主人公の典史と、ヒロインの祐未。
本作「恋ではなく」は、幼い頃から競い合ってきた二人の関係性を丁寧に描いた作品だ。
グランドルートで特に強調されるその関係は、ある種の理想系である。
ただ、祐未の性格は相当に癖が強く、ある程度は必要にしろもう少し抑えられなかったのだろうか、という疑問符はつく。
(長文感想はネタバレ有り&祐未についてはそこそこ辛辣です)


【典史と祐未―主役二人の性格―】


3つの個別ルート、それらをクリアした末に用意されているグランドルート。
このゲームには計4つのルートが存在しますが、主人公、八坂典史と結ばれるのはどのルートでも、ヒロイン、槙島祐未です。
祐未以外にもいくらでも魅力的な女性キャラは存在しますし、典史に好意を寄せる女性キャラも複数存在するのですが、典史が選ぶのは祐未だけなのです。
祐未以外のヒロインはというと、エッチシーンも用意されていませんし、裸CGに関してもお風呂で好佳嬢が1枚披露してくれるだけ。
とにかく、祐未。そういうゲームなのです。


そんなゲームなのですが、残念なことに祐未という女性はとんでもない『ビッチ』。
身持ちが悪いとかそういう意味ではなく、性格が『クソッ』(ゲーム上の典史の口癖)なのです。


いやまぁ『クソ』だと感じるのは僕の主観ですし、これでは説明になっていないので、言い換えれば
『異様に競争意欲が強く、攻撃的で、素直になれず、キツい性格』です。


「蓉子を脅してバレンタインの邪魔をした」1件や、
散々迷惑をかけた尚人に対して「(私のことが好きだったんだから、迷惑をかけられても)本望でしょ」と嘯くシーンなど、彼女のクソさ……攻撃性の強さは執拗なまでに描写されています。


祐未の持つ攻撃性は、作品テーマを考える限りある程度は必要だったと思うのですが、何もここまでキツくしなくても良かったのでは?
とも思います。
何よりヒロインは祐未一人で、その祐未がなかなかに鼻持ちならない性格をしている。
というのは、読了への著しい妨げとなりかねません。
そのクソさ、言い換えれば『猛獣を思わせる猛々しさ』こそが彼女の魅力でもあり、
彼女を容易に忘れられない強烈なキャラクターに仕上げているのは事実ではあるのですが……。


さて、対する主人公の典史もなかなかに酷いです。
彼の思い込みの激しさもまた、読み手を苛々させるものがあり、
扶ルートでは祐未の気持ちも考えず「あっちゃんとゆーちゃんはお似合いだね!」とばかりに、強引に二人をくっつけようとしますし、
尚人ルートでは(ある種仕方ないとはいえ)、誤解から尚人を勝手に敵視し、恩人である彼に凶器をもって殴りかかるという失態をしでかします。
空気も読めませんしギャグは寒いしで、言ってはなんですが、割と痛い子という印象です。


そんな二人の恋物語を読まされるのですから、当然ストレスは溜まります。
扶・好佳・美月・亮輔・朋子・幸一・尚人・省吾・蓉子などなど、周囲を固めるサブキャラクター達は男女問わず揃いも揃って良い奴ばかりなだけに、
なおのこと主役二人の痛さが目についてしまうのです。
故に脇役陣とのやりとりが多い共通ルートは楽しいのですが、
個別ルートに入り二人のやり取りが増えると(特に、扶・尚人の2ルート)途端に読むのがしんどくなってしまいました。
「痛い男女が周囲を振り回し、迷惑をふりまきながらも結ばれる」物語……と言ってしまうと、身も蓋もありませんでしょうか。 

また、そんな二人をくっつけようと動くキャラクターもいて、それがまた不快だったりもしました。


祐未のウザさが際立つのは、生来の彼女の性格以外に、1ヒロイン制というゲーム構成の問題点も大きいと思います。
もっと他に可愛い子がいるのに、そちらを選べない悲しさ。
複数ヒロイン制のゲームとは違い、4ルート全てが祐未と結ばれるので、二人の恋物語を都合4回も読む羽目になること(それだけ、彼女の登場シーンが多いということ)。
祐未の恋は必ず成就する……つまり、彼女は決して『敗者』にはなりません。
個人的には祐未が負けるシーン、その鼻っ柱が折れるシーンも1度くらいは見たかったのですが……
常に負け続ける扶とはえらい違いです。


【グランドルートで描かれる、二人の関係】


さてこのゲーム、個別ルートにはHシーンが用意されているのですが、グランドルートにHシーンはありません。
結局は『恋愛(SEX有りの男女関係)』に収斂する個別3ルートとは違い、グランドルートでは
最後まで二人の関係は、「恋ではなく」なのです。


