「君の名は」で一番良かったのは奥寺先輩とのうまくいかないデートシーンだったと思う私です。
憧れの人との初デート、だけどなんかうまくいかなくて、ぎこちない空気、ぎこちない会話、
つまらなそうにしている奥寺先輩、本当は何とか挽回したいけど「もう帰りましょうか」という流れになって、別れた後歩道橋でたそがれる瀧君のやるせなさ……。
わかる……わかるわ……このシーン最高すぎひん?
という人は多分僕だけじゃないと思う。
そういう人は迷わず「秒速5センチメートル」を見よう! ノベライズ版もお薦めです(この記事はノベライズ版の感想です)
逆に言うと、あのシーンでピンと来なければ、「秒速5センチメートル」も楽しめないかも……。
前おき(『秒速5センチメートルの話だけを読みたい方は、スクロールしてください)
「君の名は」が大ブレイクして、一躍新海氏はメジャーデビューを果たした。
しかし、僕の新海作品との出会いは随分昔に遡る。
新海さんのデビュー作は2002年の「ほしのこえ」。
実は彼はゲームのOPムービーなども作っているのだけど、まぁそれは*この際おいといて、
映画製作はというと、「ほしのこえ」、「雲の向こう、約束の場所」と来て、今回取り上げる
「秒速5センチメートル」に入る。
新海さんの特色として、『叙情的なストーリー』と、『(説明不足気味の)SF展開』が印象深い。
雰囲気を作り上げる丁寧な描写が彼の魅せどころなのだが、複雑な物語になると急に雑になる。
あるいは、SF愛好者ならこれぐらいついてこれるだろ! という事かもしれない。
冒頭で書いたように、「君の名は」の最高のシーンは奥寺先輩とのデートシーンで、それ以降はまぁ……と思っています。
なので、SF色の強い作品(壮大なストーリー性の部分)は僕的にはあまりノレないのだけど、ディテールの描写に関してはやはり名人芸だなと。
そんな、『こじんまりとはしているけど、心に突き刺さる』作品のトップバッターこそが、
今回紹介する『秒速5センチメートル』なのです。
*「はるのあしおと」と「ef」は素晴らしい作品だったと思うけど、シミルボンはゲームレビューのページではないので自重します。
秒速5センチメートル(あらすじ)
同じ時期に転入した東京の小学校。
共に読書の趣味を持つ貴樹と明里は、何をするのも一緒だった。
クラスメイトにからかわれ、居たたまれなさと恥ずかしさに戸惑う明里の手を引いて、教室から駆け出す貴樹。
[引用本文]
僕たちはまるで冬眠に備えたリスが必死でどんぐりを集めるように、(略)世界に散らばっている様々なきらめく断片をためこんでいた。(略)
今では、そういうことのほとんどを忘れてしまったけれど。今となってはただ、かつては知っていたという事実を覚えているだけだけれど。
(略)
今にして思えば、あの頃の僕たちが必死に知識を交換しあっていたのは、お互いに喪失の予感があったからかもしれないと思う。(略)
いつか大切な相手がいなくなってしまった時のために、相手の断片を必死で交換しあっていたのかもしれない。
同じ中学に通おうと言い合っていた二人だったが、小学校卒業のタイミングで明里が栃木県に引っ越してしまう。
そして数か月後、明里からの手紙が届く。二人の間に文通が始まるが、中学2年生になったタイミングで
今度は貴樹が鹿児島に引っ越してしまうのだ。
東京から栃木まで電車で3時間。たった3時間だけれど、中学生にとっては大冒険だった。
それが、鹿児島から栃木になってしまったら……。
引っ越しの前に一度会いたい。ラブレターも用意した。
東京から栃木まで。小田急線、埼京線、両毛線。
しかし、約束の日は雪が降っていた。待ち合わせには間に合わない。
駅で缶コーヒーを買おうとした瞬間、用意してきたラブレターがポケットから転げ落ち風に吹き飛ばされてしまう。
約束の午後7時から遅れること4時間。午後11時、それでも明里は待っていてくれた。
その夜、2人は初めてのキスをした。
「貴樹くんは、この先も大丈夫だと思う。ぜったい!」
(略)
きっとまたいつか会えるはずだと思っていた(貴樹視点)
この時既に、明里は初めての恋に決着をつけようとしていた。初めてのキスを捧げて、いい思い出として。
貴樹は違う。きっとまたいつか会えるはずだと思っている。
そして十五年後。明里は結婚の日を迎える。
それはもう十五年も前、好きだった男の子との初めてのデートの時に渡すつもりで書いた手紙だった。
略)
その男の子を愛しいと思う気持ちも、彼に会いたいと思う気持ちも、それが十五年も前のものだったなんて信じられないくらいにありありと思い出す事ができた。
(略)
あなたたちはその後もう二度と会うことはないのだけれど、あの奇跡みたいな瞬間を、どうか大切なものとしていつまでも心の奥にとどめてあげて。
(略)
明里の中では、貴樹との想い出はすでに遠い過去のものだ。幸せだった子供時代の、素敵な初恋。
彼女は「今」を生きていて、ちょっとした感傷として彼のことを思い出したに過ぎない。
しかし、貴樹の中では違うのだ。貴樹は今もこんな夢を見ている。
それは渡せなかったラブレターの夢だ。
大人になるということが具体的にはどういうことなのか、僕にはまだよく分かりません。
でも、いつかずっと先にどこかで偶然に明里に会ったとしても、恥ずかしくないような人間になっていたいと僕は思います。
そのことを、僕は明里と約束したいです。明里のことが、ずっと好きでした。どうかどうか元気で。
さようなら。
それは『呪い』だ。『呪縛』なのだ。貴樹は明里の呪縛から抜け出せず、長い時間を過ごしてきた。
明里の結婚当日。
踏切を渡りきったところで彼はゆっくりと振り返り、彼女を見る。彼女もこちらをゆっくりと振り返る。
そして目が合う。
心と記憶が激しくざわめいた瞬間、小田急線の急行がふたりの視界をふさいだ。この電車が過ぎた後で、と彼は思う。彼女は、そこにいるだろうか?
