85点。
甘美で不穏な暗黒童話の世界へようこそ。
☆前置き
本作のテーマは「現実逃避と、逃避からの脱出」。
不登校、引きこもり、ニート、ブラック企業社員、ブラック集落在住者、愛情のない夫婦、長期入院者、長期受刑者……
その他何でも良いのだが、
「今の境遇のままではいけないと解っている」、「けれど、今の境遇を壊して、新しい社会に出るのが怖い」という葛藤は、恐らく多くの人が抱えている普遍的な命題だと思う。
それ故に、媒体問わず多くの作品がこのテーマで作られている。
個人的にはこの作品をプレイしながら、映画「ショーシャンクの空に」を連想した。
刑務所の中の世界は確かに苛酷だが、楽園でもあった。
刑務所から出た受刑者の一人は、自殺してしまう。彼は、「楽園」の中にずっといたかったのだ。
一方で、「楽園」で殺されていく者もいる。
エロゲでも、そっくりそのままではないものの、「Fate/hollow ataraxia」、「リトルバスターズ」、「ナツユメナギサ」、「すみれ」あたりが当てはまるだろう。
しかし……これらの作品の中でも、本作は一際完成度が高かったと思っている。
それは、ひとえに「童話世界の持つ甘美な残酷さ」が実によく描けているからだと思う。
☆前半5ルートについて
前半5ルートで描かれているのは、「現実世界に向き合わず、耽溺した童話世界の『甘さ』と『残酷さ』」。
甘い甘いお菓子の家は、子供を食べるために魔女が作った残酷な装置。
本作における『楽園』は、まさに「ヘンゼルとグレーテル」に登場するお菓子の家そのものです。
そこは確かに、甘く、いつまでも浸っていたいような幸福な空間で、けれども陰に残酷な思惑が渦巻いています。
逆に言えば、残酷な思惑が渦巻いてはいるけれども、そこは確かに甘く、いつまでも浸っていたいような幸福な空間なのです。
「幸福」の描き方として特に秀逸なのはアリスルートで、「猫のない笑い」を取りに木に登っては落っこち、
主人公に抱きとめられての「これが恋に落ちるということなのね」、「それが愛の重みよ」などの一連の流れ、台詞回しは完璧。
このシーン以外でも、アリスの言い回しは非常に楽しく面白く、何度も癒されました。
一方でどのルートを辿っても、選ばれなかったヒロインの中から誰かが死ぬという「残酷さ」も見事で、
ラプンツェルルートではグレーテル、ゲルダルートではアリス、グレーテルルートではゲルダが亡くなりますが、
主人公とヒロインは、幸福に生きていきます。
毎日がお祭り騒ぎのアリスとの日常。青い鳥を探し続けるグレーテル(ミチル)との日々、
永遠に続くラプンツェルとの毎日。
もう一生正気に戻らなくても良いのではないか。ずっと甘美な世界に浸っていたい。
そんな気持ちにさせられる「キャンディのような甘さ」の陰で、少女たちは犯され、死んでいきます。
この対比が実に素晴らしいと感じました。
「現実逃避からの脱出」を描く作品において、
逃避先に「甘さ」しかないならば、現実に帰る必要を感じません。
逆に、逃避先に「辛さ」しかないならば、勇気を出して現実に帰るのを、読者は焦れながら待つしかありません。
しかしこの作品には「甘さ」と「辛さ」が、どちらもきちんと描かれている。
それだけに、彼女たちが下す「現実へと帰る」という決断が重みを増すのだと思います。
バッドエンドで良かったのは、グレーテルのバッドとラプンツェルのバッド。
キモキャラのコミヤをかまどで焼き殺すグレーテルは、本作品登場童話の中でも随一の武闘派、
グレーテルの貫録を見せてくれました。
魔女をかまどで焼き殺したという逸話を持つグレーテルに手を出すとか、命知らずにも程があるぜ……。
ラプンツェルのバッドは、ラストシナリオにも繋がる「現実世界へ帰って、どうするの?」という残酷な問いを発しており、「死亡」エンドよりも心がひんやりとする思いがしました。
もしも、私たち読者が「楽園」の住人だったらどうでしょうか。
やはり、現実へと帰りたいですか? そりゃ、あんなキモい医者だらけのところ、居たくないとは思います。
でも、わけのわからないままあそこで楽しく暮らし、そして死ねたら……それはそれで一つの幸せだと思ってしまう私は、やはり現実世界に疲れているのでしょうか……。
☆最終ルート「レクイエム」感想
最終ルートでは、そんな「楽園」からの脱出が描かれます。
と、こう書くだけで終わってしまってもいいんですが(汗)、
ドロシーの魔法で帰還するシーン。
