著者はマイクル・クライトン。評価はA-。
「ジュラシックパーク」といえば、スティーブン・スピルバーグ監督の映画を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか?
今回読んだ小説はその原作ということになります。
映画版でよく表現されていた、パニックものとしての要素は小説版でも十分味わうことができます。
ティラノサウルスのド迫力、ディロフォサウルスの不気味さ(毒を吐くやつです)、狡猾なヴェロキラプトルの恐ろしさ。
これら肉食恐竜たちに追い回されるシーンは、やはり手に汗握ります。
ですがそれ以上に、小説版は『科学批判』というテーマが強く語られています。
「人は、科学の力を借りて、自らを創造主=神のように思い上がってしまった。
恐竜を集めて、それらを完璧にコントロールできると思い込んでしまった」。
そういった、批判がイアン・マルカム博士の口を通じてこれでもかと語られていきます。
異常事態が起きたにも関わらず、『ミスさえなければこんなことにはならなかった。計画は素晴らしいものだった、こんな事態は想定していなかった』と言い続けるオーナーのハモンドの姿からも、クライトンがこの作品に篭めたかったテーマが浮き彫りになってきます。
昨今、日本では未曾有の大震災が起こりました。
その際に生じた、福島第一原発事故の様相は、奇しくもこの『ジュラシックパーク』を彷彿とさせるものがあります。
確かに、完璧にコントロールできれば、それは素晴らしい力なのかもしれません。
ですが、そのような完璧さを人間が持つことなどおよそ不可能。
フィクションとリアルを混同するつもりはありませんが、『ジュラシックパーク』でも、『原子力発電所』でも、小さな(?)ミスが次々に判明し、周囲に甚大な被害をもたらしました。
それは、人間の、『全てをコントロールしよう』という、思い上がりが生んだ悲劇なのかもしれません。
このテーマを、科学者であるクライトンが書いたという事実もまた、深く響いてきます。
映画版が好きだった方、小説版も手にとってみてはいかがでしょうか?
上巻は中だるみしますけれど、下巻に入ってからは本当に面白いですよ。
「ジュラシックパーク」といえば、スティーブン・スピルバーグ監督の映画を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか?
今回読んだ小説はその原作ということになります。
映画版でよく表現されていた、パニックものとしての要素は小説版でも十分味わうことができます。
ティラノサウルスのド迫力、ディロフォサウルスの不気味さ(毒を吐くやつです)、狡猾なヴェロキラプトルの恐ろしさ。
これら肉食恐竜たちに追い回されるシーンは、やはり手に汗握ります。
ですがそれ以上に、小説版は『科学批判』というテーマが強く語られています。
「人は、科学の力を借りて、自らを創造主=神のように思い上がってしまった。
恐竜を集めて、それらを完璧にコントロールできると思い込んでしまった」。
そういった、批判がイアン・マルカム博士の口を通じてこれでもかと語られていきます。
異常事態が起きたにも関わらず、『ミスさえなければこんなことにはならなかった。計画は素晴らしいものだった、こんな事態は想定していなかった』と言い続けるオーナーのハモンドの姿からも、クライトンがこの作品に篭めたかったテーマが浮き彫りになってきます。
昨今、日本では未曾有の大震災が起こりました。
その際に生じた、福島第一原発事故の様相は、奇しくもこの『ジュラシックパーク』を彷彿とさせるものがあります。
確かに、完璧にコントロールできれば、それは素晴らしい力なのかもしれません。
ですが、そのような完璧さを人間が持つことなどおよそ不可能。
フィクションとリアルを混同するつもりはありませんが、『ジュラシックパーク』でも、『原子力発電所』でも、小さな(?)ミスが次々に判明し、周囲に甚大な被害をもたらしました。
それは、人間の、『全てをコントロールしよう』という、思い上がりが生んだ悲劇なのかもしれません。
このテーマを、科学者であるクライトンが書いたという事実もまた、深く響いてきます。
映画版が好きだった方、小説版も手にとってみてはいかがでしょうか?
上巻は中だるみしますけれど、下巻に入ってからは本当に面白いですよ。