評価はA+

浅田次郎は大昔に「鉄道員」を読みましたが、そこまで面白くもなくそれっきり。
しかし今回読んだ「沙高樓綺譚」は面白かったですね。
今まであまり縁がなかった作家さんでしたが、これからは読む機会も増えるかも。


物語は連作短編集。
レイ・ブラッドベリ「刺青の男」方式というか、千夜一夜物語形式というか、
要は「沙高樓」に集まった人々が、小話を持ち寄り、順に披露していくという形式で、全部で5編。


毎回、主人役が「お決まりの台詞(毎度集まっていただきありがとうございます~次の話り部はこちらの〇〇さんです、的なやつ)」を吐いて、そこから話が始まるという様式美がまず魅力的なのだが、
冷静に考えるまでもなく、これはおかしい。
1日に1人の人間が語り、5日かかって5つの話が語られるならまだわかるが、
「本日4人目の語り部は~」という主人の言葉からもわかるように、1日で5人が一気に話している。
ならば1話終わるたびに、「集まっていただきありがとう」というのはいかにも不自然だと思う……。
まぁ、雑誌掲載の短編を1つにまとめたという事情もあるし、それで話がつまらなくなるわけでもないから気にするだけ野暮というやつかもしれない。

収録作


『小鍛冶』  評価 C

第1作だが、ぶっちゃけ一番つまらない。つまらないというか、難しいのだ。
物語は刀鍛冶の目利きにまつわる復讐譚なのだが、この業界について詳しい人ならいざ知らず
そうではないド素人(の私)には全く意味が解らない、何となくの雰囲気づくりの文章が多く
退屈を誘った。その辺りは第4作『百年の庭』とは大違いである。
この辺、刀剣鑑定に詳しい人なら楽しめたのかもしれない。詳しい方の感想が待たれる。


『糸電話』 評価 A+

非常に面白い。
仲良しだった女の子が引っ越してしまい、縁が切れてしまった主人公。
しかし、1~2年おきに、必ずどこかでその女の子と遭遇するのである。
果たして奇跡か偶然か。赤い糸で繋がっているのか。
小学時代の糸電話のエピソードも含め、ホラーと感動モノの狭間を彷徨うようなストーリーテリング。
読ませる。


『立花新兵衛只今罷越候』 評価 S

5編の中でこれがベスト。
大戦直後の映画業界。
『池田屋事件』を題材に撮影した映画のエキストラに、本物の『勤王派志士』が混ざっていて……?
物語の設定自体はベタで見え見えなのだが、勤王派志士立花新兵衛と主人公のカメラマンのユーモラスなやりとりが素晴らしく、ぐいぐいと読ませる。
SFタイムスリップモノとして出色の出来。


『百年の庭』 評価 A+

『お屋敷の庭』をひたすら守り、ひたすら作り続けてン十年の、浮世離れした老女の存在感。
ひたひたと忍び寄る狂気と、成長していく庭。そしてそこで紡がれる、人間関係の変化。
面白くなるまでやや時間のかかる地味な出だしだが、一度エンジンがかかればもう止まらない。
最初から最後まで面白い立花新兵衛をベストとしたが、後々まで記憶に残るのはむしろこちらかもしれない。


『雨の夜の刺客』 評価 B

成り上がりヤクザ物語。
サスペンス小説として面白く、別れてしまったヒロイン、マサミとのエピソードなども楽しいが、
他の収録作のレベルが非常に高いため、比較するとやや見劣りするか。
それでも十分面白い。


「『小鍛冶』が面白い。『小鍛冶』だけでも読んでくれ。他は読んでも読まなくてもいいから!」と知人が言うので、手に取ったのだけど
『小鍛冶』が一番つまらなくて他が面白かったので、この感想をどう伝えるべきなのか困惑している私なのでありました……。