まずは簡単な感想から
見出しからは本書を低評価しているように思われそうですが、結構面白かったです。
以前、「忠臣蔵」のゲームをプレイしていた事があってこれがとても面白かったことから、元ネタに触れたいと思っておりました。
ただ、勝手な偏見で「時代劇大好きな高齢者向けの作品」だと勝手に思っていたのが1点。
「忠臣蔵」は何作も出ており、どの作者のバージョンを選べば良いのかわからなかったというのもあり、2012年にゲームをクリアしてから、随分と時間が経ってしまいました。
今回その「忠臣蔵」を読むにあたって、夜も眠れずに3分ぐらい考えた結果(単なる不眠症)、
全2巻とコンパクトで青空文庫にある吉川英治先生の本書をチョイスしました。
本書は、「半沢直樹」の元ネタでもあると思いますが
(復讐劇という意味でプロットが似ていること、第1巻のクソ上司が浅野匠という名であること等)、
半沢直樹の娯楽性が、クソ上司の卑劣な攻撃からの、痛烈なしっぺ返しにあるのに対し、本書では吉良上野介襲撃計画までの1年9カ月の苦労に読みごたえがあり、読み口はだいぶ異なるものと思います。
また、「半沢直樹」が非常に単純な勧善懲悪モノであるのに対し、
本書……というか赤穂事件そのものは勧善懲悪とは言い難い点も、個人的にはより考えさせられました。
本書のような歴史小説の場合、『歴史的事実』と『歴史小説の感想』の区別を意識して書きたいと思いますが、知らず知らずのうちに混同してしまう可能性もあります。
なるべくそのような事がないよう、注意して書きたいと思います。
諸悪の根源、浅野内匠頭
「忠臣蔵」のオープニングと言えば、松の廊下で浅野内匠頭が吉良上野介に切りつけるシーンですが、なぜ切りつけたのか、歴史的真相は謎のままです。
「この間の遺恨覚えたるか」と叫んで切りかかったため、何かしら浅野内匠頭が吉良上野介に恨みを持っていたことは間違いなさそうですが。
本書では、世間知らずの浅野内匠頭が賄賂の相場がわからず、部下の言葉を鵜呑みにして賄賂をほんのちょっとしか渡さなかった結果、
賄賂好きの吉良上野介がつむじを曲げ、浅野内匠頭へと幾度も嫌がらせをし、それにキレた浅野内匠頭が切りかかったという設定になっております。
まずはこれだけを聞いてどう思いますか?
賄賂好きの吉良上野介による嫌がらせ、と書くといかにも吉良上野介が悪いように感じますが、吉良の所領は4200石。
おまけに面倒くさい御役目まで押し付けられ、賄賂という名の役得でもないとやっていられなかったと本書では書かれています。
賄賂というと言葉は悪いですが、個人的には欧米流の「チップ」だと考えた方が良さそうに感じました。
浅野家の石高は5万石ということで、さぞ高額のチップをもらえると思った吉良上野介でしたが、浅野内匠頭がチップをほとんどよこさなかったため、
へそを曲げてしまったのでした。
そこで、本書では何度か嫌がらせをするわけで、まぁムカつきますわね。
パワハラ上司と言っても過言ではありません。
しかし、です。
このお仕事、たった2週間で終わる仕事なのです。
4月7日に吉良上野介とタッグを組み、4月21日に斬りかかっています。
しかも勅使が来ている、晴れの舞台(最悪の日)にです。
接待役ですので、勅使が帰れば仕事は終わりです。
……2週間限定のお仕事、いくらパワハラ上司が相手とは言っても、
がまんできませんか? できませんか、そうですか。
実際に何をされたのかはわかりませんが、少なくとも本書で書かれている程度の内容だったら、ムカつくことはムカつくものの、我慢してほしいですねぇ。
これが3か月とか半年続くというなら僕だってキレますが、何もたかが2週間のお仕事で刃物を振りかぶらなくても……。
また、本書では世間知らずの浅野内匠頭ということになっていますが、
史実では19年前にも吉良上野介とタッグを組んで、無事仕事をこなしています。
その際にいくら賄賂を贈ったのかはわかりませんが、そこまで世間知らずだったとも思えないんですよね。
吉良上野介が19年の間に、ガメつくなったんでしょうか??
