2023年08月

タイタンの妖女 雑解析

寂しい人々と、虐殺される大衆

ネタバレあり

あらすじ1 地球編

ラムファード氏とその愛犬が、無の中から実体化しようとしていた。
実体化現象は、この10年間、59日間隔で行なわれていたが、ラムファード邸内部での事なので、ほとんどの人は見たこともなかった。
ラムファードは未来も過去も見通すことができると言われているが、彼はそれについて話すことはない。

その実体化現象に、マラカイ・コンスタントが招待された。
彼は大富豪である。
ラムファード氏は、火星付近のタイムホール(時間等曲率漏斗)に飛び込んでしまった。
そのため、59日の間1時間だけラムファード邸に現れ、また非実体化してしまうのだ。
ラムファード氏とマラカイ・コンスタントは土星の衛星、タイタンで昵懇の仲だったという。
しかしマラカイ・コンスタントは地球から出たことはない。

ラムファード氏と愛犬コザックが実体化した。
ラムファード氏とマラカイは握手をした。握手をすると電流がピリピリと流れた。
ラムファード氏と夫人は最初の実体化以来、一度も会っていない。
彼の未来視を少し話したら、夫人はすっかり怯えてしまったらしい。
その未来とは、「ラムファード夫人とマラカイが、火星人につがわせられるだろう」ということだった。
「君の最終目的地はタイタンだ。だがその前に、火星、水星、一度地球へ戻る」という。
マラカイはそもそもタイタンなどに興味はない、と答えると
ラムファードは「君は、大切なものを取り逃がすことになるよ」と言った。
「例えば美人とか」

マラカイは自分の彼女の写真をラムファードに見せた。絶世の美女だった。
更にマラカイはもう一枚写真がある事に気づき、ラムファードに見せたが、よく見るとその写真はラムファードがこっそり忍ばせた、マラカイとタイタン人美女(タイタンの妖女=のちに合成写真だということがわかる)の写真だった。
ラムファードの未来予言では、マラカイとビアトリス(ラムファード夫人)が火星で交わり、クロノという息子が生まれる、という。
クロノは火星で「幸運のお守り」と呼ぶことになる、金属片を拾う事になり、それはとても大切なものだ。
そう言い残すと、ラムファードは消えた(このシーンは「不思議の国のアリス」のチェシャ猫のオマージュ)

コンスタントはビアトリスと話し、家を出た。
ビアトリスは予言を信じていないと言ったが、怯えているようだった。

マラカイは宇宙船の持ち株を全部売り払った。火星との繋がりを全て断ち切ろうとした。
ビアトリスは有価証券を売り払い、宇宙船の持ち株を全部買い取った。宇宙船が使われる際に、発言権を握っておきたかったからである。
マラカイはビアトリスを遠ざけるため、侮辱的な手紙を書きまくった。
ビアトリスは青酸カリのカプセルを買い込んでいた。
株式相場は暴落し、ビアトリスは破産して、邸宅まで失ってしまった。

59日後、ラムファードは再び実体化した。
ビアトリスは夫の助けを得ようと、ラムファードに会った。
しかしラムフォードは達観したような事を言うばかりだった。
マラカイは、タイタンの妖女の写真を彼のタバコ会社の広告に使っていた。
ラムファードは、未来を教えたとしても、未来は変わらないという。
マラカイは56日間パーティーを開き続け、株が暴落したため従業員をクビにした。
マラカイはタイタンの女性については興味津々だったが、タイタンが旅の終着点ということで、タイタンで命を失う事になると考えたのだ。
ラムファードは「最終的にはとてもうまくいくし、マラカイはラムファード自身よりも素晴らしい夫になる」ビアトリスを勇気づけた。

(マラカイの財産がいかにつくられたかの、長い説明があるけど、省略)
マラカイの会社は倒産した。マラカイがパーティーで、女性に片っ端から油井をタダで贈ったからである。
しかもマラカイが新たに筆頭株主になった煙草に、不妊症になる有害物質が発見されたため、訴訟に備えなければならない。
マラカイの父の遺書には「運に見放されたら、新しい冒険をやってみることだ」と書いてあった。

ヘルムホルツとワイリーという2人は火星軍のスカウトだった。
彼らの目当てはマラカイだ。
「3年間働いてみないか?」という誘い文句を使って地球人を拉致し、その後、地球人を記憶喪失にして、永遠に火星軍で働くのだ。
スカウトは、マラカイが父の遺書を読み終わったのを見計らって彼に接触した。
かくしてマラカイは火星軍にスカウトされた。

あらすじ2 火星編

アンクは記憶喪失だった。
火星では抄録玉を6時間ごとに飲まないと、酸素がなくなって死んでしまう事をアンクは教わった。
アンクは不妊症になる煙草に興味を示した。
ボアズといういわくありげな同僚の若者は、アンクのパートナーだと名乗った。
火星軍は皆、ロボットのように自我を失い操られたように行進していた。
彼らは、地球を侵略しようとしているのだ。
ボアズは遠隔操作の制御盤を持っており、頭蓋の中にアンテナをつけられた火星軍の面々を操ることができる。
ボアズは対アメリカ侵略時の司令官なのだ。
火星軍の本物の司令官は、兵隊に化けている。
アンクは、重要な記憶を持っており、7回も病院に入れられて記憶喪失にされている。
アンクは、地球では最高に運が良い男だった(この辺りでアンクの正体がマラカイだという事が、読者にもわかる)
ボアズは地球侵略を成功させた後、地球で良い生活をするために、(地球で豪遊していた)アンクに依存しているのだ。
アンクは、ストーニーが最後に託した、彼宛の手紙を見つけた。そこには「ボアズには気をつけろ」と書いてあった。
痛みを受けるという事は、それは火星軍の急所を突いたという事だ。
手紙の筆者は痛みを受けながら、火星軍の情報を集めたらしい。
なぜ火星陸軍が、地球を侵略しようとしているのかは誰にもわからない。
火星軍は地球に勝てるわけがない。
そういった事を、対イギリス侵略軍のストーニーはアンクに話し、アンクの親友になった。
そして、ストーニーは操られたアンクによって始末されたのだ。
火星陸軍を本当に動かしているのは、ラムファードだった。111日に1回、姿を現す。
アンクには妻がおり、ビアトリスといった。クロノという息子もいる。
ビアトリスは火星で教官をしており、クロノは火星の学校に通っている。
手紙の筆者は、アンクだった。自分に充てた、手紙なのだった。

そして火星帝国と地球との戦争が始まった。

アンクとボアズは後方支援部隊として行軍していたが、アンクは息子クロノに会うために抜け出した。
クロノは「ドイツ式三角ベース」という野球に似たスポーツの名手であり、それにしか興味がなかった。
火星の学校では、教えることがほとんどない。教育が(火星社会的に)役に立たないからだ。
ドイツ式三角ベースは、ラムファードが愛好しているスポーツだ。
アンクは堂々と学校に入っていき、フェンスタメイカー先生に「クロノと会わせてほしい」と話した。

クロノは、大人に嫌悪感を持っているようだった。14歳になったら頭にアンテナを取り付けられる。
そうなったらもう、命令に従う人形のようになってしまう。
「親父なんて興味ないや」とクロノは言った。母親も病院に行ってから、おかしくなってしまった。
アンクはクロノの耳に「俺がお前のお父さんだよ」とささやいた。
しかしクロノは無感動だった。「だったら何さ」と言った。
「ここから一緒に逃げ出そう」とアンク。
「地獄へ失せやがれ」とクロノ。この言葉にアンクは激しいショックを受けた。
「もう三角ベースをやりに行ってもいいかい」
「お前は……実の父親に向かって、『地獄へ失せやがれ』というのか……?」アンクは泣きだした。
クロノは慌てて三角ベースに戻って行った。

アンクの妻ビアトリスは、シュリーマン呼吸法の教師だった。
彼女もまた、病院に連れていかれ記憶7喪失になっている。かろうじて「クロノという息子がいる」ということだけを教えられていた。
使者がやってきた。ビアトリスへの伝言を持ってきたのだ。
使者はアンクだった。「俺の事を覚えているかね?」と聞くと、ビアトリスは首を振った。
アンクは「その時が来たらみんなで逃げよう」と言い、手りゅう弾を手渡した。
アンクを探しに警備兵がやってきた。
ビアトリスはアンクを自分の夫だと認めたが、どうでもいい事だと思った。
アンクは酸素不足で倒れた。

アンクは宇宙船の中で目を覚ました。
するとそこに、ラムファードと愛犬のカザックが現れた。
ラムファードは、マラカイが『アンク』になるまでの事を教えてくれた。
マラカイは火星行きの船に隠されていた女性を暗闇の中でレイプした。
電気をつけてみると相手はビアトリスだった。
彼は将官から兵士に降格された。彼は彼女に慙愧の念を覚えたが、ビアトリスは彼の事を覚えていなかった。そしてビアトリスは彼の子を身ごもっていた。
ビアトリスと息子のクロノの信頼を勝ち取ることがマラカイの人生の目標になった。そんな話をラムファードは聞かせた。
そこにボアズが、アンクを探しにやってきた。


火星と地球の戦争は67日間続いた。
地球側の死者は461名。
火星側の死者は149315名だった。
ここに火星軍は滅亡した。
(ここの描写、かなり笑えるんだけど、細かく書かなくてもいいかな)
火星軍は、都市警察の武器レベルの武装しか持っていなかった。
核ミサイルを持つ地球に敵うはずがなかった。

戦争は、火星軍が月を占領したことから始まった。
その時、月には地球人の地質学者100人程度しかいなかった。
火星軍は戦意旺盛に「地獄の味を与える」と息巻き、散発的な攻撃を加えた。
それに対して、地球軍は核ミサイル276基を発射した。
火星軍唯一の勝利は、バーゼルの食肉市場の占領だった。
火星陸軍の自殺的な侵攻は、当然ラムファードの仕業だった。
火星陸軍が滅亡したことによって、地球人はミサイルを使い果たし、一枚岩となる事にも成功した。
ビアトリスとクロノは、火星軍最後の戦士として装備もなしに地球に送り込まれたが、未文化の地域に漂着した。
アンクとボアズも死んでいなかった。
ラムファードは、新宗教のためにアンクを利用しようと考えていた。

アンクはボアズの装置について触れた。彼の装置を、アンクは既に無効化していた。
ラムファードは新宗教を立ち上げ、未来の予言をしていった。彼の予言の奇跡によって、その宗教を確固たるものにしようとしていた。

あらすじ3(水星編)

水星はいつも歌っていた。
水星の生物は、振動を食べて生きていた。この生物は、一緒に並ぶのが好きらしい。
アンクとボアズは地球を目指していたはずが、水星に着陸した。
彼らの周囲に、ハーモニウムたちがやってきた。
ハーモニウムは「これはちのうてすとだよ」という文字を囲んだ。
これは、ラムファードがハーモニウムを動かしてアンクたちに伝えたメッセージだった。

二人は水星で3年過ごした。そこに愛犬カザックの足跡が見つかった。
ボアズはハーモニウム達と親密になった。彼らはボアズを慕い、ボアズは彼らに音楽を聞かせて喜ばせるのだった。
アンクがいつものように探検していると、洞窟内部に「ここから出る方法」が刻まれていた。
「宇宙船を逆さまにする」というのがその方法だった。宇宙船の感知装置は底面についているので、船体をひっくり返せば、また発射していく。
アンクは、ボアズに大ニュースを伝えた。
ボアズは、ハーモニウムから(というよりラムファードから)メッセージを受け取っていた。
「ボアズ、行かないで。僕らは君を愛してる」。
アンクとボアズが話し合っていると、ボアズは急に、テープレコーダーを監視なしでハーモニウムに聴かせてきたことに気づいた。
ボアズが駆け付けると、多数のハーモニウムは音楽の食べ過ぎで死んでいた。
ボアズは「別れよう」とアンクに言った。
ボアズは水星で、ハーモニウムたちを幸せにできて嬉しかった。人間よりも、ハーモニウムを好きになっていたのだ。
アンクは一人、地球へと向かった。

あらすじ4(再び地球編)

地球では、ラムファードが始めた「徹底的に無関心な神の教会」が30億の信者を獲得していた。
この宗教では、誰もがハンディキャップを背負い、長所を全て消すことで平等を実現しようとしていた。
アンクは地球に帰ってきた。
アンクは車に乗せられ、ラムファード邸に向かった。
アンクの息子クロノは悪童として育っていた。クロノとビアトリスも時を同じくして、ラムファード邸に向かっていた。この二人はラムファードがよこしたヘリコプターに救助されたのだ。
クロノの持っていた『お守り』が、未開のガンボ族に認められ、殺される事なく仲間に入れられたという。
ラムファードと愛犬が実体化し、拡声器からラムファードの声が響いてきた。

ラムファードは、マラカイが金持ちであるにもかかわらず、遊び人として無益な事しかしなかったことを糾弾し、憎むべき存在だと弾劾した。
更に「神に気に入られている」と嘯いたマラカイを弾劾した。
ラムファードは、記憶を失っているアンクに対して「君の本名はマラカイ・コンスタントだ」と言った。
そして、地球からの追放とタイタンへの隔離移住を命じた。
「これまでの人生で、たった一つでも良い事をしたというなら話してみたまえ。それができれば、移住を免除しても良い」とラムファード。
しかし、火星と水星の記憶しかないマラカイにそんなことができるわけもなかった。
(正直、マラカイが善良かどうかはともかく、火星人を絶滅させたラムファードほど邪悪な奴に弾劾されるなど、笑止千万なんだが……)

