以前、シミルボンで見た『ミステリ批判』について、あまりにも頭に来たので
こういう記事を書いた。

そこでも書いたが、
犯人当てクイズ(パズラー・本格ミステリ)以外にも、
サスペンススリラー、警察ドラマ、スパイ小説、西部劇、冒険小説、法廷モノ、社会派、ピカレスク小説、ハードボイルド、ユーモアミステリなどなど、これらすべてが『ミステリ』なのだ。
基本的に「人が犯した犯罪」が作中に登場すれば、それはもうミステリだと考えた方が良い。

というのが僕の結論で、これ以上真新しい事は書けません。

ただ、それはそれで良いのだが、各ジャンルについての概観というか、
ミステリの歴史などについて関心がある方もいるかもしれない。
僕なんぞの記事を読まず、その手の評論でも読んだ方が良いと思うけど、
僕自身の整理のためにちょっと書いておきます。

なぜ今まで書かなかったかというと、僕自身が書いていてあまり楽しくないから。
だって、その時代その時代のミステリを彩った『歴史的名作』(僕が読んだもの)のタイトルを挙げていく形を取らざるを得ないけど、『歴史的名作』なんかよりも、『僕が読んで楽しかった本』を紹介したいから。
僕が感想を書きたい紹介したい本と、ミステリの歴史は重なるようで重ならないんだ。

また、現代小説(特に日本の)があまり読めていないため、どうしても古い話が中心になるのでご理解のほどよろしくお願いします。
それと、翻訳の都合上、アメリカ・イギリス以外のミステリはほとんど読めていません。もっといろんな国の小説を読みたいですね。
日本・アメリカ・イギリスの状況は分けて考えた方が良いので、見出しには『どこの国』の話かを書くつもりです。



☆ミステリの始祖 エドガー・アラン・ポー(アメリカ:19世紀前半)


ミステリの始祖は、エドガー・アラン・ポー『モルグ街の殺人』(1841年)だと言われているようです。
ポーは色々な作品を残した事で有名な娯楽作家で、ホラーの始祖ともされる『黒猫』(1843年)。
暗号解読等のスパイ・冒険小説的要素の強い『黄金虫』(1843年)なども抑えておきたい作品です。、
個人的には『盗まれた手紙』もお薦めです。
(まぁモルグ街の殺人や黄金虫を今読んで面白いとはあまり思わないけど。「黒猫」は面白かったよ)

殺人が起きた時、うまく人為的な理屈がつけられれば『ミステリ』。
理屈がつけられなければ『ホラー』。
種明かしがある手品(ミステリ)と、種明かしのない手品(ホラー)のように兄弟のようなジャンルだと考えるとわかりやすいかも
しれません。

ポーは、日本の作家『江戸川乱歩』先生のペンネームの由来にもなっていますし、
そこから『江戸川コナン』君の名前もとられているわけですね。

☆シャーロック・ホームズの登場/コナン・ドイル(1892年・イギリス)

ポーの後、ミステリが書かれなかったわけではありません。
イギリスではウィルキー・コリンズの『月長石』やチャールズ・ディケンズの『エドウィン・ドルードの謎(未読)』などなどの作品が存在しますが、
一躍大ブームを作ったのはコナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』という短編集です。
ワトスンという助手を従えて、基本的に『頭脳』で謎を解くホームズの形がミステリというジャンルを確立させました。
『緋色の研究』では、犯人の生涯に多くの筆を費やしておりますし、宿敵モリアーティ教授との対決など、冒険小説・ヒーロー小説的な側面も強いホームズの活躍は、熱狂的な多数のファンを生みました。

この後、『頭脳で犯人を当てる』スタイルのミステリは大流行し、1930年代までこの隆盛が続きます
この『頭脳で犯人を当てる』スタイルのミステリを、『パズル小説(パズラー)』と呼びます。
日本では、『本格ミステリ』とも呼ばれましたが、これが現在の混乱を招いているように感じます。


☆フェアさを競う、知的クイズ/ヴァン・ダイン(~1920年代)

ホームズの大ヒットは、数々の後継者たちを産みました。

代表的な作家として、レックス・スタウトの『ネロ・ウルフシリーズ』(「毒蛇」など)
ドロシー・セイヤーズの『ピーター卿シリーズ』(「ナインテイラーズ」など)。
ヴァン・ダインの『ファイロ・ヴァンスシリーズ』
などです。

特にヴァン・ダインの『僧正殺人事件』(1929年)はマザーグースに見立てた殺人が起こるという趣向で、
『グリーン家殺人事件』(1928年)は金持ちの豪邸で、ワケありの一家が殺し合うというストーリーで、横溝正史などに影響を与えました。

