前置き(作品には関係ないサッカー蘊蓄。興味ない人は飛ばしてください)

龍時 01-02

龍時 01-02著者: 野沢 尚

出版社:文藝春秋

発行年:2004

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龍時 02-03

龍時 02-03著者: 野沢 尚

出版社:文藝春秋

発行年:2005

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龍時 03-04

龍時 03-04著者: 野沢 尚

出版社:文藝春秋

発行年:2006

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注:2019年に某サイトに独占投稿した記事です。この度、サイトが閉じることになりましたので、
自ブログに転載いたします。(独占投稿の記事はあと4本あります)



1995年、無名のサッカー選手が起こした判決により、世界のクラブチームは欧州大陸一強となった
EU内での移籍自由化に伴い、外国籍枠が大幅に緩和された結果、
移籍市場が完全に『一部の金持ちだけのもの』と化したのだ。
外国籍枠がほぼなくなった結果、優秀な選手はこぞって、金のあるリーグ、金のあるクラブチームに集まった
ベルギー代表は強いけれど、ベルギーリーグは空洞だ。クロアチア代表は強いけれど、クロアチアリーグも空洞だ。
優秀なベルギーの選手は皆、イングランドに行く。優秀なクロアチアの選手はスペイン、イングランド、ドイツにも行く。『EU人』が自国人と同様の処遇を受ければ、外国籍枠がその分空く。
空いたところにはブラジルの選手を、アルゼンチンの選手を、その他の国の選手を入れられる。
ブラジルリーグもアルゼンチンリーグも、もはや一流リーグではない。みな、欧州のリーグに行く。
ブラジルのエース、ネイマールは『フランスリーグ』でプレイしており、メッシは『スペインリーグ』でプレイしている。
とりわけスペイン、イングランド、ドイツ、イタリアに一流選手が集まる。

EU加盟の国内リーグの中には、もはやどこの国のチームだかわからないチームも多数存在している。
逆に言えば、自国人であろうと、自国のリーグで試合に出るのは至難の業である。

今シーズンのイタリア・セリエA開幕戦では、FCナポリ(現在セリエA2位)にはイタリア人が1人しか出場しなかった。
残りの10人は非イタリア人だ。インテル・ミラノは2人だけ。
イングランド・プレミアリーグの首位リバプールの先発イレブンは、イングランド人2人(スコットランド人1人=イギリス3人)。
そんなチームは別段珍しくもなんともない。ここ10年ほど、こういう現象は続いていて驚く事ももうなくなった。
イングランドリーグなのに、イングランド人のゴールキーパーがリーグ全体で3~4人しかプレイしていない、などという現象も数年前には起きた。他の国の選手を、自国人と同じように制限なく使えるなら、そういう事も起こりうる。
参考までに、

1位リバプールのGKはアリソン(ブラジル)、ミニョレ(ベルギー)
2位マンチェスター・シティのGKはエデルソン(ブラジル)、ブラーボ(チリ)
3位トッテナムはロリス(フランス)、フォルム(オランダ)
4位チェルシーはアリサバラガ(スペイン)、カバジェーロ(アルゼンチン)
5位アーセナルはレノ(ドイツ)、ツェフ(チェコ)
6位マンチェスター・ユナイテッドはデヘア(スペイン)、ロメロ(アルゼンチン)

見事に、1人もいやしない。

一方で、国籍の枠は依然として存在する。
特に『何処の馬の骨とも知れない』アジア人を、『外国人枠』を使って迎え入れるチームは、ないわけではないが、あまりない。
何故なら欧州クラブにとって、まずは同じ欧州の選手か、それに引けを取らない南米の選手。
次に身体能力の高いアフリカの選手が目を引く。アフリカの選手は、植民地の関係上フランス国籍を持っていたりする選手も多いから、こうなるとEU選手として登録できるわけだ。

(例えば2014年に日本と対戦したコートジボアール代表のドログバ選手は、フランス国籍も持っている。というより、4歳の頃からフランスで暮らしているので、コートジボアール人というよりもフランス人として見た方が良いかもしれない。
アルゼンチン代表のメッシ選手だって、13歳からスペインで暮らしている。当然スペイン国籍も持っている。
ブラジル人はポルトガル国籍を持つ人も多いし、ベルギー国籍はとても取りやすいという話も聞いた)