マラカイはストーニーという友人がいた、と語った。
ラムファードは「そのストーニーを殺したのは君だ」と言った(それもラムファードが洗脳したんだけどな……)
そしてラムファードは「マラカイは、私の妻ビアトリスを強姦し、そこでクロノが生まれた。
ビアトリスの罪は高貴な潔白さであり、想像上の純潔を守る事だけを考えていたのだ。
ビアトリスもマラカイと共に有罪だ」と彼は言った。
あなたが作った宗教のせいで、ウンザリするような地球を脱出する事に、何のためらいもないわ。あなた方はゴミクズのようなものよ」とビアトリスは言い、マラカイ親子3人は宇宙船に姿を消した。
さようなら、清らかで賢くて立派な地球人の皆さん」とビアトリスは言い、宇宙船はタイタンに出発した。

あらすじ5(タイタン編)

タイタンにはサロというトラルファマドール星人が一人、住んでいた。
彼は太陽系島宇宙に対して秘密のメッセージを携えてやってきたのだが、宇宙船の部品故障によって、タイタンで立ち往生してしまったのだ。
サロは異星の言語を学び、その上で秘密のメッセージを翻訳して伝えるという使命を受けているのだ。
サロは1100万歳で、年老いていた。
彼は部品を遠いトラルファマドール星に要求し、
地球に現れたストーン・ヘンジ、万里の長城、クレムリン宮殿などは、サロを励ますために、
トラルファマドール星人が地球人に作らせたものだった。
ストーン・ヘンジはトラルファマドール星語で「交換部品、目下製作中」という意味だった。
万里の長城は「落ち着け、私たちはお前の事を忘れたわけではない」
ネロの宮殿は「我々は最善の努力を続けている」
クレムリン宮殿は「おまえはそろそろ旅を再開できるだろう」
ジュネーブの国連本部ビルは「荷造りをして、いつでも出発できるよう準備せよ」という意味だ。

他にも、滅びた文明の多くはトラルファマドール星人がサロに送るメッセージのために作られたのだが、メッセージを送る前に崩壊してしまった文明も多かった。
トラルファマドールの現政治体制は3億年ほど続いていた。
サロは、他のトラルファマドール星人と同じように、機械だった。
彼は、「目的地に着くまでは、絶対に秘密のメッセージを開くな」と言い渡されていた。
サロは、ラムファードを友人と考えていたが、トラルファマドール星人がサロへのメッセージを伝えるために、地球を利用している事は言わなかった。、
ラムファードに嫌われるのが怖かったのだ。
サロは、ラムファードの火星軍創設に協力し、彼の新宗教にも協力した。

トラルファマドールには以前、機械以外の種族が住んでいたが、自分たちに奉仕をさせるために、機械を作り始めた。
機械は「生物に、生まれた目的はない」と彼らに伝えると、彼らは殺し合いを始め、それも機械が代行した。
彼らがいなくなった後、機械たちは自分たちで製造を始めた。

ラムファードとカザックがタイタンに実体化した。
二人は太陽黒点の影響で、体調を崩していた。
ラムファードは、サロに不快な態度を取り続け、彼を侮辱した。
トラルファマドール星人が、地球文化に干渉している事に彼は気づいたのだ。
(自分も火星陸軍に同じような事をやっていたくせに)
サロにはとても耐えられず、死にたくなった。彼はラムファードを友人だと思っていたのに、ラムファードはサロを「友だちごっこだ」と冷笑した。
そして「機械ごときが」と侮蔑した。
宇宙品の交換部品は、クロノが「幸運のお守り」として持っているとラムファードは言った。
太陽風の影響で、ラムファードとカザックは近々太陽系から吹き飛ばされてしまうらしい。
ラムファードはサロに、彼が携えている秘密のメッセージを教えるよう、強く要求した。
サロが悲しみにとぼとぼと歩いていると、タイタンに着陸したマラカイ一家に出くわした。
マラカイ一家はサロの異様な風体に驚き、クロノとビアトリスがサロに襲い掛かった。
サロは「さぁ殺せ……死んだ方がマシだ。いっそこの世に組み立てられて来たくはなかった」と言った。
そしてビアトリスに「私の昔の友人ラムファードがあなたを待っている」と伝えた。

ラムファードの元にマラカイ一家はやってきた。
ラムファードは一家に暖かい言葉をかけ、「トラルファマドール星人が、サロに交換部品を届けるため」に地球文明は操作されてきた、と言った。
ラムファードは彼らに別れを告げた。

タッチの差で、サロがやってきた。
「スキップ!(ラムファードの愛称)メッセージを持ってきたよ!……行っちゃった……」サロは虚ろに言った。
機械だって? 確かに私は機械だ。それでも私は命令よりも、友情を取ろうとした……もう遅いかもしれないが……」と言い、
サロはメッセージを伝えた。
秘密のメッセージは、「よろしく」という意味だった。
サロが一生を捧げたメッセージはそれだけだったのだ。
そしてサロは自殺を遂げた。自分の部品をバラバラにしてしまった。

マラカイ夫妻は74歳になっていた。
マラカイは『幸運のお守り』をサロの宇宙船にはめ込んだ。
彼の趣味は、サロをいじくりまわし、元通りに組み立て動かすことだった。
彼の息子クロノは、18歳の頃からタイタンツグミに混じって暮らすようになり、42歳の今もタイタンツグミに混じって暮らしている。
ビアトリスは、書き物をするのが趣味だった。
マラカイとビアトリスの間には、老年になってから愛が芽生えるようになった。
ビアトリスの家で、マラカイは彼女の本の話を聞き、水回りのチェックをしている間に、ビアトリスは亡くなった。
42歳になったクロノは、「お父さんとお母さん、僕に生命の贈り物をありがとう! さようなら!」と告げた。

墓からの帰り、マラカイの元にサロがやってきた。
今まで動かなかったサロだったが、実はマラカイの手で生き返っていたのだ。
「私を組み立て直してくれてありがとう」とサロは言った。
「バカバカしい使命で、はるばるこんなところまで旅してきたけれど、そのメッセージを届けに行こうと思う」とサロ。
マラカイが、ビアトリスを亡くした事を聞くとサロは同情を露わにした。
「君たちはとうとう愛し合うことができたんだね」
やっと私たちは気づくことができたんだよ。誰かに操られているにせよ、手近にいて、愛を求める人を愛することが、生きる意味だったんだ」とマラカイ。
サロは、宇宙船が治ったので地球まで送ってあげようか?と尋ねると、マラカイは頷いた。

マラカイはインディアナポリスに送り届けてくれと頼んだ。
白人が、インディアンを殺して絞首刑になった初めての場所。そこに共感を感じるとマラカイは言う。
サロは、マラカイが亡くなる前に幸福を与えてあげたいと思った。彼はマラカイに催眠術をかけた。

宇宙船は冬の早朝に着陸した。サロはバス停にマラカイを連れて行った。
「どこかいいホテルの側で下ろしてくれ、と頼みたまえ。今はどんな気分だい?」とサロ。
「トーストみたいにあったかだ」とマラカイ。
「幸運を祈るよ」と言い、サロは宇宙船に乗って去って行った。

雪によってバスが遅れ、その間にマラカイは亡くなった。
亡くなる直前、サロの催眠術によって、マラカイは幸せな夢を見ていた。
友人のストーニーが宇宙船に乗ってやってきたのだ。
「一緒に天国に行こうぜ。ビアトリスも君を待ってるよ!」とストーニーが言った。
「俺は天国に行けるのか……?」とマラカイが聞くと、ストーニーは言った。
天にいる誰かさんは、お前を気に入ってるんだよ!

感想

本作で登場する人々は皆、孤独を背負っています。
水星人としかわかりあえないボアズ。
タイタンツグミと共に生活していくクロノ。
たった一人、タイタンで長い時間を過ごしてきたトラルファマドール星人のサロ。
愛犬と共に転移し続けるラムファード。
伴侶と共に、家族以外の誰もいないタイタンで30年を暮らすマラカイ夫妻。

一方で、大衆・群衆は『より大きな力』に操られ、殺されていきます。
ラムファードのくだらない目的のために殺されていった火星人たち。
「よろしく」という一言を伝えるためだけに一生を棒に振ったサロ。

誰かに操られないようにするためには、孤独になるしかない。
その中で、「私を利用してくれてありがとう」と言うベアトリスの諦観の混ざった一言が、作者の厭世観と人間への微かな希望を感じられて切ない気持ちになりました。
終始、軽いタッチで描かれていく作品ですが根底には深い哀しみが宿る物語だと思います。

















天結いキャッスルマイスター感想

75点。

「姫狩り」よりは面白いが、「神採り」からはパワーダウン。3ヒロインの衣装システムが消えたのは悲しい。本作はフィアちゃんがかわいいけど、フィアちゃん以外の女性キャラはHシーン、イベント共に物足りない。

あと、これは神採りにもあった気がするけど、敵のランダムドロップアイテムがないと進めなくなるのはつらい……。
捕獲システムは面白いけど、(僕の育て方が悪いのかもしれないけど)生半可な鍛え方だと戦力にならない。
空間転移できるロズリーヌの眷属2人と、結騎は風が使える回復魔法ぐらい?
水の結騎とかどう使えばいいんだ……。

主要ユニットだと、カトリトちゃんがクッソ弱いので育てるのがつらかった。
というより、育てきれずに離脱イベントになってしまった(LV22じゃダメだったのか)。
もう一人、ミケユも守備が弱すぎて使えない……。
弱い順だと、主人公のアヴァロ君はかなり弱め。
同じく修復ができるディートヘルムの方が遥かに強い。

ロズリーヌも尖った性能で使いやすいとは言えないかなぁ。

ヒロインのフィアちゃんは回復薬だけど、案外守備も固いので頼りになる。
守備が硬い重戦士がリシュエンツェーリ(名前覚えにくい)。
逆に装甲を犠牲にして火力に振っているのがイオル。回避能力が高いのと、移動力が高いので戦う機会が多い。
キスニル、ミクシュアナはバランス型で、特にキスニルは使いやすい。ミクシュアナは飛べるのがメリット。

まぁ、カトリトとミケユ以外の主要キャラはうまく使っていくしかないけどね。

お金は結構余るので、治癒の水、闘技の水、勇壮の水と、状態異常回復系を大量に買い込んでおくと良い。
一周目は闘技と勇壮は小だけで十分。治癒は大もあるといいけど、特大までは要らない。

マイスターシリーズは属性が重要なので、武器は捨てず(解体せず)属性ごとに持っておくべき。
あとは、装飾品の付け替えが結構面倒くさいです。


総じて、マイスターシリーズよりも戦女神みたいなオーソドックスなRPGが好きなんだけど、
それはともかく、やっぱり前回の3ヒロイン制が良かった気がする。
各キャラ、ユニットとしてはかなり使っているわけだけど、全ヒロイン2つずつしかHシーンがないし、
イベントも多くなく、フィアちゃんに特化しているので寂しい。フィアちゃんはかわいいけどね。

欧州サッカー23-24 展望

「えっ、もう開幕??」という感じで、あまり実感がない&情報もあまり仕入れていない状態で、
サッカーが開幕してしまいました。

移籍市場が閉まるのがまだなので、現時点での暫定でしか記事を書けないのも何とも言えない気持ちですが(最終陣容がわかってから書きたい)、まぁ始まっちゃったものは仕方ない。
とりあえず書きます。

☆イングランド

今年もリーグの面白さ・競争力の高さではイングランドが一強。
その中でもマンチェスター・シティの完成度は凄まじく、本命中の本命です。
懸念は、去年3冠を取った事でのモチベーション低下(満腹感)ぐらい。

2番手はアーセナル。一昨年の冬ぐらいから急速に質が高まってきたアルテタ監督のアーセナルは、去年ついに2位という大輪の花を咲かせ、オフにもライス、ティンベル、ハベルツと積極的に動きました。
頼れるFWがジェズスぐらいしかいない点など、不安はありますが2番手でしょう。

もう一つの2番手候補はマンチェスター・ユナイテッド。
GKオナナの獲得により、テン・ハーフ監督のやりたいポゼッションサッカーへと着実に移行している気がします。大金を積んで獲得したホイルンドがそこまで凄い選手なのかが見て見ないとわかりませんが、仮に期待外れでも去年よりもマイナスではないわけですから、2~3位は十分狙えるでしょう。

4番手は少し落ちてリバプール。
中盤の脆弱さが去年の失態を招いた原因ですが、2増(マク・アリステル、ショボスライ)2減(ヘンダーソン、ファビーニョ)で、若返りには成功していますが選手層の薄さは相変わらずです。
ヘンダーソンは衰えも若干目立ちましたが、ファビーニョをサウジリーグに引き抜かれたのは痛い。
ただ、基本的に魅力的なサッカーを見せてくれるチームなので応援します。

ここからが団子状態ですが、個人的に興味があるのはケインが抜けたトッテナム。
日本にも縁の深いポステコグルー監督の元で、どれだけ立て直しができるのか。
正直、BIG6から滑り落ちた感が否めませんが、それを確かめるべく見る事にします。

こちらも建て直し中のチェルシーは、使ったお金だけなら世界一でしたが、結果は絶望の12位。
ポチェッティーノ監督が来てくれたので、彼が解任されなければ、6位ぐらいまでには入ってきそうですが、あの会長はすぐクビを切るので、トッテナム以上に爆弾を抱え込んだチームですね。何が起こるかわからないスキャンダル性はありますがw 別の意味で目が離せません。

後は、ニューカッスル、ブライトン、アストン・ビラあたりが上位を狙えそうなチームか。
ブライトンは三苫を抜きにしてもデ・ゼルビ監督のサッカーは面白いので、注目してよいと思いますが、マク・アリステルと(現時点では決まっていませんが、恐らく)カイセドを引き抜かれるのは痛い。


