アガサ・クリスティとディック・フランシスを紹介したこの連載(?)ですが、既に1年以上ご無沙汰です。

最近、ディック・フランシスについて紹介した記事に拍手をいただき、嬉しくなったので、モチベーションがむくむくと上がり、第3回を書くことになりました。

フィリップ・K・ディックのご紹介(初読者向け)

幾つもの作品を読んでも、特徴を掴みにくい作家がいる。
一方で、特徴が明瞭な作家もいる。
フィリップ・K・ディックは間違いなく、後者です。

全作読んだわけではないですが、彼の物語世界は手を変え品を変えているものの、1つのパターンしか存在しません。



これまで数多くの『ディック論』が書かれてきたでしょうし、
僕がこれから書こうとするディック紹介も、
数多あるであろうディック論とそう大差ない内容になるであろうことは、容易に想像ができます。

それでも、情報を自分なりに整理しておきたいという欲もありますし、せっかく書くのだから、
何らかの参考になればと願っております。

ディック的世界に触れた日

今、ここに生きている自分とは、一体何者でしょうか?
今、目に映る世界とは、本当に存在する世界なのでしょうか?

ひょっとしたら、この世界は5分前に誕生したのかもしれません。
今ここにいる自分は、本当は5分前に誕生したのかも?

そんなバカな、僕は〇〇年に東京で生まれ、××小学校に通った記憶がある。
5分前に誕生したわけがない!と思った方もいるでしょう。
でもその『記憶』が『作られたものだとしたら』?

大体、5分前に誕生したばかりなら、なぜ髪の毛が後退しているんだ! なぜほうれい線が濃くなってきているんだ!
などなどと思った、そこのあなた。

それは、加齢に伴う現象が『知識』としてあなたの頭の中にあるから。
でも、その『知識』もまた、『5分前に出来上がったものだったら』?

僕が本格的なディック『的』世界に初めて魅せられたのはRPG『ファイナルファンタジー7』です。

未来の地球を舞台にした壮大なSFストーリーであるFF7は、主人公クラウドの、いわゆる自分探しの物語。

『エリート(ソルジャー)としての記憶』を持ち、自分をエリートだと信じてやまないクラウドの正体は、
『ソルジャーになれなかった、落ちこぼれ』。
退廃的な未来都市ミッドガルも、まるで『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』を彷彿とさせる『FF7』。

環境問題やテロリズム、RPGに付き物の『モンスター』の存在にまで踏み込むなど、大人向けの
……少なくとも小学生向けとは到底言えない、深いテーマ性を盛り込んだ『FF7』は、ディック的世界を当時の僕に教えてくれました。

そこから更に踏み込めば、『新世紀エヴァンゲリオン』に繋がるのかもしれませんが、
「いいからディックについて話せよw」と言われかねないので、前振りはこの辺で。

ディックの問題意識とは

自分とは何か。世界とは何か。
自分を疑え。世界を疑え。

そんなテーマに胸をドキドキさせた子供の頃の僕。
ディックの描いているテーマというのも、実はほぼこれだったりします。

しかし、安全圏から『ファンタジー的スリル』を感じる子供の愉しみとは異なり、
ディックの抱く『世界の不確かさ』は、ずっと、ずっと、深刻で、『およそ書かずにはいられない』ものでした。

麻薬なのか、精神病なのか。おそらくはその、複合。
幻覚・幻聴に悩まされていた(であろう)ディックにとっては、
本当に『自分』も『世界』も、信頼できないものだったのです。

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』


では、『人間そっくりのアンドロイド』の存在が、
『人間とは何か』、『自分は本当に人間なのか』という疑念を主人公に抱かせます。

高い城の男

高い城の男著者: フィリップ・K・ディック/浅倉 久志

出版社:早川書房

発行年:1984

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『高い城の男』では、ナチスドイツが第二次大戦に勝利した世界を舞台に、
『連合国側が大戦に勝利した』という本が登場し、
『現実』と『フィクション』が、混ざりあっていきます。
世界の本当の姿が、わからなくなっていくのです。