『クラブワールドカップ』という大陸ナンバー1チームが集まって、世界一を決める大会があるが、形骸化も甚だしい。
強いのは断然『欧州』だ。過去10年で、欧州が9回優勝している。南米は1回だ。
世界で1番強いチームは欧州にあるし、2番目に強いチームも欧州だ。10番目に強いチームだって欧州だろう。
じゃあ国の代表は? というとこちらも非欧州勢の苦戦が続いており、2002年に『ブラジル』が優勝して以来、ワールドカップは4大会連続で『欧州(イタリア→スペイン→ドイツ→フランス)』のものである。
準優勝ですら『ドイツ→フランス→オランダ→アルゼンチン→クロアチア』で、過去5大会ファイナリスト10カ国中8カ国は欧州なのだ。

もちろん今だって南米は侮れない。しかし、紛れもなく世界サッカーの中心は『欧州』なのである。

中でもクラブチームレベルで強いのが、スペインとイングランドだ。
最強なのは確実にスペインで5年連続、世界一であり続けている。
そこを持ってくると、10年間で1度も世界一になっていないイングランドに疑問を持つ方もいらっしゃるだろうが、
現在一番お金があって、一番華やかな選手が集まっていて、一番優勝争いに絡むチームが多いのは現在イングランドだ。
だからまぁ、強さはスペイン。面白さはイングランドと思っていただいて構わない(偏見です)。
差を開けられて、3~4番手はイタリアとドイツ。以上が『世界4強リーグ』だ。

その中で、日本人最難関として立ちはだかっているのはスペインリーグだろう。
逆に日本人選手に最も馴染みが深いのは(4強の中では)ドイツリーグだ。

古くは奥寺康彦選手が活躍したドイツは、その後高原選手が活躍。
その後も香川、長谷部、内田といった選手が次々と活躍している。
一度日本人が活躍したチームはクラブ側も、『パイプができる』のか、比較的日本人が移籍しやすい。
たとえば岡崎が活躍したマインツはその後武藤を獲得しているし、酒井高徳が活躍したシュツットガルトには岡崎、浅野などもプレイ。ハンブルガーも高原、酒井高徳などが所属した。
ドイツリーグに関しては、これからも日本人が沢山活躍するだろう。そんな安心感(?)がある。
10人程度の日本人はプレイしており、数えるのも大変なほどだ。

イタリアリーグは、中田英寿の功績が大きく、長友が後に続いた。しかしその2人を除くとそこまでのインパクトはない。本田は……あまり活躍できなかったしな……。現在の日本人所属選手は多分、0だと思う。

イングランドリーグはかなり苦戦中。だがレスター・シティの岡崎は確実に爪痕を残し、サウザンプトンの吉田もまずまず頑張っている。が、もう一声、欲しいところだ。
イングランドリーグでは、パク・チソン、ソン・フンミンといった韓国選手が大活躍した経緯もあるので、東洋人に対する偏見はない、んじゃないかな? ないといいね!
日本人は現在3人、かな? 

さて、スペインだ。ここは長らく日本人不毛の地である。
今までで一番活躍したのは現アラベス所属の乾だが、それにしたってそこまでの活躍ではない。
日本人は現在2人。ついでに言えば、アジア系の選手が活躍した記憶も全くない。厳しい。

これが2019年時点での各国リーグと、日本人選手の状況だ。
ここでようやく、「龍時」の話である。

☆龍時01-02(1巻)

龍時の1巻は01-02である。欧州のシーズンは秋に始まり春に終わるので、2001年秋ー2002年春シーズンを表す。
2巻は02-03、最終巻は03-04だ。つまり、15年前の小説という事になる。
中田英寿がイタリアで活躍して、高原がドイツにいる頃だろうか? 
それ以外の選手はまだ、欧州列強リーグでは活躍していなかったと思う。

龍時とは日本のサッカー少年である。しかし、奔放なプレイが災いして、サッカー部監督に冷遇される。
日本のサッカーに見切りをつけた龍時は、単身スペインへ渡欧。
スペインの地でたくましく揉まれる龍時の活躍を描く。

龍時がシングルマザーの母を日本に残してスペインに旅立つシーン。
ダメ男で胡散臭いけれど、龍時にサッカーの素晴らしさを教えてくれた父、礼作(母とは離婚)。
にも関わらず、サッカー選手になった龍時を商売に利用しようとする彼との決別。
サッカー選手になる事に反対だった母との衝突などなど、試合シーンとは別の読みどころも多い。

