評価は A-。

読んで良かった。
ただし、面白くてページをめくる指が止まらないタイプの小説ではないし、
解りやすい山場を設定して『泣かせ』に走るタイプの作品でもない。
泣ける小説の中でも、硬派な作品と言えるかもしれない。


この本には、(恐らく世間一般としては)幸福な老人が主人公である。
家族に恵まれ、孫は27人(だったかな?)もいる。
ちょっと鬱陶しい部分もあるが、彼を心配する娘が近所に住んでいて、毎日のように様子を見に来る。  
貧乏な様子も全くない。


そんな老人が主人公なのだけど、『老い』というのはそれだけで一つの不幸なのかもしれないと感じる。
僕がこの小説に心を奪われたのは、P245のマーサの台詞である。


「瞬きしたら何もかももとに、子供時代に戻らないかなって思うことがあるわ。
また走り回りたいし、踊りも踊りたいし、好きなことも何でもしたいわ。
でもそれは無理よね。
そんなとき、わたしはどうすると思う?
アルバムを出してきてね、一枚貼ってある写真を眺めながら、この写真は昨日撮ったばかりだって思うわけ。
そうすると、また本当に若い気分になるのよ。

その後、鏡を見たり、自分の手を見たりして……(中略)
こんなことしててもしょうがないなって思うの」


この文章を読んで、涙を流す人はそうはいないだろうと思う。
けれど、何とも 言えない寂しさ、哀しさを感じはしないだろうか。

この小説は、劇的な作品ではない。ドラマチックに号泣させるようなタイプの作品ではない。
(僕はそういう、号泣作品も好きだけど)、この作品はそういう泣かせテクニックに与せず、
淡々とした描写を積み重ねて寂寥感を演出している。


そんな作者も、ラストの一文では、バランスを崩さない範囲で泣かせに来ている。
彼ならきっと、山場を前面に出して号泣作品も書けただろうな、と思わせる一文だ。 
敢えて、それを選ばなかった作者の選択は、正しかったように思う。