88点。


私たちは日々、繰り返す日常を生きている。今日も明日も明後日も、大して変わる事のない日々。
けれど、そんな日々の中にぽつんと眠る、特別な1日。
たとえば、前から「いいな」と思っていた娘に、突然プレゼントをもらった日。
たとえば、大切な姉を傷つけてしまった日。あるいは、ほとんど話した事がないクラスメイトと言葉を交わした日。
記憶を振り返ると、そんないくつもの特別な1日が想い出になり、胸に残っていることに気がつく。
このゲームは、卒業を4日後に控えた主人公が、そんな特別な1日たちの事を思い返しながら、最後に残された4日間を特別にしていく物語である。
三人称の落ち着いたテキストと、コンパクトに引き締められた無駄のないストーリー展開で、ほぼ飽きることなく存分に浸ることができた。
ノスタルジアに満ちた作品で、自らの学生生活を振り返り「こんな青春を送りたかった」としみじみと感じた。






*この感想はポエムチックなものになっているので、そういうのが嫌な人は読まないでください。


★優佳、香織、美夢シナリオについて


なぜ過去を思い返すとき、何でもなかったはずの思い出が光り輝き、胸を打つのだろう。
永遠に続くように思える退屈な日常を、なぜもっと大切にできなかったのだろうと、過ぎ去ってから思う事がある。
自分語りで恐縮だが、少し高校時代の記憶を書かせていただくと、たとえばあのクラスメイト。
ギャルメイクをばっちりに決めていた彼女が少し目を潤ませて読んでいた漫画は、僕が何度も感動した作品でもあった。
あの時、気後れせずに話しかけたなら、ひょっとしたら友達になれただろうか?  
あるいは、音楽の選択授業で毎回席が隣だったあの子。
奥手だった僕はこちらからはろくに話しかけられなかったのだが、よく向こうから話しかけてくれた子がいた。
しかし、選択授業以外で積極的に話そうとしなかった結果、彼女はある日突然高校を中退してしまい、その後どうなったかはわからない。
そんなふうに、ちょっとした接点があったにもかかわらず、結べなかった縁というものがある。  
本作の優佳、美夢、あるいは香織シナリオをプレイしていると、そんな彼女たちのことを思い出す。
 

どんなに望んでも、時は巻き戻せない。
だが、そこを敢えて巻き戻してみせたのが、フルボイス版にて新たに導入されたアナザーストーリーだ。
このアナザーストーリーは一部蛇足めいたルートも見受けられるが、優佳、そして美夢ルートについては、やはりアナザー込みで評価したいところだ。


主人公の涼は、美夢の体調について、何かがおかしいと察知するも放置してしまう。
その結果、美夢は死ぬ。
もしもあの時、強く検査に行くことを薦めていたら?
それが描かれるのが美夢のアナザーストーリーになる。


本編、優佳シナリオの位置づけは特に面白い。
卒業まで残り4日になるまで、ろくに話したことのなかった少女と、想いを交わすルートだ。
僕が学校を卒業する4日前には、新しい友達を作るなんて思いつきもしなかった。
けれど、ひょっとしたらできたのかもしれない。もちろん優佳ルートがフィクションなのは重々承知しているが、
もっと積極的に行動すれば、たった4日でも大切な思い出を作れたのかもしれない。そんなことを考える。
なお優佳に関しては、同窓会で再開する別エンディングも味わい深い。

それにしても、昨今の商業エロゲではこういうシナリオはまだ作れるのだろうか?
仮にもし作れないのだとしたら、非常に大きな損失だと思うし、率直に言ってしまえばつまらないなと思う。
勿論、ヒロインが援助交際の娘だらけになったら僕だって嫌だけど、たまにはこんな話があってもいいんじゃないだろうか。
そして願わくばそのシナリオが、本作のように質の高いものであってほしいと思う。


香織シナリオの、付かず離れずの関係も面白い。
せっかく親しくなっても、環境が変わると会わなくなってしまう。
中にはそれでも残る絆もあるが、多くの人間関係は環境によって左右されてしまうだろう。
特に本編の涼と香織は、最後の4日間で涼が手を打たなかったならば、きっとそうなったことだろうと思う。 


そういえば、高校一年生の時の担任の先生を、僕は信頼していた。
今思えば、本当に出来の悪い小説もどきを読ませては感想をいただいていたのだ。 
ただでさえ忙しい教師に対し、今の僕ですら読むのを躊躇する稚拙な自己満足の駄文、
とどめは芋虫がのたくるような手書き小説である。
とんでもない黒歴史だ。 
 
