S→味わい深く、いつまでも心に残りそうな作品

空のあらゆる鳥を/チャールズ・ジェーン・アンダース……感想はこちら

幻詩狩り/川又千秋……

面白かった。
ただし、作品のテーマを読み取れている自信はなく、もう少し考えてみたいところ。

物語としては、シュールレアリスムというナチスによって弾圧された前衛芸術。
その最先端を行く、フー・メイの『幻詩』には人の心を狂わせる麻薬効果がある。
その麻薬を取り締まるため、大量の殺戮が行われる『幻詩狩り』。それは、焚書・言葉狩り・言論統制への警鐘として読める。
しかし、では言論統制・焚書はNGなのか?

芸術を破壊する事は罪なのか?と考えると、『普通に』考えればNGであり罪だろう。
レイ・ブラッドベリの「華氏451度」で描かれたように。
しかし、この作品での『幻詩』は覚せい剤的効果がある。というか、覚せい剤のようにしか読めない。とすると、『覚せい剤、という芸術を統制する』事は罪なのか、NGなのか、という、よりシリアスな領域に足を踏み入れてしまう。

言論統制は、悪だと思う。
しかし、言論統制を覚せい剤に置き換えると、覚せい剤を取り締まることが悪だということになってしまう。

なるほど、シュールレアリスムという芸術において、麻薬を利用する事もあった。
社会一般的なルールを逸脱し、麻薬・覚せい剤効果を引き起こす芸術(=覚せい剤という薬物)も一概にNGではない、一種の芸術表現として、現実の壁を超えていく事への恍惚感と恐怖を描いた作品、なのだろうか?

個人的には、『2131年の火星』さえ出て来なければ、そこまで言論統制的なメッセージを感じる事もなく、普通に鈴木光司「リング」の詩verとして読めたので、そっちの方がシンプルで、テーマ性に悩むことなく楽しめたような気がしている。
実際、ドラッグ小説として、この作品の『幻詩』のイメージ喚起力は、過去読んだ作品の中でもディレイニーに匹敵するレベル(で、ディレイニーよりも遥かに読みやすい。)
ギラギラと、クラクラと眩暈のするような、『黄金の時空間』を楽しめた。

グラン・ヴァカンス/飛浩隆……
時が止まった仮想空間『夏の区界』内で暮らすAIたち。
『ゲスト(人間)』に設定された、悪趣味な嗜好に翻弄されながら暮らす彼らの世界へ、蜘蛛型AIが襲撃を開始した。
奴隷身分のような、『夏の区界』に生きるAIたちそれぞれの人生(?)と、永遠に終わらない夏の海岸の風味が楽しめる、娯楽SF小説。
描写・設定共に練られていて、完成度が高く、不思議な読後感がある作品だった。


光の塔/今日泊阿蘭……長文感想はこちら

人間の絆/サマセット・モーム……

流されやすく、しょうもない主人公のフィリップが幸福を掴むまでの物語。
孤児で、足に障害を抱えたフィリップは、神学校でいじめに遭い、神への信仰を失う。
会計士も長続きせず、絵画を習うが才能に見切りをつけ、医者の学校に入るも、株で大損をしてホームレスになってしまう。
そんな窮地を助けてくれたのが、アセルニー一家だった。

同時に、フィリップは学生時代、年上の女性ミス・ウィルキンソンに無情な振る舞いをして傷つけ、
そして彼の人生にとり憑いて離れない悪女ミルドレッドに熱烈に恋をする。その過程で、自分を大事に思ってくれていたノラを傷つける。
そして、最後にたどり着いたのがアセルニー一家の長女サリーへの愛だった。
遠い異国の地に憧れ、夢見ているばかりだったフィリップが、本当に欲しかったものは、孤児だった彼が持ったことのない『家庭』だった。
というのが全体のあらすじ。

ミルドレッドという性悪女にひたすら執着するシーンなど、読んでてしんどい部分はあるけど、
それもまた人生の一シーン。
立派な人生、しょうもない人生、嬉しい事、悲しい事、苦しい事、それら全てが縦糸・横糸となって、
人生という名の絨毯を織っていく。
良い作品だった。

