2018年11月

笠井潔「バイバイ、エンジェル」感想(重バレあり)

語り手(ワトスン役)ナディアと、矢吹探偵

評価はB+~A-。


表のストーリーは、ラルース家で起きた殺人事件。
オデットとジョゼットという中年姉妹と、その周囲の人々が殺される。
密室トリック、アリバイetc→『犯人は誰だ!?』という、お馴染みの小道具が現れる。

語り手はナディア。
女性の武器を最大限に活かして男性を手玉に取って楽しんでいそうな、
なんだか生々しい感じの、フツーの女性である。
好きな男に焼餅を焼かせるため、好きでもない男に粉をかけたりとか。
新たな美女の登場に『アタシの方が魅力的よ!』とムキになって、張り合ってみたり。

……フツーか? 
個人的にはそういう女性に振り回された経験があって、僕としては良い事は何一つなく疲れるだけなので、
現代日本ではフツーじゃない事を祈りたい。

探偵は矢吹駆。話す事が一々、難しい。衒学的、とでも言うのだろうか?
『簡単な事を、勿体ぶってわざわざ難解に話す』ようなキャラクターだ。
物語の特性上、仕方ない部分も多いのだが、いやはや読んでいて疲れるw

まぁたとえば、

観察された事実を論理的に配列すれば唯一の道を辿って確実に真実に到達する事ができるという近代人の確信は、たとえばこんな挿話の中にも簡潔に示されている。
……部屋のなかで男が死んでいる。妙なのは、被害者が扉に近い場所で襲撃されたのにもかかわらず、おそらく犯人の逃走の後に部屋の中央まで這っていって、テーブル上の砂糖をひっくり返したうえ、その砂糖を固く握りしめて死んでいたという事実だった。
探偵はまず、握りしめられた砂糖は、ただ犯人を指示する一種の記号(シーニュ)であると考える。しかし、これが単なる独断に過ぎないのはあまりにも明らかだ。砂糖を握っていたという事実の中には、権利上同等な無数の意味(シニフィカシオン)が含まれている。たとえば、被害者が甘党だったので死ぬ前にもう一度砂糖の甘い味覚を楽しみたかったのかもしれない。たとえば、被害者が、雪国の生まれで、死の幻想が彼に砂糖の輝くような白と新雪の汚れない白とを結びつけさせ、彼に砂糖を握りしめさせたのかもしれない。けれども探偵は、読者にたいしてどんな根拠も示すことなく、握られた砂糖の多義的な意味を一方的に限定し、それが犯人を指示する記号だと断定する。
(以下、延々と続くので省略)

一事が万事この調子である(こいつ、メンドクセェ……)。
ナディアとは別の意味で読んでいてしんどいが、この探偵の個性が物語終盤には活きてくる。
『堕天使』にして『人間以下』でもある、魔王ルシファーこと、マチルド・デュ・ラヴォナン嬢との対決で、
矢吹駆は実に古典的探偵らしく、『悪』を殺すのだ。

ナディア&アントワーヌ&オデットの物語(痴情ミステリ)と、矢吹&マチルドの物語(人民革命論)の乖離

ラルース家で起きた殺人事件。
それを解決すべく立ち上がったのがナディアである。
ボーイフレンド(友達以上恋人未満?)のアントワーヌや、被害者のオデット。
オデットの妹ジョゼットや、家政婦のバルト夫人などの登場人物が絡んで引き起こされる
『古典的ミステリ殺人』は、これはこれで悪い話ではない。

それにしても、オデットにしろジョゼットにしろ、本当に嫌な女たちである。
まぁ彼女たちは『嫌な女役』なのだろうから良いとして、ナディアにしたってマチルドにしたって面倒くさい女である。
この作品は(家政婦のバルト夫人を除いて)面倒くさい女しか出てこない。
そんな女性キャラに対比されるような、『純情で、愚かで、無垢な』青年アントワーヌが愛おしい。