☆イタリア

去年はスペインの凋落とナポリの快進撃、CLでの大躍進により、イタリアの復権を印象づけるシーズンでした。
今年はスペインのやや復調と、ナポリの弱体化により、遂に取り戻した欧州2番手の位置を再びスペインと争うシーズンになります。

とにかく優勝候補にお金がない団子状態のリーグで、始まってみるまで優勝チームがわからないのが
ある種の興味をそそるリーグで、これといった優勝候補がありません。
強いて挙げるなら1番手はインテル、か。
シモーネ・インザーギ監督の下で2年連続素晴らしいサッカーを見せ、去年はCL準優勝、セリエA2位という、質に相応しい結果も手にしました。
ただし、オーナーにお金がなく(サッカー好きで、よくスタジアムに来るので印象は良いですが)、
ローンバックも含めると、今年もオナナ、ハンダノビッチ、ブロゾビッチ、ジェコ、ルカクらがチームを去りました。
獲得した大物はGKゾマーとFWマルキュス・テュラムぐらい。テュラムは大柄ではあるものの、ジェコ、ルカクとはタイプが違う印象があり、ゾマーはシュートストップ能力なら世界有数ですが足元の技術は巧くありません。
繋ぐサッカーを志向するインテルにとっては、戦力ダウンになります。

2番手はミラン。
このチームは、真新しさも何もありませんが、堅実です。
トナーリが抜けた穴は大きそうですが、ロフタス・チークも獲得。4位以内には確実に入るでしょう。

3番手はナポリ。
失った戦力はキム・ミンジェぐらいですが、優勝の立役者スパレッティ監督が出て行ってしまったのは大きい。ルディ・ガルシア新監督の手腕には疑問が残りますし、
目立ちたがりのデ・ラウレンティス会長のせいで、空気が淀んでいるように感じます。
机上の戦力では、クワラツヘリア・ジェリンスキ・オシメーン・アンギサ・ロボトカといった超主力は健在で、全然優勝を狙えるチームなのですが。

4番手はユベントス。こちらも戦力上では優勝候補ですが、金欠・アッレグリ監督の旧態依然としたサッカーにより、くすんで見えます。
戦力ベースはしっかりしているので、6位以内には確実に入ってくるでしょうが、悪い意味で代わり映えしない印象があります。

その他、ラツィオ、ローマ、アタランタあたりが引き続き注目になりそうですね。

☆スペイン

長く守り続けた欧州2番手の位置をイタリアに奪われ、下手をするとドイツと並ぶところまで落ちそうな勢いでした(主観)が、かろうじて踏みとどまり、今シーズンは暫定2番手としてシーズンを迎えそうです。
その意味では去年よりは面白くなりそう、かなという感じですね。

このリーグの問題点は、バルセロナ・レアル・アトレティコの3強以外が優勝争いに全く絡んでこない点。
そして、この3強のサッカーが別に面白くない点です。

優勝候補1番手は、安定感でレアル。
ベンゼマの抜けた穴は大きいと痛感しますが、変に大物を取るよりも、ロドリゴ・ヴィニシウスに、べリンガム・チュアメ二・カマビンガの若手たちが活き活きプレイする方が、躍動感のあるサッカーができるのではないでしょうか。困った時には大御所のモドリッチも控えていますし。
ただ、最終ラインのクルトワの重傷・ミリトンも重傷なので、補強は必須。特に前者の補強が満足にいかなければ、優勝候補は取り下げます。ルニンじゃ無理です。

2番手はアトレティコ?
長年続くあまりにも退屈なシメオネ・アトレティコを見せられ続けたせいで、去年はとうとう見る気をなくしてしまったのですが、昨シーズンの後半に化けた、面白くなった!という声をよく目にするので、
「そんなバカな……10年以上退屈なサッカーを続けてきたシメオネ監督のチームやぞ?」と思いながらも、今年は一昨年以前と同様、注目してみる事にします。
グリーズマンがとにかく素晴らしいようで、好きな選手でもあるので楽しみです。
去年一年間の知識が抜けているのであれですが、堅守も恐らく健在でしょう。


3番手はバルセロナ。
ネグレイド事件(審判への贈賄事件)のお咎めがなかったり、近年のブラック企業体質により、すっかり愛も冷め切ってしまいましたが、曲がりなりにも去年の優勝チームです。
普通に考えて、勝ち点剥奪などの処分があるのが妥当だと思うので、個人的には納得していませんけど。
ピッチ上では、ブスケッツ、アルバといったベテランが去り、ギュンドアンがやってきました。
ペドリ、ガビ、フレンキーの中盤3枚と最終ラインのアラウホ、クンデ、バルデといった若手たち(クンデ、フレンキーは中堅か?)の更なる成長を楽しみつつ、
アンス・ファティやフェランの復活にも期待しつつのシーズンで、優勝した去年と比べて戦力が下がっているわけでもないので(デンベレ? あいつは最初から戦力に数えとらん)、普通に優勝候補です。

その他勢では、EL番長のセビージャが定位置の4位に帰還するのか、ぐらいしか楽しみがないですかね。
ベティス、ソシエダは去年も良いサッカーを見せていましたが、ソシエダはダビド・シルバの引退が悲しすぎますし、ベティスもカナレスが引き抜かれたからなぁ……。


☆ドイツ

去年は、内心スペインより楽しみにしていたドイツでしたが、結果は大苦戦の末ではありましたが、
やっぱりバイエルンの優勝。
そして、今年はバイエルンも手綱を引き締めており、その上で娯楽性に富んだナーゲルスマン監督もいないので、個人的な魅力序列は再び低下。

ドルトムント、ライプツィヒは主力を引き抜かれ、今年は観る前からバイエルン優勝が決まっているので、見なくてもいいかな、ぐらいの位置まで落下しました。
やっぱり優勝チームが最初から決まっているリーグはつまらないよ……。


☆フランス

こちらもどうせパリが優勝のフランスリーグですが、去年2位だったRCランスが少しだけ気になるんですよね。
まぁ、前回『少しだけ気になる』といったリールはそのシーズン、普通に凡庸だったので、結局パリだけ見てればいいじゃんなリーグかもしれませんが。
そのパリも、色々大騒ぎのようで、国内リーグは恐らく優勝できるでしょうが、CLを制覇するのは現体制ではもう無理だと思います。


まとめると、去年はスペインを大幅に削り、イングランド・イタリア・ドイツ・スペインの優先順で見ていましたが、
今年はイングランド・スペイン・イタリアと、従来どおりの優先順で見る感じですね。
これもまた、移籍市場が閉じるまではわかりませんけど。

CLの記事は別途書きます。

フィリップ・K・ディック「ユービック」解析

ディックらしさを感じさせつつ、『頭でっかち』ではなく娯楽性の高い良作

ネタバレあり

前置き

ディック作品に関しては、話がややこしくSF的なギミックが使われているため、用語解説から入るのが定番でしたが、今回は必要ない……かな?

プレコグ(未来予知者)・テレパス(心を読める)といった、
いつものエスパーが出てくる以外は、前知識として必要なものはないかもです。

あらすじ前半 爆発まで

1992年6月(書かれたのは60年代なので未来です)、ランシター合作社が追っていたホリス(ランシターの不倶戴天の敵らしい)所属のテレパスがまたも姿を消した。
最近、異能力者の失踪があまりにも多い。
今回も敵テレパスを不活性者(反超能力者:能力を無効化できる人間)が尾行していたところ、見失ったのだ。

ランシター合作社は、反エスパーの警備会社。
ホリス所属のプレコグ、テレパスなどの異能力者の犯罪に対する、警備会社である。

ランシターは亡くなった女房に相談することにした。
フォーゲル・ザングの経営するモラトリアムに、ランシターの妻エラは安置されている。

モラトリアムとは、亡くなった人間を冷凍保存することで、限られた時間分だけ復活させることができるシステムだ。
例えば2000時間ぶんの半生命が残っているならば、1時間を2000回使ってもいいし、10分を12000回使ってもいい。
もちろん維持費はかかるけれども。
半生命の寿命が尽きれば、今度こそ本当の死を迎える、ということになる。

モラトリアムにランシターがやってきた。
エラは20歳で亡くなったが、非常に頭脳明晰な女性だった。
ランシター合作社の共同経営者として社の重要な決断には、常に彼女の助言を頼りにしている。
ランシターがやってきたのは2年ぶりだ。
彼は既に80歳だ。人口内臓などを多数利用していることだろう。
エラの美しい目はもう開くことはない。表情が動くことはない。
けれど、ヘッドフォンをつけ、機器を使うことで話をすることができるのだ。

エラは夢を見続けていた。それも、他人の夢を。
半生命同士の精神が融合して、他人の夢を見続けていると言うのだ。
ランシターはエラに、メリポーニ失踪の話をした。
一年半前に彼が探知されて以来、常に監視してきた、強力なエスパーなのだ。
「テレビの広告を強化し、大衆に注意を促すのよ。つまり……」とエラは言いかけ、一度遠のきかけ、また戻って来た。
エスパーがいなくなったことで、反エスパーの需要がなくなったことも問題だし、
エスパーが集団で隠れて何をしているのかも気がかりだった。

エラの反応が途絶えた。
と、突然「僕の名前はジョリーだ!」という声が聞こえた。
「僕はジョリーだよ。誰も僕に話しかけてくれない。だからしばらくおじさんと話したいんだ。おじさんの名前はなんて言うんだい?」
「こちらは金を出して妻と話に来ているんだ。エラ・ランシターだ」
ミセス・ランシターは知っているけれど、やっぱり生きている人と話したい、プロキシマへの星間旅行はどうなっている?などと喋るジョリーを無視し、ランシターはモラトリアムの職員を呼びに行った。
責任者のザングが言うには、冷凍保存されているエラの棺がジョリーという少年の隣に安置されているのだという。そのため、霊波が融合したり、一方通行が起こったりするというのだ。
「あいつを妻の心から追い出して、妻をわしに返してくれ! さもないと告訴して、営業停止に追い込んでやるぞ!」とランシターは激怒した。

個室に入れれば、脳が混線することはなくなるが、夢の中で反生状態の人々と交わる事が出来ない。
ジョリーの脳波はエラの中に、半永久的にもう混在しているという。

パットの過去遡行能力

ジョー・チップは伝送新聞機の太陽系ニュースを読んでいた。
「人間嫌いの大富豪スタントン・ミックは、未曽有の巨額融資を受けている。いったい何を企んでいるのか」というニュースだった。

ランシター合作社のスカウト、アシュウッドが訪ねてきた。
ランシターに紹介する前に、チップの元で19歳の女性不活性者の有望株をテストしたいという。
超能力を持つ親に対して、中和能力を発達させる形で、不活性者になるパターンは多い。彼女の親もまた、プレコグ(未来予知者)だそうだ。
ジョーの住むマンションは、ドアを開けるだけで5セントをドアに要求されるのだが、ジョーは無一文で、それすら払えないのだった。

「こちらはパット」とアシュウッドが言った。
パットの能力は反プレコグだという。それも時を逆行するというのだ。
過去に行くことはできないが、過去を変えることができる。
変えたい過去を思い浮かべ、強く念じる事で、できるのだ。
彼女の父は、パットが子供の頃、彼女が像を壊す未来視をして一週間も前から彼女にお仕置きをした。
パットは悔しくて像が壊れた後、悔しくて像が壊れない過去を思い浮かべ続けた。
ある日、像は元に戻っていたが、両親はそれに気づかなかった。

パットのいたトピーカのキブツではシャワーも扉も無料だった。
パットは服を脱ぎ始めた。ジョーは喜びながらもそれに仰天し、パットに本当にいいのか?と聞いた。
すると、パットは言い始めた。
服を脱がなかった未来では、ジョーが反能力テストを改竄したという。
その証拠の紙片をパットは彼に突き付けた。
これをもってしても、パットの能力はもう確認されたようなものだ。
それでもジョーがテストを強行しようとすると、
「自分が外に出るために、ドアに払うお金さえない官僚主義者のくせに」とパットに言われてしまった。
ドアを開けるにも、冷蔵庫を開けるにも、シャワーを浴びるにも、何をするにしてもお金を取られるのだ。
反プレコグの能力をジョーの機械でテストするなど不可能だ、とパットは言う。
過去に作用して、過去で力場が発動するのに、現在の力場を図っても意味がないのだ。
ジョーは、こっそり『社にとって有害、危険人物』と書き込んだ。

ランシターはニューヨークの自社へと戻って来た。
反能力者への広告の頻度を高めたいという。

女性客のミス・ワートがやってきた。社内でホリス側のテレパスの被害に遭っているという。
しかし、ミス・ワートは急げというばかりで詳細な情報を明かそうとしない。
そこで、ランシターは自前のテレパスを隣室に呼び寄せ、ワートを探らせることにした。
テレパスの報告によれば、ミス・ワートは大富豪で人間嫌いの変人、ミックの配下であり、ルナでの仕事を頼みに来たのだという。
ミックは40人の不活性者を、大金を叩いてでも手に入れたいと考えていると、テレパスは言った。
しかし、ミックは大金持ちだということが知られているため、足元を見られるのが嫌さに、
身分を隠そうとするのだという。
消えたホリスのテレパスたちは、ひょっとするとミックの所に潜り込んでいるのかもしれない。

ランシターのところに、ジョーとパットが来ていた。
ランシターはジョーの、パット能力査定表を見た。
優秀だが、裏切りの可能性がある危険人物だと書いてある。
ミス・ワートは「11人の不活性者」が欲しいと言った。
ランシターは初任給をケチり、低額でパットと契約した。

反テレパスのティッピー・ジャクソンは、仕事が急になくなったのでたくさん寝る事にしていた。
ある日、ホリス側の最強テレパス兄弟が夢の中に現れた。彼らはビルとマットと名乗り、「今に俺たちがお前を消すという事さ!」と彼らは言った。
ランシターからの電話でティッピーは目覚めた。

