最果てのイマ、クリアから2週間。
いろいろと考えてみたけれど、未だわからない部分多し。
というわけで、これ以上引っ張ってもしょうがないので、ESに感想を書いてきました。
あっちではパズル系の言及は全くしなかったので、こちらで少し。
これは愚痴なんだけど、キャラ蘇生だけは反則だと思うんだ。
これのせいで、何がなんだかさっぱりわからなくなってしもうた。
あずさはまだいい。蘇生シーンが明示されているから(『細胞の移植』)。
宗太は沙也加に殺された後、生き返った。としか思えないからそうなんだろう。きっと。
沙也加は魔女狩りで殺されてるけど、これも生き返ったのかな?
忍に到っては、宗太に刺し殺されるわ笛子に射殺されるわと大変。
忍は自動回復能力があるのかもしれんけど……戦争後の能力低下時にもあったのかな?
と、仲間を度々生き返らせてるのに何で章二は死んだままなんだっけ??
ドラクエ3のオルテガ並に謎です。
遺体が損壊されていると生き返らせられないとか、そういうこと?
各エンディングの配列具合もわかりません。
あずさエンドは「森へ」と、「迎えに来たあずさ」。
後者は良いとして、前者は二人で森に融けたと書いてあるんだけど、これは
イマたんのフェイクでOK?
さやかエンドは「弧人の果て」と「さやかの反故」。
「さやかの反故」ってそもそも戦争前なの?
シナリオ配列していくと、戦争前にしかならない気がするけど、
戦争前から魔女狩りなんてしてたわけですか?
それで、一度魔女狩りにあっていながら「さやかの反故」で返り討ちにして、
その後はまた普通に生活してて、「弧人の果て」でもう一回魔女狩りにあった??
んなばかな。
どっかのシナリオで、「さやちん、あの頃は大変だった」みたいな文があったけど、関係あるんかな。
笛子エンドは「ちゃんと敵になるから」と「白紙委任」。
笛子については、もうお手上げ。フリークス化した笛子に出合った忍が
その後どうなったのかもわからん。
笛子妹が戦争前の段階で「白紙委任」で一度憑き物を落としたのは確からしい。
で、「ちゃんと敵になるから」はどこに繋がるんだ?
「白紙委任」の前に来るはずなんだけど、「ちゃんと敵になるから」で笛子に撃たれた後、
どうなったのかさっぱりわからん。
「生命活動が停止した」って一文があるのもイマたんのフェイク?
イマたんテラウザス。ほんと、マジでウザい。
葉子はまぁなんとかなるけど、宗太に刺されたのがよくわからん。
斎の代わりに刀殺人事件を追いかけている最中の出来事?
と、こんな具合に全容を完全には掴めていなかったり。
だから、物語構成からのアプローチが私には出来ないのです。
ただ、ね。それがわからないと、最果てのイマが楽しめないかというと
そんなことはないわけで。
個人的にはパズル要素よりも、叙情的なテーマ、とりわけ
『他者との距離感』を扱っているシーンが印象深く楽しめました。
空気中に漂う模倣子を媒介にして、他者の思考を自動的に操作してしまう忍。だから、忍にとって距離を狭めようとする試みは、まさに『侵略行為』に他ならない。
自分への好意が、操作されたものかどうかもわからない。そんな、中途半端なハーレム。
けれど、他者の思考を操作する能力のない我々にも同じことが言える。
相手に、自分のことを理解してもらいたいという気持ちは、イコール、
相手の思考を侵略するということに繋がる。
相手を、自分の世界観に取り込むということ。自分の話ばかりしたがる人間は、この傾向が強いように思う。
……要するに、おいらのことですね。いつも気をつけようと思ってるんだけど、なかなか直らないです。
そして、相手のことを知りたい、理解したいという気持ちは、イコール、
相手に支配されたいということに繋がる。相手の世界観に、自分を浸してほしいということ。
友達関係ならまだいい。『支配』には暗黙の了解があるし、『限度』を心得て接することができるから。
むしろ、恋人関係において『支配の力関係』が問題になってくる。
支配の適用範囲が、明確でないから。
結局、相手を取り込む気持ちと気持ちがぶつかって、うまくいかない。
なら、完全な支配が成り立ったらどうかと考えると……これはこれでどうなのかなと思う。
それは結局、自分がもう一人増えるだけのこと。
1+1と、+を挟んで互いを認識しあっている間はいいけれども、
2というように、『1つに』合わさってしまったら、それはもう付き合っている
意味さえない。
かなりの部分の世界観を共有しつつ、明確に違いを保ち続けるか、
端から支配など考えずに、もっと気楽に付き合うか。
恋人関係だと後者は難しい気もするし……。
そんなわけで、イマの感想は終わりにします。
次は「ひぐらし」のPS2でもやってみますかね。……まだ購入もしていないけど。
友人から「いつか届くこの空に」を薦められたので、少し興味が湧いていたりします。
いろいろと考えてみたけれど、未だわからない部分多し。
というわけで、これ以上引っ張ってもしょうがないので、ESに感想を書いてきました。
あっちではパズル系の言及は全くしなかったので、こちらで少し。
これは愚痴なんだけど、キャラ蘇生だけは反則だと思うんだ。
これのせいで、何がなんだかさっぱりわからなくなってしもうた。
あずさはまだいい。蘇生シーンが明示されているから(『細胞の移植』)。
宗太は沙也加に殺された後、生き返った。としか思えないからそうなんだろう。きっと。
沙也加は魔女狩りで殺されてるけど、これも生き返ったのかな?