ここに出てくるアトランティックFCというのは、恐らく架空のチームだ。
登場人物たちも、基本的に全員架空。だから、サッカーに詳しくない人でも入りやすいと思う。
日本から離れ、未知の国スペインで一人暮らしを始める龍時。
下宿先のお姉さんへの淡い想い。
貧しい境遇から這い上がり、『他人を蹴落として』トップチームに上り詰めるため、目を血走らせるチームメイトの姿は、日本の高校サッカー部ではやはりなかなかないものだ(と思う)。
龍時を暖かく迎えてくれ、通訳まで買ってくれた頼れる友人のエミリオ選手を、練習時の事故で重傷を負わせてしまい、プレイに精彩が無くなる龍時。怪我をさせた相手でありながら、健気にも龍時を励ますエミリオ。
隣町でガムシャラに頑張る韓国人選手のパク(架空)など、青春サッカー小説として初心者にもとっつきやすい、良い感じのストーリーだ。

☆龍時2巻(02-03)

アトランティコFCでそれなりの活躍を見せた龍時は、スペインリーグの中堅クラブ、レアル・ベティスに移籍する。ストーリー自体は前巻に引き続き、ベティスでの奮闘を語ったものなので、そのままの流れで読めば良い。

サッカーオタク的に見逃せないのは、登場人物の多くが実在選手である。
マルコス・アスンソン、くねくねドリブラーのデニウソン、鋭利な突破を見せるホアキン・サンチェス(現在でもベティスでプレーしてます!)、頼れるエースのアルフォンソ・ペレス、
そして率いるのはビクトル・フェルナンデス監督! この名前にビビっと来た人はかなりのマニアだ。
当時、レアル・ベティスは「4~5位の力だが、リーグで1~2を争うほど面白い」との呼び声高く、僕も密かに応援していたチームだったのだ。
マルコス・アスンソンの華麗なFKや若手時代のホアキンのプレイに、もちろん龍時のストーリーが被さるんだからこれは楽しめないわけがない。
アルスやリバス、ファニートなど、『そういえばいたなぁ!』という選手も登場するし、今読むと本当に懐かしいメンバーだ。

現在でも世界王者に君臨するレアル・マドリ―との激突では、ロナウド、ロベルト・カルロス、ラウール・ゴンサレス、ルイス・フィーゴ、ジネディーヌ・ジダン、エステバン・カンビアッソ、フェルナンド・イエロ、ミチェル・サルガド、イバン・エルゲラ、イケル・カシージャスといった、往年のファンなら涙が出そうなラインナップが実名で登場する。監督は後にスペイン代表をワールドカップ優勝に導くデルボスケ。
この時期のレアル・マドリ―は『ド派手な選手を集めて、ユニフォームが売れればいいんだろ!』的なスーパースター軍団だったので、僕自身は実はあまり好きではなかった。控えから出てくる名脇役のスティーブ・マクマナマンが好きだったんだけどな。
現在のレアル・マドリ―監督、サンティアゴ・ソラリはベンチからこのチームを支えていた。

ただ、新しいサッカーファンにそう言っても、ホアキン以外過去の人となってしまっているのが残念ではある。(カシージャスはポルトガルリーグでまだ現役だけど)
今のベティスは悪くないチームだけど、この時期に比べれば落ちるかな……。

今年初め、乾選手が移籍したチームもベティスである(あまり活躍できずにすぐ移籍しちゃったけど)。
龍時は15年前に、乾よりも先にベティスで活躍したのだった!

☆龍時03-04(最終巻)

最終巻は龍時03-04と銘打ってはいるが、実質上、『(架空の)2004年アテネ五輪日本代表』の活躍を描いた作品だ。
龍時はもちろん、もう1人オリジナルキャラクターの梶がメンバー入りしているが、それ以外のメンバーは皆実在する選手ばかり。
また、日本サッカー界に馴染めずに日本を飛び出し、一時はスペインへの帰化も考えた龍時が、日本五輪代表でタイトルにチャレンジするという展開も熱い。
ここまでの2巻はシーズンを通した龍時の1年を追うスタイルだったが、この第3巻は1つの大会、4試合分を1冊に収めている。つまりそれだけ試合シーンが長く、アクションシーンの臨場感が凄まじい。
何せ1試合に100ページ近く使われている。常に流れ行く試合の局面局面をここまで濃密に描く小説はなかなかないのではなかろうか? 1試合の描写に数巻使う漫画はあるが、まさにあんな感じだ。まるで実際目の前で観戦しているかのように、手に汗握ってしまう試合の連続なのである。

第1章からギリシャリーグの『パナシナイコス、オリンピアコス、AEKアテネ』の話などが出てきて、
サッカーファンとしてはもう『ディープでいいねぇ!』と酔ってしまう。
今現在は多分オリンピアコスの一強状態になっているはず。そもそもギリシャリーグ自体が表舞台に姿を現さなくなって5年ぐらいが経つが、昔はそれなりに強かった。

