全体の評価はB。

ベストは乃南アサの「指定席」。繊細な男の、静かでありながら心温まる交流が描かれる前半から打って変わって、中盤からはカミュ「異邦人」の様相を呈し、ラスト一発でホラーへと化ける力作。
A+

森真沙子「黄昏のオー・ソレ・ミオ」は傍迷惑極まりない老夫婦の物語だが、夫に向ける老妻の優しさが、(他人からは極めて迷惑だが)暖かく読後感は良い。A-

新津きよみ「捨てられない秘密」も女性の親友同士の「親密さの中になんだかジメジメした微妙な何か」があり、ホラーとしても面白い。B+。

ホラー色の強い作品には雨宮町子の「翳り」もあり、こちらは直球。これはこれで楽しめた。B+。

春口裕子「カラオケボックス」は、いつまでもぶらぶらしてないで社会に出ろよ!とフリーターが説教されるその前で、会社員が上司から執拗なパワハラを受け続けるような救いのない話で、よくもまぁここまで不愉快な話を書けたもんだと別の意味で感心した。僕は嫌いなタイプの作品だが、下手ではない。が、読んでて死にたくなった。 C+。

その直前の海月ルイ「還幸祭」はキチガイ姑にいびられる嫁の話で、連続で読むと殺傷力が高く、メンタルが弱い僕のような人間は注意すべし。こんなのもできれば読みたくねぇ。B-。
一応「おもひでぽろぽろ」的な、故郷に帰ってきた女性の再生というか、自立した強さみたいなものが描かれてる作品なんだが、アンソロジーの順番が件の「カラオケボックス」の隣なのはキツすぎた。


藤村いずみの「美しき遺産相続人」は、面白いもののちょっとやりすぎと思われるところもあった。
特にラストの一文は要らないのでは? B

皆川博子の「鏡の国への招待」は上品かつ上質な心理ミステリで面白い。ただ、ちょっと主人公の女性心理が複雑で、僕にはよくわからない部分もあった。 A-

五条瑛の「神の影」はイスラムの物語で、新鮮味があった。B+

正直良さがわからなかったのが光原百合の「わが麗しのきみよ……」で、なんだか古くさい海外ミステリの二次創作のような感じを受けた(が、ネットでは評判が良いようだ)。このアンソロジー内では唯一、ガチガチの古典的ミステリ臭がするからその筋の人が好んだのだろうか。ミス研の雰囲気は良かったが。C+。