一方、矢吹探偵はと言えば、人民革命論(と言ってしまって良いのだろうか?)を唱える『堕天使マチルド』とのラストバトルが熱い。
矢吹ばりに小難しい理屈を並べ立てるマチルダを、『言葉で殺す』矢吹の活躍ぶりは恐ろしいほどだ。
ここで行われているのは、『肉弾を伴わない、バトル・アクション』である。

なぜ、革命は失敗するのか? それは、革命の最大の敵は為政者ではなく、『人民』だからだと説くマチルド。
10ページ以上にもわたって繰り広げられる台詞を引用するのはたまらないので、ほんの少しに留めるが、まぁこんな具合。

『人民』とは、人間が虫けらのように生物的にのみ存在することの別名です。日々、その薄汚い口いっぱいに押し込むための食物、食物を得るためのいやいやながらの労働、いやな労働を相互の監視と強制によって保証するための共同体、共同体の自己目的であるその存続に不可欠な生殖、生殖に男たちと女たちを誘い込む愚鈍で卑しげな薄笑いに似た欲情……。
この円環に閉じこめられ、いやむしろこの円環のぬくぬくとした生暖かい暗がりから一歩も出ないような生存の形こそ〈人民〉と呼ばれるものなのです。つまり、人民とは人間の自然状態です。だから、あるがままの現状をべったりと肯定し、飽食し、泥と糞のなかで怠惰にねそべる豚のように存在しようと、あるいは飢餓の中で、その卑しい食欲を満たすため支配的な集団にパンを要求して暴動化し、秩序の枠をはみ出していくように存在しようと、どちらにせよただの自然状態であることに変わりはありません。
だから人民は、本質的に国家を超えることができないのです。国家とは、自然状態にある個々の人間が、絶対的に自己を意識しえない、したがって自己を統御しえないほどに無能であることの結果、蛆が腐肉に湧き出すように生み出された共同の意志だからです。制度化され、固着し、醜く肥大化した観念、これが国家だからです。
(以下延々と続く)

(引用するのも疲れた)。
そして、革命を真に達成するためには、核兵器を持って人口の9割を吹き消してしまえば良いとまで語るマチルド。
まさに、RPGに登場する大魔王の風格だ。
そんな大魔王に立ち向かうのが、我らが探偵、矢吹である。

少女時代のマチルドは、村で皆からいじめられていた。誰も彼女を助けるものはいなかった。
マチルドは社会から疎外され、自らを阻害した社会を憎むようになる。
矢吹は言う。

君はただ、普通に生きられない自分を持てあました果てに、真理の名を借りて、普通以下、人間以下の自分を正当化し始めただけだ

これはキツい……。
そうして矢吹に心を折られ、論破されてしまったマチルドは死んでしまったのであった。
勇者矢吹は、大魔王マチルドを討伐する事に成功したのである……。

古来、名探偵は犯罪者の粗を指摘し、犯人を捕まえてきた。
しかし、犯罪者が犯罪を犯さずに済むような、幸福な人生を差し出す事はできなかった。
そういう意味で、マチルドの『自己欺瞞』を暴き、マチルドを殺してしまう矢吹の存在は、
確かに『古典的な名探偵』に似つかわしい振る舞いかもしれない。

人を殺してしまったのだからこれぐらいされても仕方ないかもしれないが、
『普通に生きられない自分を持て余した、厨2病患者』に対して、その事実を痛烈に突きつけるのではなく、
もっと優しさと寛容さを持って、『普通に生きられる』ように手を差し伸べてほしい……

と、『普通に、生きられない私(fee)』は思うのでありました……。

感想まとめ

表ではラルース家の殺人古典ミステリが行われ、裏では探偵矢吹のマチルド討伐が行われるわけだが、
この2つ、どうもかみ合わせが良いんだか悪いんだかがよくわからない。
そもそも、この作品はミステリが書きたくて書いたんだか、革命論が書きたくて書いたのかもよく分からない。
比重は明らかに後者に傾いている(それが悪いというわけではない)。