『頭脳で犯人を当てる』作品はいつしか、『読者との知恵比べ』の様相を呈し、
読者が探偵よりも早く犯人を当てられるかどうかを競う『ゲーム』と化していきます

作家はいかに、読者を騙すか。それもフェアなやり方で。

この『フェアさ』を突き詰めて考えたのがノックスの十戒であり、ヴァンダインの二十則です。
犯人当て小説は時に行き過ぎを起こし、「絶対に読者が犯人を当てられない」ようなズルも行われるようになりました。
そうしたズルに対し、『ミステリとは、フェアなゲームじゃなきゃダメなんだ!』というのがヴァン・ダインの主張になります。

エラリー・クイーンとディクスン・カーの時代(1930年代~・アメリカ)

第二次世界大戦が間近に迫る中、ミステリ界はまるで現実逃避をするかのように、
『犯人当て・ゲーム的空間』が広がって行きました。
中でも忘れてはならないのが、ディクスン・カーエラリー・クイーンです。

ディクスン・カーは『密室トリック』の大御所的存在であり、数々の密室殺人モノを発表しました。
特に有名なのは『三つの棺』、『ユダの窓』でしょうか。
(個人的には『皇帝の嗅ぎ煙草入れ』が面白いけど、カーっぽくない)。
密室トリック自体は、『モルグ街の殺人』や、ガストン・ルルー『黄色い部屋の謎』(1908年・フランス)など前例がありますが、ここまで密室トリックにこだわり続けた作家はなかなかいません。
カーが作り上げた、狭義のジャンルと言えるでしょう。

エラリー・クイーンも『国名シリーズ』などで王道ミステリを量産しました。
また、バーナビー・ロス名義で描いた『Yの悲劇』(1932年)は、『グリーン家殺人事件』の後継者とも呼べる作品で、日本人に特に好まれ、数々のファンを産みました。
クイーンは、上述の『Yの悲劇』や『レーン最後の事件』(未読)などで、
『探偵が、犯人を殺して良いのか』『探偵が、犯人を裁く権利があるのか』という疑問を投げかけました。

法律で裁けない犯人を、探偵が勝手に裁いて良いのか。それとも野放しにしたままで良いのだろうか


こうした問いかけは、その後アガサ・クリスティの「カーテン」などにも受け継がれていきます。


☆異端児アガサ・クリスティ(1920年代~・イギリス)

こうしたヴァン・ダインやエラリー・クイーンといった『王道ミステリ』に対し、イギリスにものすごいへそ曲がり作家が生まれました。
アガサ・クリスティです。(トリックのバレ有り。反転してください)
単なる記録係に過ぎないはずのワトスン役が真犯人という、有名な『アクロイド殺し』(1926年)
登場人物全員が犯人という『オリエント急行の殺人』(1934年)
いつの間にか犯人が死んでいる(と見せかけている)『そして誰もいなくなった』(1939年)など、
数多くの名作・問題作を書き、ヴァン・ダインの激しい非難を浴びました。
マザーグースの見立て殺人などトリック面の工夫もあれば、ストーリー面にも目を向けたアガサ・クリスティの作品は、単なる犯人当てクイズに留まらず、幅広く読者に愛されました。

(個人的には上記『オリエント』と、『ナイルに死す』、『終りなき夜に生れつく』、『五匹の子豚』、『葬儀を終えて』、『鏡は横にひび割れて』あたりが超名作
「アクロイド」は歴史的意義はあるけど、個人的には超つまらなかった。『そして誰も』もそこまでではなかったけど、記事の特性上触れざるを得ない……)

ほぼ同時期、犯人側の視点で描かれた『殺意』(未読)や、『試行錯誤』、『毒入りチョコレート事件』といった数々のひねくれ作品を残した、アントニー・バークリー(フランシス・アイルズ)も抑えておきたい作家です。


☆ハードボイルドの登場(1929年・アメリカ)

『頭脳で犯人を当てる』探偵の隆盛に、疑問を感じる作家が現れました。
リアル探偵経験者のダシ―ル・ハメットです。
ハメットの目には、『頭脳で犯人を当てる、カッコいい名探偵』がバカバカしく思えたのかもしれません。
実際の探偵はもっと泥臭くて、実際の事件はもっと悲惨なのだと、そういった気持ちがあったのかもしれません。
探偵自らが足を使って事件にぶつかり、庶民の生活ぶりに直接触れ、時には暴力で事件を鎮圧する、生々しい事件を描いた、『血の収穫』(1929年)や、『マルタの鷹』(1930年)といった作品群が登場します。