関ヶ原/司馬遼太郎……
戦う前から石田三成にはほぼ勝ち目がなかったような書かれ方をしているけど、小早川秀秋や毛利(輝元だっけ?)次第ではわからなかった気がした。
家康VS三成では、勝負にならない感じはあったけど、三成の方が好きですね。
一番嫌いなのは福島正則みたいな奴w

燃えよ剣/司馬遼太郎……
多摩の片田舎の剣術道場から出た庶民たちが、幕末の京都で『新選組』と名乗り、束の間の勇名を轟かせた。
新選組は粛清も激しく恐ろしい部隊だったけど、超ハードなガチ勢が集まる部活のような熱気もあって、青春ものとしても面白い。
司馬遼太郎の描く『リーダー像』は、あまり物事にこだわらず器の大きい人間で、それが今回も近藤勇として描かれている。
印象深いのはクールな『喧嘩屋』土方歳三と、いつも朗らかな沖田総司の2人だった。


世に棲む日々/司馬遼太郎……
腰が定まらない長州藩。
藩主の毛利敬親はよく言えば『部下任せ』の人で、
藩内には『佐幕派』と『倒幕派(高杉など)』が双方権力争いの末、内戦まで発生しており、幕末の長州藩の複雑で不可思議な動きが多少理解できたような気がした。
作中で、気に入ったのは井上薫と伊藤博文で、どちらもかわいげがある。
主人公の吉田松陰は最後まであまり好きになれず、高杉晋作も嫌いではないが、
長州藩の若さの暴発ともいえる、ヒステリックさがやはりあまり好きになれなかった。


ドクター・スリープ/スティーブン・キング……
9月からキングの作品をまとめ読みしているんだけど、その中では一番面白かったかも。
『シャイニング』の正当続編として、父親と同じくアルコール中毒に陥った主人公のダニーが、自らの過去の悪行を告白し、酒の誘惑に打ち克つまでの物語。

そこに彼の姪のアブラや、『真結族(子供の精気を吸い取って生きる、ヴァンパイア一族)』との対決なども、
真結族が想像以上に弱い生き物である点は善し悪しだけど(個人的にはそれで良い)、ダレることなく900ページを一気に読ませる。

個人的に唯一心残りなのが、ダニーに恋人なり奥さんなりができて、今度こそ幸福な家庭を築いてほしかったなぁと。
まぁ、それも姪のアブラへの愛情と教育で描けていないわけではないんだけども。


悪霊の島/スティーブン・キング……

『したくなっても、絶対にしてはダメ』。それは過去を呼び戻す事。大切な人を蘇らせること。
記憶は真水に閉じ込めて、深き湖にそっと眠らせて。
人生の第二幕を掴む旅へ。

ホラーで彩られた、『再生の物語』。悪霊『パーシー』の力を眠らせた後でもまだ、『デュマ・キー』の絵を描けたのがちょっとよくわからなかったけど、とりあえず良作。

古い人生への決別の物語だから、確かに奥さんと別れるのは自然だし、愛娘を失うのも、相棒を失うのも自然か……。
それでも、立ち上がって生きていく、という話でした

A→読んで良かったと思える作品

リプリー/パトリシア・ハイスミス……
考えなしの犯罪者リプリーが、人を二人も殺した上に、いろいろと失策をしているにもかかわらず、逃げおおせてしまう作品。
犯人リプリーの、被害者ディッキーへのややゲイ臭のする片思い感が面白い。
下層階級のリプリーが、殺人によってディッキーの富を手に入れ、上流階級へ昇るのは、アメリカン・ドリームと言えるのだろうか……

陰獣/江戸川乱歩……
割とバレバレな展開ではあったけど面白く、最後の余韻が良い感じ。

忍びの卍/山田風太郎……
4人の忍者がエロ忍法で争い合うバカ小説、
と見せかけて、その奥に4人を影で操る徳川官僚組織の非人間的な恐ろしさと、『ヒトであることをやめ、忠義のために使い捨てられていく者たち』の悲哀を描いた良作。
人であるためには死なねばならなかった、徳川忠長とお京、人であることを辞め使い捨てにされた3人の忍者たち、そして笑うは全てを操る土井利勝と、頂点に君臨する徳川家光のみ。