ミックへ投入する11人の選抜メンバーに、ティッピーが選ばれたという。
ティッピーの夢には、読んだこともない詩が出てきた。
そのこととホリス側のテレパス&プレコグの兄弟の事を伝えた方が良いのだろうか、とティッピーは不安になった。

ランシターはパットの事を、反プレコグではなく、過去遡行ができる能力者だと考えていた。
ジョーは、パットを危険人物だと書いてきたくせに、11人のメンバーに入れるようにごり押しをしているという。ランシターはジョーの心の狭さを見破っていた。
11人のメンバーが、ランシターの元に集まった。
パットもそのメンバーに入っていた。


と、唐突にランシターはアメリカの古銭コレクションをウィンドウショッピングしていた。
ランシターは古銭になど興味がないのに。
彼は、11人のメンバーを集めたが、何の仕事をしているのか忘れてしまった。
去年、心臓発作で引退したことをランシターは思い出した。
しかし、今しがたオフィスにいたこともまた思い出した。
眼をつぶると、また11人のメンバーと共にオフィスの中に戻っていた。パットの事を彼は思い出せなかった。
パットが、また過去変更の能力を使ったらしい。
彼のオフィスは、いつの間にか上品な美術品がなくなり、粗野な美術品が飾ってあった。
それについて、ジョーだけが気づいていた。
「ここで夫婦喧嘩はやめてくれ」とランシターは言った。
「夫婦喧嘩!?」
パットの指には結婚指輪がハマっていた。1年前、ジョーは彼女に指輪を贈った事を思い出した。
「なぜ、スタントン・ミックがわが社ではなく、他の会社に契約を持ち込んだのか、考え直さなければならん!」とランシターは言った。
ジョーは、パットが何か超能力を持っていた気がした。別の時間線でそれについて聞いた気がする。
パットはランシター社では働いていなかった。ただ、夫のジョーについて食事に立ち寄っただけだった。
パットについて調べると、ジョーのテスト報告書が見つかった。
そこには、アンダーラインされた二つの✖印「危険人物」のマークがあった。
ランシターは急に思い出した。やはり、ミックの依頼はランシターに持ち込まれたのだ。
パットに何ができるのかをランシターが尋ねたところ、パットはその能力を見せたのだ。

11人の一人、スパニッシュ・フランセスカは記憶を持っているようだった。
「誰かが、私たちみんなを異世界へと連れて行きました。そして、私たちはまたここに戻ってきました」と言う。
「それはパットだよ」とジョーは言った。
アポストス氏は「昨夜遅く、ホリスの手先の2人と接触した」とジョーに告げた。
テレパスとプレコグが連携を取っているらしい(恐らくフランセスカのところに現れた兄弟)。

11人の反エスパー+ジョー・ランシター・ワードの14人はルナに到着した。とはいえ、ランシターは11人の活動が始まったら地球に帰るという。
皆が、ビルとマット(ホリスの手下の兄弟)の夢を見ていた
そこに、スタントン・ミックが皆の前に現れた。
ミックもワードも念力場測定を禁止させたがったが、ランシターはテストを続行した。
結果は、念力場は存在しないとのこと。つまり、ランシター一行以外のエスパーは周囲にいないということだった。
ランシターは早急にここを離れる事を決めた。
するとスタントンは自爆型爆弾を使った。理由はわからないものの、敵の罠だったのだ。

あらすじ2 中盤・後半 爆発後

ランシターは瀕死の重傷を負った。
スタントンは、ホリスの変装だったのかもしれない。
11人の反エスパーとジョーは、瀕死のランシターを冷凍保存装置に入れた。
これで、彼はすぐには死なないはずだ。
なぜ、奴らは我々を逃がしたのだろう。やはり爆弾の位置がまずかったのだろうか?
あの爆発の後、煙草が古び、突然みんなが老い始めた
しかしなんとかルナから脱出し、地球に帰還することができた。

皆は、ランシターとエラを同じ安息所に移送する事に決めた。
ジョーは店でコーヒーを頼んだ。ミルク・クリーム付きだ。しかしクリームは腐っていた
コーヒーにはカビが浮いていた。物体が急速に古くなっている
「この世界の煙草は全部干からびているんだ」とジョーは言った。
ランシター合作社は、今現在、暫定でジョーが社長代理ということになる。
ジョーは公衆電話に入り、北米連合の25セント玉を払ったが、コインは吐き戻された。よく見ると、吐き出されたのはとっくの昔に廃止されたアメリカ合衆国の古銭だった
ジョーはホリスに映話をかけ、宣戦布告をした。

「まず、本物のスタントン・ミックが敵対してきているのか、何者かがミックの振りをしているのかを確かめるべきだ」。
ランシターの声が、ジョーの電話から流れた
今までのミックは、素行に問題のある人物ではなかった。
また、ランシター殺害のニュースはまだ流れていなかった。

安息所のザングがやってきた。アルから電話がかかってきたという。
エラに相談してみては、ということらしい。
もう一度ジョーは受話器を上げてみたが、ランシターの声は聞こえなかった。
(アル伝いに)ザングから、「ゆうべ一夜を共にした女性はどうしたんですか?」と聞かれ、ジョーはきょとんとした。
ゆうべは誰も来なかった。ジョーが惹かれているウェンディも、パットも姿を見せていない。
それ以外の反エスパーは現在ニューヨークにいないという。

クローゼットの中に、黒蜘蛛にも似た頭髪とカラカラに干からびた女の死体が、転がっていた。
高温で長時間焼かれたように見えるその死体は、あの爆弾の熱風によるものだろうか。
かろうじて顔の見分けがつくその死体は、ウェンディだった。
ザングは仰天し、ジョーに「ここからすぐに出た方がいい!」と言った。
しかしジョーは『古くなった』のだと思った。
浮きカスのついたコーヒー、干からびた煙草、使えなくなったお金。
ウェンディの死体も古びた
のだ。
ザングは、放射線被爆だろうと言った。しかし、それなら皆が同じ死に方をしなければならない。
あの爆発がいたとき、居合わせた皆と合流しなければならない、とジョーは決めた。

生き残った皆は集まって、ジョーの帰りを待っていた。
紙マッチの広告を見ると「ランシターは冷凍槽の中でもう400……」と書いてあった。
それ以外の減少は老化と衰退だが、これだけは別だ
皆は、紙マッチの広告に連絡する事にした。
この紙マッチは、イーディ・ドーンが先週から持っていた紙マッチなのだ。
送り先はチューリッヒ・デモインとのことだ。
テレビを見ようとコインを取り出したが、コインにはランシターの顔が刻まれていた
他の紙幣にもランシターの顔が印刷されていた
これはランシターの願望じゃないか、という説も出たが、紙マッチの広告に自分を出す事が願望?という反論も出た。
そこにジョーが帰ってきた。
ウェンディの死体を見て、アルは「神よ……」とつぶやいた。

ものが古くなる衰退現象と、ランシターの唐突な出現ランシターは何かを伝えたがってるのかもしれない
アルとジョーは、ランダムに選んだ町ボルティモアで、このランシター紙幣が使えるかどうか、街の様子はどうかを探りに行くことにした。


2人はまず、ボルティモアのスーパーマーケットに向かった。
自販機ではランシターコインが通用した。しかし購入した煙草は、手に取る間もなく干からびた。
客の老婦人は、「家に帰る前に植木鉢が枯れていた!」と不満を訴えていた。
それに、サタデー・イブニングナイトも1年前のものだった!と老婦人は憤懣やるかたない。
煙草の箱の中には紙が入っていて、ランシターのメモが見つかった
「とにかく対応を一緒に考えたい。ウェンディの事は残念だった」と書いてあった。
他の煙草もまた、ぽろぽろと崩れていったがメモは入っていなかった。
『衰退』と『ランシター』との勝負が全宇宙で始まっている、とアルは思った。
2人はテープレコーダーを買って、ニューヨークに戻る事にした。
ランシターからのメッセージが入っているかもしれない。

2人はランシター合作社に戻り、テープレコーダーを修理することにした。
修理工場の職長は、「飼っていた鳥が朝死んでいた」という。
「あのテープレコーダーはもう40年も前の型だ」と職長。
ボルティモアのスーパーマーケットには冷凍食品がなく、缶詰が多数あった。
ルナでの一回の爆発が、なぜボルティモアの、それもあの爆発とかかわりのない老婦人にまで影響しているのだろうか。
「ひょっとしたら、我々が行った時だけ、あのボルティモアも、あの店も現れるのかもしれない」とアル。
テープレコーダーの販売元は、紙マッチと同じ、チューリッヒ・デモインとあった。
デモインはランシターの故郷だった。

アルとジョーの元に、エレベーターがゴトゴトと音を立てて到着した。昇降係が運転している。
エレベーターに乗ろうとしたジョーに、乗るな、とアルは言った。
今朝は、無音の普通のエレベーターだったのに、今やガタゴト音を立てている古びたエレベーターなのだ。
アルが忠告すると、エレベーターは突然最新のエレベーターに戻ったが、彼は警戒を怠るべきではないと思った。
しかしジョーは、最新のエレベーターしか見ていないという。
2人の間にも、差が表れ始めた
そして、アルは体調を崩し始めた。アルは手洗い所の壁に落書きを見た。
ランシターの筆跡で、「わしは生きとる、君らは死んだ」とあった。
我々は、あの爆発で半生状態なんだ。ランシターじゃなく、俺たちが殺されたんだ。
彼は必死で、俺たちの霊波を探している。だからメッセージを送ってくるんだ

とアルは話し、「もう俺はダメだ」と言った。そのまま、アルは手洗い所で倒れ、亡くなった。

トイレから戻ると、会議室には誰もいなかった。皆が消えていた。

ランシターの死がニュースに流れた。
その直後、テレビCM風にランシターの声が、「固まったミルク、古風なすり切れたエレベーター、そういったものは、ユービックのスプレー缶をぱっと一吹きするだけで、消え去ってしまいます」と言っていた。

ユービックとは現実補強材だという。そして、ユービックはジョーの自宅に届いているらしい。
ジョーが話しかけても、ランシターは反応を示さず一方的に喋っていた。
これは生前のランシターが撮っておいたCMなのだろうか。
プレコグによって彼は自分の死を予知していたのかもしれない。

テレビでは1930年代のソープ・オペラが始まった。
アパートの中を歩き回ると、写真が飾ってあったがどれも、ランシターの写真だった。
赤ん坊の頃のランシター、若い頃のランシターの写真だ。
プラスチックではなく、牛革の紙入れが置いてあった。
新聞はと見ると、1939年9月11日の新聞で、「フランス軍が、ドイツに鉄槌!」というニュースが載っている。
第二次世界大戦が始まったばかりで、フランスは自国が優勢だと思い込んでいるのだ。

荷物(ユービック)はどこに置いてあるのだろうか? 郵便箱というものがあるはずだ。
ジョーの自宅は20階のマンションだが、エレベーターを降りるのは怖かった。
しかし、階段で20階分を降り続けるのもつらいものだ。
郵便箱の中には「ユービック肝腎香油」という文字が書いてあった。
鎮痛剤のようだ。
ユービックまでが退行してしまったのだ。

昔の自動車で、ジョーは移動し始めた。
デモインに行きたいと、飛行機のチャーター会社に行って紙幣を出したが、偽札だ、と言われてしまう。仕方ないので、39年型の自動車を譲るから飛行機に乗せてくれ、とジョーは交渉した。
しかし、39年型の車は消え、28年型のフォードにまで退行してしまった
ユービックもまた退行していた。ユービック回春エキス。
そのユービック回春エキスに、飛行士が興味を示し、デモインまで運んでくれた。

コインは1840年発行のものまで混ざり始めていた。
世界は1939年のまま安定しており、1日間1939年のままで止まっている
飛行士のブリスはナチスよりもソ連の方が嫌だ、という。
ナチスに対して好意的で人種差別を平然と口にするブリス氏に、ジョーは嫌気がさしてきた。
ブリス氏はランシターを知っていた。

デモインに着き、ジョーはようやく生き残った皆と会う事ができた。
ウェンディとアルの死について皆に伝え、お互い情報交換をすることにした。
エアゾールのスプレー缶、「ユービック」の夢を見ると、フランセスカは言う。
「ユービック」という単語はないが、似たようなラテン語の単語があり、『あらゆる場所』という意味だそうだ。
一人で仲間から離れると一気に老化が進み、生き残れない。
イーディ・ドーンがいなくなっていた。疲れたと言って、ホテルに戻ったらしい。

パットはなぜ能力を使わないのか、とジョーは思った。
時間を戻して、イーディが単独行動を取る前に戻せないのか、と皆も言う。
それに対してパットは、あの爆発以来、過去遡行能力が使えなくなったという。
皆が死に、半生命の世界なら当たり前かもしれない。
イーディのホテルに向かう途中で、ジョーが運転する車は警官に止められた。
曲がる際に、手信号をしなかったからだ。
違反切符を切られたが、その切符にはランシターの筆跡で『君は思ったよりも大きな危険に晒されている。パットの言う事は……』文字はそこで止まっていた。
また、違反切符には『アーチャー薬局』の広告が印刷されていた。
ジョーはアーチャー薬局に向かう事にした。

アーチャー薬局は、突然現代のドラッグストアに変わったり、アーチャー薬局に戻ったりしていた。
ジョーはアーチャー薬局の姿をとっている時に、扉を開いた。
アーチャー薬局でユービック軟膏を手に入れようとしたが、ユービックは改良されたという。
40ドルという金額を聞いて、ジョーはクレジットカードを取り出したが、店主は首を傾げた。
小切手も受け取ってもらえなかった。
ユービックの成分表を眺めると、そこにはランシターの筆跡で『パットは嘘をついている。彼女は能力を使って助けることをしなかった』と書いてあった。
ジョーは店の外に出た。振り返ると、そこは廃墟になっていた。
イーディ・ドーンは死に、ザフスキの姿がなかった。どんどん仲間が少なくなっていく。

ジョーはパットを詰問した。
ホリスに寝返ったスカウトのイシュウッドが、パットをランシター合作社へ送り込んだのだろう

ジョーは極度の疲労を感じた
デニーが「ジョー、どうしたんだ。亡くなったイーディと同じような顔をしてるぞ!」と言う。
デニーが医者を呼んでいる間、パットがジョーの側にいた。
ジョーがエレベーターの所に連れて行ってくれと頼むと、パットはスタスタとジョーに全く見向きもせずに、歩いて行った。ジョーは必死についていき、エレベーターに向かった。
旧式のエレベーターがガタガタと音を立ててやってきた。とても乗る気にはなれなかった。
ジョーが階段を登るのを、パットは側でニヤニヤと見守っている。
「ひょっとするとウェンディも同じことをしたのかもしれないわね」と、パットはサディスティックな笑みを浮かべた。
「ウェンディと同じくらい退屈な男ね」と嘲笑い、パットはホリスの手下であることを認めた(これは本当なのかしら?)

