沙希のスケールの違いや、
日向晶也が再び選手として復帰を遂げる結末を考えれば、やはり明日香ルートの方が楽しめる内容でした。


黒渕に関しては、個人的に「故意にラフプレイをする選手」は大嫌いなので、相当ムカムカして読んでいました。
特に、明日香が怪我させられたシーンでは、叫びだしそうになるぐらい憤りました。
そんなルートが、読後感もそれほど悪くなく読み終えることができたのは、ライターの配慮というかテクニックだと思います。
黒渕だけが悪いのではなく、(今まで出てこなかった)堂ヶ浦の顧問も悪い。
そして、シナリオの都合上、黒渕に責任を負わせるわけにもいかないので堂ヶ浦の顧問に責任を負わせ、退職させるというのは、「巧くやったな、ずるいぞw」と思わなくはないものの、実際巧い手だと思いました。
あれだけの事をした黒渕が何のお咎めもなしでは、やはりストレスは収まりません。しかし、黒渕が全治1年の大怪我を負ったりすれば、僕の溜飲は下がるかもしれないけど、「楽しさを教える」という肝心のテーマが台無しです。
そういう状況下ではベストに近い処理だったのではないかなと思いました。
試合シーンも、カニバサミやムササビへの対処法などもよく考えられていて面白かったです。

ただ、いくらなんでも審判が無能すぎますし、他校の生徒を鍛えるというのも少し無理があるかなとは。


明日香ルートに関しては、最後の試合がインフレしまくったバトル漫画のように超必殺技の応酬みたいになって、わけがわからなくなっちゃったのは少々残念でした。
「戦術」で革命を起こすはずだった紗希が、シューズの力に頼ったのも少々興ざめでしたし。
ただ、「ここで、わたしと一緒に、遊ぼうよ」という明日香の呼びかけは非常に良かったし、一番好きなヒロインである明日香が優勝を決めた事もあって、とても良い気持ちで読み終える事が出来ました。


【スポ根ものとしてのあおかな】


本作を語る上で落とせないのが、架空のスポーツFCの存在だと思います。
架空のスポーツというと、僕が真っ先に思い浮かべるのは「ハリーポッターシリーズ」のクィディッチなのですが、
あちらは作者が何も考えないで作っているようにしか思えない非常に出来の悪い競技だったのに対し、
こちらのFCは熟慮を重ねた上でルールを設定した、非常に練られた競技であるように思いました。


重力や反発力の影響を組み込んでいる点も素晴らしいですし、
得点パターンがブイ狙いと、背中へのタッチ、両立しづらい二つの要素に用意されているのもとても面白いです。
ブイを狙うには相手に先行する必要がありますが、先行した側は相手の背中をタッチできませんしね。
更にそれを防ぐためのシザースやきりもみ、背面飛びなど、非常に位置関係と姿勢が重要なスポーツで、
ライターはそのルールを真剣に考え、自家薬籠中の物にしている。
だからこそ、派手なアクション描写にも、選手の考える奇抜なアイディアにも説得力があるし、
乾沙希&イリーナの編み出した戦術の恐ろしさも解る。


そのFC競技で一番面白かったのは、共通ルートで描かれる夏の大会でした。
特に、倉科明日香VS真藤一成、そして決勝の真藤一成VS乾沙希の二戦は非常に読みごたえがありました。
必殺技の応酬(でありながら、明日香ルート最後の明日香VS沙希とは違い、インフレしすぎてはいない)で展開される明日香VS真藤の対戦。
そして、必殺技とは無縁の、基礎技術と純粋戦術が勝利を収める乾沙希と真藤の試合。


*革命的な新戦術が生まれればそれに対抗する新戦術が生まれ、一つのスポーツが緩やかに別のものへと移り変わっていく様なども、実在のスポーツで実際に行われてきたことであり、非常に説得力があります。

架空のスポーツでありながら、まるで本当に実在する競技であるかのようなリアルさ。
そこには、手抜きしないライターの仕事ぶりがうかがえます。
あいにく、私は架空スポーツを扱った作品をほとんど知らないため、物知らずなだけかもしれませんが、
これほど説得力のある架空スポーツもなかなかないのでは?と思いました。



*(サッカーに興味のない方はこの5行はスルーしてほしいのですが)
この時の乾沙希の登場は、恐らく1974年ワールドカップで、サッカー大国ブラジルを破ったオランダのトータルフットボールのような。
あるいは、2009年のバルセロナVSレアル・マドリーにおいて、グァルディオラ監督が作り出した圧倒的ポゼッション戦術、ティキ・タカのような。
そんな特大の衝撃を、見る者に与えたのではないかと思います。


【総評】

本作は、「楽しむこと」をテーマにした、極めて質の高い王道青春スポーツ物語でした。
「楽しむこと」というメッセージが明確でありすぎるため、読者ごとの『解釈の違い』が生まれにくく、
そういう意味ではあまり他の方と議論して楽しい作品ではないかもしれませんが、
解りやすく楽しく、元気づけられる、素敵な作品だったと思います。

長文乱文を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。