忍者たちのエロ忍法、といった『祭り』が終われば、
後に残るのは、『祭りの後の寂しさ・虚しさ』のみ。
人が生きる、それ自体が一種の『祭り』であり、
祭りが終われば何も残らない。
そんな虚無的な読後感を抱かせる、さすが山田風太郎と思わされた作品。

項羽と劉邦/司馬遼太郎……
全く知らない時代だけれど、地理については以前読んだ『三国志』の知識がだいぶ助けてくれた。
読み物としては、劉邦のキャラクターが面白いのに対し、韓信があまり魅力的ではなかった。項羽が破れたのは、1に補給線に対する無頓着ぶり、2に外交も含めた軍師不足・計略不足だろう。
項羽軍には猪武者しかいなかったのか、軍師的な要素が非常に乏しかった(それを言うなら劉邦側だって割と乏しいのだけど、陳平のやらしい謀略などは読みごたえがあった)

基本面白いんだけど、項羽・劉邦・秦の3勢力しか描かれてないのは物足りない。
魏とか趙とか斉とかも書いてほしい。
「三国志」ほどの人気がないのは、三国志が袁紹だの袁術だの劉表だの公孫賛だの、軍閥だらけでワチャワチャやってたのに対して、
「項羽と劉邦」は秦(韓信)・項羽・劉邦、の3勢力しかないシンプルさが、盛り上がりに欠ける要素だと思う。
その分、戦乱が短く収まったので、当時の民たちにとっては良かったと思うけど。


デスぺレーション/スティーブン・キング……

寂れた鉱山町に突如現れた、狂気の殺人警官。彼は、閉鎖されていた鉱山から噴き出した、古代の神『タック』に憑かれたのだった。
『タック』は、憑依した人間の肉体を破壊しながら、目につく全ての人々を殺し続ける。鉱山町にたどり着いた11人の運命は……?

コテコテのホラー作品で、少々グロ有り。
キングの作品を最近読んでいるんだけど、ここまで直球のホラーは久しぶり。
ただ、『巨悪との対決』という意味では『ザ・スタンド』や『IT』に及ばない気もする。

面白いは面白かったけどね。


ミスターメルセデス/スティーブン・キング……

メルセデスで職業安定所に並ぶ行列を次々に轢き殺した男、ミスター・メルセデスVS
それを捕まえるべく挑む、退職刑事の対決を描く作品。
キングの作品における『対決』は、いわゆる『弱者』と『弱者』の対決が多い。

『キャリー』における、『いじめられっ子』VS『いじめっ子』の対決。
『シャイニング』における、『アルコール依存症の父親』VS『その家族』の対決。
『クージョ』における、『狂犬病に罹ったペット』VS『その飼い主』の対決。
『ミザリー』における、『頭のおかしなストーカー』VS『囚われた老作家』の対決。

いじめられっ子のキャリーも、アルコール依存症の父親も、狂犬病に罹ったペットも、
頭のおかしなストーカーも、皆、『社会的な弱者』だ。
本作のミスター・メルセデスも、性的虐待を受け、二つのアルバイトを掛け持ちする未来のない青年である。
そんな青年が、自分の生きる痕跡を、希望を、エネルギーを、
他ならぬ『大量殺人』の形でしか表現できない絶望をキングは描く。

秋葉原事件、小田急線の事件、京王線の事件。
『弱者』が起こすテロリズムこそが恐怖の根源であり、『弱者』を生み出す社会はテロによって復讐される。ただし、復讐される相手もまた、『弱者』である。

『弱者』と『弱者』の共食いこそが、現代社会の病であり、スティーブン・キングの描く世界だと思う。
いじめっ子は、自分より強い者には逆らわず、自分よりも弱い者をいじめる。
大量殺人鬼も、行き詰った社会を変革するわけでもなく、自分よりも弱い庶民しか狙えない弱虫でしかない。
そんなやり方で社会は変えられないのだから、単なる負け犬であり、そこに悲哀を感じてしまう。




ハローサマー・グッドバイ/マイクル・コーニィ……
青春恋愛作品だと勝手に思って読んだんだけど、まさかの全滅悲恋SFだった。
ヒロインのブラウンアイズもいいけど、女友達のリボンも良かった。
あと、両親が最後まで清々しいまでのクズですごい。
記憶に残りそうな作品。

