「レベッカ」+「わらの女」+「?」。名家に嫁いだ踊り子と、繊細で容赦なき心理描写
評価はS。
作品紹介の趣が強く、犯人については触れていないのでネタバレなしにしましたが、ややバレです。
読む予定が既にある方は、ご注意願います。
感想を書く難しさ
年間ベスト級の名作である。
このような、あまりにも見事な作品に出会った時、どう感想を書いていいものやら困ってしまう。
欠点だらけの作品は、不満をぶちまけるだけで感想になってしまうし、長短それぞれある作品も同じだ。
しかし、本作に欠点は……僕が考える限り、唯一つしかない。
名シーン1か所に絞って書くとか、『作品テーマ』について書くとか、
そういったアプローチができればまだいいが、本書に関してはそういうアプローチも難しい。
ストーリーを紹介する事でその凄さが伝わるような、そういうタイプの『ド派手な展開』や『奇抜さ』もない。
あるいは、『(個人的名作なのに)世間では不当に評価されている』とか、
『いろいろな解釈が考えられるので、自分の解釈を書いておきたい』とか、そういうわけでもない。
もう、こういう作品は『頼むから、騙されたと思って、僕を信じて読んでくれ!』としか言いようがない。
『レベッカ』のマンダリンを思わせるように、情景描写は美しく、
『ロウフィールド館の惨劇』を思わせるように、心理描写は繊細かつ凄絶で、陰湿かつ邪悪ですらある。
『終りなき夜に生れつく』のように甘く切なく、叙情的な中に、叙述トリックまで忍ばせてある。
もう、「いいから読んでくれ! 読めばわかる!」としか言いようがない。
ミステリ新人賞で入賞を逃したとwikipediaには載っていたが、何とも恐ろしい話だ。
もし僕が応募した新人賞にこの作品が紛れ込んでいたら、きっと絶望してしまうだろう。
(僕はミステリ作家志望ではないが)、『こんな作品を、人生で1作でも書き残せれば』
それだけで満足してしまう、そんな作品だ、これは。
身分違いの結婚
作品を軽く紹介するなら、主人公のヌードダンサーが金持ちのボンボン(死語?)に求婚され、結婚する。
しかし、名家に迎えられた元ヌードダンサーは、使用人やら家族たちの冷たい視線に晒され、そしてそんな中、殺人事件が起こる。
というのがストーリーラインだ。
高貴な名家に嫁いだ身分の低い女性が、姑などにいびられながらも頑張るタイプの物語。
これらは主として女性作家によって描かれているように思う。
男性作家の手による作品は、ちょっと記憶にない(探せばあるのだろうと思うけど)。
身分の低い男性が、名家の女性と~という話も、あまり読んだ記憶が無い。
嫁―姑問題的なモノというのはきっと世の中にありふれていると思うが、
逆だって恐らくたくさんありそうなのに、題材としてはほとんど語られる事がないのは謎である。
主人公が男では、読者ウケしないのであろうか?
男の作者には、繊細かつ陰湿な心理描写が書けないのだろうか?
そんな事もないと思うのだが……。
ミステリで挙げるなら、金持ちの家に嫁いだ後妻の受難を描いた『レベッカ』(後半は全然別の話になってしまうが)、
そして、欲の皮が突っ張った女性が詐欺男にハメられてしまう『わらの女』などの系譜に属する物語だと思う。
もう1作、見出しで伏せたのは、アガサ・クリスティの*『終りなき夜に生れつく』だ。
こちらは、『叙述トリックの巧みさ』と、『ロマンスの香りのする、悲劇の結婚物語』というのが共通項だ。
いずれも『女性作家』が描いた、『女性主人公視点での』、『結婚にまつわる』、『悲劇の物語』である。
本書も一応、そういった物語の類型に属するわけだが、この融合のいかに見事な事か。
頼むから読んでくれ!としか言えないもどかしさ
そんなわけで、僕はこの作品のきちんとした感想を『書くことができない』。
しかし、何度も言うように名作を読んだ後の備忘録として、『本当ならば、是が非でも書きたい作品』なのだ。
この感動を、巧く他の方に伝えることができないのが、もどかしくて仕方ない。
唯一、欠点に関しては簡単に書けるので、軽く触れることにする。
それは、凄まじいまでの悪役の陰湿さ。
そして、その陰湿な悪役が、『無様にのたうちまわり、生きながらにして地獄の業火に焼かれるような、そんな姿』が全く描かれていない事である。
もちろんその様を、想像する事はできる。
しかし……こんな文章を書いたからといって、僕をキチガイだと思わないでいただきたいのだが、
ここまで醜く、酷い人々が引き裂かれていく姿を見たかった。
そうすれば少しは溜飲が下がったのに、と思ってしまうのである。
このように、僕の心に眠る『邪悪さ』までをも浮き彫りにしてしまったこの作品。
是非是非お薦めしたいのだが、果たしてこの感想文(?)を読んだ方に、
『読んでみたい』と思える感想文が書けたかどうか……。
正直に言って、自信がない。
ただ、ひたすらにもどかしいが、ここまで書いてきた僕の感想で、「おっ、面白そう!」と思ってくれた方がいれば、もう是非是非手に取ってほしい。