本・映画などなど

ワイの悲劇(全治1カ月)

前置き(クイーンについて)

去年の11月あたりから個人的ミステリブームが続いている。
そんな中でエラリー・クイーンも10作ほど読んだ。

エラリー・クイーンは、初期作と後期作では大きく作風が変わる。

国の名前が冠された初期「国名シリーズ」は、謎解きがすべての作風で個人的には好みに合わない
(『エジプト』、『ギリシャ』、『オランダ』と『途中の家(国じゃないけど作風的にはここ)』の4作を既読)。
また、「悲劇三部作」は、探偵ドルリー・レーンのいかにも勿体ぶった態度が鼻につき、読んでいてストレスがたまった
(犯人が解っているのに皆に発表せず、結果、死人が増えたりするのが辛い。殺人幇助に近い気さえする)。

一方『災厄の町』から始まるライツヴィルシリーズは、人間心理を描いたより現代的な作品群で
特にシリアルキラーの描写に戦慄が走る『九尾の猫』には、非常に好印象を受けた。

九尾の猫

九尾の猫著者: 越前 敏弥/エラリイ・クイーン

出版社:早川書房

発行年:2015

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ここまで読んだクイーンのベストは、1位「九尾の猫」、2位「災厄の町」、3位「Yの悲劇」だ。
他「十日間の不思議」という作品も面白かったが、それ以外は今のところハズレとなっている。

今回は3位に選んだ「Yの悲劇」が私の生活にもたらした、甚大な影響について語りたい。

本題

某日。
私は『Yの悲劇』を読みながら、4km先のラーメン屋へと散歩がてら歩いていた。

この作品は最初の250ページくらいまでは割と退屈である。
しかし、老婆の遺言状が発表されたあたりから、俄然目が離せなくなるのだ。

以下が、犯人の手掛かりである。

『座っている盲目の女性(140cm)が前に出した手に、犯人の顔が触れた』
『犯人はつま先立ちで走ったようだ』

簡単に言えば、犯人の身長はえらく低かったという事である。
しかし、ここで異論が持ち上がる。
『腰をかがめていた可能性がある』という声があがるのだ。
もし腰をかがめていたのなら、犯人の身長が低いとは断定できない。

しかし、我らが名探偵ドルリー・レーンはこの説を否定する。
『腰をかがめながら、つま先立ちで走ることはできない』というのだ。

走るという事は、急いでいるという事だろう。犯行現場から去りたい犯人の心情を考えれば当然である。
そして、つま先立ちで走る事は当然可能だ。子供の頃、僕はそういう走り方をしていた。
腰をかがめながら走ることも一応可能だ。すごく格好悪いし、あまり早く走れないが、可能は可能だ。
問題は『腰をかがめながら、つま先立ちで走る』事ができるかどうかだ。

ドルリー・レーンは、何と言っていたであろうか。
手許に本がないのが残念だが、確か『急いでいる人間は普通そんな事はしない』と言っただろうか?
いや、確か一言で『不可能だ』といったような気がする。

間違っても『怪我をするから不可能だ』とは言っていない。
『危ないから真似をしないでくれ』とも書いていない。

私は、純粋な知的好奇心から『本当だろうか?』と疑問に思った。
確かに腰をかがめながら、つま先立ちで走った経験はない。
そんな姿勢で走る機会というのは、まず存在しないのだ。

しかし、だ。
犯人が、『低身長の人間に罪を着せるため、わざとそうした』可能性だってあるではないか。
不自然な走り方ではある。しかし、本当に不可能なのか?
私は試してみることにした。

走れた。普通に走る速度の半分程度の速さだが、歩くよりは速い。
しかしである。数歩走った後、立ち止まった瞬間に、右ひざに妙な違和感を覚えたのだ。
そしてその違和感は消えることなく、数週間後、私は病院へと向かった。

診断結果は靱帯損傷。全治1カ月である。

私「不自然な姿勢で、膝に負担をかけてしまって……」

医者「重いものをお持ちになったんですか?」

私「いえ、そういうわけではないんですが……」

医者「どういった姿勢だったんでしょうか?」

私「……お恥ずかしい話なんですが……」

そうして私は全てを語った。
紳士的な医者は微笑みを絶やさず、
「成長期なら自然治癒する事もありますけど、feeさんはもう大人なんだから……」とだけ言った。
私もまた、微笑みを浮かべながら「本当にそうですね」と言った。