愛と死/武者小路実篤……
武者小路実篤の「愛と死」読了。75点。
むしゃ先生らしく、好感の持てる、素直ながらちょっとしょうもない主人公。
一発芸をやれと言われて、めちゃくちゃ困っているところを、片思いの女性(夏子)に助けられる。
夏子は一発芸として、逆立ちをするような、当時としては活発でおてんばな女性だった。
やがて、相思相愛になった二人。
主人公は船で4か月ヨーロッパへ旅行をする。帰ったら結婚をすると誓い合い、読んでて笑えるようなラブラブラブレターを送り合い、相手からのラブレターを口にくわえて前転をするような浮かれっぷりだったが、
主人公が日本に帰る直前、当時流行していたスペイン風邪(今回のコロナは、スペイン風邪以降最悪の伝染病)で死んでしまう。
涙する主人公。というお話。
100年前の世界らしく、電話がないため、ヨーロッパへの船旅は時間もお金もかかるものだった。
そのため、また会える日を夢見てラブレターを送り合うわけだけど、まぁ、その内容が恥ずかしくて面白いw
最後はしんみりと悲しい。

純粋で素直で、恥ずかしいバカップル小説。
むしゃ先生の真骨頂ですね。


証拠/ディック・フランシス……
軍人だった父親や祖父と比べ、「勇気がない」主人公はワイン商。ワイン詐欺にまつわる事件に巻き込まれ、怯えながらも、主人公は勇気を見出していく。
面白いけど、個人的に亡くした奥さんの代わりとなる女性との出会いも欲しかったw

ミセズ・アレクシスという50代の肉食系女傑が出てきて、めちゃくちゃ存在感があったんだけど、
アレクシスを30代ぐらいにして、主人公と恋人にはできなかっただろうか。
めっちゃ、貪り食われそうだけど。

サスペンスシーンは緊迫感があって良かったんだけど、最終盤の敵との対決よりも、50ページほど前の「敵地からの脱出」の方がハラハラして、
敵との対決はあまり盛り上がらなかったのはちょっと残念。


猶予の月/神林長平……
上巻は『両想いの姉弟』の思惑が面白い。時間が止まるまでの話。
下巻は「マトリックス」みたいな活劇中心だったので、上巻の方が好き。
とりあえず、ストーリーを紹介するのが凄い難しい話でした。

宇宙へ/メアリ・ロビネット・コワル……
女性差別・人種差別が激しい50年代のアメリカ。白人男性にしか開かれていなかった宇宙飛行士への夢を叶える、女性主人公の活躍を描く作品。
宇宙へ旅立つ、というよりは、女性の社会進出、黒人の社会進出という色合いが強い、社会派作品。

チグリスとユーフラテス/新井素子……
『人類最後の子』ルナちゃん(74歳)を通して、『人が生きる意味』を見つけていく話。
内容的にはかなり面白かったんだけど、文章がだいぶ肌に合わなくて、82点。

終わりなき索敵/谷甲州……未来から過去へのメッセージ情報により、過去が改変される。
改変された世界が混ざり合う。というのは「シュタインズ・ゲート」でもあったけど(終わりなき索敵の方が先)、まぁシュタゲの方が大好きです。
終わりなき索敵の方が複雑ですけど。後は、宇宙空間で光速を超えると年を取らないというウラシマ効果を利用して、
1000年ぐらいの戦争を戦い続けている人生を描いている意味では、
タイトルも似ているジョー・ホールドマンの「終わりなき戦い」へのオマージュかなとは感じた。

膚の下/神林長平……
人造人間のケイジが、「自分はなぜ造られたのか・自分はなぜ生きるのか」という自我をベースにして、自分を見つけていく成長物語。
そしてそれは、人間が持つ「自分はなぜ生まれたのか・自分はなぜ生きるのか」という問いと大差はない。
それはまた、「人間」自体が教育や社会的要求などを通じて、ある特定の価値観を『インストール=洗脳』され、
「ロボット」化していく現実とも重なっている。
「国家社会=創造主=人間」を絶対とするなら、私たちは「人造人間=ロボット」である。
あるいは「両親=人間」を絶対とするなら、私たちは「子供=ロボット」である。
子供でいたい、ロボットでいたい、奴隷でいたい、ペットでいたいという欲求は現に人間には存在する。
一方で、自由になりたい、自分自身を表現したいという欲求もまた。
誰かに押しつけられたものではない、自由な「人間」として生きるとき、生きる理由もまた自分で「創り出さなくては」ならないことに気づく
誰かに押しつけられた生きる理由(たとえば子供を作って家を継がせる、たとえば国の存続のために戦争に行く、など)に従っているなら、それは「ロボット」である。
『他人に押しつけられた』価値観・生きる理由を解除した先にも、『自分の感情の奴隷』(怒りや喜びに振り回される人生)が待っているわけで、自由なんてものは存在せず、結局人は何かのロボットのままなのだ、とも思う。

