77点。

まず章ごとの感想を、最後に全体の感想を書きます。


【1章】 評価 A~A+  (S~Eで)

後年、1章のライター片岡とも氏の手から、「ナルキッソス」という作品がリリースされました。
不治の病を抱えた少女が自らの死に場所を探し、旅に出るという物語ですが、
1章のストーリーはそんな「ナルキ」に通じるものがあります。

つまり、人とは呆気なく死んでいくものだということ。
どうすることもできない不幸、死はあるのだということ。
名前のない彼女、名前を忘れられた彼。
花は咲き、枯れていく。蛍は光り、消えてゆく。
人は生まれ、そして死ぬ。

徹底されているのは、これは何も特別な悲劇ではないということです。
この当時、多くの人々がこのように、誰からも顧みられることなく人知れず死んでいったことでしょう。
それは何もこの時代だけではなく、あらゆる時代、あらゆる国において、
こうした「死」はくり返されてきたことだと思います。


「生きた証がほしい」。
あやめと水仙(ナルキッソス)の違いはあれど、書かれているテーマは同じです。
誰からも顧みられず、特別派手な花でもないけれど、それでも凛と咲く一輪の花。
片岡とも氏の死生観とは、つまるところそういうものなのかもしれません。

私たちはいつか死にます。その時に、「精一杯咲いていたよ」と言えるような生き方をしたいものですね。


【2章】 評価 A-

2番目に出来の良い章。

1章とは違い、序盤は良くも悪くも「普通のギャルゲー」といったほのぼのな日常シーンが続きます。
狭霧かわいいなーとも思いますし、1章と比較すると若干緩いなぁという印象も受けます。
物語はそのまま終盤へと進み、狭霧が人柱となって洪水を収め、村を助けるという物語が展開されます。

こちらは1章とは違い、死が「華々しい」ものとなっています。
何せ、村を救った英雄になるわけですから。(英雄として迎えられたかどうかはともかく、本人にはそうした満足感があったと思います)
それは、村から受け入れられなかった彼女が、生命を賭けて掴んだ「居場所」であり、名誉ある死だと思います。

それに対する村人のゲスぶりなどは、(予想はしていましたが)やはりなかなか熱いものがあり、
ラスト30分の展開はエンタメとしてとても面白かったです。

良い意味でも悪い意味でも1章のそれとは違い、「感情のある死」、「泣ける」ストーリーだと思います。


【3章】 評価 B

これが噂のねーちゃんですか。

個人的には、「三角関係の修羅場」は大好物なのですが、これは率直に言ってねーちゃんの頭がおかしいだけかなと思いました。
いや、確かに現実にもこういう頭のおかしな人はいるわけで、突拍子もないとかリアリティに欠けるとは思いません。

しかし個人的には、もう少しねーちゃんの心に寄り添えるような内容が良かったなと思います。

たとえば、優しかった夕奈と朝奈の過去エピソードを大幅に増やすとか。
ねーちゃんの心理描写にテキストを費やすとか。
もう少しねーちゃんに同情できる部分を増やすとか。
「10年来の許嫁が、妹にとられた」とかならあの怒りようもまぁまぁ解りますが、まだ付き合ってもいない男でしょ?
好きになったのが数日早かった、ぐらいの話でしょ? 

銀糸がもたらした悲劇~という体裁のストーリーですが、銀糸がなくてもいつか似たような事は起きたと思います。
だって、ねーちゃん、普通に頭おかしいもん。

ラストも尻切れというか、ねーちゃんが死んだ後どうなったのかわからないし……


【4章】 評価 B-

正直、書くことがないです。全4章の中では一番テキストが拙くて、展開も一番地味でした。
カウンセラーは頭おかしいな。



【総評】

「願いをかなえる銀糸」の話ということになってはいるものの、実際の所、物語にそこまで「銀糸」が絡んでいるかと聞かれると微妙です。

2章は「村の洪水が収まる」云々の奇跡はありますが、そこは物語の大切な部分ではないと思います。


村人の「人柱になれ」という欲求に、狭霧が喜んで従う話です。

3章は、「銀糸」の力でねーちゃんが狂っていくのかと思いきや、実際起こった事は最初の「彼が店に入ってきた」を除けば、
「足を滑らせたら皿が割れて怪我」とかそんなレベルなので、「銀糸」の存在はアクセントではありますが、主役ではありません。
ではどういう話かというと、キチガイねーちゃんの虐待に、朝奈がそれでも姉を慕い続けて不幸になる話です。

4章も、「銀糸」の存在感は「母の死」と「失語症」。これらは銀糸がなくても描ける内容です。
それよりは、ヤブカウンセラーの虐待めいた治療に、あやめが粛々と従う話かなと。


つまり、2~4章の共通点としては、「周囲からの虐待・ブラックな環境に、ヒロインがなぜか粛々と従うストーリー」と言い換えられまして、
起こる悲劇・苦しみのほとんどは、「ブラックな環境から逃げ出す」ことで、回避できたように思うのです。


村なんか捨てて男と逃げれば狭霧は死なずにすんだし、
夕奈なんかほっといて男と逃げれば朝奈はあそこまで追い詰められずに済んだし、
ヤブカウンセラーの診療に行かなければ、あやめは追い詰められることもないのです。
だから、これらは一見「避けえない悲劇」に見えますが、悲劇を呼んだのは結局のところ、「ヒロインの思考」の方にあるわけですね。


この中で、2章の狭霧のストーリーは、「人柱」に力があると思われているであろう世界での物語であり、
彼女の決意によって実際村が救われたわけですから、「無駄な死」でもないという意味で、バランスが取れたストーリーだと思います
(「意味のある死」だからこそ、1章の突き放したような「どこにでもある死」という印象が薄れてしまっているのも確かですが)。


そんなわけで、「ブラックな環境からは逃げればいいじゃんw」と思ってしまうわけですが、過労死問題などを考えましても、
「逃げるという選択肢を選べずに、不幸になってしまう人」というのは多数いるわけで、バカにしたものでもありません。
ただ、そんな過労死で亡くなっていくかのようなヒロインの姿を読まされる身としては、「もういい……もう逃げろ!」と思ってしまいますね。


で、1章がなければ、「不幸を回避できなかったのは結局、本人の心の中にある」
「ブラックな環境からは逃げるべし!」というテーマの物語でした!と言い切っちゃってもいいんですが、
1章はそんな生ぬるい話ではなくて、文字どおり逃げ場がないですからね。
だから1章だけは、2章以降とは別種の物語だと思いますし、1章が一番出来が良いんだよなぁ……。