忍に到っては、宗太に刺し殺されるわ笛子に射殺されるわと大変。
忍は自動回復能力があるのかもしれんけど……戦争後の能力低下時にもあったのかな?
と、仲間を度々生き返らせてるのに何で章二は死んだままなんだっけ??
ドラクエ3のオルテガ並に謎です。
遺体が損壊されていると生き返らせられないとか、そういうこと?
各エンディングの配列具合もわかりません。
あずさエンドは「森へ」と、「迎えに来たあずさ」。
後者は良いとして、前者は二人で森に融けたと書いてあるんだけど、これは
イマたんのフェイクでOK?
さやかエンドは「弧人の果て」と「さやかの反故」。
「さやかの反故」ってそもそも戦争前なの?
シナリオ配列していくと、戦争前にしかならない気がするけど、
戦争前から魔女狩りなんてしてたわけですか?
それで、一度魔女狩りにあっていながら「さやかの反故」で返り討ちにして、
その後はまた普通に生活してて、「弧人の果て」でもう一回魔女狩りにあった??
んなばかな。
どっかのシナリオで、「さやちん、あの頃は大変だった」みたいな文があったけど、関係あるんかな。
笛子エンドは「ちゃんと敵になるから」と「白紙委任」。
笛子については、もうお手上げ。フリークス化した笛子に出合った忍が
その後どうなったのかもわからん。
笛子妹が戦争前の段階で「白紙委任」で一度憑き物を落としたのは確からしい。
で、「ちゃんと敵になるから」はどこに繋がるんだ?
「白紙委任」の前に来るはずなんだけど、「ちゃんと敵になるから」で笛子に撃たれた後、
どうなったのかさっぱりわからん。
「生命活動が停止した」って一文があるのもイマたんのフェイク?
イマたんテラウザス。ほんと、マジでウザい。
葉子はまぁなんとかなるけど、宗太に刺されたのがよくわからん。
斎の代わりに刀殺人事件を追いかけている最中の出来事?
と、こんな具合に全容を完全には掴めていなかったり。
だから、物語構成からのアプローチが私には出来ないのです。
ただ、ね。それがわからないと、最果てのイマが楽しめないかというと
そんなことはないわけで。
個人的にはパズル要素よりも、叙情的なテーマ、とりわけ
『他者との距離感』を扱っているシーンが印象深く楽しめました。
空気中に漂う模倣子を媒介にして、他者の思考を自動的に操作してしまう忍。だから、忍にとって距離を狭めようとする試みは、まさに『侵略行為』に他ならない。
自分への好意が、操作されたものかどうかもわからない。そんな、中途半端なハーレム。
けれど、他者の思考を操作する能力のない我々にも同じことが言える。
相手に、自分のことを理解してもらいたいという気持ちは、イコール、
相手の思考を侵略するということに繋がる。
相手を、自分の世界観に取り込むということ。自分の話ばかりしたがる人間は、この傾向が強いように思う。
……要するに、おいらのことですね。いつも気をつけようと思ってるんだけど、なかなか直らないです。
そして、相手のことを知りたい、理解したいという気持ちは、イコール、
相手に支配されたいということに繋がる。相手の世界観に、自分を浸してほしいということ。
友達関係ならまだいい。『支配』には暗黙の了解があるし、『限度』を心得て接することができるから。
むしろ、恋人関係において『支配の力関係』が問題になってくる。
支配の適用範囲が、明確でないから。
結局、相手を取り込む気持ちと気持ちがぶつかって、うまくいかない。
なら、完全な支配が成り立ったらどうかと考えると……これはこれでどうなのかなと思う。
それは結局、自分がもう一人増えるだけのこと。
1+1と、+を挟んで互いを認識しあっている間はいいけれども、
2というように、『1つに』合わさってしまったら、それはもう付き合っている
意味さえない。
かなりの部分の世界観を共有しつつ、明確に違いを保ち続けるか、
端から支配など考えずに、もっと気楽に付き合うか。
恋人関係だと後者は難しい気もするし……。
そんなわけで、イマの感想は終わりにします。
次は「ひぐらし」のPS2でもやってみますかね。……まだ購入もしていないけど。
友人から「いつか届くこの空に」を薦められたので、少し興味が湧いていたりします。