とりあえず、人間キャラにうざい奴が多すぎてしんどい


大いなる遺産/チャールズ・ディケンズ……
重厚だけど、エンタメ要素もちゃんとある。
恩人のために、命がけでイギリスにもどってくる脱獄囚が一番印象的だった。
ディケンズの中では「クリスマスキャロル」の次に好き。

北海道警察の冷たい夏/曽我部司(ノンフィクション)……
ノンフィクションに点数をつけていいのかはよくわからないけど、非常に興味深かった。
自浄作用を失った官僚組織の「保身」と、「スケープゴート」に全ての罪を着せるやり方は、つい数年前の安倍元首相の公文書改竄事件でも目にしたばかり。


われら/ザミャーチン……
ジョージ・オーウェルの名作「1984年」の先駆的作品として、非常に価値の高い作品。
どうしても後発の「1984年」と比較してしまうし、「1984年」に比べると世界の緻密さに欠けているため、『圧倒的な絶望感』には欠けるが、その分肩の力を抜いて読める。『ソ連』が誕生する直前の1921年にこの作品が書かれているのは、先見の明がありすぎるというか、素直に凄いと思う。

また、『個性なきところに不幸なし。自由なきところに犯罪なし』をある種の楽園として捉えるなら、全ての人間から個性を奪うこの単一国こそが楽園であり、
単一国≒ソ連の崩壊を楽園の崩壊とみなす事も不可能ではないのかもしれない。

ロシア文学は読みにくい、という苦手意識があるんだけど、この「われら」は読みやすかったですね。
新訳だからかもしれないけども。


リーシーの物語/スティーブン・キング……
ざっくり言うと『シャイニング』に妻へのラブレターを加えたような作品。
「子供への愛」を持ちながらも、「虐待してしまう親」は、『シャイニング』の変形版。
人間を内部から食い尽くす狂気を、愛を持って描いた作品だけど、読みやすくはない。



ビッグ・ノーウェア/ジェイムズ・エルロイ……

ウルヴァリン(クズリという鼬の種族)の義歯を着け、同性愛者を次々と腸まで食い破り、目を犯して射精する殺人犯の鮮烈なまでのエネルギーと、
殺人犯を追うために危険を冒し続ける若手警官
欲望のままに明日をも知れずさまよう中年警官等、ギラギラと漂う『生=欲望』が印象的な作品。
併せて、スリーピー・ラグーン殺人事件や、赤狩りに代表される、他人種・他思想排斥による監視社会化が現れた、陰鬱な1950年代ロサンゼルスが活写されている。

読んで良かったと思うし、作者の『暴力的な筆遣い』は圧巻だけれど、好みかどうかと聞かれるとw
でも、力のある作品だと思うし、同シリーズの『ホワイト・ジャズ』も近々読もうと思います。


ハリー・ブライトの秘密/ジョゼフ・ウォンボー……
亡くした息子と離婚した妻の思い出に生きる男たちを描いた、しみじみ系警察小説。
というか、こんなに重い話になるとは予想していなかった
序盤はギャグ全開で結構笑える。最後まで読めばしみじみできるんだけど、中盤が退屈なのが難。


砂の女/安倍公房……
蟻地獄の中で、甘い腐肉のように誘う女。
もがけばもがくほど、ずぶずぶとはまっていく男。
拉致監禁はいつしか男を侵食し、部落の一員となっていく……。
ホラーですね。酷い話である……。
もっと恐ろしい事に、この男には、『砂の迷宮』から脱出したとしても、結局外の世界にも自由なんてないのだ。
どこでどう生きようと、結局人に自由なんてないのだ……。ただ、『不自由』から気持ちをそらすための『娯楽=刺激』があるだけ。
ただ、それだけなのだった……