日本五輪代表の選手は、曽ヶ端、闘莉王、田中誠、明神、平山、田中達也、大久保などなど。

そして決勝の相手は……ブラジルだ。(これは完全にネタバレなんだけど、目次に書いてあるんで……)

リーガで知った顔も多かった。中盤にはマジョルカのネネ、セビージャのジュリオ・バプチスタ、エスパニョールのフレドソンといった選手がいる。バルセロナのレギュラークラスであるチアーゴ・モッタはクラブでは中盤にいるが、このチームでは左サイドバックに位置する。元バルセロナで現在スポルティング・リスボンのファビオ・ロッチェンバックは中盤の底だ。
FWはパルマで中田英寿とプレイをし、その後インテルに移籍したアドリアーノ。そして何といっても今回のブラジルチームでマークしなければならないのは、「スペクタクルの申し子」カカーだ。 [引用本文]

まず、キーパーのジダ。アトランタ大会では日本に1点を許してしまったが、ACミラン所属で経験豊富なこの男に、セレソンのゴールマウスを託した。
レアル・マドリ―の不動の左サイドバックも、自らオリンピック代表に名乗りを上げた(中略)、ロベルト・カルロスだ。
そしてロナウド。一見するとオーバーウェイト気味で身体が重そうだが、一瞬にして相手を抜き去るリーガ・エスパニョーラ03-04の得点王だ。
(中略)
ゴメス監督は南米予選ではヨーロッパ組をほとんど招集できず、(中略)中でもサントスのディエゴとロビーニョがカカーの穴を埋める活躍で、パラグアイとの熾烈な最終戦を制した。 [引用本文]

このメンバーを眺めて、胸躍らないサッカーファンがいるだろうか? いや、いない!
知らない方は、もちろんそのままの流れで物語を楽しんでくれれば大丈夫だが、
この小説のラスボス、ブラジル代表はあまりにも豪華すぎる。

そうなのだ。ブラジルはかつては世界最強国だったのだ。2002年にはワールドカップを優勝している。
ジーダ、ロベルト・カルロス、ロナウド、カカーの4人はその時のメンバーだ。
中でも当時世界最高の左サイドバックだったロベルト・カルロス、スーパーストライカーのロナウド、
イケメン司令塔のカカーは文字通りSSSランクがつくようなタレントだ
(個人的にはリバウドやロナウジーニョの方が好みだったが)。

そこまでの超スーパースターではなくても、アドリアーノは当時大いに嘱望されたスーパーストライカーだった(メンタルの問題で大成せず。当時のサッカーゲーム、ウイニングイレブンタクティクスでは最強のステータスを誇っていたのだが……)し、ジュリオ・バチスタ、モッタあたりも懐かしい名前だ(モッタはまだ現役だったかな?)。ロッシェンバック、そんな選手もいたなぁ。
なお、ネネとフレドソンは全く思い出せないがきっと実在選手だろう。

本大会に出場しないジエゴとロビーニョすら、この後欧州に渡って活躍する選手たちなのだから本当にド派手な顔ぶれだ。

個人技にはもう頼らない。サイドにボールを散らし、正確なアーリークロスを入れてくる。日本のDFは跳ね返すので精一杯だ。セカンドボールも拾われて、波状攻撃を浴びる。ロナウドがシュート。曽ヶ端がパンチング。カカーが打つ。茂庭がヘディングでクリア。
ブラジルにゴール前三十メートルでフリーキックを与えてしまう。ロベカルの出番だ。長い助走の距離をとっている。リュウジは六枚の壁には入らないが、六人の恐怖がこちらにも迫ってくる。ロベカル保険がほしい。奴のボールにだけは当たりたくない。
ロベカルが走った。得意の左足アウトにかけたキックだ。ボールが見えない。空を切り裂く音。壁の上で微妙にカーブして、ゴールをかすめてボールはたちまちのうえに消え去った。(日本代表の壁に入った)六人の安堵の吐息を聞いた

いかがだろうか。
思わず手に汗握ってしまわないだろうか。

文章を読めば、明らかに作者がガチのサッカーファンである事が解る。
それでいて、サッカーに詳しくない読者にもさりげなく正しい知識を広め、普通にエンタメスポーツ小説として読み応えがあるのだ。
オタクではない読者も、1巻から読んで2巻に進み、3巻までくれば、きっと『実在選手の本当のプレイ』を見たくなるだろう。

ただ、この作品は15年前のお話。
昔ながらのファンはともかくとして、『現代ファン』がこの作品を読んで、そのまま現代サッカーにのめり込んだとしても、作中登場人物にはほとんど会えないのが残念なところだ。