もう大人なんだから……。

少年の心を忘れずに、知的好奇心に誘われて実験した代償は高くついた。
しかし、である。
これは全て私の責任ではあるが、願わくば『怪我をする可能性がありますので、読者は真似をしないでください』の一文が欲しかった。
その一文があれば、不要な怪我をせずに済んだのに……。

次に、不可解なトリックを見つけた時は、好奇心を抑えて大人らしく振る舞えるだろうか?
あまり自信のない、私なのであった。

リチャード・ハル「伯母殺人事件」読了(バレあり)

評価はA+

一説には「倒叙三大名作」とか言われる作品らしい。
寡聞にして初めて聞いたが、確かに名作だ、これは。

口だけは一人前のやる気なしプータローのエドワードと、厳格なウザ伯母ミルドレッドの視点で描かれる、ある殺人事件の顛末。



どこからどこまでもディスコミュニケーションの二人である。
エドワード(ヘタレ)がどうしょうもないのは言うまでもないが、ミルドレッド(厳格)ももうちょっとうまくできないものかと歯がゆい。
何もそこまでエドワードを管理しなくても、と思うし、殺人の切っ掛けを作ったのは間違いなくミルドレッドである。
僕個人はエドワード寄りの人格なのでミルドレッドに色々言いたい……。
もちろん、『あの程度』の事で何も殺さんでも……というのは当然思うわけだが、
殺すほどではないにしてもウザい事は確かだ。


しかし、この作品の真の『謎』は、『語り手』が信頼できない事だ。
エドワード視点で描かれる1~4章の記述は果たして本当なのか?
ミルドレッド視点で描かれる5章の記述は果たして本当なのか?
お互いが、都合よく自分を美化し、相手を非難しているのではなかろうか?

エドワードの父母の死も、本当に『エドワードの父母』のせいなのだろうか。
ひょっとして、遺産を奪うためにミルドレッドが仕組んだのでは? など、疑い出すとキリがない。
もしそうなら、ミルドレッドのお金は本来エドワードのものになるので、プーのエドワードを非難するのは間違いになる。
そして、今回目標を達成したミルドレッドはこれからも大手を振って、エドワードたちのお金を使えるわけだ。
……その可能性もある、と思えてしまうこの本は、やっぱり怖い。


(というか、そもそもミルドレッドもプーなのでは?)


背筋がぞっとするサイコスリラー的な事件が展開しているわけだが、その実、筆致はユーモアに溢れ、
読んでいて楽しく、笑えるものとなっている。
エドワードの『どうしょうもないヘタレなのに、どこか憎めない』様子や、
ミルドレッドの『ウザいんだけど、血管が切れるほどではない適度なウザさ』、そしてどちらの人物も
(殺人を除けば)「こういう人ってどこにでもいるよね」と思わせるリアルさ。

作者のバランス感覚が光る名作だ。


アンソロジー「翠迷宮」を読みました。

全体の評価はB。

ベストは乃南アサの「指定席」。繊細な男の、静かでありながら心温まる交流が描かれる前半から打って変わって、中盤からはカミュ「異邦人」の様相を呈し、ラスト一発でホラーへと化ける力作。
A+

森真沙子「黄昏のオー・ソレ・ミオ」は傍迷惑極まりない老夫婦の物語だが、夫に向ける老妻の優しさが、(他人からは極めて迷惑だが)暖かく読後感は良い。A-

新津きよみ「捨てられない秘密」も女性の親友同士の「親密さの中になんだかジメジメした微妙な何か」があり、ホラーとしても面白い。B+。

ホラー色の強い作品には雨宮町子の「翳り」もあり、こちらは直球。これはこれで楽しめた。B+。

春口裕子「カラオケボックス」は、いつまでもぶらぶらしてないで社会に出ろよ!とフリーターが説教されるその前で、会社員が上司から執拗なパワハラを受け続けるような救いのない話で、よくもまぁここまで不愉快な話を書けたもんだと別の意味で感心した。僕は嫌いなタイプの作品だが、下手ではない。が、読んでて死にたくなった。 C+。