しかしそんな恥ずかしい行為はともかくとして、僕はその小説を2人にしか見せていない。
当時の友達1人と、その先生だ。
見たがるクラスメイトもいたのだが、断ったのだ。自分の心を読まれるようで、恥ずかしかったから。
笑われるんじゃないかと怖かった。そんな僕が、その2人には見せた。
つまり僕はそれだけ、その友達を、そしてその先生を信頼していたということだ。


そして、卒業の時。「また遊びに来ます」と言ったのだ。口では。
何を勘違いしたのか、「新作を書いたら持っていきます」とも言った。先生は笑顔で応援してくれた。
結局、高校卒業以来、一度も遊びに行っていない。
香織先生とは違って、(ルックス的にも年齢的にも。失礼)恋愛対象にはなりようがない先生ではあったけれど、好きな先生だった。
 
 
香織に関しては、アナザーストーリーの方が面白かった。
本編だととっつきにくさを感じた香織だったが、アナザーでは彼女の心理描写が丁寧に描かれていた分、親しみやすく感じたのだ。


★杏子、歌穂シナリオについて 


以上の3人のシナリオとは違い、杏子と歌穂の文芸部シナリオはより「理想」に近い。
この両ルートで描かれる『青春』は、本当に読んでいて羨ましかった。
作中で取り上げられていたフィリップ・K・ディックやロアルド・ダールといった作家は、僕も読んでいる。
なのに何故、僕の通っていた学校には、美少女2人と一緒に本を読みあう部活がなかったのだろう……。
そんな羨ましい部活があったならば、帰宅部なんてやっていなかったのに。
早く帰ってゲームをやる、早く帰って漫画を読む。アニメを見る。
それはそれで楽しかったのかもしれないが、やはりもっと『リア充』したかったと思う。


杏子と歌穂、どちらも素敵な子で捨てがたいが、敢えてどちらかを取るというなら僕は杏子を選ぶ。
探していた絶版本に挟まれたラブレターは反則だ。
そんな趣向をこらされたら、チョロい僕はそれだけでときめいてしまう。
まして杏子のような女の子だ。きっと僕は即座にOKしてしまうことだろう。


もちろん、歌穂だっていい。
歌穂は、優佳ほどではないにせよこれまた昨今あまりお目にかからないであろう、『親友の彼女』という立ち位置だが、切なくて実に良い。
僕も学生時代、(親友じゃないけど)『友達の彼女』を好きになった事がある。
優佳同様こういった設定の物語も、僕はもっと見たいと思う。 


ただ、この2ルートは割と展開が似ているので、後に回したヒロインのルートはどうしてもややダレ気味にはなる。
また、この2人のアナザーストーリーに関しては正直に言うと、あまり面白くない。
というのも本編と、大して変わらないからだ。本編と違うのは、主人公とヒロインが付き合う時期ぐらいのものである。
もっとも、卒業まで残り4日になってから結ばれるよりも、卒業までのある程度の時間、ラブラブでいた方が楽しいことは確かだろうが。


ところが、結ばれるタイミングというものは重要なもので、優佳アナザーではむしろ、早い時期に結ばれた方がうまくいかないのだから面白い。
しかしあのビターなエンドも、あれはあれでなかなかクるものがあった。


★あやめシナリオと総評


さて、ここまでの5ルートは多分に僕のノスタルジーを刺激してくれたが、ねーちゃんことあやめシナリオは少し趣が異なる。
あやめシナリオは唯一、学校とは無関係のシナリオである。
ここで語られるのは姉弟の絆、自立、子供時代からの卒業である。
このシナリオを読むと、数ある涼を思うヒロイン勢の中でも、ねーちゃんとの絆は特別なのだなぁと思う。
ねーちゃんと結ばれなきゃ嘘だ、とすら思う、非常に印象的なシナリオである。
このシナリオも僕は好きだ。
好きなのだが……上の5ルートとは違い、このシナリオはあまりにも僕の学生生活とは違いすぎて、ノスタルジーを感じることはできなかったし、
特に羨ましいとも思わなかった。


やはり僕は、文芸部に所属して杏子と歌穂に挟まれてどちらかを選ぶ学生生活が羨ましい。
とても羨ましい。こんなに主人公が羨ましいと思うゲームは、滅多にない。
そういう意味で、あやめシナリオのインパクトは強烈だけれども、僕にとっては本作を代表するルートはあやめではなく、文芸部二人のルートである。  


永遠だと思っていたあの頃は、実際には永遠ではなかった。
しかし、特別な日々たちは、思い出として『永遠に』胸に残り続けるだろう。
そんな『永遠』が綴られる作品、それこそが本作「Crescendo」である。