竜巻に乗って皆で手を繋ぎ、励まし合うシーンは最高に良かったです。
振り返ってみれば、「楽園」では楽しい事も沢山ありました。そこで生まれた絆もありました。
特に印象深いのは、ラプンツェルとグレーテルの絆でしょうか。
皆で催したはちゃめ茶会、アリスとゲルダの友情など、印象深いシーンがたくさんありました。
そして、ラプンツェルのバッドエンドでも描かれたように、現実世界への恐怖があります。
精神病院から帰ってきた、身寄りのない彼ら。現実世界で、果たして生きていけるのかと聞かれれば、
相当過酷だと思われます。
現実に怯えるあまり、魔法が解けかかってしまう主人公やオディール。
そんな彼らを励まし、力づける仲間たちの暖かさ。
もちろん生活保護などを受けたり、池野氏からの何らかの援助などもあるかもしれず、
絶対に生きていけない、というわけではないでしょうが……。
本作では、その部分がカットされているのが、数少ない不満ではあります。
長々と描写せずとも良いので、各ヒロインの現実世界での奮闘も見たかったです。
まぁ、ラストの「花束」で、健在ぶりが確認できるだけでも良いか、と思わなくもない、ですが……
せめて誰か一人でいいから、主人公の側にもいてあげてほしかったという気持ちはやはりありますね。
現実世界に戻っても、突拍子もないアリスのムードにあてられれば、苦しさも苦しく感じないでしょう。
亡くした妹の、兄の代わりではないが、グレーテルと身を寄せ合って暮らすのもいいかもしれません。
側にいてくれるのがオディールならば、きっとあらゆる局面で頼もしいでしょう。
個人的に一番ヒロインとして好きなのがラプンツェルで、彼女と共に荒波を乗り越えていくのも良いです。
そして、明らかにメインヒロイン格のゲルダ……なぜ主人公の側にいないのか理解に苦しむw
何にせよ、「楽園」は崩れ、少年少女は現実世界へと帰りました。
プレイヤーである私も「楽園」を去り、現実世界を生きる準備をするべき時なのでしょうか……。
……すみません、もう少し「逃避」させてください。また、別の「エロゲ」という「楽園」へ……。
いっつも逃避している気がするんですが、特に今(2016年12月現在)、ちょっと現実が辛いんですわw
甘美で不穏な暗黒童話の世界へようこそ。
☆前置き
本作のテーマは「現実逃避と、逃避からの脱出」。
不登校、引きこもり、ニート、ブラック企業社員、ブラック集落在住者、愛情のない夫婦、長期入院者、長期受刑者……
その他何でも良いのだが、
「今の境遇のままではいけないと解っている」、「けれど、今の境遇を壊して、新しい社会に出るのが怖い」という葛藤は、恐らく多くの人が抱えている普遍的な命題だと思う。
それ故に、媒体問わず多くの作品がこのテーマで作られている。
個人的にはこの作品をプレイしながら、映画「ショーシャンクの空に」を連想した。
刑務所の中の世界は確かに苛酷だが、楽園でもあった。
刑務所から出た受刑者の一人は、自殺してしまう。彼は、「楽園」の中にずっといたかったのだ。
一方で、「楽園」で殺されていく者もいる。
エロゲでも、そっくりそのままではないものの、「Fate/hollow ataraxia」、「リトルバスターズ」、「ナツユメナギサ」、「すみれ」あたりが当てはまるだろう。
しかし……これらの作品の中でも、本作は一際完成度が高かったと思っている。
それは、ひとえに「童話世界の持つ甘美な残酷さ」が実によく描けているからだと思う。
☆前半5ルートについて
前半5ルートで描かれているのは、「現実世界に向き合わず、耽溺した童話世界の『甘さ』と『残酷さ』」。
甘い甘いお菓子の家は、子供を食べるために魔女が作った残酷な装置。
本作における『楽園』は、まさに「ヘンゼルとグレーテル」に登場するお菓子の家そのものです。
そこは確かに、甘く、いつまでも浸っていたいような幸福な空間で、けれども陰に残酷な思惑が渦巻いています。
逆に言えば、残酷な思惑が渦巻いてはいるけれども、そこは確かに甘く、いつまでも浸っていたいような幸福な空間なのです。
「幸福」の描き方として特に秀逸なのはアリスルートで、「猫のない笑い」を取りに木に登っては落っこち、
主人公に抱きとめられての「これが恋に落ちるということなのね」、「それが愛の重みよ」などの一連の流れ、台詞回しは完璧。
このシーン以外でも、アリスの言い回しは非常に楽しく面白く、何度も癒されました。