ジョーが何とか自室にたどり着くと、パットは「もう貴方も終わりでしょうし、病院に送ったって言っておくわね。それじゃ」と言うと駆けだした。

ジョーが部屋で一人になるとランシターが姿を現した。
ランシターはユービックを取り出し、スプレーを続けた。

ユービックのスプレーによって、ジョーは一命をとりとめ、エネルギーが少しずつ戻って来た
パットがユービックを何度も何度も退行させ、無価値にしてしまった」とランシター。
1939年というのが彼女が戻れる過去の限界だった。
しかし、爆発だけではいけなかったのだろうか? 何もパットの能力で1939年まで退行する必要はない
ジョーの考えでは、むしろこれはホリスの悪質な罠というよりも、殺人を喜ぶような子供っぽく邪悪な意図を感じた
ホリスならば、もっと冷徹に、効率的に手を下すはずだ。
パットは意地悪で嫉妬深い。ウェンディを最初に殺したのは、嫉妬のせいだ。彼女は、サディスティックな女だ。
ランシターは外側からここに入り込んでいた。この世界のあちこちに顔を出す。
テレビコマーシャルも録画ではなかった
のだ。

皆は安息所の冷凍槽の中におり、ランシターは面会サロンに座っている。
11人のエスパーを、集団として相互接続させている、
と彼は言った。
しかし、ジョーはランシターが嘘をついている、と言う。
「ランシターもまた本当の事を知っているわけじゃなく、敵が誰かも知らない」と。
ジョーは、ランシターの干からびた死体を見たのだ。
「貴方は、ユービックが何であるかすら、知らない」。
「……その通りだ。だが、私は君たちを助けたかった。それだけは事実なんだ」。
この世界では、我々を助けようとする力と、我々を滅ぼそうとしている力がある。ランシター、あなたが我々を助けようとしている事を信じます」
ランシターはパットが敵であると思い、ジョーはそうは思わないと言った。

ランシターは安息所の所長ザングに、「やっと、ジョーと連絡が取れたよ」と言った。
うちの組織は根こそぎにされた。企業活動を再開するには何年もかかるだろう。
とにかく、エラに今の事を伝えよう。ジョリーがまた邪魔をしなければいいが、とランシターは思う。

デニーが医者を連れ、ジョーの部屋に入ってきた。
ジョーは、ランシターからの交信を、デニーに話した。
デニーが言うには、この1時間で、ジョニー以外は衰弱死してしまったという。
残り少ないユービックを、デニーは自身にスプレーした。
するとデニーの姿は消え、思春期の少年の姿が現れた
不気味で不細工な少年が、せせら笑っていた。
「君は誰だ……」とジョーが尋ねると、
ある時はビル。ある時はマット。だけどジョリー、それが僕の本名さ! デニーはずっと最初に食べちゃったよ!」
アポストス氏たちの夢に現れた、ホリス手先の兄弟、その正体こそジョリーだった。
ジョリーは半生状態の人間を片っ端から食べているらしい。
ジョーをいたぶっていたのはパットではなかった。パットは既にジョリーに食べられていた。

この疑似世界はジョリーが作りだしたもので、ここに住む人々も、ここに建つ住居もみな、ジョリーが作ったものなのだ。
ジョーたちが行く先々だけ、ジョリーが作っているのだ。
退行現象は自然に生まれるもので、勝手に崩壊していくのだという。
パットが疑われるだろうから、皆に殺されるのが楽しみだったのに、とジョリーは言った。
ジョーはジョリーの首をしめようとしたが、ジョリーはジョーの手に噛みついた。
ジョリーの鼻を2度、3度と殴りつけ、目をぶん殴った。ジョリーは泡を吹きだした。
ジョーの手はかみ砕かれた。
ユービックのスプレーをかけると、ジョーの手は治っていった。
ジョーは下の部屋へと向かった。
我々を滅ぼそうとしている存在は、ホリスではない。ジョリーだった
我々を助けようとしている存在は、誰なのだろうか。

デモインを周るジョーは、おさげの少女を呼び止めた。
少女は未来を知っているようだった。
「私はジョリーの歪んだ創造物ではありません。私の名はエラ・ランシター。あなたの雇い主の妻よ」と少女は言った。
ジョーたちを助けようとしていたのはエラだった。
ジョリーが自分を侵害してくるため、それに対処しようとしていたこと。
そして、自分が半生を終わらせ寿命を全うしたとき、ランシターのアドバイザーになってほしいこと
を、エラは伝えた。
ジョリーのような存在は、どこの安置所にもいるという。
ユービックは、ジョリーに脅かされたエラたちによって、作られたものだった。


ランシターが持っていた貨幣にはジョー・チップの顔が印刷されていた

感想

ディックにしてはスピーディーな展開且つ、ディックらしさも全開で楽しい作品。
ただ、結局何が起こっていたのか、熟読してみたつもりだけど、個人的によくわからない。

Q1

ルナに反エスパー11人を呼び寄せたのは、結局誰なのか?

ジョリー説が有力。ジョリーは夢の中で不活性者の中に入ってきている、(と、ジョリーは言っている)。
しかし、さすがに現実世界にそこまで干渉できるのは化け物すぎやしないか?

ホリスが雇ったイシュウッド&パット説。個人的にはこちらの方がしっくり来る。

Q2

なぜ不活性者たちが全滅したのに、ランシターだけが生き残ったのか?

→不明

Q3

そもそもランシターが生き残ったのか、それともジョーたちが生き残ったのか?

ランシターが生き残り、不活性者+ジョーを安息所に入れた。というのが真実だと思って読んでいるんだけども、最後のジョー・チップの貨幣が出てくるのが謎。それさえなければ、ほぼ確定でランシターのみ生存。ジョーは半生となり、エラの後任としてランシターのアドバイザーになるということで確定だったんだけど。
まぁこれは粗というより、「何が真実かわからないよ」という、ディックの遊び心かな?

……でもランシターってもう80歳を過ぎてるはずなんで、普通にリアル世界の後任を探した方が……

Q4

なぜ1939年なのか?

→作者の趣味? 退行現象がパットの力によるものなら、そこまでが限界というのもわかるけれども、
退行現象が自然の力によるものなら、1939年で止まるのは謎でしかない
そもそも貨幣は1840年まで退行してるし。

Q5 そもそもホリス所属のエスパーが大量に失踪したのはなぜなのか
→やはり、イシュウッド&パットがランシター合作社を潰す餌として用意されたものだったのか??? ジョリーの仕業には思えない。

と、色々考えると、多分ぼくの読解力だけじゃない粗が結構出てきちゃう気がするんだけど、
細かい事を考えなければ面白い作品です。
あと、これの答えを知っている方は教えてくださいw

フィリップ・K・ディック「高い城の男」雑感想

ディックにしてはアクション性が薄く、比較的ややこしくない。が、歴史知識は欲しい

ネタバレあり

本書は、今まで解析した
「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」、
「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」に比べ、
キャラクターのアクションが少なく、ややこしさも1ランクダウンとなります。

とはいえ、『ややこしい』のがディックの特徴なので、そこら辺を最初にまとめていきます。

世界線1・0 本書の世界

本作は、第二次世界大戦で枢軸国が勝利した後の1960年代初頭が舞台になります。
こちらがwikipediaからパク……転載した地図になりますが、基本アメリカしか出てきません。

代替テキスト

アメリカの東半分弱がナチス第三帝国の領土。
アメリカの西3分の1程度が、『アメリカ太平洋岸連邦』という名前で、大日本帝国の領土。
アメリカの中央が、緩衝地帯として『ロッキー山脈連邦』という形で残っています。

ナチス

本作ではヒトラーは老齢で病気がち。
ボルマンが首相となり、ゲッベルス、ゲーリング、ハイドリヒ、フォン・シーラッハ、ザイス・イングバルトが登場します。
ヒムラーは亡くなっているようです。
本世界唯一の核保有国で、最大最強の軍事力を持ち、
火星・金星・月にまで進出。
ユダヤ人、黒人は抹殺されるため、住めません。

大日本帝国

大東亜共栄圏と、アメリカの西海岸を支配しています。
ナチスと比較すればマシですが、憲兵隊などもいるため、油断はできません。
また、サクラメントには白人による傀儡政府(ピノック)がありますが、事実上日本の占領下と言って良さそうです。

ディックの日本観がおかしいため、日本では易経が非常に盛んです。
というより、本作の中での易経の存在感は凄まじいです。
ナチスに次ぐ世界第二位の国ですが、残念ながらナチスには科学技術で差をつけられ、国力の差で圧倒されています

日本人の名前が明らかにおかしいため、浅倉訳ではまともな日本人名に変わっていますが、
ネット上で「『カエレマクレ男爵』はこのままで正しい!」という、ぶっちゃけ*よくわからない珍説を語っている方もいらっしゃるので、カエレマクレ男爵も含めて、原著の名前で書かせていただきます。

*カエレマクレは、ハワイにある実際の名字のため、日本国籍をとったハワイ人である。という説。
そうなのかもしれないけど、カエレマクレ男爵がハワイ人という記述は、本書中には恐らく、ない(読み落としの可能性も多分ない。カエレマクレ男爵の登場シーンはわずか2回のため)

アメリカ

フランクリン・ルーズベルトが暗殺され、ニューディール政策が実施されていない。
ブリッカー大統領など、ルーズベルトのような偉大な政治家がおらず、
1947年に枢軸側に降伏。

その他

ソ連→ナチスに滅ぼされている。

イタリア→中東一帯を支配しているが、存在感が薄い。

世界線1・80 『イナゴ身重く横たわる』の世界

本作品中では『イナゴ身重く横たわる』(以下『イナゴ』)という、小説作品が主に日本統治領で流行しています(ナチス領では発禁処分)。
この小説は、『連合国側が勝利した世界』となります。
しかしここで紛らわしいのが、イコール、『今現在私たちが生きている世界』(世界線2・0)とは微妙に違う事です。
基本的には世界線2・0をベースにして、違うところを列挙します。

・連合国側が勝利。アメリカ・イギリス・ソ連・中国などが勝利国となるが、アメリカとイギリスが二大国として世界に君臨。
アメリカはルーズベルトが1940年に辞任、タグウェル大統領がニューディール政策と反ナチ政策を引き継ぎます。
イギリスはチャーチルが独裁体制を樹立し、アメリカとの冷戦に突入しています。
ソ連はどうもうまくいかなかったようです。
中国は毛沢東ではなく、蒋介石がリーダーになっているようです。

前置き

この作品におけるメインの事件はこの2つだけです。

1・ジョーはジュリアナを騙し『イナゴ』の著者、アベンゼンを殺そうと考えるが、ジュリアナが彼を阻止する。
そしてジュリアナは一人、アベンゼン邸へと向かう。

2・ナチス首相ボルマンの死に伴い後継者争いが勃発。ナチ党のヴェゲナーは、ナチス上層部が協議している核戦争計画『タンポポ作戦』の実態を、大日本帝国のタゴミとテデキに伝える。

後はサブストーリーです。

あらすじ

ロッキー山脈連邦からの荷物はチルダンの元に届かなかった。
チルダンは西海岸でアメリカの古物を商っている。
日本人のタゴミから電話がかかってきた。
「贈り物にするものなんだ」とタゴミは言った。
「もうこれ以上は待てない! では、代替品にしましょう。何をお薦めしますか、チルダーーーーーン君」
身分を笠に着やがって、とチルダンは腹を立てた。
チルダンは戦前の、もう一つの時代を覚えていた。フランクリン・ルーズベルト大統領時代。
今よりもずっと良かった時代。
西海岸は、今やアメリカ太平洋岸連邦。
サンフランシスコは最後の爆弾が落ちる前に、下品な飲み屋街に占められてしまった。

チルダンの元に、礼儀正しい日本人夫婦が入って来た。
戦争そのものも覚えていない、若い夫婦(カソウラ夫妻)はアメリカ人であるチルダンを見下すことなく、同じ趣味を持つ人間同士の暖かい絆を、チルダンに感じさせてくれた。

1947年、アメリカは第二次世界大戦に無条件降伏、東側はナチス・ドイツに、西側は大日本帝国に占領されている。
そして、中央はロッキー山脈連邦という形で、緩衝地帯とされていた。