その直前の海月ルイ「還幸祭」はキチガイ姑にいびられる嫁の話で、連続で読むと殺傷力が高く、メンタルが弱い僕のような人間は注意すべし。こんなのもできれば読みたくねぇ。B-。
一応「おもひでぽろぽろ」的な、故郷に帰ってきた女性の再生というか、自立した強さみたいなものが描かれてる作品なんだが、アンソロジーの順番が件の「カラオケボックス」の隣なのはキツすぎた。


藤村いずみの「美しき遺産相続人」は、面白いもののちょっとやりすぎと思われるところもあった。
特にラストの一文は要らないのでは? B

皆川博子の「鏡の国への招待」は上品かつ上質な心理ミステリで面白い。ただ、ちょっと主人公の女性心理が複雑で、僕にはよくわからない部分もあった。 A-

五条瑛の「神の影」はイスラムの物語で、新鮮味があった。B+

正直良さがわからなかったのが光原百合の「わが麗しのきみよ……」で、なんだか古くさい海外ミステリの二次創作のような感じを受けた(が、ネットでは評判が良いようだ)。このアンソロジー内では唯一、ガチガチの古典的ミステリ臭がするからその筋の人が好んだのだろうか。ミス研の雰囲気は良かったが。C+。

シャーロック・ホームズの冒険 感想

評価はB+。


大昔に読んだ記憶があるシャーロック・ホームズ。
僕のイメージでは「頭脳が冴える上に、スポーツマン。格闘術も強い、文武両道の男」。
ちょっと皮肉屋ではあっても、スーパーヒーローのようなイメージがあった。
……とんでもなかった。こいつは、正真正銘の『コミュ障』だ。


ホームズに対してヒーローのようなイメージを持っていたのは僕だけかもしれない。
この記事を読んでくれている皆さんにとっては、「何を今更」な話かもしれない。
しかし僕にとっては結構な衝撃だったのだ。


「ぼくの友人はワトスンしかいないよ」(「五つのオレンジの種」) 


まずこれである。確かにワトスンくらいしか出てこない。


恋愛に関しては、まるで場違いな人間になってしまう。そういった感情を口にするとき、ホームズはあざけりや皮肉をまじえずにはいられない。(「ボヘミア王のスキャンダル」) 


二つ目の爆弾はこれだ。確かにホームズものにおいて、恋愛要素は皆無である。


以前、BL(ボーイズラブ)の世界ではホームズとワトスンのカップリングがある~という話を聞いたことがある。
その時は、見栄えのするイケメンのホームズと、気のいい若者ワトスンの颯爽としたカップリングを思い浮かべたのだが、この本を読む限りどうも違うようだ。



 あらゆる社交を毛嫌いし、(中略)下宿に引きこもり、古書の山に埋もれていた。


片付けもしない引きこもりである。スーパーヒーローどころの話ではない。
ちなみに僕も片付けができない。
元がインドアなので、親近感を抱いてしまう。
スーパーヒーローへの憧れではなく、もはや同類(ダメ人間)への親しみである。


 そしてある週はコカインにふけり、またある週は意欲満々で大望を抱くといったことを交互に繰り返していた。


これはヤバい。いくらなんでもヤバい!
この男、麻薬中毒なのである。しかもなんか躁鬱病っぽい。


麻薬中毒の引きこもりで、恋愛には無関心。友だちもワトスンだけ。
しかもそのワトスンに対しても


「これはすごい。ワトスン、きみはずいぶん進歩したね。とてもみごとだよ。たしかに重要な点はぜんぶ見落としているが、手法は正しい」(「花婿の正体」)


といった具合で、しょっちゅう「上から目線」で自らの頭の良さを誇り、ワトスン君の鈍さを皮肉るのである。
そして


シャーロック・ホームズとつきあっていると、いつも自分の鈍さを思い知らされて、落ち込んでしまう(「赤毛連盟」)

とワトスン君を凹ませてしまっているのである。
これでは友達がいないのも無理はない。
むしろ、ワトスン君はよくホームズの友達を続けているものだと感心する。

何しろワトスン君は、奥さんがいる。医者である。
こんなホームズに対しても、優しく接しているのだからきっと友達も多い事だろう。
麻薬中毒の名探偵ホームズよりも、明らかにワトスン君の方が「リア充」であり「勝ち組」なのだ。
事件がなければ、ホームズは取柄すらなくなってしまう。


