1章 文房具たちの狂気
本書は、確実に『人を選ぶ』作品です。
内容は、文房具VSイタチの戦争物語。
全3章構成で、章を追うごとにハードルが上がります。
1章では、狂騒的な文房具たちがひたすら奇行を繰り返します。
数を数える事だけが生きがいで、数字の桁(999999→1000000)が上がる瞬間に爆笑する『ナンバリング』。
天皇を自称し、取り次ぎなしでは会話をしない『消しゴム』。
エロい事しか考えられない『糊』に、相手に必ず喧嘩腰で突っかかる『ホチキス』。
その他、『雲形定規』や『三角定規兄弟』など、愉快で頭のおかしな文房具仲間たちが、宇宙船内で大騒ぎ。
まず、この不条理ギャグの嵐が笑えないと、読んでいてつらいと思います。
①不条理ギャグが笑えるかどうか。これが最初のハードルです。
2章 酸鼻なイタチ族の歴史(前)
2章では、約200ページにわたり、イタチ族の歴史が壮大なパロディによって綴られます。
現実の西洋史(たまに日本史)のパロディが200ページも続くので
これがわからないと、読み進めるのは難しいと思います。
『イタチの最後っ屁』に引っ掛けて、『おなら』ネタが非常に多いのも特徴で、(まぁ、多分大丈夫だとは思いますが)おならネタが極度に嫌いな人にもつらいと思います。
少なくとも食事中に読みたい本ではないw
②本を読むにあたり、前提となる世界史知識があるかどうか。これが第二のハードルです。
イタチ族は近隣の種族との政略結婚を重ね、
親戚同士、兄弟同士、親子同士が骨肉の争いを繰り広げていきます。
中世ヨーロッパで行われていた残虐な処刑法なども(イタチに形を変えて)表現されます。
まさに共食い種族としか言いようがないほど、イタチ族は殺し合いますが、
これは、実際に人類が辿ってきた歴史に他なりません。
やがてイタチの間に宗教が生まれ、宗教対立・宗教戦争も行われます。
移民・難民のスカンク族(ロマ+ユダヤ人)による売春なども行われるようになります。
屁農(農奴)解放運動なども起こります。
やがて時代は、レオナルド・ダ・ミンク(もちろんダ・ヴィンチ)やゾリランジェロ(ミケランジェロ)などが活躍するルネッサンス期へ。
このような感じで、歴史上の人物パロディが多数(おそらく100人近く)登場するので、元ネタがある程度わからないとポカンとなってしまうでしょう。
学生時代、世界史が大好きだった私は大丈夫でしたが、そうでない方がついていけるか、正直自信がありません。
身内同士でのおぞましい戦争・暗殺・謀略が繰り広げられるタイラ王朝は、やがてより残虐なオコジョ王朝へと繋がっていきます。
オコジョ王朝最後の王、ブル5世は明確にフランスのルイ16世を指しており、市民革命によってブル5世と皇后マリーは処刑されます。
この混乱期では次々にイタチが処刑されていき、彼ら彼女らは、処刑台の前で踊り、泣き、放屁し、脱糞します。
美人イタチの処刑が行われると、群衆はその下半身を持って帰り、
知名度の低いイタチの処刑には群衆が集まらないなど、この辺のブラック・ユーモアも切れ味がありますね。
やがて、クズレオン・ポナクズリ(ナポレオン・ボナパルト)の登場により、イタチ族の歴史は現代史へと突入していきます。
2章 酸鼻なイタチ族の歴史(後)
ナポレオン以後の歴史については、本書オリジナル展開もそこそこあるので、世界史知識をもってしても、少し混乱するところがあります。
以下、それぞれの国についてまとめます。
ドストニア→フランス+ソ連です。
ナポレオン(面倒なので、本書での名前ではなく実在の人物表記で行きます)登場後、ナポレオン3世が後を継ぎます。
やがて、カール・マルクスの社会主義思想が根付き、レーニンやトロツキー、そしてスターリンが登場します。
世界大戦(この世界では世界大戦は一度だけです。第一次大戦と第二次大戦のエピソードが、混在して描かれています)
後はスターリンの独裁が続き、数多くのイタチが処刑されます。
グリタイジョ合鼬国→アメリカです。
フランクリン・ローズベルト+トルーマンをモデルにした大統領が、マルタ会談で死亡した後、赤狩りが起こります。
暗殺をからくも逃れたケネディ大統領は長期政権を築き、ウォーターゲート事件などもありましたが、なんとか政治生命を繋いでいます。
ドストニアと激しく軍拡競争を行ないます。
メスカール→イギリスです。現代史ではあまり存在感がありません。チャーチルの後は、サッチャーらしき人物が後を継いだようです。
エコノス→日本+ナチス・ドイツです。
ヘド(江戸)幕府が倒れた後、アラマヒト(昭和天皇)の下で総統ヒドラ(ヒトラー)の独裁が始まります。