結局、「自由」なんてどこにもないんだろうなぁとは思う。
誰かと繋がれば「しがらみ」も増えて、「不自由」も生まれる。
全くの孤独状態では心が健康を失い、孤独に潰されればやはり「不自由」状態になってしまう。
なら、どこに「自由」はあるのか。答えはきっと、自由なんてどこにもない。

B→暇つぶし以上の有益な何かを得た作品

夜勤刑事・刑事の誇り・男たちの絆(三部作)/マイクル・z・リューイン……
刑事小説。事件に右往左往する、ワーカーホリックの中年刑事の数日を追いかけるような読み口。
特に感動したり、読まなきゃ損ということもないが、
リーダビリティも高く、肩の力を抜いた暇つぶしとしては楽しめた。

悪霊/ドストエフスキー……
こちらに感想を書きました。

情事の終り/グレアム・グリーン……
西洋文学によくあるキリスト教色の強い話で、ちょっと苦手。

日はまた昇る/ヘミングウェイ……
主人公はいつも片想い相手を慰めるだけの報われない役で笑った。
男4女1のグループでスペイン旅行に行くような話で、呑気なバカ話が多いながらも、グループ内に嫌な奴がいたり、女を取り合ってたりしながらも、まぁそれも青春だなぁ的な感じでじんわり面白い。


復活の日/小松左京……
国際間の相互不信からもたらされる、人類ほぼ絶滅のシナリオは、今読んでも色褪せない。
ただ、娯楽性には乏しいので69点。
コロナと、米中摩擦のこの時代に改めてこういう問題を考えたい方には+5点。


飢えて狼/志水辰夫……
主人公が酷い目に遇う意味でも、なかなかしんどい小説だけど、非情なスパイ合戦の世界を迫力たっぷりに描いた力作。これがデビュー作とはさすが。
ヒロインはもう少し魅力がほしかった


骨の袋/スティーブン・キング……
①100年前に起こった黒人セーラ親子に対する差別殺人
(それにより、セーラの怨霊が街に祟りをなす)が物語の底流に流れる

②白人キ印老人コンビのデヴォア&ロゲット(セーラ親子を殺した奴の子孫)が、主人公の恋人マッティーを殺し、娘のカイラを狙う

という霊・人の二層構造のホラーなんだけど。

率直に言って、セーラの怨霊はまずデヴォア&ロゲットを殺せよ、
主人公に祟ってる場合じゃねーだろ、何やってんの?

って思ってしまった。


覇王の家/司馬遼太郎……

歴史の勉強としては面白かったけど、エンタメとしてはつまらなかった。
家康が主人公だけど、他作品で描かれた関ヶ原や大阪夏の陣・冬の陣はなし。
司馬遼太郎は同じ時代を「国盗り物語」(斎藤道山・織田信長が主人公。道山編が超面白い)、
「新史太閤記」(豊臣秀吉が主人公。未読)、
「関ヶ原」(石田三成VS徳川家康。面白い)、
「城塞」(大阪夏の陣&冬の陣なので、当然家康がメインだと思う。未読)と家康が出てくるたくさんの作品を書いていて、「覇王の家」は最後に書いている。

特に「関ヶ原」、「城塞」の2作と重複する部分は省いて、それ以外の家康エピソードをメインに描いているため、単品で読むと、突然時代が飛んだりして「??」ってなる。
小牧長久手の戦いを延々250ページくらい描いている。

この当時の武田信玄の恐ろしさ、武田・上杉・北条の勢力図などは勉強になった。
ただまぁ、家康や三河衆は好きになれなかったな。


夜歩く/横溝正史……
ミステリとしては割と微妙だけど、復讐物語としては楽しく読めた。
彼女をレイプされた男(犯人)が、レイプ犯の片思い相手を寝取って散々利用した末に殺す話なんだけど……レイプ犯の片思い相手はかわいそうやな……。
あんまりかわいそうな感じで書かれてないのがあれだけど。
それをレイプ犯に得意げに語って聞かせるシーンが面白かったです(性格悪い)

ミステリとしては、割とわざとらしい感じもするし、そもそもトリック自体が「アクロイド殺し」のパクり(断言)でした。
犯人の友人が、レイプ犯しかいないのが一番泣けるポイントかもしれない……
もう少しマシな友人はおらんかったのか?