かくして、浅野内匠頭がキレてしまったために、赤穂浪士たちは途方に暮れることになってしまいました。
5万石の藩主としては、ぐっとがまんしてほしかったですね。
1年9カ月の復讐計画
事件が起きたおよそ1年9か月後に赤穂浪士47名が、吉良邸へ突入。
吉良上野介及び、16名の家臣(上杉家からの助っ人を含む)を斬り殺す大事件に発展するわけですが、
賄賂をケチった浅野内匠頭と、賄賂がもらえずに嫌がらせをした吉良上野介のしょうもない争いによって60人以上の人の命が失われたかと思うと、何とも言えない気持ちになります。
さて、この1年9カ月の間、テロの首謀者、大石内蔵助は「過激派」を抑えつつ、「自堕落な遊び人」を演じ、吉良家の油断を何とか誘おうとします。
この執念、なかなか恐ろしいものがあります。
罪作りな美少年、矢頭右衛門七もなかなかに酷い。自分に惚れた少女を利用して廃人にし、その後けろりとしているんだからなかなかのサイコパスっぷりです。
復讐ダーッ!! とすぐに突入しようとして抑えられ、じっくり計画を立てる段になったら
「ごめん、俺、やっぱ女の子と遊びたいから復讐やめるわ!」と逃げ出してしまう高田群兵衛などよりも、よほど怖いですね。
一方(ゲームでは目立っていなかった)イケメン、磯貝十郎左衛門はいい男ですね!
個人的には吉良方の清水一学が最高にカッコ良かったですが、次点で磯貝さんを推したいと思います。
(ゲームではめちゃくちゃ魅力的だった、大石主税はあまり目立ってなかった……。堀部安兵衛や不破数右衛門も思ったほど見せ場が少なかったです)
生類憐みの令
本書では、生類憐みの令という悪法によって「犬以下」とされた人間たちが、
赤穂浪士(や吉良に忠義を尽くす武士)たちの武士道によって、
『人間としての誇り』を見せつけるというテーマが描かれております。
しかし、(世界史専攻なので、間違っていたら修正しますが)
生類憐みの令というのは決して、人間を犬以下に規定する法ではなかったはずです。
捨て子や病人、高齢者も保護対象に含まれており、非常に広い意味での『動物愛護政策+福祉政策』だったように記憶しています。
実際、犬を殺して極刑に処された件数がどれほどあるのかはよく知りませんが、本書で描かれているような『人間の尊厳を奪う悪法』だったようには思えません。
赤穂浪士を称賛する謎の価値観
1年9カ月もの間、一つの目的に執着し、遂にそれを成し遂げるというのは確かに凄い事です。
最初は300人ほどいた赤穂浪士も、最終的には47人になってしまいました。
そういう意味では凄いのでしょう。
しかしそう考えると、実に不謹慎ながら、
安倍晋三元首相を銃撃した山上徹也容疑者も凄いという事になりますね。
数年前からたった一人で計画を練り、実際、ほとんど知られていなかった自民党と統一教会の癒着が周知の事実になったわけで、ある意味偉業だと思ったりもするのですが……いや、これ以上は危ないのでやめておきましょう。
そんな赤穂浪士たちに喝采を送った江戸の人々、義挙としてこの事件を描いた昭和的価値観も個人的には謎しかないのですが、そこはまだいいとして、
この事件に加わらなかった赤穂浪士への迫害や、旧吉良家ゆかりの人々への迫害などは本当にどうかと思います。
赤穂浪士の討ち入りが立派な事だと(は思いませんが)して、それを褒めるのはまだしも、それに加わらなかった人を貶すのは本気でどうかと思います。
1年9カ月ものあいだ怯え続け、ついに殺されてしまった吉良上野介も気の毒です。
その点、完全フィクションであり偽名である「半沢直樹」には罪がなくて気楽に楽しめて良いと思ったりもしますが、そのぶんあまり感想を書きたい欲もなかったり(苦笑)
まぁ、そんなわけで、色々と考えさせられる読書になったわけですが、
作品を読んで色々と考えるというのは読書の一つの醍醐味だと思いますので、個人的には読んで良かったと思います。
史実抜きにすれば、テロ計画を練り上げていく「犯罪小説」として十二分に娯楽性もありますし、楽しかったです。
キャラクターは大石内蔵助・清水一学・磯貝十郎左衛門が個人的ベスト3でした!