前置き
本書は、『ダヴィンチ・コード』で有名なラングドン教授シリーズ、第4作。
第3作の『ロストシンボル』は個人的にやや落ちるものの、第1作『天使と悪魔』(個人的最高傑作)、第2作『ダヴィンチ・コード』に引き続き、本書『インフェルノ』でも見事な快打を見せてくれました。
シリーズ通しての特徴は、上質なタイムリミットサスペンス+豊富な蘊蓄が楽しめること。
驚嘆すべきは、『動』(サスペンス)と『静』の巧みな展開。
回想シーンなどを駆使する彼の筆にかかれば、動と静は見事に溶け合い、説明が長すぎる、冗長といった不満を感じる事がありません。
巻き込まれ方主人公のラングドン、そして読者への情報開示のタイミングはまさに職人芸と言えます。
本書『インフェルノ』が下敷きにしているのは、タイトルのとおり、ダンテ・アリギエリの『神曲』。特に『地獄篇』であり、本作でもイタリアの宗教建築、美術に関する蘊蓄が散りばめられています。
個人的には本作『インフェルノ』の蘊蓄部分は少々長く、展開が遅く感じました。
しかし、最後の300ページはまさに怒涛の面白さ。
個人的ランキングは
『天使と悪魔』>『ダヴィンチコード』&『インフェルノ』>『ロストシンボル』となりました。
本書のテーマ(世界の人口問題)
本作の悪役にあたるのが、ゾブリストという生化学者。
彼の考える地球の適正人口は40億人だと言います。
世界の人口が増えれば増えるほど、二酸化炭素濃度が増え、熱帯雨林が焼失し、絶滅種が増え、水・紙の使用量が増え、海産物は消費され、オゾン層は喪失する。
これらすべてが、人間による地球環境の破壊(罪)であり、人口が増えれば増えるほどますますその被害は増えていき、ついには人類自体が住めない環境へと、地球を破壊しつくしてしまう。
人類が増えすぎぬよう、絶妙な自然バランスを保ったのが疫病でした。
中世に蔓延したペスト(黒死病)は当時の人口の、およそ3分の1を殺し尽くしたとも言います。
人が増えすぎると感染が拡大するペスト
まさに増えすぎた人類に対する神の警告のようにも思えます。
(3密を避けよう! これを書いているの新型コロナウイルスの緊急事態宣言下です!)。
しかしそんなペストも、医療の進展により被害は大幅に減りました。
人は医療の進化や大規模戦争の廃絶によって豊かになり、寿命が延び、その結果、どんどん増え続けた人類は、やがて地球を覆い尽くしていきます。
1920年。100年前の地球の総人口は20億人でした。
それが、2020年現在は77億人。2100年頃には110億人を超えるという試算も出ているそうです。
神となったゾブリスト
そんな中、立ち上がったのが今回の悪役(?)、ゾブリストでした。
彼は、人類の3分の1の『生殖能力を奪う、ウイルス』を世界中に蔓延させ、人口を抑制しようと企んだのです。
このゾブリストの行為が、果たして正しいとは私は言いません。
勝手に人の生殖能力を奪うわけですから、当然ですよね。
しかし、たとえばナチス・ドイツの悪名高い『優生学』(優れた遺伝子情報を残すために、劣等遺伝子を抹殺する)や、
経済的な分断をより深く引き起こしかねない『トランスヒューマニズム運動』(遺伝子を操作して、人類をより強靭にする計画。それ自体は素晴らしいのだけど、お金持ちにしか行き渡らず、独裁者や富裕層が占拠して奴隷制に繋がるという懸念が本書では示されている)に比べ、
まさに運・不運、ランダムで生殖可能か不能かが決まる、ゾブリスト・ウイルスはより『公平』で、実に慈悲深い人口の間引き方だと、個人的には思いました。
これは、私自身が子供を特段欲しがっていない、という事情から来る冷たい考えなのかもしれませんし、ゾブリストの思想を支持するわけではないのですが、大規模戦争や、生物兵器などで人を間引くよりはよほどマシなのではないかなと。
実際には何が正しいのかわからない。ゾブリストの行為の捉え方は、読者によってさまざまだと思います。
私個人としては、100人中100人が同じ感想を持つような物語よりも、
読者によって、意見・考えが分かれるような物語が好きです。
まぁあまり過激すぎる意見が出てくると面食らってしまいますが、本を読んで、その本の内容について深く話す。
それこそが、読書人同士が分かち合える、最大の楽しみではありませんか。