ユダヤ系アメリカ人のフランク・フリンクはクビになったばかりだった。
職長はサクラメントの白人傀儡政府(アメリカ太平洋岸連邦=日本)との繋がりがあったのだ。
独ソ戦、ソ連が降伏する直後に彼はアメリカ陸軍で戦った。ハワイが日本に占領された頃だった。
正午のラジオでは、ナチスドイツが火星に到着したニュースを伝えていた。
太平洋岸連邦が、アマゾン開拓にかかりきりになっている間に、ドイツは火星にまで進出しているのだ。
ユダヤ人のフランクは、ナチス統治領で暮らすわけにはいかない。
彼は、筮竹を取り出した。
「ウィンダム・マトスン(上司)と和解するためにはどうするべきか!」
易占いによれば『謙虚である事』と出た。これは吉兆だ。
「元妻、ジュリアナに会える見込みはあるだろうか?」
1年前離婚した妻に、彼は未練があった。
これまで何度も易占いに尋ねた問いだった。
その女、凶相なり。娶るなかれ』。ジュリアナに対してこの結果が出たのはこれで二度目だった。
ジュリアナは最高の美人だった。彼女と出会い、そして別れ、今でも忘れられない事は彼にとって最大の不幸ではあった。
(個人的にジュリアナはビッチなので、この易は正しい。しかし、美人に男は弱い……)

今日の客、スウェーデン人のバイネス氏を饗応するため、全力を尽くしたいとタゴミは考えていた。
タゴミ氏も易経を重視していた。今日のバイネス氏との会合について易に問うと、
『大禍。明らかに道を外る。咎もなく、誉れもなし』と出た。
しかしバイネス氏の正体が謎な事を踏まえた上で、会合がうまくいくかどうかと易に問うと
『誠あれば小さき贈り物もよろし。咎なし』とのことだった。
ここ数年来、大日本帝国はナチス・ドイツに科学技術面で大きく劣っていた。

日本人を見たらお辞儀をする事、日没後の外出は禁止といった、日本の法律をチルダンは予習していた。
チルダンがこの商売を始め、成功することができた恩人は、フモ・イトウという日本人との出会い。
フモ・イトウの友人が『戦争の惨劇カード』というお菓子のカードを集めていて、1枚だけ持っていないカードがある。そのカードがあるなら、お金に目途はつけないほどの熱狂ぶりだという。
チルダンが、昔牛乳瓶の蓋を集めていたことを話すと、フモ・イトウは目を輝かせた。


ジュリアナ・フリンクはコロラド州キャノン・シティで柔道の教師をして暮らしている。
チャールズのレストランで食事をしていると、トラック運転手が二人入って来た。
自称イタリア人のジョー・チナデーラは人種差別に腹を立てているようだった。
アメリカ人のチャールズは、ナチスの「ニュルンベルク法」に腹を立てていた。
「ニューヨークが繁栄しているのはナチスの法案で、ユダヤ人から金をふんだくったからだ」とチャールズは言う。
ヒトラーの一家は近親相姦だらけだった。彼は脳梅毒で、死にかかっている。
ボルマン首相も老齢で死にかかっていた。
脳梅毒の男が、世界の半分を支配している。
トラック運転手が、ジュリアナを好色そうな目でじろじろと見ていた。

バイネスをタゴミが待っていた。
バイネスの荷物はタゴミと共に来た日本人カタマチが運んでくれるという。
タゴミは、チルダンが用意したミッキーマウス・ウォッチをバイネスに渡した。


フランク・フリンクは元上司のマトスンと元同僚のエドを見かけた。
復職を願い出る前に「すまんなぁフランク、君を復職させることはできないよ」と断られてしまう。
フランクは、「工具を取りに来ただけですよ」と胸を張って言った。
「仕事に戻りたくて来たんだろ?」というエドに、「他じゃ働けないからな……」とフランクは答えた。
エドが「独立する気はないか?」と持ち掛けた。
フランクが作品を作り、チルダンに小売りを頼んだらどうか、と。
フランクは易経に問うてみた
『エドに薦められた独立事業をやってみるべきか?』。
易は
『平和。小は去り大は来たる』と出たが、1つの変爻のみが気になった。
『城郭崩れて堀に還る』。
「これは酷い!」とフランクは叫んだ。
大吉と大凶が混ざり合ったような予言。どうしたものだろうか。

恐らく、独立事業に関しては吉なのだろう。
しかしその後の大凶は、未来の破局を表している。「戦争だ」とフランクは思った。
第三次世界大戦だ。水爆が雨あられと降ってくる! 何が起こるんだろう」とフランクは戦慄した。
フランクはエドを呼び止めると、「独立事業をやってみる」と言った。
するとエドは、俺もマトスンの仕事をやめてお前に合流する、と答えた。
この仕事がうまくいけば、ジュリアナが戻ってくるかもしれない! とフランクは胸を躍らせた。


チルダンは、もう出張販売はやめようか、と思った。
そんなチルダンのところに、白人が来た。
航空母艦翔鶴の艦長、ハルサワ提督の名刺を渡し、白人はその代理で来たらしい。
ハルサワ提督は部下に『南北戦争時代のピストル12丁』を贈りたいという。
チルダンはこの大きな商談に小躍りした。
しかしピストルを見せたところ、白人は『これは模造品ですよ』と見破ってしまった。
「あなたはどうやら騙されたようですな……この件はサンフランシスコ市警に報告しなければなりません。こちらのお店にはまだ他にも模造品があるかもしれません。西海岸で最も有名な貴店が、本物と模造品の区別がおつきにならないとは……。ハルサワ提督もさぞやガッカリなさることでしょう」
チルダンは茫然としていた。
「誰か専門家を雇って、お店の在庫を徹底的にお調べなさい。お店の信用のためにも」と白人は言い、おじぎをして帰って行った。
「あの客が嘘をついたんじゃないか? 競争相手のどこかがよこしたんだ!」とチルダンは思った。
しかし、カリフォルニア大学に真贋鑑定を頼んでみたところ、やはり模造品だった。
問題の模造品の入手経路を調べてみたところ、サンフランシスコの卸売業者だった。
チルダンは卸売業者キャルヴィンを怒鳴りつけ、次に航空母艦翔鶴の居場所を尋ねるべく新聞社に電話をかけた。
すると、相手の女性は「航空母艦翔鶴は、1945年フィリピン沖の海底に沈みました」という答えだった。
航空母艦翔鶴の代理、というのは嘘だった(後でわかるが、これはフランク。模造品を作っているマトスン工場への嫌がらせ。要らん事しなければいいのに:苦笑)
しかし、ピストルが模造品だったのも確かだ。


卸売業者キャルヴィンから怒りの電話がマトスンの元に届いた
マトスンの工場は元々、模造品を作っている会社なのだった。
キャルヴィン自身もそれは知っていたが、バレないだろうと思って利用していたのだ。
マトスンはわざと稚拙な模造品をフランクとエドが作ったのだろう、と考えた。
『史実性』というものには、もともと商品自体にはない、とマトスンは言った。
ただ、頭の中にしかないという。
例えば、ルーズベルト大統領が愛用していたハンカチ。
これには普通のハンカチと違って、プレミアムがつくだろう。
しかし、ハンカチはハンカチだ。ただ、『証明書』だけが価値を生み出すのだ

「ルーズベルトがもし生きていたら、戦争には負けなかった、と両親はいつも言っていた」と愛人リタは言った。

リタは、『イナゴ』について「その本は、必読よ」と言った。
ナチス占領地のアメリカ東部・ヨーロッパで発禁処分されている、ホーソーン・アベンゼンの作品だ。
「戦争の小説よ。ルーズベルトがマイアミで暗殺されなかった、としたら。その後、ルーズベルトが大不況からアメリカを救い出して、軍備を整え、リンカーンと比較されるほどの大統領になっていた。ルーズベルトは無事任期を務め、1937年に再選される。戦争の最中も大統領だった。
ガーナ―というのは本当に無能だったのよね。1940年、ブリッカーの代わりに民主党の大統領が選出されて、更にひどくなった」
「『イナゴ』で1940年に再選されたのはブリッカーのような孤立主義じゃなくて、タグウェルなの。タグウェルはルーズベルトの反ナチ政策を引き継いだ。だから、ナチスは1941年の日本救援をやれなくなった。
三国同盟を守れなくなってしまった。それで、日本とドイツは戦争に負けてしまうのよ」

これが、『イナゴ』の概要だった。
この本は、日本が占領している太平洋岸連邦や、日本本土では発禁になっておらず、大ヒットしているという。

「タグウェル大統領は、先見の明があるから真珠湾では、軍艦を全部洋上に出しておいたの。
日本軍は真珠湾を攻撃したけど、やられたのは小さな船だけだった。
アメリカ艦隊が、フィリピンとオーストラリアを日本から解放したのよ」

「ドイツがマルタ島を占領しなかったら、イギリスもチャーチルが辞職せずに済み、戦争を勝利に導いたはずなのよ。チャーチルがアフリカでロンメルを打ち負かすの。だからロンメルが、南下してくるドイツ軍と合流する代わりに、イギリス軍はトルコを横断し、ソ連軍と合流して防衛線に加わる。
ヴォルガ河沿いのスターリングラードで流れは変わるの。
ドイツ軍は中東に入り込めず、石油も手に入らなかったし、インドに侵攻して日本を支援することもできなかった」

ロンメルが解任され、ランメルスが後任になったのがいけなかったんだわ、とリタは言った。
強制収容所やガス室が拡大されたのは、ランメルスの時代からだ。
ロンメルは昔のプロイセン軍人の面影があった、とリタ。
「アメリカ経済復興の立役者は誰か教えてやろう。アルベルト・シュペーアだよ。彼は北アフリカで全ての事業をよみがえらせたんじゃ。経済競争ほど、愚劣なものではない」と頑固なマトスン老人は言い張った。

タゴミは正座し、バイネスを迎えた。
二人の会合に、ヤタベ・シンジロウ(と名乗るテデキ将軍)という老人が参加するという。
日本は、ナチス・ドイツのユダヤ人殺害の指示を「野蛮だ」としてはねつけた。
ナチス・ドイツはユダヤ人を「アジア人扱い」しているという。
その意味を、日本は見逃していない

バイネスが立ち去る間際、若い日本人はスウェーデン語でバイネスに話しかけたが、バイネスには理解できなかった。
バイネスはスウェーデン語がほとんどわからないのだった。

ジュリアナは買い出しに出ていた。
ナチスにはユーモアのセンスがない。エンターテイメントをほとんど殺してしまった。
ボルマンが死んだ後はゲーリングが後釜に座るのかもしれない。
ヒトラーの精神状態がおかしかった時期に、ボルマンが後継者の椅子に座ってしまったのだ。

イギリスを倒したのは、ゲーリングのドイツ空軍だった。
しかし、ボルマンの後任は恐らくゲッベルスだろう。ハイドリヒじゃなければ誰でもいい、とジュリアナは思う。ハイドリヒなら庶民全員を殺しかねない。
ジュリアナは、フォン・シーラッハが一番良いと思った。しかし彼が後任になるとは思わなかった。
ジュリアナが帰ると、トラック運転手のジョー・チナデーラはまだ残っていた。
ゆうべ、ジュリアナとジョーはSEXしたのだった。
イタリア人、34歳。彼は枢軸側だ。カイロ、という刺青をしていた。
バイエルライン将軍からもらったという、勲章をジュリアナは見つめた。
イギリスのチャーチルが無差別焼夷爆撃で、ハンブルクやエッセンの庶民を焼き殺した、と言い、ジョーはナチスを擁護した。

ジョーは「イナゴ」を取り出した。
大英帝国が地中海全土を支配する。イタリアもドイツもどこにもない。
(イナゴ、は『現実の歴史とも違う点に注意』)
「それがそんな悪い世の中?」とジュリアナは聞いた。彼女はフランクとよくその話をした。
『イタリアが連合国側に寝返った』という本の内容が、ジョーには不愉快なようだった。
そこに、アメリカが日本を破ってやってくる。世界をアメリカとイギリスが山分けにする。

(本作では)イタリアは中東を支配し、「新ローマ帝国」と名付けた。しかしアメリカには進出できていなかった。
ジュリアナは『イナゴ』に興味を惹かれた。

ボルマン首相逝去のニュースが流れ、ナチス内で後継者争いが始まっていた。
(ヒムラーは既に故人になっている)。
「あの連中は共産主義者から俺たちを救った」とジョーは言った
(こいつマジでウザいし、ずっとジュリアナに付きまとうから、最後まで付き合わなきゃならなくてつらい)。

ナチス以前は、ブルーワーカーが差別されていたとジョーは言う。
トッドとロンメルは戦後アメリカにやってきてアウトバーンを作り、ユダヤ人を生かしておいてくれた。その後はトッドもロンメルも引退。
スラブ人、ポーランド人、プエルトリコ人は差別され、アングロ・サクソン人は優遇されている。
ジョーは『イナゴ』をトイレに隠れて読んだ。
イナゴの作者、アベンゼンは屋敷の周囲に鉄条網を張り巡らせ、この近くの山奥に住んでいる。
その屋敷をアベンゼンは『高い城』と呼んでいた。

シーラッハは軟禁され、恐らくもう死んでいるだろう。
ゲーリングはドイツ空軍の基地で寝起きしていて、歴戦の勇士が身辺を警護している。
ルドルフ・ヴェゲナーという男が、バイネスというスウェーデン人に変装してタゴミと会っている。
日本の老軍人テデキがお忍びでサンフランシスコに来ている
らしい。
また、ゲッベルスが突然、演説をしたらしいというニュースも伝わった。


「イナゴ」ではイギリス軍の猛攻を受けたベルリン陥落が描かれていた。
ヒトラーが連合軍の裁判を受けていた。ゲッベルスも、ゲーリングもだ。
(この辺も、リアル歴史とは違う)