この、ハメットに影響を受け、登場したのが日本にもファンが多いレイモンド・チャンドラー
行動派&庶民派探偵をヒーローのように謡いあげた、『長いお別れ』(1953年)などが有名です。

更に、あくまでも事件の傍観者として、家庭内の悲劇を見つめ続けるロス・マクドナルド『さむけ』(1964年)、『ウィチャリー家の女』(1961年)など)を入れた3人がハードボイルド御三家として広く知られているようです。

(個人的にはロスマクはまだいいとして、ハメットやチャンドラーはあまり好みではなかったため、
ハードボイルドを長らく食わず嫌いしていた身としては、この『御三家』という呼称は好きではないです)

また、日本ではあまりウケていませんが、犯人を躊躇わず撃ち殺すような保安官タイプの探偵を描いた、ミッキー・スピレイン(『燃える接吻』『裁くのは俺だ』など)も抑えておきたい作家です。


☆第二次世界大戦・ベトナム戦争の時代(アメリカ:1945~あたり)

世界を巻き込んだ大戦争は、フィクションにも影響を及ぼしました。
ベトナム戦争の後遺症で、薬物が蔓延り、戦争後遺症で悩む人々も現れました。
また、シリアル・キラー(連続殺人鬼・異常殺人鬼)の存在もクローズアップされるようになります。

こうした世界の中で頭脳で問題を解決する旧き良き『犯人当てクイズ』は廃れていき、
行動派探偵、警察、検視官などの現場の人々を描く作品が増えていきます。

王道ミステリを描いていたエラリー・クイーンは作風を変え、『十日間の不思議』(1948年)で既に家庭の悲劇を描き、
『九尾の猫』(1949年)では異常殺人鬼を印象深く描いています。

異常殺人鬼を扱った作品では、
ジム・トンプスン『内なる殺人者』(1952年)、リチャード・ニーリィの『心ひき裂かれて』(1974年)、トマス・ハリスの『レッドドラゴン』(1981年)、『羊たちの沈黙』(1988年)等の作品が生まれていきますが、これはアメリカ特有の現象だと思われます

アメリカ独自のミステリとしては、『民族問題』を扱った作品も多々あります

黒人差別を扱ったスチュアート・ウッズの『警察署長』(1981年)やジョン・ボールの『夜の熱気の中で』(1965年)
ユダヤ教の宣教師(ラビ)を主人公にした、ハリイ・ケメルマンの『ラビシリーズ』
ナバホ族を描いた(らしい)トニイ・ヒラーマンの作品など(未読なんです。そのうち読みたいです)
様々な民族を描いた作品が登場します。


ハメット、チャンドラー、ロスマクのハードボイルドの系譜は、その後
ジェイムズ・クラムリー(『酔いどれの誇り』)
ローレンス・ブロック(『八百万の死にざま』)といった、アルコール中毒を抱える破滅的な私立探偵や、
ロバート・B・パーカー『スペンサーシリーズ』のように女性にも優しい健全な探偵などが生まれています。

また、こちらはほとんど未読なので申し訳ないのですが、
女性作家による、女性探偵が大暴れする作品群(スー・グラフトン、パトリシア・コーンウェル、イバノビッチなど?)も流行しました。
この辺も抑えないといけませんね。不勉強で申し訳ないです。


☆第二次世界大戦・冷戦の時代(イギリス:1945~1990あたり)

アメリカ以上に『ソ連』を身近に感じるイギリスでは、スパイ小説が大流行しました。
スパイ小説自体はそれこそ、エドガー・アラン・ポーの『黄金虫』あたりからありました。

戦前のスパイ小説作家といえば、エリック・アンブラーが有名どころです(『あるスパイへの墓碑銘』など)。

東西冷戦が始まると、ジョン・ル・カレ『寒い国から帰って来たスパイ』
グレアム・グリーン『ヒューマンファクター』といった、純文学的なスパイ小説から、
ブライアン・フリーマントル『別れを告げに来た男』
イアン・フレミング『007シリーズ』のようなスパイ活劇的な作品まで、数多くのスパイ小説が生まれました。
アメリカにもスパイ小説はありますが(アダム・ホールなど)、スパイ小説の大隆盛はイギリスに顕著な特徴です。

スパイではありませんが、フレデリック・フォーサイス『オデッサファイル』など、国家間謀略などを描いたジャーナリスティックな小説も人気を呼びました。


同時に、大自然などを舞台に敵と戦う、冒険小説もイギリスで流行しました。

アリステア・マクリーン『女王陛下のユリシーズ号』
ジャック・ヒギンズ『脱出航路』といった海洋冒険小説や、
マクリーン『ナバロンの要塞』デズモンド・バグリィの『高い砦』といった山岳冒険小説などなど、
舞台は様々ですが、大自然の厳しさに混じって、人間同士の争いが行われるような、そういった作品群です。