個別で見る限りどちらも悪い話ではないのだが、どうも矢吹VSマチルドのインパクトがデカすぎる。
裏では『核兵器で人民を殲滅する』だのしないだのの話をしているのに、
表では『中年男女が何人か亡くなった』だけ(??)なのである。

表の犯人アントワーヌは、強かで生臭い女性たちや、堕天使マチルドだの、それを論理で殺しにかかる殺人探偵矢吹だのに比べていかにも弱々しく、健気で儚い。
そんなところもまた良いのではあるが、
大魔王が降臨している中では、『ラルース家の殺人事件』がどうでもよくなってしまう。
そんな、アンバランスさも感じてしまった。

今日も内戦で数多くの命が奪われているシリアやらアフガニスタンを尻目に、
1人や2人の男女が奇怪な死を遂げただのなんだの騒いでもなぁ……という、この微妙な読後感こそが
笠井氏の狙ったものである可能性も捨てきれず、
『一粒で二度おいしかった』のか、『良さを殺し合ってしまったのか』は何とも判断しづらいのだが、
独特な読後感であった事は確か。

メンドクセー論説を延々読まされるため人を選びそうだが、まぁ良かったら挑戦してみてください。

ナイトメアガールズ 感想(バレなし)

☆前置き

『月の水企画』さんのRPGは今回がほぼ初プレイになります。
過去に一作やった気がするんですが、きちんと覚えていません。
ただ、その際の印象はかなり悪いもので、途中で投げ出してしまいました。
そのため、ものすごく久しぶりのプレイ、というか実質初プレイに近い感じです。
この感想では、そんな私から見た作品の特徴を書きたいと思います。

難易度は『普通』でクリアしました。


☆RPGとして

4人パーティーで、『守護石(【ぺルソナ】を連想できる方は、アレを思い浮かべてください)』を付け替えて
攻略していくシステムになります。


ゲームバランスは難しめ、だと思います。『普通』と呼ぶには難しい。
特に、『風林火山』の属性システムが非常に大事なのですが、これを理解するまでは苦労しました。
このゲームでは、とにかく相手の弱点属性を突き、相手の属性攻撃に対する防備を固める事が非常に重要です。

何も考えず、最強装備のゴリ押しでは(よほどレベルを上げれば別かもですが)勝てません。
しかし、相手ボスがどんな技を使ってくるかは、戦ってみないとわからないですよね?

なので初回は『偵察』と割り切って、ボスの弱点を探るため色々な属性攻撃を使ってみる作業をしました。
基本的にヌルゲーマーですので、こういう作業が必要なRPGは凄く久しぶりにやった気がするw
万全の対策を練った上で、それでも楽勝ではありません。1つの判断ミス・操作ミスが命取り。
『ラストエリクサー』的なアイテムもバンバン使って、何とか薄氷の勝利、という展開が続くゲームバランスで、
気の抜けない戦いが続きました。
個人的にはギリギリ『楽しさ』が『しんどさ』を上回った感じ。

たまにはこういうのも悪くないですねぇ! と思う一方で、
『いつ、(敵が強すぎて)詰むんだろう?』、『本当にクリアまで行けるかな?』という不安は常に付きまといました。

回復魔法が必要なのは当然として、
『状態異常回復』、『敵のステータス強化を解除』、『味方のステータス弱体化を解除』、
『長期戦のためのMP回復アイテム』、『蘇生アイテム(特に序盤!)』は必須ですねぇ。

前の3つ(異常回復~弱体化解除)は、スキルでもアイテムでも良いですが、アイテムで揃えるのは結構大変だったり。
それでいて、そのスキルを持つ守護石が、たまたま敵ボスの属性と相性が悪かったりすると、もう大変……。
林属性のボス相手に風属性の守護石で挑むほど無謀な事はないっすからね……。

MP回復アイテムも必須です。戦闘中にバシバシMPがなくなります。
ふたなりチャージとかエネマチャージが便利です。
蘇生アイテムが重要なのはどのゲームでも当然ですが、これまた蘇生スキルを持つ守護石がそう多くないんで……。


