政治小説だからって、敬遠するのは勿体ない(前おき)
マーガレット・サッチャー退任後のイギリスで、次期首相候補と目されたのは、3人の男性だった。
この3人がイギリス下院にデビューしたのは20年以上前。
政治家になろうと志した3人の少年は、今や50代となっていた。
本書は、この3人が辿った喜怒哀楽盛りだくさんの生涯を綴った、伝記風味の大河小説です。
政治小説? つまんなそー……って思ったそこのあなた! ご安心ください。
「政治」を「会社」に置き換えれば、「サラリーマン出世レース小説」として読むことも可能ですし、
いわゆる「企業小説」的な『仕事の話ばっかり!』な内容ではありません。
では、ストーリー紹介に移ります。
主要登場人物紹介
1人目。
貴族出身、イギリス保守党のチャールズ。
貴族の家に生まれながら、無能な兄に家を継がれる事を快く思わず、自らも名を揚げたいと野望を抱く男。
そのためには、どんな卑劣な手段も厭わない。
後述のサイモンを『ライバル』だと判断するや、徹底して潰しにかかる。
本書における、いわゆる『悪役』だと思いますが、彼の人生(物語)はひょっとすると一番ドラマチックで面白いかも。
2人目。
庶民出身、イギリス保守党のサイモン。
政治家を自分の天職であると感じている。
栄光の時もあればチャールズの罠にハメられ議席を失ったり、愛する息子を失うなど、浮き沈みの激しい政治生活。そんな生涯を、妻エリザベスの支えもあり、清廉な政治家として生きていく。
奥さん一筋の実に爽やかな男で、いわゆる『好男子/ヒーロー』的な印象。
サイモンを嫌いという読者はあまりいないのではないかと思う
(ただ、チャールズや後述のレイモンドのようなアクがなく、やや厚みに欠ける気もする)
3人目。
庶民(貧民寄り)出身、イギリス労働党のレイモンド。
貧しかった祖母との生活を経て、弱い者を救いたいという志を持つ。
内気で意思の弱いところがあり、その弱さから失敗を犯す事も度々あるが、やる時はやる男である。
いずれも、夢を叶えるために努力をしてきた人々。
この中から首相になれるのは一人。さぁ、どうなる?
というお話です。
チャールズの人生
チャールズは元々銀行の、それも頭取である。
政治家と言っても別に職業を持っていて、当選したら政治に専念するために代理の頭取を立てるようだ。
保守党で活躍するチャールズだが、前述のように将来のライバル、サイモンを若手時代からマークしている。
直接、間接の嫌がらせは彼の得意技であり、彼の人生そのものである。
しかしそんな性格だからだろうか? 彼の周囲にはロクな人間がいない。
彼が人を裏切るように、周囲の人間もまた、彼を裏切るのである。
信頼した部下には二度(別人)にわたって裏切られ、最初の妻は不倫をした末に大切な絵画を持ち逃げし、
二番目の妻にも窃盗壁がある上、恐喝まがいの事まで始めてしまう。
因果応報……なのかもしれないが、部下や奥さんに対してはチャールズは何も悪い事をしてなかった気がするんだけどな(苦笑)
なんで直接の被害者以外の人間が、彼をこんなにも裏切るんだろう?というのはちょっとよくわかりませんでしたw
傍にいるだけで、すごく嫌な奴なんでしょうか。
特に最初の奥さん(フィオーナ)はちょっと意味が解らないレベルで酷いw
(二番目の奥さんのアマンダは性格ブスオーラ全開なのでいいけど、フィオーナは中盤までは性格ブスには描かれていなかったと思うので)。
悪役なので酷い目に遭わせたいけど、善玉のサイモンがえげつない報復をすると
サイモンのイメージに傷がつくから、違うキャラにやらせたのかな?(邪推)
そんなチャールズだが、晩年、ようやくできた息子への愛に目覚め、少し丸くなったようだ。
若い頃はしゃかりきになって醜く愚かな争いをしたが、そんな事をするのももう疲れた。
思えば、何をやってたんだろうな……。
そんな老人的達観が彼に芽生えるシーンは、彼にも色々あったんだな……と感慨深い気持ちにさせられる。
「ケインとアベル」でも、
人生を賭けて憎み合った二人の男が、老境に至って奇妙な雪解けを見せるシーンがあったように記憶しているが、
本書はチャールズにとって、「本当に大切なもの」を見つけるまでを描いた物語だった、と言えるかもしれない。
レイモンドの人生
「本当に大切なもの」を明確に見つけたのは、3人目に紹介したレイモンドだ。
風采の上がらない『ガリ勉君』だった学生時代の彼は、ダンスパーティーでも壁の花状態だった。
そんな彼に声を掛けてくれたのが、初めての恋人になるジョイス。
そこで自信をつけたレイモンドは、半年で早くもジョイスに飽き飽きしていたのだが、子供が出来たため結婚する羽目に(なお流産)。
その後、献身的にレイモンドに尽くすジョイスだが、レイモンド君は風俗に通ったり、もっと本命っぽい恋人を見つけたり。
まぁ、付き合って半年で飽きちゃっていた女性と結婚させられちゃったわけだしね。
ジョイス、かなり太ってる上に老け顔みたいだし、レイモンド君は今や政治家で大金持ちでモテるからね……仕方ないね。……仕方ないか?
