最大の謎は作者自身
作者への忌避感をまずは取り払う
「永遠の0」は百田尚樹氏のデビュー作だ。
良い評判も聞いたことがあり、実は5年ほど前から手元に置いていた。
しかし、これを読むのには高い障壁があった。
それは、『文化人』(??)百田尚樹氏に対する圧倒的な嫌悪感だ。
理由は言うまでもないかもしれないが、私にとっての百田氏と言えば、
安倍晋三応援団兼、ネトウヨオヤジである。
ややリベラル寄りの私としては、お近づきになりたいとは全く思えない人種だ。
普段、作者の人格&思想信条と、作品は切り離して考えるようにしているが、
本作は太平洋戦争を描いた作品である。
ネトウヨオヤジが描いた太平洋戦争作品、これはちょっと読むのに二の足を踏んでしまう。
しかしこのたび「えいやっ」と読んでみて、結果的には良かった。
やはり、食わず嫌いは良くない。
本作の感想
本作は、宮部久蔵という一人の神風特攻隊員の姿を通して、太平洋戦争の4年間を描いた力作だ。
ここには、無能で人命を軽視する上層部によって、敗戦へと突き進んでいく日本の姿が描かれている。
家族を遺して戦場に消えていく男たちの家族への想いと、それを見送る家族たちの悲しみには何度も涙を流しそうになった。
空戦の描写は(正直あまり興味がないため)読んでいて多少ダルい部分もあったが、退屈しきる前に新たな人間ドラマが提示され、最後まで興味深く読めた。
また、ところどころ気になる部分はあるものの(後述する)、
事前に身構えていたほど思想的にバランスを欠いてはいなかった点も、
素直に良かったと思える点だった。
よくわからない事
なぜ太平洋戦争に突入してしまったのか、
突入したのはまだしも、敗戦が濃厚になった時点でなぜすぐに降伏せず、
若者を多数殺していったのか。
これは紛れもなく、国家による殺人である。日本国による、自国民に対する殺人だ。
百田氏の筆は本作において、その事を痛烈に批判しているように映る。
とりわけ、特攻を『強要』する司令官たちの態度には吐き気すら催した。
(逆らえない状況を作っておきながら、あくまでも自主的に申し出た、という形を取る卑劣さは、『自己都合退職』など現在のブラック企業にも脈々と受け継がれている)
しかし、だ。
その百田氏が、なぜA級戦犯(宮部のような戦没者だけではなく、東条英機のような上層部も含まれる)が眠る靖国神社参拝問題について、積極的に肯定する発言をするのか、これは正直に言って不可解に感じる。
「国のために死んでいった英霊=本作で描かれる宮部のような者たち」を、英雄として肯定するかどうか、というのは難しい問題だ。
国家によって殺された人々を、戦争犯罪者として裁くのではなく、
贖罪として、そして何より愚かな過ちを繰り返さぬよう、いつまでも語り継ぐ事は必要な事だと思う。
しかし、それを『英雄として』語り継ぐ必要があるかどうかは、話が別だ。
太平洋戦争は侵略戦争ではなかった、
南京大虐殺はなかった
(死者数の信憑性はともかく、「なかった」という事はあるまい)
などと戦前日本を正当化する、自称「愛国者」の人々の愚かさには日頃目を背けている私だが、
この、『自国家によって殺された』人々を英雄として「カッコよく、憧れの」存在として描くことについても、どうなのかという気持ちは残る。
不必要に、貶められた戦没者の名誉を回復してあげたい気持ちが半分、
血気盛んな若者が英雄に憧れる事で、戦争を正当化する方向に働きはしないかという気持ちが半分だ。
本作では、神風特攻隊員を美化しすぎているように感じるのは、少々引っかかるポイントである。
いや、もちろん宮部のような素晴らしい特攻隊員はいただろう。
それも大勢いただろうと感じる。
しかし、本作では全ての特攻隊員が素晴らしい人格の持ち主であり(特攻隊員ではないが、人格的に微妙なのは長谷川梅夫くらいか)、
上層部は基本的にクズ人格のように、物事を単純化して描いている。
同時に、百田先生による「戦前の日本にはモラルがあった、戦後日本は堕落して、自己中心的な人間が増え、モラルを失った」という謎理論が作中で展開されるが、これも正直に言って意味が解らない。
他ならぬ、本作中において、人命軽視の軍上層部、他人に特攻を命じておきながら自分の命を惜しむ上層部の描写が散々ある。
この上層部たちにはモラルがあったとでもいうのだろうか?
むしろ、他者の命を軽視するモラルのない自己中心的な連中が官僚機構を司った結果こそが、神風特攻隊の悲劇につながったのではなかろうか?
戦争中は英雄と称賛しておきながら、戦後は戦犯として遺族たちに石を投げる村社会も描かれているが、これらの現象についても、
モラルのカケラも感じられない。
戦前の日本人にモラルがあった、という主張は正直納得しがたいのである。
作品としては、多少引っかかる部分があったにせよ大筋面白く読めたのだが、
それならばなおのこと、百田氏の現在のネトウヨオヤジ的なポジションが不可解になり、もやもやとした読後感が残った。
本作で描かれたような、人命を軽視する戦前日本の軍国主義には二度と戻らない。
そのためにも、国家が国民を抑えつけるのではなく、
国民がしっかりと国家の理不尽な要求に対しては「No」と言える国になる。
本作を読んだ身としては、そう考えるのが自然な流れのように思えるのだが、百田氏の現在の立ち位置は真逆の方を向いているように映る……。