評価は A。

「大空港」「自動車」など、綿密な取材に基づく卓越した業界知識を基に、
絶妙なストーリーテリングを見せる、アーサー・ヘイリーのデビュー作。


この作品では、頑迷で、自分のやり方を絶対に変えない老病理学者が描かれている。
旧来の技術しか使わないため、診断のスピードも極めて遅く、本来助けられるはずだった患者を殺してしまうほど。
はっきり言ってどうしょうもない医者である。


一方で、元々は凄腕の医者であり、現在でも旧来の技術で救える範囲という条件付きではあるが、腕自体は鈍っていない、という点が、凡百のヤブ医者・悪役とは異なる点だろう。
作中では彼のどうしょうもない失策も描かれれば、彼の華麗な名診断も描かれている。
自らの診断に迷うシーン、それを外部の誰にも見せてはいけないと語るシーン。
診断ミスによって生命を奪われた患者を、心から悼むシーンなど、物語が進むにつれて、読者は彼の心に寄り添えるようになっていく。


医者という仕事は「生命を預かる」仕事だ。
どんな人間にもミスはある。患者側からすれば受け入れ難いものはあるが、医者もまた人間である。
しかし、最善を尽くした上でのミスと、頑固な老医者が自説に固執した結果のミスとではやはり趣きが違うというものだろう。


作品のラストで老医者は言う。「医者は忙しすぎる」と。
日々の業務が多忙を極め、新しい技術を学ぶ時間がない。体力・気力を極限まで仕事に搾り取られ、勉強する元気もない。これが実態だ、と。


ヘイリーの作品は、社会問題をも描く。
娯楽小説としてももちろん面白いのだが、それだけに留まらず、いろいろと考えさせられる話だ。
現在の日本の医師不足とはまた違うのかもしれないが、日本でもアメリカでも、今も昔も医師は忙しい。
そして忙しければ忙しいほど、人間、ミスも増えていく。
生命を預かる身としての責任・プレッシャーは想像するにあまりある。


娯楽作品としても一級で、特にエリザベス(亡くなった赤ちゃんの母親)の過去に張り巡らされた伏線を、クライマックスで鮮やかに回収して見せる腕前は、サスペンス小説さながらだ。


彼の作品を読むのは今回で5回目なのだけれど、私の中では最低でもB評価というハズレのなさ、安心して読める作家という位置が定着しつつある。
人物描写がステレオタイプ、という批判もきかれるが、僕は全くそうは感じない。
古本などでも出回っているため、読む本に迷ったらヘイリーを選ぼうという感じだ。
それにしても、デビュー作からこのレベルとは、正直恐れ入りました。