著者は山口雅也。評価はA+。


「死者が蘇る世界で、ゾンビとなったパンク探偵が殺人事件を解き明かす」というあらすじを聞いた時、
そしてこれが著者のデビュー作だと聞いた時、「あー、奇をてらったんだなー」と思った。


アイディア勝負、思いつき勝負で珍奇なアイディアからスタートする、大して面白くない小説というのは
結構あって(特に新人賞受賞作に多い気がするが)、そういうのよりも地味でもありふれていても良いから、もっと地に足のついた、良質な物語が読みたいという思いを割と長い間抱えている私である。

あるいは、地に足のついた良質な物語なのに、客寄せパンダのように一点だけ奇妙で目を惹く(しかも物語上必要のない)設定が浮いているような作品もたまーにあって、そういうのを見ても残念な気持ちになってしまう。


しかし……正直すまんかった。
本作はそんな「奇をてらっただけの、インパクト・驚き重視の稚拙な話」では全くなかった。
「死者が蘇る世界」での「殺人」を真摯に捉え、一本芯の通ったエンタメ作品として
非常に完成度の高い作品になっていた。


作品に横溢するのは「葬儀」と「パンク」。
あっけらかんとした内側に乾いた絶望を内包する世界観と、葬儀。
そこに人間の生死が奇妙にマッチしており、表面的な湿っぽさは作品内にほとんど存在しない。
ユーモア溢れる文体で、クスクス笑えるシーンも多数存在する。
特にヒロインのチェシャの存在感が良く、ローラースケート棺桶暴走のシーンは本当に素晴らしかった。
それでいて、読み終えた後ほのかに物悲しさを感じてしまうのは、やはり諸行無常、
人は生き、そしていつか死ぬという事実故なのか。


金にしがみつくジョン、ウィリアムとイザベラの不倫関係、暴走するチェシャのブレーキを踏むグリン、勘違い推理を連発するトレイシー、狂信者モニカなど、
本人にとっては「重大な事」でも、傍から見れば(良い意味でも悪い意味でも)くだらない、
「しがらみ・こだわり」に多くの人は囚われて生きている。
そういった囚われに満ちた人生を俯瞰して、笑い飛ばしてしまうような。
滑稽な中に、煌めくものもある、そんな人の一生についても考えさせられた。


パンク+葬儀の組み合わせは、去年読んだ、真藤順丈の「庵堂三兄弟の聖職」でも登場したが、
本書の方がもちろん先である。
この2つ、妙に取り合わせが良いのかもしれないと、今回改めて感じた。


作品にリアリティを持たせているのは、キリスト教的土葬の習慣と、火葬の取り合わせや
マーケティングを含めた葬儀業界の蘊蓄だ。
なるほど、と読ませる部分も多く、知的好奇心を満足させてくれる。


本格ミステリとしても読み応えがある作品ではあるし、ゾンビがゴロゴロ出てくるにも関わらず、
特にグロい作品でもない(本当にちょっとでもダメな人は無理かもしれないが)ため、
割と人に勧めやすい作品でもある。


心に爽やかな風が吹き込むような、生気に満ちたチェシャの大冒険が、とりわけ印象的な
とても良い作品でした。