この作品の大きなテーマが『日常』であることは、明白であるように思います。
このゲームでは、大きく分けて2種類の『日常』が描かれております。
1つは、本作の冒険活劇部分をなしている『諜報員と(それに携わる者たち)の日常』。
あるいは、『自らの命や立たされる立場が安定していない、不安定な日常』と言い換えても良いかもしれません。
これを便宜上、「日常A」とします。
もう1つは、明人が初めにいた、あるいは僕たちが日常と聞いたときに思い描くような、『安定した日常』です。
突発的なアクシデントなどもたまにはあるかもしれませんが、基本的に『平和で安定して、ちょっぴり退屈な日常』です。
これを便宜上、「日常B」とします。
決して交わらないはずの、この2つの「日常」をとても丁寧に描いた作品が本作「スカーレット」です。
本作序章は、「日常B」の住人でありながら『非日常』に憧れる明人が、
「日常A」の住人であるしずかと出会うことから始まります。
「平和な日常」を過ごす身でありながら、「退屈だなぁ。面白いことがどこかにないかなぁ」と考えてしまう明人の気持ちを序章で丁寧に描いたこと、それに共感できたことは本作を楽しむ上で割と大きなポイントでした。
普通に考えれば明人の考えは実に甘い、平和ボケした思考であり、叩かれても仕方のない部分もあると思います。
ですが、序章で彼の気持ちに共感することができたため、
「まぁ仕方ないか。気持ちはわかるもんな」と納得することができました。
一方のしずか。「日常A」の住人であったしずかは、「日常B」に憧れています。
2人は、それぞれお互いの「日常世界」を羨ましく思っているわけですね。
ゲーム内でも「ないものねだり」と評されておりますが、実際こういうことはよくあることで
ゲーム内でも「ないものねだり」と評されておりますが、実際こういうことはよくあることで
私自身、身につまされるものがありました。
それでは、各章についてざっと振り返っていきます。
1.2章は、「日常B」の住人であった明人が、しずか、そしてしずかの兄である九郎の力を借りて
「日常A」の世界へ飛び込んでいく話です。
2章、ミビア共和国の不安定な政治情勢はそのまま、不安定な日常でもある「日常A」と。永く続く確固たる政治基盤は、安定した日常である「日常B」と対応しています。
個人的に、このゲームにおいてもっとも大きな転機は、ヒロインである「しずか」のルーツが描かれた
3章だったと思います。
3章だったと思います。
しずかの祖母(的存在。以下略)であるエレナ、母であるイリカの2人が生涯願い続け、為しえなかった
「家族との穏やかな生活(日常B)」。
病という理由で「不安定な日常」に暮らすことを強いられた2人と、
「孤児となり、諜報員の一家に引き取られた」という理由でやはり
「不安定な日常」でしか生きることのできなかったしずか。
「孤児となり、諜報員の一家に引き取られた」という理由でやはり
「不安定な日常」でしか生きることのできなかったしずか。
この親子3代の「日常Bへの希求」を、浮き彫りにしたのが3章でした。
最終章でもある4章では、明人としずかが結ばれ、明人が一時足を踏み入れた「日常A」から元いた「日常B」へと帰還する姿が描かれます。
また、同時にしずかが親から引き継いだ夢、「日常B」への移住を果たす章でもあります。
幕を閉めるのは、「日常B」の世界で生きる明人が、「日常A」の住人である九郎・美月と邂逅するシーン。
非常にほろ苦く、切ない終わり方に胸を打たれました。
明人の立場から考えると、幸せでありながらも、失われた「日常A」への未練が残る切ないエンディング。
ですが、この作品をしずか視点で振り返れば、紛れもないハッピーエンドでした。
そしてこの見方を強力にサポートしてくれるのが、3章で描かれたエレナ・イリカの存在と言えそうです。
最後に、一言感想でも書いた「女は強い」にも言及しておきます。
この作品では、「日常A」と「日常B」を、主要登場人物が移動します。
ですが、この移動を成し遂げたのは全て女性なのです。
まず男性から見ていきます。
この世界間移動を果たそうと頑張ったのが明人君。
既にふれたとおり、「日常B」から「非日常」に憧れて「日常A」へとシフトします。
しかし、結局最終章ではしずかを幸せにするため、「日常A」から元の「日常B」へと帰還してしまいます。
よって結局、「世界間移動」は果たせませんでした。
より顕著なのが九郎君で、彼は全く動きません。
「日常B」に憧れるそぶりはあるのですが、しかし生き方を変えられない。
一方女性陣はと言いますと、主要キャラクターの全てが世界間移動に成功しています。
最も凄かったのは、美月でしょうか。
「日常B」の住民であった彼女は、九郎への想い一つで「日常A」へと飛び込んでしまうのです。
そしてラストでも堂々と九郎の隣の位置を保持しています。
このバイタリティはあっぱれと言えそうです。
前述したように、しずかもまた、親子三代にわたる「日常B」への旅を成し遂げています。
エンディング、子供を抱える彼女の笑顔が、とても印象的でした。
またアメリアも、4歳の頃からずっと過ごしてきた「日常A」に別れを告げ、「日常B」の世界で暮らしているようです。
「生き方」に縛られる男性と、「生き方」を変える力を持った女性の対比が
とても印象深い本作でした。