ヒトラーはその優勢思想から、劣等民族であるスカンク(ユダヤ人)絶滅計画を立て、大陸を侵攻していきます。
戦争末期になると、『屁風特攻隊』も登場。
『「屁風」とは、たとえ燃料がなくとも、屁の勢いだけで飛んでいこうとする精神主義による命名であり、未熟な下士官のみによって屁風特攻隊なる自殺部隊も作られていた』
五年も前から敗戦が決定的でありながらその事実を王にも国民にも隠していたヒドラに対しアラマヒトは約二時間半にわたって大声で罵倒し、最後にはヒドラの顔を押さえつけその鼻さきを自分の肛門に押し込んで肛門腺分泌液を噴射した。ヒドラは胸を搔きむしりながら弱々しく「大君の屁にこそ死なめ」と呟いて息絶えた
といった、壮絶な展開により遂にエコノスは降伏します。
この辺りのシーンは出色でしたので引用させていただきましたが、2章のノリは全編こんな感じなので、この引用を読んで嫌気が指した方も、本書は読まない方が良さそうです……。
クスクス→朝鮮+ベトナムです。
資本主義陣営のアメリカと社会主義陣営のソ連が、代理戦争を行ないます。
というわけで、フランク王国あたりから現代までのおならにまみれた鼬族の歴史が描かれるのが、第二章となります。
終わりに
そして、第三章では鼬族と文房具がいよいよ戦争に突入するわけですが、個人的に、この部分についてはあまり書くことがありません。
作者の筒井先生まで登場し、これでもかとメタフィクションを強調している第三章に関して、
筒井先生が何を表現したかったのか、ちょっとよくわからなかったからです。
ただ、私はこの本を通して、神経症的な文房具たち一人ひとりの愚かさに、
人類の愚かさを見るような気がいたしました。
また、残虐で共食いばかりするイタチ族の歴史にもまた、絶望的なまでの人類の醜さを見るような気がいたしました。
余談(この部分については、コメントがついても反応しません)
あまり政治的な話を書くと気分を害される方もいらっしゃると思いますが、少しだけ。(嫌な方はここで読むのをおやめください!)
2020年は全世界にとって試練の年でした。
アメリカでは、白人警官が黒人を射殺するという事件が相次ぎ、
『アメリカファースト、白人ファースト』で国民を分断するトランプ大統領の醜悪な姿勢が、非常に目につきました。
全世界はCovid-19の危機に瀕していますが、とりわけ非科学的なマスク軽視の姿勢を貫いた、アメリカ・イギリス・スウェーデン・ブラジルといった国はとても高い代償を支払いました。
100年前のスペイン風邪の時代から、『反マスク連盟』なる集団は存在しましたが、過去の歴史から全く学ばず、人は愚行を繰り返します。
日本でも、観光業界の利権に塗れたGotoなる愚かな政策もあり、着実に感染者を増やし続けています。
(そんなお金があるのなら、医療や介護、低所得世帯への直接給付、検査拡充、消費税減税など、いくらでもお金をかけるべきところはあるでしょうに)
ウイルスを封じ込め、徹底してゼロ・コロナを目指したニュージーランドや台湾、アイスランドなどでは経済も順調に回復しているというのに、
経済再開を焦って感染者を増やし続ける愚かな国の政府は、
自らの愚かさにも気づかず、無策な『ウィズコロナ』を唱えながら、
どう考えても不可能な『マスク会食』なるパワーワードなどを散りばめて、
『感染者は国民の自助努力不足のせい』にしたい様子です。
『10万人あたりの感染者が0・5人』という非常事態宣言時の基準はいつの間にか忘れられ、『重症者が多くなければ大丈夫』『病院が逼迫しなければ大丈夫』、『重症者の定義を変えてみたので、まだ大丈夫』といった、
末期的な『何もしない言い訳・先延ばし楽天主義』が日本全土を覆い、
救世主ワクチンを待つだけの無様な状況。
おうちで読書を心がけ、なるべく外出はせず……そうは言ってもやはり外出は必要で、もはや、いつ、どこで感染してもおかしくない状況の中、
多くの人々は『コロナなんて見ない振り』をして、生活しています。
『虚航船団』に描かれたイタチと文房具の愚かさに包まれた世界で、
私たちは今日も生きていきます。
『自分にとって都合の良い切り取り方ではなく』・『多角的に、さまざまな情報を取り入れながら』総合的に判断していく。
私たち自身が、イタチや文房具にならないようにするには、そうする他にはありません。
そんな事を考えながら、暗澹たる年の瀬を迎えることになりますが、
皆さまぜひ、よいお年をお迎えください!
あ、最後に。
記事にはしませんでしたが、筒井先生でしたら
が実に面白かったです。ぶっちゃけると「虚航船団」よりこちらの方が好きです(笑:じゃあ記事にしろよ、と突っ込まないでくださいw)