後は、全体的に『雑魚戦での経験値&ゴールド』が渋い(ケチくさい)ですねぇ……。
サクサクはレベルが上がらないので、大変です。それでいて雑魚敵も普通に強くて、油断してるとやられたりするしw
まぁ、昔のRPGはこんなもんだった気もします。


やりごたえを求める方には歓迎されそう。
後は、難易度『易しい』も用意されているので、そんなに心配はしなくて良いです。
宗教的な理由(単なる意地)で『易しい』を選びたくない、僕みたいな意固地な人にとっては大事でしたがw


☆エロシチュ+キャラについて

4人パーティーで、主人公の八葉とその後輩のしぐれがレズカップル。
金髪ロリ先輩の柚炎と、その従者のコキアがレズカップル、という事になっています。

この4人が冒険をして、エロい目に遭わされたり酷い目に遭わされたり、エロい罠に引っかかったり
エロイベントがふんだんにあるわけですね。

触手プレイがあるのはタイトル画面を見れば一目瞭然ですが、
凌辱なんてのは序の口で、獣姦、植物姦、ゾンビ姦から、ふたなり、レズ、アへ顔、産卵、スカトロなんでもござれなフリーダムな世界でして……
個人的にはスカトロだけは勘弁してほしかったw
(というか、Hシーンの前に、『スキップするかどうかの注意書きが欲しかった』)


まぁ、個人的には凌辱、ふたなりとレズは大好きですし、全体的にも(スカトロを除いて)何とか許容できましたが……良くも悪くも、相当下品でしたねぇ……。
こちらの方でもヌルゲーマーの私としては、ちょっとしんどいエロも多かったです(けど、ふたなりは抜けた)。
エロシーン前の注意書きなどはないので、ご自分の趣味嗜好と照らし合わせてプレイなさってください。


個人的に中途半端に感じたのは、レズカップルのくだり。
一応、八葉としぐれのHシーンや、柚炎とコキアのHシーンがそれぞれ2回はありましたが、
正直少ないですよね。

別に少なくても良いんですけど、他のキャラとのHシーンがあまりにも多いので明らかに目立ちません。
それも、『心では相手の事を大事に思っているけど、敵に凌辱されてしまった』とかなら僕個人としては大好物なんですが、『エロ動画を自分で公開』、『わざわざ自分から触手に捕まるレイプ的オナニー』、『少年に性の手ほどきをする』などなど、かなりの痴女っぷりなので(コキア以外全員痴女では? コキアもかな……)……。

痴女なら痴女で、それなら『レズカップル』とか言わずにコキア&しぐれ、柚炎&八葉、などなど
仲間内でもいろんな組み合わせのHシーンが見たいなーと思ったけど、仲間内で【だけは】妙に貞操を守っているし、
外部の街の人間とは男女問わず楽しくHしてるし、勿体ないなぁと思いました……。

淫乱度というステータスがC~Sまであるんですけど、最初のCの時点で既に痴女だったし、
CでもSでも変わらないじゃん……。
CとかBの間ぐらい、清楚でいてほしかったですw

それで、頑張って淫乱度を上げなければ、後半にも清楚なままのHシーンがあったり、
逆に淫乱度をガンガン上げて初めて痴女プレイが見られたりしたら最高なんじゃないかな!と思いました
(製作者の負担も考えず好き放題言ってます)




☆まとめ

難しめのRPGで、難易度的にもエロ的にもしんどい部分はあったけど、
無事クリアまで、長い時間楽しませてもらえました!

