評価はA+

一説には「倒叙三大名作」とか言われる作品らしい。
寡聞にして初めて聞いたが、確かに名作だ、これは。

口だけは一人前のやる気なしプータローのエドワードと、厳格なウザ伯母ミルドレッドの視点で描かれる、ある殺人事件の顛末。



どこからどこまでもディスコミュニケーションの二人である。
エドワード(ヘタレ)がどうしょうもないのは言うまでもないが、ミルドレッド(厳格)ももうちょっとうまくできないものかと歯がゆい。
何もそこまでエドワードを管理しなくても、と思うし、殺人の切っ掛けを作ったのは間違いなくミルドレッドである。
僕個人はエドワード寄りの人格なのでミルドレッドに色々言いたい……。
もちろん、『あの程度』の事で何も殺さんでも……というのは当然思うわけだが、
殺すほどではないにしてもウザい事は確かだ。


しかし、この作品の真の『謎』は、『語り手』が信頼できない事だ。
エドワード視点で描かれる1~4章の記述は果たして本当なのか?
ミルドレッド視点で描かれる5章の記述は果たして本当なのか?
お互いが、都合よく自分を美化し、相手を非難しているのではなかろうか?

エドワードの父母の死も、本当に『エドワードの父母』のせいなのだろうか。
ひょっとして、遺産を奪うためにミルドレッドが仕組んだのでは? など、疑い出すとキリがない。
もしそうなら、ミルドレッドのお金は本来エドワードのものになるので、プーのエドワードを非難するのは間違いになる。
そして、今回目標を達成したミルドレッドはこれからも大手を振って、エドワードたちのお金を使えるわけだ。
……その可能性もある、と思えてしまうこの本は、やっぱり怖い。


(というか、そもそもミルドレッドもプーなのでは?)


背筋がぞっとするサイコスリラー的な事件が展開しているわけだが、その実、筆致はユーモアに溢れ、
読んでいて楽しく、笑えるものとなっている。
エドワードの『どうしょうもないヘタレなのに、どこか憎めない』様子や、
ミルドレッドの『ウザいんだけど、血管が切れるほどではない適度なウザさ』、そしてどちらの人物も
(殺人を除けば)「こういう人ってどこにでもいるよね」と思わせるリアルさ。

作者のバランス感覚が光る名作だ。