このように、ディックの世界におけるテーマは終始一貫しています。
何冊か読めば、大体ディックについて知(ったような気にな)ることができます。
ディック世界に魅せられた方は、どんどん読んでいけば良いのですが、
「とりあえず2~3冊読んでみる」くらいでも、特徴は掴める作家ではないでしょうか。

では、どの作品を読めばいいか、というと非常に難しい。
何が難しいかって、どうも世間の人気と僕の評価がズレているように感じるからです。

お薦めのディック作品

ディック作品で恐らく最も知名度が高いのは『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』でしょう。
そして、次点は権威あるヒューゴー賞を受賞した『高い城の男』でしょうか。

でも……うーん。
この2作、面白かったかなぁ……。いや、僕は正直に言うとあんまり……。
とはいえ、まずは世間の評価にならって『アンドロ羊』を読んでみるのはいかがでしょうか?

で、ハマれば良し。ダメだったら?


僕は『ユービック』を推します。
夢の中で夢の中で夢を見るような、架空世界から抜け出した、と思ったらそこも架空世界のような、
そんなめくるめく酩酊感はいかにもディック味。

それでいて、文体も展開も軽快でエンターテイメント度が高く、非常にとっつきやすい作品となっています。

スキャナー・ダークリー

スキャナー・ダークリー著者: Dick Philip K/浅倉 久志

出版社:早川書房

発行年:2005

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重量級の代表作は、この『スキャナー・ダークリー』でしょうか。
麻薬中毒に陥った作家が、麻薬を真正面から描いた、ずっしりとした読後感が印象的なこの作品。
『ハイ』なシーンも多いのですが、そこはかとなく物悲しい。
ディック作品という括りではなく、薬物中毒を描いた作品の中でも白眉だと思います。

初読者の方はここまで。


ディックにどっぷりとハマってしまった方にお勧めしたいのが、この『ヴァリス』です。

ディック作品における主人公は、ほぼ例外なく『自分』や『世界』を疑う人物でした。
それは=作者であるディック自身が、薬や精神病の影響で、『自分』や『世界』を信じられなかったから。

そんな作者をそのまま主人公にして、紡がれているという意味で、ディックの作品はどの作品も
自伝的要素が非常に強いと言えます。
その極点が、麻薬中毒者を真正面から描いた『スキャナー・ダークリー』。

そして、『統合失調症の作家』を主人公に描かれたこの『ヴァリス』です。
ディックの見ていた白昼夢。ディックの目を通した世界の見え方。彼が抱いていた想い。
この作品には、過去のディック作品への言及がそこかしこにあります。
そのため、できれば最後に読んだ方が良い。全作読んだ後、とはもちろん言いませんが、
何作か読んだ後が望ましいです。

作者が用意してくれた物語や、その登場人物に没入し、一喜一憂しながら楽しむのが読書の楽しみ。
そのうえで、物語を用意してくれた作者自身の人となりを知り、
作者と『友達』になるのも読書の楽しみだと思います。

ディックは僕が生まれる前に既に亡くなっているけれど、作品を通して彼を知ることができる。
もちろん、この記事に書かれているのは僕の目を通したディックの姿であり、現実のディックとは違うものかもしれないけれど。

もっとも、フィリップ・K・ディックなどという人は、本当はいなかったのかもしれませんね。
今ある事物は全て5分前に作られたのかもしれません。
書店に並ぶ本も、図書館にある本も全て5分前に用意され、このブログも5分前に用意され……
そして、この記事もまた、5分前にはなかったのかもしれません。

完全に備忘録 ディック作品 評価(S~E)

ユービック A+
スキャナー・ダークリー A+
ヴァリス A
虚空の眼 B
パーマー・エルドリッチの三つの聖痕 B
アンドロイドは電気羊の夢を見るか C
高い城の男 C
流れよわが涙、と警官は言った C
火星のタイムスリップ C
偶然世界 D

(同じようなテーマの作品ばかりなのに、『楽しめる』作品と『楽しめなかった』作品の差が非常に激しいです。
しかも、自分の評価と世間の評価があまり一致しません。自分でもとても不思議です。
↑の評価を見て、立腹なさる方がいたらごめんなさい)