更に、大きな悪役との(主に1対1の)決闘小説とも呼ぶべき作品群
ディック・フランシスの『競馬シリーズ』
ギャビン・ライアルの『もっとも危険なゲーム』などや、

暗殺者を主人公にしたケン・フォレット『針の眼』、ジャック・ヒギンズ『死にゆく者への祈り』
なども、抑えておきたいところです。

☆警察小説の歴史(主にイギリス)

フリーマン・クロフツの『樽』(1920年)は、警察の丹念な捜査で犯人のアリバイを崩す作品として、日本人作家にも大きな影響を与えました。
イギリスではありませんが、ベルギーのジョルジュ・シムノンが描く『メグレ警部シリーズ』
アメリカ人作家ヒラリー・ウォーの『失踪当時の服装は』
コリン・デクスターの『モース警視シリーズ』(「キドリントンから消えた娘」など)
クラシックなスタイルの警察小説は、ウィングフィールドの『フロスト警部シリーズ』などに引き継がれています。

アメリカの警察小説は、どちらかと言えば都市型の事件(一つの事件を追うのではなく、様々な事件に追われる警察官の生活が描かれる)が多く、ザ・刑事ドラマ的な作品として
エド・マクベインの『87分署シリーズ』、
警察官のリアルな日常が描かれるジョゼフ・ウォンボーの『クワイヤボーイズ』などが代表的な作品です。

警察官から更に離れ、法廷を描いたスコット・トゥローの『推定無罪』や、ジョン・グリシャムの『評決のとき』。

更に、泥棒を主人公にしたドナルド・ウェストレイクの『ドートマンダー―シリーズ』や、
詐欺師に取られた金を取り戻す騙し合い小説、ジェフリー・アーチャーの『百万ドルを取り戻せ』
など、ミステリの世界はますます広がり続けています。

『犯人当てクイズ』は確かにミステリの源流ですが、ミステリという単語はもはや犯人当てクイズだけを指すものではないのです。


☆戦後日本のミステリ

第二次世界大戦が終わると、日本では江戸川乱歩が精力的に海外の作品を紹介しました。
ウィリアム・アイリッシュの『幻の女』や、『Yの悲劇』などなど、
日本のミステリに多大な影響を与えました。

『グリーン家殺人事件』→『Yの悲劇』といった、世俗を離れた金持ち一家の殺人事件などは
横溝正史の『金田一耕助シリーズ』に受け継がれ、独特のホラーテイストを帯びた和風ミステリの空間を作り上げています。
現代では京極夏彦の『京極堂シリーズ』などになるでしょうか。

また、時刻表トリックの鮎川哲也(『黒いトランク』など)や、松本清張『点と線』など、公共交通機関のアリバイ崩しを中心にした作品群。

多少趣は変わりますが、これまた電車が数多く登場する、内田康夫、西村京太郎(未読)の旅情ミステリなどは日本独自の発展を遂げたミステリと言えそうです。

戦後日本でも、英米の影響を受け、
『ハードボイルド』から派生した社会派探偵の波がやってきました。
犯人当てクイズではなく、庶民を、社会を描くムーブメントです。

松本清張『砂の器』や、現代では宮部みゆき、東野圭吾などがその一派と言えそうです。

その他、和製スパイ小説、結城昌治の『ゴメスの名はゴメス』
和製ハードボイルド船戸与一の『山猫の夏』など、様々な作品が誕生しました。

一方で、古き犯人当て作品も、島田荘司の『占星術殺人事件』の大ブームを機に、
綾辻行人『十角館の殺人』など、脈々と生き残っています。

もちろん小説だけではなく、『名探偵コナン』『相棒』シリーズなど様々な分野で、ミステリは親しまれています。



☆終わりに

めちゃくちゃ駆け足で紹介した上、僕自身の読書不足(特に日本の小説は読めていない)や
記事の構成の甘さ(SFミステリとか、ユーモアミステリ、歴史ミステリ、赤川次郎あたりも触れたかった)、
更に言えば別段好きでもない有名作家を長々と紹介して、自分の好きな作品についてあまり触れられない虚しさ等もあり、
終わりに近づくにつれて『やっつけ』感漂う出来になってしまった気もしますが、
僕なりに頑張りました。

勉強不足の点も多々あると思いますが、多めにみてやってください。


僕のミステリ集中読書期間(2017年11月~現在)は、もう少し続きますが、
別段『ミステリ』というジャンルに格別のこだわりがあるわけではなく、
他のジャンルもたくさん読みたいので、こんな感じで……。