著者は武田泰淳。評価はA-。


戦時中の精神病院を舞台にして、「正常」と「異常」のあやふやな境界を描いた、狂気の名作。
深いテーマ性を持った作品でありながら、活き活きと描かれた個性豊かな登場人物たちの活躍で、ほとんど飽きずに楽しめた(ただし、最初の30ページは我慢が必要)。病院を舞台に、哲学的な問いをするという意味ではトーマス・マンの「魔の山」を彷彿とさせるが、読みやすさ、面白さでは断然「富士」に軍配が上がると言えるだろう。


誰が「正常」で、誰が「異常」なのか。医師であり、最も正常であるように見える主人公も「異常」であるという衝撃のラストを紐解くまでもない。

「正常」とされる、百姓の中里親子の性根の醜さ、厭らしさ。「異常」とされる、色男患者、一条の魅力ある弁舌の数々と一種の清々しさ。突き詰めるところ、『誰が正常で、誰が異常か』ではなく、『何を正常として、何を異常とするか』を考えさせられる。