そんな扱いを受けながらも夫レイモンドを陰に日向に支え続ける献身的なジョイスの愛に、遂にレイモンドが気がつく日がやってくる。再婚まで考えた愛人を捨て、ジョイスを選ぶのだ。
「もう手遅れかもしれないけど、君を取り戻しに来たよ」
なんて、随分と都合の良い台詞かもしれないけど。
ヘタレだったレイモンド君(50近いはず)がバラなんか買って、照れ笑いなんか浮かべながらジョイスに花を差し出すシーンなど、単純な僕はジーンとしてしまったりするのだった。
老け顔だっていいじゃない。太ってたっていいじゃない。愛だよ、愛!
(でも可能なら、ダイエットしてくれると、嬉しいな)
そんな風に私生活ではダメダメな感じのレイモンド君だけど、自選挙区の困っている人間を親身に助けたり、
あまりにも少額な戦争未亡人年金の改正を訴え続けるなど、政治家としての活動は立派の一言。
自分が弱い人間だからこそ、弱い人の気持ちに気づけるのかもしれません。
サイモンの人生
こう、比較してみるとサイモンの人生が一番書くことがないかも。
だって、『優等生』なんだもん。
愛する妻エリザベスと結婚して、卑劣な敵の罠で職を失っても屈せず、地道に着実に信頼を掴み(時には失敗もしますが)、最愛の息子を失う悲劇に見舞われながらも、遺された娘と妻の3人の生活を大切に育てている。
不倫なんかとももちろん無縁。
もちろん楽しく『読ませる』んですけど、何というか、他の二人はアクが強いんでねw
サイモン自身よりも、彼の妻であり『現役産婦人科医』でもあるエリザベスの方が、ひょっとすると読ませるかもしれません。
『政治家の妻』というのは(イギリスの)政治家にとって、どうも大切なファクターのようでして。
夫と共に有権者に挨拶周りをしたりするし、『男は家庭を持って一人前』とか『内助の功』みたいな古臭い考えが伝統あるイギリス政界にはあるのでしょう。
『初の、独身』首相であるヒースや、『初の、女性』首相サッチャーが出てきたのはそう遠い昔ではないようです。
まぁ、日本なんてイギリスよりもっと遅れている気もしますけど。
サイモンの妻、エリザベスは『政治家の妻』をやれ。
『医者』を続けるな、という圧力に絶えず悩まされながら、それでも現役にこだわるキャリアウーマン(死語?)なのです。
働きたくないのに働かなきゃいけない人がいて、働きたいのに働けない人がいるというのもおかしなものですね。
(状況が許すなら)基本的にはその人の好きなようにするのが一番良い、と僕などは思います。
大枠はそんな感じで物語が進みます。
やはり、人の一生を悲喜こもごもで描くタイプの作品は、あらすじ紹介が難しいですわ……。
「偶然、秘密財宝を手に入れてしまった主人公! 迫り来る敵の魔の手! 果たして彼は無事生き残れるのか!」
みたいな簡単なまとめ方ができた方が、紹介はしやすいのかなと改めて思いました。
政治のこと
ここまでは政治の事を全然書かず、彼らの私生活について書いてきました。
本書は政治家たちが主人公なので当然『政治(方式・仕組み・議場の雰囲気)の話』も深く出てきますが、
『政策(イギリスという国をどうするのか)』の話はそこまで出てきません。
どちらかというと、挨拶周りの際の有権者とのユーモラスなやりとりや、「ここがヘンだよイギリス政治」的なもの、ライバル党(組織)との対決(選挙)や、組織内での足の引っ張り合い、ライバル党員との間に生まれた敵味方を超えた友情など、そういう部分が読ませどころかなと思います。
個人的には、
・地方選挙で、開票を待つ間、候補者が同じ場所に勢ぞろいして皆で票を数えるシーン
とか
・相手党への野次が「ヒヤ、ヒヤ」と訳されている
ところとか
(野次はよろしくないと思うが、ヒヤ、ヒヤというのは奇妙なおかしみがあります)
・票が同数だと、コイントスで決める
とか
その辺が面白かったですね。
著者のジェフリー・アーチャーは保守党議員だった経歴を持ちますが、
本書では保守党age労働党sageは特に見られないのも、安心して読めるポイントかなと思います。
さすがに直属の上司だったサッチャーと、皇室の方々は悪く描かれませんけどw
保守党を応援するような目的で書かれた作品だったら、やっぱり少し引っかかっちゃいますし。
この本が書かれたのは1984年との事で、小説内の84年以後の出来事は完全なフィクションになっています。
小説内ではサッチャーは88年に引退していますが、現実ではもう1期続けたようです。
その辺は、政治に詳しい方なら引っかかるかもしれません。
アーチャーの他作品
別の機会に他アーチャー作品の紹介もしようかな、と思いますが、
忘れちゃうかもしれないので軽ーく。
アーチャーの作品を読むのは今回で5作目ですが、一つ言えるのは、非常に器用で腕の良いストーリーテラーであるという事です。
デビュー作「百万ドルをとり返せ!」は抱腹絶倒のコミカルミステリ。
100万ドルをだまし取られた、「詐欺被害者の会」の4人が集まって、みんなでその詐欺師から100万ドルをとり返そう!という小説ですが、
メンバーたちが
「1ドルも多くなく、1ドルも少なくなくとり返す」ことにこだわりすぎていてとにかく楽しい小説です。
あの手この手で、100万ドルをとり返します。少しでも取りすぎたらバレないように返しに行きますw
著者の出世作は恐らく上述した「ケインとアベル」で、これは憎み合う二人の男の生涯を描いた物語。
今回の「めざせダウニング街10番地」はこちらに近いですね。
他に「大統領に知らせますか?」、「ロシア皇帝の密約」といった作品を読みました。
「ロシア皇帝」が少し落ちるものの、落ちると言っても及第点は超えていますし、今のところハズレがありません。
また一人、お気に入りの作家ができました。