力のあるサークルさんだな、と改めて感じましたが、『嗜好』はそこまで合っていないのが残念。
もう少し下品さが少ないと良いんだけどなぁ……。
多分これがこのサークルさんの味なんだろうと思うので、良い・悪いではなく、合う・合わないの問題ですが。
デフォ買いはできないけど、今後注目していきたいサークルさんだなと感じました。

近況報告記事

特に書くことがないので、ブログ記事は『毎日更新音楽記事』を書いていますが、ちょっと時間が長くなったので近況も書いておきます。
(それとは別に、読んだ本の短文感想記事は随時upしています)


☆読書

2017年11月からの、ミステリ祭りを続けています。
海外ミステリはかなり漁ったので、国内ミステリに移行しているところ。
今は笠井潔の「バイバイ、エンジェル」を読んでいます。

☆対談記事

まだ全作品の収録を終えてはいないので、不測の事態もあるかもしれませんが、
仔月さんという方と、レイ・ブラッドベリ「刺青の男」の対談を収録中です。
完成したら、この記事でもご報告をさせていただきたいと思います。
その後は、「10月はたそがれの国」もやる、と思います。多分。
更にその後は未定ですが、ゲームも含め、色々できればなと思っています。

☆日帰り旅行

友人と、山梨県のほったらかし温泉というところに行ってきました。
温玉揚げというのが凄く美味しかったです。
ほうとうも美味しかったですし、楽しい旅行でした。

☆エロゲ

月の水企画さんという、同人サークルの「ナイトメアガールズ」というRPGをやっています。
公称20時間って書いてあるけど、これ絶対30時間以上あるだろ……(ゲームを開いたまま放置したりしていたので、実プレイ時間は不明ですが、11/15ぐらいからやっているはずなのでかなりの大ボリューム。
クリアしたら多分感想を書きます。

☆NBA(バスケ)

今年の西地区は大混戦で面白いですね!
開幕前に期待していたジャズや、去年の2番手ロケッツが低迷する中、グリズリーズはまだいいとしてキングスやマーベリックスといったノーマークだったチームまでが、かなり良いですし。
今シーズンの若手だと、ルカ・ドンチッチが素晴らしいですね。
今までのベストゲームは、東の試合ですが、
セルティックスVSラプターズが最高に面白かったです。











リトルバスターズの対談、公開しました

ホームページオブ百合機械、管理人の残響さんと
「真剣で私に恋しなさい」の読書会を行いました。

ゲーム1本について、今回も『つよきす』と同程度のボリューム(8万字程度)になると思われます。
素晴らしい機会を与えてくださった残響さんに、深く感謝いたします。
楽しかったですw


ただ、今回はトラブルもあって、編集は僕1人で行いました。
そのため、CG貼りや点数貼りなど、やや雑なところもあるかと思います。

対談の模様はこちらにて公開しております。


小泉喜美子「弁護側の証人」感想(軽バレあり)

「レベッカ」+「わらの女」+「?」。名家に嫁いだ踊り子と、繊細で容赦なき心理描写

評価は
S

作品紹介の趣が強く、犯人については触れていないのでネタバレなしにしましたが、ややバレです
読む予定が既にある方は、ご注意願います。

感想を書く難しさ

年間ベスト級の名作である。
このような、あまりにも見事な作品に出会った時、どう感想を書いていいものやら困ってしまう。
欠点だらけの作品は、不満をぶちまけるだけで感想になってしまうし、長短それぞれある作品も同じだ。
しかし、本作に欠点は……僕が考える限り、唯一つしかない。

名シーン1か所に絞って書くとか、『作品テーマ』について書くとか、
そういったアプローチができればまだいいが、本書に関してはそういうアプローチも難しい。
ストーリーを紹介する事でその凄さが伝わるような、そういうタイプの『ド派手な展開』や『奇抜さ』もない。

あるいは、『(個人的名作なのに)世間では不当に評価されている』とか、
『いろいろな解釈が考えられるので、自分の解釈を書いておきたい』とか、そういうわけでもない。
もう、こういう作品は『頼むから、騙されたと思って、僕を信じて読んでくれ!』としか言いようがない。

『レベッカ』のマンダリンを思わせるように、情景描写は美しく、
『ロウフィールド館の惨劇』を思わせるように、心理描写は繊細かつ凄絶で、陰湿かつ邪悪ですらある。
『終りなき夜に生れつく』のように甘く切なく、叙情的な中に、叙述トリックまで忍ばせてある。
もう、「いいから読んでくれ! 読めばわかる!」としか言いようがない。