しかし……。
そんな「勝ち組」であるワトスン君は、どうしょうもないホームズを見捨てない。
そこにワトスン君の暖かさ、優しさを感じ、読んでいてホロリとしてしまうのだった。


ホームズほどではないとは思うが、「コミュ障」見習いの僕に付き合ってくれている数少ない友人に感謝を。
そして、願わくばワトスン君のような心の広い親友を、これから先の人生で作っていきたいと思った。



浅田次郎「沙高樓綺譚」感想(重バレあり)

評価はA+

浅田次郎は大昔に「鉄道員」を読みましたが、そこまで面白くもなくそれっきり。
しかし今回読んだ「沙高樓綺譚」は面白かったですね。
今まであまり縁がなかった作家さんでしたが、これからは読む機会も増えるかも。


物語は連作短編集。
レイ・ブラッドベリ「刺青の男」方式というか、千夜一夜物語形式というか、
要は「沙高樓」に集まった人々が、小話を持ち寄り、順に披露していくという形式で、全部で5編。


毎回、主人役が「お決まりの台詞(毎度集まっていただきありがとうございます~次の話り部はこちらの〇〇さんです、的なやつ)」を吐いて、そこから話が始まるという様式美がまず魅力的なのだが、
冷静に考えるまでもなく、これはおかしい。
1日に1人の人間が語り、5日かかって5つの話が語られるならまだわかるが、
「本日4人目の語り部は~」という主人の言葉からもわかるように、1日で5人が一気に話している。
ならば1話終わるたびに、「集まっていただきありがとう」というのはいかにも不自然だと思う……。
まぁ、雑誌掲載の短編を1つにまとめたという事情もあるし、それで話がつまらなくなるわけでもないから気にするだけ野暮というやつかもしれない。

収録作


『小鍛冶』  評価 C

第1作だが、ぶっちゃけ一番つまらない。つまらないというか、難しいのだ。
物語は刀鍛冶の目利きにまつわる復讐譚なのだが、この業界について詳しい人ならいざ知らず
そうではないド素人(の私)には全く意味が解らない、何となくの雰囲気づくりの文章が多く
退屈を誘った。その辺りは第4作『百年の庭』とは大違いである。
この辺、刀剣鑑定に詳しい人なら楽しめたのかもしれない。詳しい方の感想が待たれる。


『糸電話』 評価 A+

非常に面白い。
仲良しだった女の子が引っ越してしまい、縁が切れてしまった主人公。
しかし、1~2年おきに、必ずどこかでその女の子と遭遇するのである。
果たして奇跡か偶然か。赤い糸で繋がっているのか。
小学時代の糸電話のエピソードも含め、ホラーと感動モノの狭間を彷徨うようなストーリーテリング。
読ませる。


『立花新兵衛只今罷越候』 評価 S

5編の中でこれがベスト。
大戦直後の映画業界。
『池田屋事件』を題材に撮影した映画のエキストラに、本物の『勤王派志士』が混ざっていて……?
物語の設定自体はベタで見え見えなのだが、勤王派志士立花新兵衛と主人公のカメラマンのユーモラスなやりとりが素晴らしく、ぐいぐいと読ませる。
SFタイムスリップモノとして出色の出来。


『百年の庭』 評価 A+

『お屋敷の庭』をひたすら守り、ひたすら作り続けてン十年の、浮世離れした老女の存在感。
ひたひたと忍び寄る狂気と、成長していく庭。そしてそこで紡がれる、人間関係の変化。
面白くなるまでやや時間のかかる地味な出だしだが、一度エンジンがかかればもう止まらない。
最初から最後まで面白い立花新兵衛をベストとしたが、後々まで記憶に残るのはむしろこちらかもしれない。


『雨の夜の刺客』 評価 B

成り上がりヤクザ物語。
サスペンス小説として面白く、別れてしまったヒロイン、マサミとのエピソードなども楽しいが、
他の収録作のレベルが非常に高いため、比較するとやや見劣りするか。
それでも十分面白い。


「『小鍛冶』が面白い。『小鍛冶』だけでも読んでくれ。他は読んでも読まなくてもいいから!」と知人が言うので、手に取ったのだけど
『小鍛冶』が一番つまらなくて他が面白かったので、この感想をどう伝えるべきなのか困惑している私なのでありました……。



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