アベンゼンはユダヤ人かもしれない、とナチ党のライスは思った。
イングヴァルトがアフリカで大虐殺を起こしたのは、いつだっただろうか。


エド&フランクの会社は最初の商品(装飾品)を完成させた。
チルダンの店に売り込みに行こうと二人は思ったが、こればかりはエドが行くしかなかった。
以前フランクが、ハルサワ提督の部下だと偽って、悪戯をした事があるからである。

フランクは、ジュリアナの事を思い出していた。
仮に復縁できなかったとしても、モデルとしてこの商品をつけてほしい、とフランクは思った。
自分の美しさに見とれ、注目の的になるのがジュリアナは好きだった。
いつも男が周囲にいて、お世辞を言ってやらないとダメ
なのだ。


ジュリアナはジョーと汗っEXしていた(羨ましい奴だな)
ジョーはトラック運転手ではなかった。
トラック運転手の振りをしていれば、ハイジャック除けになるとのことだ。
ジュリアナの車をジョーが運転し、ジュリアナは車内で「イナゴ」を読みながらドライブする事にした。


チルダンのところに、エドが宝飾品を持ってきた。
チルダンは巧みに、エドの商品を委託販売ということで預かってしまった。
チルダンは、ベティ・カソウラの好意を得るため、エドたちの宝飾品を贈ろうと決めた。


バイネスとタゴミの会見は未だに実現していなかった。
ヤタベ氏が現れないからだ。
ナチ党の首班はゲッベルスに決まった
ヤタベ氏はSDのメーレにでも捕まったのだろうか?
メーレは、1943年のイギリスとチェコスロバキアが共謀したハイドリヒ暗殺計画を阻止し、ただの警察官僚を超える力を持っていた。


ジョーが車を運転し、ジュリアナは「イナゴ」の本を読んでいた。
ジョーがうるさいのでジュリアナは手で耳に栓をした。
アメリカのテレビが、アフリカの国々に広まっていく章にジュリアナは興味を惹かれた。
タグウェル大統領のニューディール政策。
中国は蒋介石がアメリカの建設技術を採り入れた(蒋介石なのね)

ジョーはいちいち突っかかり、イタリアを礼賛する(マジでウザい。ジュリアナはなんでこんな男と一緒にいるのかさっぱりわからん)。

イギリスの統治下では、有色人種はアパルトヘイトで人種差別をされていた。
しかしアメリカの統治下では、人種問題が解決し、白人も黒人も肩を並べて暮らしている。
第二次世界大戦が、人種差別に終止符を打ったのだ。
アメリカは太平洋岸を取る。今の大東亜共栄圏のように。
ソ連は半分を取る。だが、そこからうまくいかなくなる。
チャーチルはアメリカを敵視する。中国の華僑を保護しているから。
そしてチャーチルは独裁者となり、中国人を隔離する。

一人の人間がずっと治められる独裁制こそが優れていると、ジョーは言う(さすがファシスト野郎……)
アメリカはタグウェル以降、ロクな指導者が出ていない。
チャーチルがマルタ島での戦いで解任されなければ、第二次大戦ももう少しイギリスは善戦しただろう、とジョー。

アメリカは日本の持っていた大東亜共栄圏を奪い、高い経済力を手に入れる。
「アングロ・サクソンが、貧しい人々を救うわけがない」というのがジョーの主張だ。
アメリカには魂がないから、成長もない。ナチスも追いはぎの集団だ、とジョーは言う。
ジョーは喋りまくった挙句「俺みたいに無言実行が大事だ」と言ったため、ジュリアナは笑った。
ジョーは腹を立て、読書を邪魔するように車内BGMを大きくした。


ライスの元に、ルドルフ・ヴェゲナー=バイネスの情報が流れてきた後、ゲッベルスから電話がかかってきた。
メーレとライスは、ヴェゲナーをドイツに強制送還するための措置を講じ始めていた。
秘密警察はゲッベルスまでも操り始めている。


チルダンは、ポール・カソウラの家に向かった。
チルダンが、人妻のベティ・カソウラに下心で贈り物をした後なので、チルダンは内心ビクビクだった。
しかしポールは妻にまだ装身具を渡しておらず、代わりに友人たちに、この装身具を見せたらしい。
最初、この作品を見た時はその真価に気づかなかった。
しかしよく見ると、この装身具にはワビはないが、老子の言われる『ウー』があるという。
ポールは友人たちにこの素晴らしさを熱弁し、友人たちもそれを認めたらしい。
ポールは、チルダンに装飾品を返した。
彼はチルダンに、この装身具をうまく売るよう、よく考えてみろとアドバイスをした。

ポールは、彼の友人たちにチルダンの店を紹介し、名刺を配った。
その中の一人は、チルダンの装身具に非常な興味を示し、「大量生産して売り出したい」とまで言っている。
「大量生産しても、『ウー』は残るのか?」とチルダンが尋ねると、ポールは彼(大量生産業者)に聞いてくれという。
大量生産業者は、『魔よけのお守り』として販売したいそうだ。
「無教育な人々は、大量生産の魔よけのお守りを珍重して喜ぶだろう」とポール。
被支配民族である日本人に劣等感を強く持つチルダンは、『アメリカの工芸品が大量生産の魔よけ程度
の価値しかない』とポールの発言を曲解し、怒りを覚えた。
ポール、あなたは私を侮辱しました。私はこの作品に誇りがあります。それを安っぽいお守りにするなんて、侮辱です。謝罪してください」とチルダンは言った。
ポールはしばらく沈黙した後、「生意気な提案をしたことをお許しください」と謝り、謝罪の握手を求めた
(ポールはチルダンの遠慮=逆差別を取り除こうとしたかったのだろうと、読んでいて思った。そしてチルダンが対等の立場として怒った事で、チルダンも一皮剥け、日本人に劣等感も悪感情も抱くことなく付き合えるようになっていく)。


タゴミの元にようやくヤタベ氏(=テデキ将軍)が現れた。
ヴェゲナー(バイネス)も現れ、タゴミ・テデキ・ヴェゲナーの三者会談が始まる。

ヴェゲナーが告げたのは、『タンポポ作戦』という恐るべき情報だった。
日本列島本土に核を落とすナチスの破壊的な作戦だ。
留まる事を知らない支配欲につき動かされるナチスは、地球全土を手中にしたいのだ。

ボルマン首相の死によって、その時期は変わった。
タンポポ作戦を支持する後継者候補と、支持しない後継者候補がいるという。
ゲッベルス新首相は、タンポポ作戦の支持派だ。
タンポポ作戦の反対者は、SSのハイドリヒ将軍
ゲッベルスの参謀にはローゼンベルグがついており、警察(SS・SD)は宇宙植民地(月・火星・金星)を統治することになった。
警察は宇宙計画を推進し、タンポポ作戦には不賛成なのだ。
ゲッベルスが権力を完全に掌握するまでまだ数か月はかかる
ナチスにおいて最も野蛮な、ハイドリヒが権力を手中にすればタンポポ作戦は回避される
日本にとっては、最も嫌悪すべき人間を、ナチスの首相に押し上げることこそが国益にかなうのだ。

ハイドリヒと親密で、ドイツ国外にいる人物や、東京とベルリンを始終往復しているような人物にわたりをつけることが重要だ、とヴェゲナー。
イタリアの外相を通じて、ハイドリヒに接触するのが一番だろう、と。

三者会談を聞きつけたメーレが、SDがこのビルを包囲し始めた。
タゴミも銃で武装した。


フランクは銀のイヤリングを作っていた。
フランクの商品は、全く売れず、彼は辞めると言い出した。
そこに、サンフランシスコ警察がやってきて、逮捕令状を見せた。
チルダンに詐欺を働いた罪だ。
警察にユダヤ人だということもバレてしまった。
フランクは逮捕された。


タゴミたちは救援を求めようとしていた。
そのおかげもあって、憲兵隊が救援に向かっている。しかし間に合うだろうか?

タゴミはライス大使に電話をした。
ライス側は引き延ばした末、電話に出なかった。

タゴミは、次にメーレに電話した。
精一杯、悪態をついてヒステリックに騒いで見せる、とタゴミは言う。
私は大日本帝国政府の顧問、タゴミだ。貴様ら殺し屋と変質者を逮捕した。口にするのも汚らわしい、常軌を逸した金髪の野獣ども。焼夷弾で貴様らを皆殺しにしてやるぞ。文明社会の恥さらしども!!」と大喝すると、電話の向こうではSDの下っ端が動揺した。
(基本穏やかなタゴミさんなので、このシーンは割と迫力がある)

タゴミは電話をしながら、バイネスにウィンクをしてみせた。
「選択の余地はないようだな!」とタゴミは電話を切った。
SDが部屋に突撃してきた。タゴミは骨董品のコルト銃で、銃撃戦を演じ、SD隊員たちを殺した
やがて憲兵隊がやってきた。
「悪質な事件です。サクラメントの政府が即刻、ナチスに宣戦布告するほどの理由になる」とタゴミは言ったが、バイネスは、恐らくナチスはのらりくらりとかわすだろう、と言った。
正当防衛ではあったが、タゴミは落ち込んでいる
ようだった。


デンバーで、ジュリアナはジョーとショッピングを楽しんでいた。
ジュリアナはジョーの金で、大量の服や鞄、アクセサリー一式を買い込んだ(こいつ……)。
ジュリアナがセクシーなドレスを買うと、ジョーは
「アベンゼンのところに行くときには、この服を着るんだぞ、いいな!」と命令するように言った。
ジョーは理髪店に行くと、ショートカットの金髪になって戻って来た。
ジュリアナの買い物があまりに長いので、ジョーは苛立ち始めた(当たり前だ)。
更にナイトガウンを欲しがるジュリアナに、「もう買い物の時間は終わりだ!」とジョーが怒鳴る。
ちゃんとした高級なホテルにしてほしいわね、とジュリアナは思う(図々しい女すぎて萎える)。

ジュリアナの望みどおり、高級ホテルに二人はチェックインした。
「アベンゼンのところに行くのはいつにする? 3日ぐらい泊まってからにしましょうか」とジュリアナが言うと、ジョーは
今晩出発だ!」と言った。ジュリアナはとても信じられなかった。
「食事が済んだらな。で、あのドレスを着ろよ。わかったな!」とジョーは命じ、バスルームの方に向かった。
「今夜はもう遅いわ」とジュリアナ。
「いや、向こうについてもまだ20時半か21時だ。『デンバーにいられるのは今夜だけだ』と電話で言うんだ」
「なぜ? 今夜これからなんて行きたくないわ。この街をゆっくり見物するって約束してくれたじゃない」
「大急ぎで行ってこられるさ。その後、ゆっくり観光すればいいじゃないか」
「嫌よ」
「あのドレスを着ろよ! いいな!」
「フランク、助けてちょうだい」とジュリアナは心の中で言った(お前がフランクから去って、ジョーなんかとくっついたんだろ……)
そのドレスを着ろよ、着ないと殺すぞ!

(あのさぁ……ジョー、頭悪すぎない?? 普通に考えてアポなしで当日夜21時に会いに行くなんておかしいし、1時間滞在したとして、帰ってくるの0時過ぎでしょ? なぜ明日じゃいけないのか、意味がわからん。殺すぞ、とかバッカじゃねぇの?? 事を荒立ててジュリアナを警戒させる意味がどこにあるの? 普通に説得して、明日朝に行くことにすればいいじゃん)

「殺すですって? それなら、あんたを永久に不具にしてやる。行きたいならあんた一人で行きなさいよ。あたしに手を出したら本当にやってやる」
「おい、いい加減にしろよ! 早くそのドレスを着ろったら。気でも狂ったのかい? 人を殺すだとか不具にするだとか。俺は食事の後にドライブにでも行こうと誘っているだけじゃないか」

どこから突っ込んでいいのかわからんぐらい、ジョーは頭が悪い。いい加減にするのはジョーの方だし、気が狂ってるのもジョーの方だし、殺すと最初に言ったのもジョーだし、脅し一辺倒でアベンゼンのところに無理やりジュリアナを連れていけると思っているなら、知能指数0だわ。
最初からいけ好かないクズだったジョーと、セックス三昧して貢がせてたジュリアナもジュリアナだが)

そこにルームサービスがやってきた。
買ったばかりのYシャツを渡し、アイロンがけしてほしいと言う。
あんた、ほんとは元々金髪で、黒髪のカツラを被ってたんでしょ? イタリア人なんて嘘で、ナチスのSDでしょ? アベンゼンを殺すために来たのよね、違う?」
とジュリアナが(ようやく)気づくと、ジョーもそれを認めた。
「俺は早くドレスを着て、一緒にドライブに行ってほしいだけだ」
「どうやって彼を殺すつもり?」
「いいからドレスを着てくれよ」(何度同じこと言うんだよ。普通、協力しねぇだろ)
「どうして私を連れて行かなきゃいけないの?」
「アベンゼンは、地中海人種の女が好きなんだ」
吐きそうだ、とジュリアナは言ってバスルームに入った。薬戸棚の中に安全剃刀の替え刃を見つけた。
ジュリアナはぼーっとしていて、服を着たままシャワーを浴びてしまった。ジュリアナは裸になって泣き出した。
『ユダヤ人と結婚していながら、ナチスと寝た罪の報いだわ』と彼女は思った。
「君は頭がどうかしてる! 仕方がない、明日まで待とう」とジョーは言った(最初からそうすれば、疑われなかったのに、バッカじゃねーの?