レベッカ

レベッカ著者: ダフネ・デュ・モーリアー

出版社:英潮社

発行年:1998

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ミステリ新人賞で入賞を逃したとwikipediaには載っていたが、何とも恐ろしい話だ。
もし僕が応募した新人賞にこの作品が紛れ込んでいたら、きっと絶望してしまうだろう。
(僕はミステリ作家志望ではないが)、『こんな作品を、人生で1作でも書き残せれば』
それだけで満足してしまう、そんな作品だ、これは。

身分違いの結婚

作品を軽く紹介するなら、主人公のヌードダンサーが金持ちのボンボン(死語?)に求婚され、結婚する。
しかし、名家に迎えられた元ヌードダンサーは、使用人やら家族たちの冷たい視線に晒され、そしてそんな中、殺人事件が起こる。
というのがストーリーラインだ。

高貴な名家に嫁いだ身分の低い女性が、姑などにいびられながらも頑張るタイプの物語。
これらは主として女性作家によって描かれているように思う。
男性作家の手による作品は、ちょっと記憶にない(探せばあるのだろうと思うけど)。
身分の低い男性が、名家の女性と~という話も、あまり読んだ記憶が無い。

嫁―姑問題的なモノというのはきっと世の中にありふれていると思うが、
逆だって恐らくたくさんありそうなのに、題材としてはほとんど語られる事がないのは謎である。
主人公が男では、読者ウケしないのであろうか? 
男の作者には、繊細かつ陰湿な心理描写が書けないのだろうか? 
そんな事もないと思うのだが……。

ミステリで挙げるなら、金持ちの家に嫁いだ後妻の受難を描いた『レベッカ』(後半は全然別の話になってしまうが)、
そして、欲の皮が突っ張った女性が詐欺男にハメられてしまう『わらの女』などの系譜に属する物語だと思う。
もう1作、見出しで伏せたのは、アガサ・クリスティの*『終りなき夜に生れつく』だ。
こちらは、『叙述トリックの巧みさ』と、『ロマンスの香りのする、悲劇の結婚物語』というのが共通項だ。
いずれも『女性作家』が描いた、『女性主人公視点での』、『結婚にまつわる』、『悲劇の物語』である。

本書も一応、そういった物語の類型に属するわけだが、この融合のいかに見事な事か。

わらの女

わらの女著者: カトリーヌ・アルレー/Arley Catherine/安堂 信也

出版社:東京創元社

発行年:2006

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頼むから読んでくれ!としか言えないもどかしさ

そんなわけで、僕はこの作品のきちんとした感想を『書くことができない』。
しかし、何度も言うように名作を読んだ後の備忘録として、『本当ならば、是が非でも書きたい作品』なのだ。
この感動を、巧く他の方に伝えることができないのが、もどかしくて仕方ない。

唯一、欠点に関しては簡単に書けるので、軽く触れることにする。
それは、凄まじいまでの悪役の陰湿さ。
そして、その陰湿な悪役が、『無様にのたうちまわり、生きながらにして地獄の業火に焼かれるような、そんな姿』が全く描かれていない事である。

もちろんその様を、想像する事はできる。
しかし……こんな文章を書いたからといって、僕をキチガイだと思わないでいただきたいのだが、
ここまで醜く、酷い人々が引き裂かれていく姿を見たかった。
そうすれば少しは溜飲が下がったのに、と思ってしまうのである。

このように、僕の心に眠る『邪悪さ』までをも浮き彫りにしてしまったこの作品。
是非是非お薦めしたいのだが、果たしてこの感想文(?)を読んだ方に、
『読んでみたい』と思える感想文が書けたかどうか……。
正直に言って、自信がない。
ただ、ひたすらにもどかしいが、ここまで書いてきた僕の感想で、「おっ、面白そう!」と思ってくれた方がいれば、もう是非是非手に取ってほしい。

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