※ 川端康成著「掌の小説」のうちの「霊柩車」を自分なりに書き直してくる。部分的でも良い、最初の一行・最後の一行でもよい、気にいったところを活かして、自分なりに、400字詰で5枚~10枚に書き直してくる。

というお題を見つけたので、やってみました。
所要時間4時間。原稿用紙ぎりぎり5枚(2200字ぐらい)

『霊柩車』


突き刺さるような痛みが戻ってくる。あぁ、違う。
まだ、こちらだ。
人の気配はない。寝静まっているのだろう。嗚呼、うるさい。頭の中で、誰かがドラムを叩いている。狭いパイプ。なぜ取り込めないのだろう。あるはずの酸素(もの)。
なぜ、また目を覚ましてしまったのだろう。次に目覚めるときは、地獄だと思った。
それでも、煉獄(ここ)よりはマシだ。
なぜ、目を覚ましたのだろう。やり残したことをしろという、神の御心だろうか。
やり残したこと。私が心から望むこと。それは、あの人の胸で眠りたいということ。
夫ではない。私は一度も、其(それ)を夫だと認めたことはない。
私の親が、あの人と私とを断ち切るために、無理やりあてがった傀儡だ。
其に罪はない。あれはあれで、かわいそうな人形(ひと)だ。
その、瘤だらけで陽に焼けた醜い指。私の身体を自分のものだと考えるあの男は、
私の親と同じで、物質界に蠢く亡者でしかなかった。
肉と肉との結びつきが、魂をも結びつける、そんなわけがないのに。
結婚という制度が、私たちの魂――あれに魂などがあればの話だが――を結びつける、そんなわけもないのに。
私が会いたいのは、夫ではない。義兄(あに)だ。私の魂の、夫だ。私の半身、生まれた時に切り離され、埋め合わされることのなかったミッシングパーツ。そこにあるとわかっているのに、陰と陽が揃っているのに、ハマることのなかったパーツ。
あれの指が、ひたひたと肌を這い回り、あれの舌がねちゃねちゃと糸を引くあの不快なひととき、私はずっとそれが義兄の指だと思い込もうとした。
自在に宙を舞う白魚のような指が、「芳子」と呼びかけるあの香しい唇が、快活に笑いながら覗くその舌が、私の肌に触れてくれたなら、他には何もいらない、と思った。
「芳子は俺の太陽だよ」物思いに耽りがちな義兄は、私の前では大輪の向日葵のように笑う。そんな義兄に照らされて、この世を去ることができたなら、どんなに安らかなことだろう。行かなければ。
義兄の元に、行かなければ。
ひゅーひゅーと喉が鳴る。まるで空ろを通り抜けた風の悪戯。張りついた肉体を布団からひきはがす、ミシミシという音。それだけで、支えた腕がプルプルと震える。挫けそうになる。重い。重い。腕は痩せ衰えて枝のようなのに。体重を支え切れず、今にもパキリと折れてしまいそうなのに。冬枯れの道、枝を踏みしだく音。足裏で感じたパキリ。空気に満ちた、甘酸っぱい柑橘類の香り。
楽しくて、はしゃいで、枝を見つけるたびに踏んで歩いた、幼かったあの日。義兄が微笑みながら見守ってくれているのを感じ、私はますます調子に乗って、
「あっ」枝に足を擦りむいた。流れ出る血の温かさ。
「芳子!」駆け寄る義兄の声。出血したふくらはぎに、当てられた義兄の唇。背筋に走ったゾクゾクとした快感に、幼き日の私はとまどい、そして陶然となった。私が義兄に恋をした、オレンジの冬。
好きになってはいけない、人。好きになってはいけないと、この煉獄で決められた人。
兄妹。父の娘である私と、母の息子である兄。
血の繋がりはない、結ばれてはいけない理由なんてない、それでも許されない物質界の不条理。
それでも好きだった人。誰が何と言おうと、私の好きな人。
私を誰よりもかわいがってくれ、私を誰よりも愛してくれ、私の心をいつだって熱くさせた人。
よろめきながら廊下を渡り、玄関に出ていたサンダルをつっかけ、外に出る。
白いものが舞い落ちる。冬だ。義兄のいた冬。
目の前を、幼かった頃の私が駆けていく。おかっぱ頭で、頬をふっくらさせた、着物を着た日本人形のような私。
まだ単純で、それでいて不思議な煌めきに満ちていた世界。
まだ、お父さんもお母さんも優しくて、お兄ちゃんはもちろん優しくて、お腹はいつも空いていて。
あの頃の地続きに今があるなんて、到底信じられない。
お父さんは夜叉となり、お母さんは般若となった。私が、世界で一番好きな人は、好きになってはいけない人だったから。
驚異と神秘は科学で解明され、法が私たちを雁字搦めにした、この窮屈で薄汚れた世界。
ふと気がつくと、女が倒れている。病魔に蝕まれ、色あせた容姿の不健康そうな女だ。どやどやと人が集まり、やがて救急車のサイレンが聞こえる。
担架に乗せられ、身体が運ばれていった跡に残されたのは、1枚の写真。笑っている女の肩に乗せられた、大切な人の手。幸せそうに笑う二人。
――お兄ちゃん、大好き―― 切り取られた瞬間は、きっと、永遠。



あとがき

一応ミステリの教室で出たお題らしいので、ミステリっぽさはある程度意識しましたが、まぁ元の「霊柩車」がミステリじゃないので、そんなにミステリっぽくはならなかったですね。

原作との解消しづらい矛盾点が2つありました。

①不倫相手(義兄)は何を思っていたのか(薄情そう)

これに関しては、薄情そうに見えるのは原作の語り手からの視点であって、違う視点からはそうじゃなく見えるかもしれないよ?という事でカバーしました。

②3月10日前後の物語なのに「冬」としてしまったこと。
これは、「3月に雪が降る事もあるし、3月なら寒い日もある」ので、
寒い=冬、というちょっと強引なこじつけで逃げました。

それ以外、大きな矛盾はないはず。
これを書いた後でもう一度「霊柩車」を読んでいたけど、完全に設定を間違えていたことが判明www
二次創作としてはダメダメですな。何かを書くための「お題」として消化させていただいたので、僕個人としては良かったですが。

しかし、改行ほぼなし、会話ほぼなしでキッツキツに描写していくのって大変だなぁと改めて思いましたわ。川端先生の原文がそうなので、勝手に軽いノリを持ち込んじゃいけないような気もしたので。

読んで面白いかどうかは不明ですが、書いていて楽しかったです。