一方でどのルートを辿っても、選ばれなかったヒロインの中から誰かが死ぬという「残酷さ」も見事で、
ラプンツェルルートではグレーテル、ゲルダルートではアリス、グレーテルルートではゲルダが亡くなりますが、
主人公とヒロインは、幸福に生きていきます。
毎日がお祭り騒ぎのアリスとの日常。青い鳥を探し続けるグレーテル(ミチル)との日々、
永遠に続くラプンツェルとの毎日。
もう一生正気に戻らなくても良いのではないか。ずっと甘美な世界に浸っていたい。
そんな気持ちにさせられる「キャンディのような甘さ」の陰で、少女たちは犯され、死んでいきます。
この対比が実に素晴らしいと感じました。
「現実逃避からの脱出」を描く作品において、
逃避先に「甘さ」しかないならば、現実に帰る必要を感じません。
逆に、逃避先に「辛さ」しかないならば、勇気を出して現実に帰るのを、読者は焦れながら待つしかありません。
しかしこの作品には「甘さ」と「辛さ」が、どちらもきちんと描かれている。
それだけに、彼女たちが下す「現実へと帰る」という決断が重みを増すのだと思います。
バッドエンドで良かったのは、グレーテルのバッドとラプンツェルのバッド。
キモキャラのコミヤをかまどで焼き殺すグレーテルは、本作品登場童話の中でも随一の武闘派、
グレーテルの貫録を見せてくれました。
魔女をかまどで焼き殺したという逸話を持つグレーテルに手を出すとか、命知らずにも程があるぜ……。
ラプンツェルのバッドは、ラストシナリオにも繋がる「現実世界へ帰って、どうするの?」という残酷な問いを発しており、「死亡」エンドよりも心がひんやりとする思いがしました。
もしも、私たち読者が「楽園」の住人だったらどうでしょうか。
やはり、現実へと帰りたいですか? そりゃ、あんなキモい医者だらけのところ、居たくないとは思います。
でも、わけのわからないままあそこで楽しく暮らし、そして死ねたら……それはそれで一つの幸せだと思ってしまう私は、やはり現実世界に疲れているのでしょうか……。
☆最終ルート「レクイエム」感想
最終ルートでは、そんな「楽園」からの脱出が描かれます。
と、こう書くだけで終わってしまってもいいんですが(汗)、
ドロシーの魔法で帰還するシーン。
竜巻に乗って皆で手を繋ぎ、励まし合うシーンは最高に良かったです。
振り返ってみれば、「楽園」では楽しい事も沢山ありました。そこで生まれた絆もありました。
特に印象深いのは、ラプンツェルとグレーテルの絆でしょうか。
皆で催したはちゃめ茶会、アリスとゲルダの友情など、印象深いシーンがたくさんありました。
そして、ラプンツェルのバッドエンドでも描かれたように、現実世界への恐怖があります。
精神病院から帰ってきた、身寄りのない彼ら。現実世界で、果たして生きていけるのかと聞かれれば、
相当過酷だと思われます。
現実に怯えるあまり、魔法が解けかかってしまう主人公やオディール。
そんな彼らを励まし、力づける仲間たちの暖かさ。
もちろん生活保護などを受けたり、池野氏からの何らかの援助などもあるかもしれず、
絶対に生きていけない、というわけではないでしょうが……。
本作では、その部分がカットされているのが、数少ない不満ではあります。
長々と描写せずとも良いので、各ヒロインの現実世界での奮闘も見たかったです。
まぁ、ラストの「花束」で、健在ぶりが確認できるだけでも良いか、と思わなくもない、ですが……
せめて誰か一人でいいから、主人公の側にもいてあげてほしかったという気持ちはやはりありますね。
現実世界に戻っても、突拍子もないアリスのムードにあてられれば、苦しさも苦しく感じないでしょう。
亡くした妹の、兄の代わりではないが、グレーテルと身を寄せ合って暮らすのもいいかもしれません。
側にいてくれるのがオディールならば、きっとあらゆる局面で頼もしいでしょう。
個人的に一番ヒロインとして好きなのがラプンツェルで、彼女と共に荒波を乗り越えていくのも良いです。
そして、明らかにメインヒロイン格のゲルダ……なぜ主人公の側にいないのか理解に苦しむw
何にせよ、「楽園」は崩れ、少年少女は現実世界へと帰りました。
プレイヤーである私も「楽園」を去り、現実世界を生きる準備をするべき時なのでしょうか……。
……すみません、もう少し「逃避」させてください。また、別の「エロゲ」という「楽園」へ……。
いっつも逃避している気がするんですが、特に今(2016年12月現在)、ちょっと現実が辛いんですわw