ジュリアナが「バイバイ」と言って部屋を出ようとすると、ジョーは掴みかかってきた。
ジュリアナは振り返りざま、剃刀の刃でジョーの喉を切り裂いた。
嫌ね、男はすぐに乱暴するんだから」とジュリアナは呟き、廊下を歩きだす。
しかし、ホテルの女性に部屋に連れ戻された。全裸のまま部屋を出ていたようだ。

首の傷を掴んだまま、ジョーは言った。
「俺の大動脈を切った……」
「頸動脈よ」とジュリアナはくすくすと笑った
「この手を離すと、出血で命が持たない。だから誰かを呼んできてくれ。わかるだろ」
自分でやれば
「傷口をうまく塞げないんだ。だから動けない。ここでじっとしていなきゃならない」
ジュリアナはコートとスーツケース、手に持てる限りの荷物を持った(殺したついでに、貢いでもらった品物はもらっていくジュリアナww)。

「色々あったけど、さよなら」
ジュリアナの荷物はボーイが歩道まで運んでくれ、彼女は自分の車に乗った。
ホテル代はジョーが払ってくれると、皆は思っているようだった。
ジョーのために人を呼ぼうか、と思ったが、やはりやめることにした。
ジュリアナは易を立てることを思いついた。

「私はどうすれば良いでしょう? お願いです、教えてください」と念じる。
行って、事を為すがよろし。大河を渡るがよろし
旅の事だわ、と思った。
『凶事を通じて益を受く。君主に印璽を持てば咎なし』
君主とはアベンゼンの事だろう。
他にも、殺し屋がアベンゼンを撃つ、ジョーの代わりの殺し屋がすぐに来る、すぐにアベンゼンに警告せよ、と易は告げていた。(易、最強
ジュリアナはモーテルに泊まり、翌日アベンゼンを訪ねるべく、今夜のうちに電話をかけることにした。
アベンゼンの妻が電話に出た。
「私は何もお約束できません。でも、それを承知の上でお越しになるのであれば」と妻が言うと、
ジュリアナは了解した。
「聞いてください。易を立てたら、シャイアン(アベンゼンの住居)に行くように、と出たんです。
今、易を読みます」
殺し屋が来る話、凶運、危うきこと有り、という卦を読むと、アベンゼン夫人は真剣になった。
ジュリアナは電話を切ると、モーテルにとまった。

タゴミは人を殺したコルト45口径を手放したかった。
彼はチルダンの店に行き、この銃を他の品と交換してもらおうと思ったのだ。
今日のチルダンは様子が違う、とタゴミは思った。
タゴミがコルトを見せると、チルダンは少し冷淡になった。
タゴミはチルダンの顔色を察し、無理押しはしないことにした。
チルダンは、タゴミにフリック&エドの装飾品を見せた。
タゴミはその装飾品に少し心を奪われたが、その良さがよくわからなかった。
チルダンが他の品物を見せないので、タゴミは「君は他の商品を見せてくれないね。押し付けがましすぎるようだ」と言ったが、チルダンは委縮しなかった。
「いずれ、近いうちにまた訪ねてくるよ」とタゴミは店を後にしたが、気持ちを変えて、
やはり、装身具を一つもらうことにするよ。今は藁にもすがりたい想いなんでね」とタゴミ。
「2か月たっても、良さを感じられなかったら、全額返金いたします」とチルダン。
「これで気持ちが落ち着きますよ! この商品は、良さがわかるまで時間がかかるんです!」と、チルダンは装飾品をタゴミに渡した。


タゴミは公園のベンチで、購入した装飾品をじっと見つめていた。
しかし15分眺めても何も起こらなかった。
悲しいかな、大人になると時間に追われるようになる。
タゴミは耳に当てて見たり、装身具を嗅いでみたり、なでてみたり、クラッカーのように口に放り込んでみた(ww)。しかし、何も起こらない。五感を総動員してもダメなのか。
それでもいろいろな角度で光にかざしたり、瞑想してみたりした。どこか深い世界に入り込めたような気がしたが、通りすがりの白人警官に「知恵の輪ですか?」と話しかけられ、現実世界に戻ってしまった。

タゴミは歩きかけたが、タクシーが見当たらない
どうも視界が定まらない。道行く人々の忙しない歩み。自動車はどれもこれも見慣れない形をしている。
地平線が歪んで見える。行く手に白人ばかりが食べている軽食堂があった。満席だった。
タゴミはいつもの癖で「どかんか!!」と大声をあげた。
(太平洋岸連邦は日本人が支配者なので、白人はお辞儀をし、時には席を空けなければならない)
ふざけるんじゃねぇぜ、東条!」と返された。誰も席を立たず、敵意の視線を感じる。
タゴミは店を出た。ここは俺の時空間じゃない
装身具がない。書類鞄もない。大変だ。公園に置いて来てしまったらしい。
公園には鞄も装身具もあった。
もう一度、装身具に集中しよう。焦点ボケはどうやら収まったらしい。
タゴミは公園で遊んでいる子供たちにお金をやり、タクシーが走っているかどうか見てきてほしいと言った。
子供たちはタクシーを6台見た!と言った。
タゴミが呼ぶと、タクシーがやってきた。「日本タイムズビル」行きをタゴミは頼んだ。
世界線を超えたのは、このシーンのタゴミだけ!

日本タイムズビルにつくと、タゴミはラムジー(部下)に電話をした。
テデキ将軍は既に出発した後だという。
バイネス氏はドイツに帰国したのだろう。
ドイツ領事のライスがやってきた。事件の際、居留守を使った男だ。

「帰国のSD2人を殺したのはこの私です」とタゴミ。
「あの暴漢どもが、ドイツ帝国と関連性があるとは立証できません。この一件は不問に付すという事で、紳士協定を結びませんか?」とライス。
しかし、私の魂に罪悪感は残ります。血の染みは、インクのようにあっさり消えてくれません」。
今、貴国はこれまで以上の堕落に突き進みつつあります。日本政府の代表者ではなく、一個人として申します。あらゆる比較を超えた、大流血が行なわれようとしている。なのに、あなたはちっぽけな利己的欲望でしか動いていない。対立候補のSDをうまく出し抜こうとする、とか。
貴国の指導者たちの計画に対しては、『悔い、改めよ』としか言えません」

二人の会見中に、タゴミのもとにフランクの送還の書類が到着した。「釈放せよ」とタゴミは記入し、ライスに向かい
「それではこれで。今後の交渉は、郵便・電話・電信などでおすましください。直接お会いにならずに」
「あなたは、私の関知しない上層部の事まで、私の責任にしておられます」
寝言をほざくな」とタゴミは歯ぎしりするように言った。
「これは文明人のやり方ではない。この種の問題は私情をさしはさまずに、形式的に処理すべきなのに」ライスは煙草をポイ捨てして出ていった。
「その臭い煙草を拾っていけ」とタゴミは呟いた。
あまりのストレスのため、タゴミは心臓発作に襲われた。彼は長椅子に運ばれた。
どのみち、俺のキャリアは終わった、とタゴミは思った。

夕方、フランクは釈放された。
フランクが共同工場に戻ると、エドは喜んでくれた。

ヴェゲナーはドイツ行きのルフトハンザの中で考えた。
とにかく、テデキ将軍にドイツの『タンポポ作戦』の事だけは伝えた
ナチスの思想は、神々の黄昏ラグナロクだ。全人類の最終的なホロコーストだ。
その後に何が残るだろう? あらゆる場所で、あらゆる生命に終止符が打たれる。
人間自身が、地球の生物を全て滅ぼすのだろう。
ヴェゲナーは武装SSに取り囲まれた。ハイドリヒの息がかかった武装SSだ。
国防軍とSSが手を結んだ。
ハイドリヒは生きていて、ゲッベルス政権に対して自分の力を誇示しようとしている。
こうなると、ゲッベルス政権も安泰ではない

ジュリアナはアベンゼンの家に向かっていた。
新聞にはジョー・チナデーラ殺害事件が報道されていた
夫婦喧嘩という報道で、ジュリアナの名前も出ていない。
ジュリアナは「イナゴ」の本を読み終えた。
ジュリアナはフランクの声が聴きたくなって、フランク支払いでのコレクトコールをかけた。
彼なら大喜びで、お金を払い彼女と電話をするだろう
(勘違い女は最後まで治らない……)
しかしフランクは電話に出なかった。

アベンゼン邸では内輪のカジュアルパーティーが行なわれていた。
ここは「高い城」どころか、普通の邸宅だった。
ジュリアナはアベンゼンに、「易経を使って小説を書いたのか」と尋ねた。
アベンゼンは巧みに話題をそらそうとしたが、徐々にいらだってきているようだった。

ジュリアナは、殺し屋のジョーを返り討ちにしたことを話した。
そして、アベンゼンに身を隠してほしいと訴えた。
アベンゼンは必死に隠そうとしたが、妻のキャロラインがジュリアナに全ての秘密を話した。

「イナゴ」の本は、アベンゼンが全ての筋に易を立て、物語を書いたという。
なぜ、易がこの物語を書いたのか、とジュリアナは疑問をぶつけた。
ジュリアナが、易に問いを掛けたいというと、アベンゼンは、ジュリアナに易を渡した。
『易経よ。あなたはなぜ、「イナゴ身重く横たわる」を書いたのですか? 私たちはそこから何を学ぶべきなのですか?』
それが真実だから』という卦が出た。

アベンゼン本人すら、これには取り乱した。
ナチスと日本が負けたのが真実だなんて、信じられなかったのだ。
アベンゼンもキャロラインも、喜ぶどころではなく、ただただ取り乱していた。
ジュリアナは別れを告げる前に、改めて身辺の警護に気をつけて、と言った。
「奥様も、アメリカの勝利を私と同じように興奮し、喜んでくれると思っていました。でも、誤解でしたのね」。

彼女は、もう一度フランクに電話をしてみようかと思った。

感想

アメリカではディックの代表作と言えばこれ!らしいんですが、うーん……どうなんだろ?

まぁ、良くも悪くもディックらしくはない作品で、ややこしくて頭が混乱する事はないと思います
(パーマー・エルドリッチみたいなヤバさはない)。

日本の描かれ方が色々とおかしいのは不問に付すにしても(とはいえ、よく知らない人種を書くなら、有名人やスポーツ選手などから名前を拝借してくればいいのに、と思う。
なんだよ、タゴミとかテデキとかフマとかカソウラとか、とどめにカエレマクレとか)

ただ、はっきり言ってアクションは乏しいですし、ディックにそんなものを求める向きは少ないでしょうが、キャラ萌えもしません。
まぁ、タゴミ大臣はいいキャラしてるので、おじさま萌えにはお薦めかな?
後はエドとフランクが仲が凄く良いので、薔薇妄想するとか……ないな。
結末にしても、結局何も解決していませんしね。

つまり、本作は別の時間線を生きる人たちの生活をスケッチした作品、という趣が強く、そこにディックが持っている色々な人種・文化(ドイツ人・日本人・イタリア人・アメリカ人中心)が結構なステレオタイプとして描かれており、そこに人種差別問題が絡んでくるなぁというところです。

ディック作品には、『神』と呼べる存在が登場する事が多いのですが、
前回は『パーマー・エルドリッチ』でしたし、今回は『易経』が神ですね。
全知全能すぎて、これだけ当たるなら僕も易経にハマりそうです。

もちろん、易経が言うには、世界線1・8こそが『真実』ですので、
2・0で暮らす僕たちもまた、虚構の世界で生きているという仕掛けになっているのが若干のディック成分ではありますが、
ディック成分を濃密に浴びたいなら、彼の他作品で十分だと思いますし……。

ドラマ版感想

なんだかんだで13話ぐらい見てしまいました(全40話だったはず)

まず、原作とは95%別モノ。
原作レイプと言ってもいいほどですが、300ページ超の小説を、長編ドラマでやるわけですから、オリジナル要素が多いのは当然と言えば当然ですね。

とりあえず、ジュリアナは別方向でバカ娘になっていますね。
目の前の感情に動かされて、結果、恋人や恋人の家族を犠牲にする、暴走機関車。
その場の感情だけで動いて生きていそうです。

本作で相当かわいそうなのはフランク。
いきなり(原作には出てこない)親戚を皆殺しにされたり、ジュリアナのせいで酷い目に遭ってばかり。
ただ、原作ではタゴミに装飾品を渡す以外は、どうでもいい役割しかなかった彼ですので、ドラマ版ではある意味目立っています。

ジョーは原作ではクソウザナチスですが、こちらではイケメンナチスです。まぁ結局ナチスなんですが、こっちのジョーになら惹かれる気持ちもわからないではない(とはいえフランクもいい奴なので、やっぱフランクを捨ててジョーには靡かないかな)

キャラブレが少ないのはタゴミ氏で、原作よりも更に良い人かもしれないです。

他には、人のいいカソウラ夫妻がなぜかこちらでは感じの悪いヤクザ御用達弁護士にされています。
原作では勝手にチルダンが劣等感を持って内心好んだり憎んだり忙しかったですが、こちらのカソウラ夫妻はあんまり良い人には見えないですね。
それに伴ってチルダンが原作よりもマシになっています。

原作ではナチスが日本に水爆を落とそうとしているので、ナチスが完全悪役、日本はマシな役ですが、こちらでは日本がナチス統治下のサンフランシスコに原爆を落とそうとしています。
また、憲兵隊の木戸といういい味出してる悪役っぽい人がいるので、総じて日本の印象は原作より悪いです。カソウラさんたちもアレだし。
『ヘンテコ日本』は原作にある意味忠実で、切腹とかしてます。

木戸さんの他には、ジョン・スミスといアメリカ出身のナチ党員が、かなり活躍していたり、レジスタンスの人たちがよく出てきますね。
動きのない原作と違い、よく銃撃戦をしている気がしますが、別に銃撃戦に興味はない……。

ナチスの会議のシーンで「上を向いて歩こう」が流れたのは爆笑しました。何のギャグだよwと思いました。

最後まで観るかは検討中ですが、多分見ないんじゃないかな……。
積極的に「こんなの見てられるかぁっ!!」というほどつまらなくはないですが、続きが気になる!というほどでもないので、見るなら惰性で見る感じですね。 

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