その関係は、相手との限界のない競争を続け、互いが互いを高みへと導き続ける、
最高のライバル/パートナー。
SEXなしに、ただ互いが『特別である』というプラトニックな関係。
信頼・執着・敵意・愛情。そんな全てが混ざり合った、感情、関係性。 
グランドルートで描かれたそんな二人の関係性は、非常に稀有なもので、ある種の理想として心に残るものがありました。

この関係こそを望む祐未ならば、確かに典史以外の男は(少なくとも、扶や亮輔は)
相応しい相手ではない。



お互いが攻撃性を剥き出しにして、互いを高め合う。
そんな関係を描くのですから、ヒロインの造形が強気でキツい性格になるのは無理もなく、
「殴り飛ばしてやりたい」ような憎々しさも必要だったと、読み終わった今は思います。


思うけれど……やっぱり僕は、祐未みたいな女は嫌いですし、
本作を読むにあたり、忍耐を強いられたのも事実です。



【その他雑感】


典史と祐未以外の登場人物は総じて好印象だったりします。
何せ、女性陣で一番嫌いな人物が祐未、
男性陣で一番嫌いな人物が典史という徹底ぶり。


蓉子・朋子・好佳・美月……上述したようにこのゲームのテーマは解っているのですが、それでも彼女たちも攻略したかった!
ルートはなくても、せめてエッチシーンくらいはあっても良かったと、強く、強く、思うのです。
亮輔×蓉子、省吾×朋子、扶×好佳、幸一×美月のエッチシーンが見たかったですよ、僕は。
なんならオナニーシーンだけでもいいですから、ファンディスクでもいいですから!
……ダメですか、そうですか……(しょぼん)。
 

典史は朴念仁なので仕方ないのですが、本当にどうして祐未を選んでしまうのか。
僕ならあの流れなら絶対蓉子に心惹かれると思うのに……。


最後に唐突ではありますが、このゲームで特に印象に残った文章を2つほど引用します。



①(引用)

好佳「生まれもったものなんてなにひとつ関係がない。つねに、情熱の足りない人から真っ先に挫折していく……
本当の意味での才能なんて、あたしは見たことがありません」

扶「なにが違うって言うんだよ。
いつも……いつも……選ばれるのは、典史じゃないか!」

(引用ここまで)



扶はどのルートでも、不憫な運命を辿ります。
個人的には典史よりも遥かに人間ができていて、本当にいい奴なのですが。


早狩氏は以前から、『選ばれなかったキャラクター』の心情をきちんと描いてくれるライターさんですが、
今回もまた、全てのルートで「失恋組」の心情が描かれます
(扶は4ルート中3ルートで振られてしまい、失恋シーンも3種類あります……)。


このシーンは扶を奮い立たせようと懸命に発破をかける好佳の姿と、
(どのルートでも祐未と結ばれるエロゲ主人公典史と、どのルートでも典史に勝てないサブキャラクターである)扶の悲憤がにじみ出ている、素晴らしいシーンだったと思いました。



「初めてにしては十分凄い」と甘めの採点をくだす周囲とは違い、扶を愛し、扶の可能性を強く信じる好佳だけは容赦をしません。
自分の力を過小評価し「才能が足りなかった」と自分を慰める扶に対して告げられたこの台詞は、好佳が扶へ向ける期待・愛情がたっぷり詰まった台詞であると同時に、
ライター早狩氏の才能論としても読める、興味深い文章になっています。


それに対する扶の台詞。
数多あるエロゲーでは、主人公がヒロインと結ばれる一方、サブキャラクターは結ばれない運命にあることも多いですよね。
彼ら、結ばれない「運命」にあるサブキャラクターは、扶のような気持ちを常に抱いていたのではないでしょうか。
そんなことを考えさせられる文章でした。


それにしても好佳ちゃん、優しくも厳しいですね。




②(引用)

蓉子「……迷惑?」
あたしは、続けてなにかを言おうとした典史くんを、強引に遮った。
われながら、
卑怯な訪ねかたよね、とおもう。
嫌らしい、女の手練手管だ。汚い。
だから大人になった……なんて褒められても、素直にはもう、喜べない。
こんな、薄汚れた問いかけを、
あたしは……悲しげな笑みをうかべながら投げかけることができる女になってしまった。
蓉子「あたしが好きでいるの、典史くんにとって、迷惑?」
典史「……迷惑、のわけがないだろ」
……ほら。
問われた男は、そう、答えるしかない。
そんなの、最初から見えている。

(引用ここまで)


特に解説することもないのですが、蓉子のアプローチの仕方、そしてそれを自省する彼女の姿勢は
僕にとっては非常に好ましいものに映りました。
明け透けな「好き好き光線」とは違う、非常にリアルで繊細なアプローチ。
  
こういう男女の距離の詰め方を表現できる、表現してくれるライターはエロゲ業界ではとても希少で、
僕が早狩氏のファンを辞めない大きな理由の一つです。


今回の祐未の造形は、リアルさ故のウザさが際立つ結果となりましたが、
これからも早狩さんの書くリアル志向の恋愛作品を読んでいきたいなと思っています。