悪魔が来りて笛を吹く/横溝正史……
近親相姦な兄妹を中心にした、近親相姦連鎖殺人事件で面白いけど、途中ちょっと長くて中だるみする……。↑の「夜歩く」よりはやや低評価。
近親相姦は別にいいけど、この兄は鬼畜。

女王蜂/横溝正史……
いつもの横溝ワールドだけど、犯人の動機がアレなのと、
ヒロイン『女王蜂』の性格がいまいち掴めないのが何とも。
セクシーポーズで男に媚び売りまくってるのに、エッチな誘いを受けるとは夢にも思わない、なんてあるんか?


パヴァーヌ/キース・ロバーツ……
1588年、イギリスがスペインの無敵艦隊に敗れ、スペイン・カトリックがイギリスを支配した架空の世界。
蒸気機関車が走り、未だに産業革命前のイギリスを舞台に、法王の支配からの独立機運が密かに高まっていた。

かめくん/北野勇作……

事件/大岡昇平……裁判ガチ小説。1960年代の日本における裁判が克明に描かれており、当時の裁判制度に一石を投じたであろう作品。
大岡先生の「娯楽性の高い裁判小説ではなく、真面目に裁判について描きたい」という理想を体現した作品で、
志は高く買いたいけど、娯楽的にはチョイ厳しい。
この手の作品(社会派小説)に関しては、『1960年代の日本における裁判の問題点』を社会に問いかけるという意味ではとても大切だし、『過去を遡って、当時の風俗を知りたい』という人には楽しめると思う。
一方で、裁判員制度が導入された現代2021年の裁判とはやはりだいぶ違うわけで、その上で娯楽性も低いとなると、
『普遍的な作品』にはなりえないのではないか、という気もする。
賞味期限が短い作品とも思える。そういう意味で、フレデリック・フォーサイスの作品に、個人的に似ているように感じた。

死の競歩/ピーター・ラヴゼイ……
19世紀のイギリスに実在したという、『競歩=6日間、屋内を延々歩きまわるスポーツ』。
その競歩レース中に起きた殺人事件を扱う、ユニークな小説。
まぁ、殺人事件とかは正直どうでも良くて、競歩競技の描写がなかなか楽しい。

薔薇の女/笠井潔……
本シリーズは『密室殺人ミステリ』の皮を被った、『過去の哲学者』との思想バトル小説だと思って読んでいる。
そう言う意味で、今回のバタイユの論は面白かったけれども、前作までと比べると、残念ながら『事件』と直接『接続していない』印象を受ける。

本作で全面的に打ちだされるのは、プルーストの『失われた時を求めて』における、アルベルチーヌとジルベールのモチーフ。
そして、『社会情勢によって人生を左右される庶民の悲哀』。映画女優ドミニク・フランスと、『革命思想』という名の『悪霊』にとり憑かれた革命分子アグネシカに顕著ではあるが、革命分子アグネシカの描写については、シリーズ第1作「バイバイ、エンジェル」においてより強烈であった、革命家マチルダとの思想バトルを既に経ているため、インパクトは強くない。
代わって、本作では「アンドロギュノスの殺人」という『一般的な殺人ミステリ』に比重が大きく割かれている印象もある。

が、個人的には割とミステリ部分は(このシリーズに関しては)どうでもいいというのが本音と、
ミステリとしての出来はそこまで良いとは思えない。

ただ、『思想性の強い』ミステリとしてやはり楽しめたのは事実だし、前作「サマーアポカリプス」のシモーヌ・ヴェイユの論に関しては(僕がバカなため)ついていききれなかったものの、本作では(バタイユとの思想バトルが短かったせいも大きいが)きちんと最後までついていけた満足感はあった。

次回作もたぶん読みます。けど、「思想バトル」部が面白くて、「ミステリ」部は別に……なので、思想バトル多めでお願いします(>_<)

ボーン・コレクター/ジェフリー・ディーヴァー……
タイムリミットサスペンスですいすいと読め、最後のどんでん返しも面白い。
ただ、犯人の動機にはみじんも共感できなかったし、
それを言うなら主人公とヒロインの人柄も、特に好きというわけでもないんだよな……。


二都物語/チャールズ・ディケンズ……
物語中盤のバスティーユ襲撃シーンと、物語終盤のミス・プロスvsドファルジュ夫人の、英仏婦人対決はド迫力で面白かった。
ただ、その間のシーンは割と退屈してた。

フランス革命時の、暴発したフランス庶民の狂気が恐ろしい。実際こういう事もあった。
ただ、ディケンズはイギリスの作家なので、その辺は多少割り引いて考える必要があるかも。
庶民が暴発するまでの過程(ブルボン朝の状況)がほぼ描かれていないので、歴史を知らないと一方的な見方になってしまう。

まぁ、フランス革命を知らない人が、「二都物語」をいきなり読まないかw


夢十夜/夏目漱石……幻想短編小説集。第1夜・3夜・4夜・10夜が好き。

カリフォルニア・ガール/ジャファーソン・パーカー
……中盤以降ちょっと期待外れだったけど、まぁ面白かった。

ゴリオ爺さん/オノレ・ド・バルザック
……金が全てで人情のカケラもない人でなしが跋扈するパリの街の物語。
娘に財産も、命も奪われたゴリオ爺さんは哀れだけれど、爺さん自身が娘の育て方を完全に間違っているので、もう何も言えねぇ。
とにかく胸糞悪い作品だった。


回想のブライズヘッド/イーブリン・ウォー……

『宗教(カトリック)』という名の洗脳が一家を滅ぼす物語、というふうに読んだ。

「自分だけのルール」を他人に押し付ければ嫌われるのに、なぜ「宗教」という名前を借りれば、それが当然のように考える人がいるのだろう。独善的で、押しつけがましい同調圧力は日本でも感じるけれど、欧州でも宗教という名前でそれがあるんだなぁって。
ジッドの「狭き門」のアリサにしろ、「回想のブライズヘッド」のジュリアにしろ、『殉教者気取りは勝手にやってろ。人を巻き込むな』という気持ちになった。死にかけている人に、無理やり宗教を押し付けて、自己満足に浸って帰っていく牧師とかさぁ……。
危篤の人は信心の道に戻ったんじゃなくて、単に逆らう気力がもうなかっただけでしょ……。


キャッチ22/ジョゼフ・ヘラー……
陽性の狂気に満ちた戦争小説。
狂った世界では、そこで生きるよりも、逃げ出した方が良い。
逃げることは決して恥ではなく、しかも役に立つ。


C→暇つぶし程度にはなった作品

敵は海賊・海賊版/神林長平……
トマス・ディッシュの「虚像のエコー」と同じ構造を持つ、並行世界のハチャメチャ冒険談なんだけど、「虚像のエコー」と違ってめちゃ複雑で、何が起きてるのかが難解なので、正直あまり楽しめなかった。

ホワイトジャズ/ジェイムズ・エルロイ……

ひたすらに読みづらい。
『内部――臭う――血。フラッシュ。灰色の服の男たち――押しのけて進んだ。
近くに道具――鋤/大鋏/三叉――血まみれ。
肉片/よだれ/反吐の跡。
刺して、切って、突いた――はらわたの山がラグをずぶ濡れにしている』

こんな感じ。
グロも勘弁だけど、この『―』と『/』にほとほとウンザリした…
ラストは良かったけどね。

蝶々殺人事件/横溝正史

どくろ杯/金子光晴(エッセイ)
……1930年、日本を棄てて着の身着のまま海外にわたった光晴と奥さんの三千代。
描かれる肥溜めのような上海の喧騒が魅力的だが、いかんせん読めない漢字が多すぎる。弗(ドル)とか大鬼蓮(オオオニバス)とか爪哇(ジャワ)とか、普通にカタカナにしてくれよ。読み仮名すらついてねーし
中国人の人名までフリガナなしで、もはやどうすることもできない

D→自分には合わなかった作品

本陣殺人事件/横溝正史……
昔の作品だというのはわかっているが、結婚相手が処女じゃなかったという理由で、
結婚式の日に新婦を殺して自分も自殺した新郎……
処女厨とはクレイジーなものだと前々から思ってはいたが……

ペドロ・パラモ/ルルフォ

E→プロ作品として見るにはつらい作品