小田急線が通り過ぎた時、踏切の向こうに明里はいなかった。
雑感(痛い自分語りがあるので、嫌なら回れ右で!)
ちなみに、(シミルボンという事もあるので)ノベライズ版の「秒速5センチメートル」に則って書いたけれど、
映画版とノベライズ版は内容的にはほぼ一緒です。
映画版を楽しんだ方はノベライズも読めば良いかな、と。
この作品、僕の周囲では完全に評価が真っ二つに分かれています。
言わずもがなですが、貴樹があまりにも女々しいしなぁ……。
僕の周囲の評価も、男性の方が「涙している」傾向があり、女性の方が白けている人が多いです。
ただまぁ男性でも白ける人はいるだろうし、女性でも涙する人もいると思うので、あまり『男性は~』『女性は~』という恋愛論の話には結びつけたくないのが本音ではあります。
失恋は呪縛だと思います。本当に。
僕はずっと、引きずるタイプです。
呪縛から解かれるには、『相手の本性を知って、徹底的にどうでもよくなる』しかないです。
新しい出会いがあれば軽減はされるけど、呪縛が完全になくなる事はないです。
『女性は上書き保存』『男性はファイルを分けて保存』という言葉もありますが、
ある時期、ずっと一緒に過ごしていた相手の事は、いつまでも忘れることはなくて、
一緒に見た映画、一緒に行ったお店、共通の思い出、相手の好み……。
作品の言葉を借りるならば『相手の断片』がずっと心に残っている。
だから一緒に行ったお店はもちろん、新しいお店に行くときも
「あの人ならこのメニューを頼んだだろうな。薄味で、〇〇が好きだったあの人の事だから。××は頼まないだろうな。あの人は初めての店ではいつもこれを頼むんだ」のように、
心の中にしまわれた『相手の断片』がチクチクと話しかけてくる。
一度好きになった相手の事は、『恋人としては無理』になる事はあっても、『嫌い』になる事はなくて、
いつまでもずっと好きなままなんです。
大人になるということが具体的にはどういうことなのか、僕にはまだよく分かりません。
でも、いつかずっと先にどこかで偶然に明里に会ったとしても、恥ずかしくないような人間になっていたいと僕は思います。
そのことを、僕は明里と約束したいです。明里のことが、ずっと好きでした。どうかどうか元気で。
さようなら。
なんて、もうそのまま僕が送ってしまっていてもおかしくないような内容ですw
まぁ、気持ち悪がられたり、「あっそ」で済まされるのがオチなんでしょうけど、
本心をそのままぶちまければ、きっとこんな内容になってしまいます。
でも、本当は未来に目を向けるべきなんだと思う。
とりあえず、貴樹くんの15年はいくらなんでも引きずりすぎなので、僕がそうならないように祈ってやってくださいw
なんか痛々しい話になってしまったけど、痛々しい気持ちをリアルに味わわせてくれるパワーのある作品って事で。気持ち悪い自分語りでごめんよ……
こんな感じの作品なんで、ハマる人はドハマりするし、白ける人は確実に白ける作品です!
新海さんは、壮大なSF描写みたいなものは僕はあまり高評価していない反面、
「女々しく、あまりモテないけれど、ちょっとだけ恋愛経験がある」ような男性の描写がめちゃくちゃに巧いと思っています。
好きなインディーズバンドがメジャーデビューしたファンみたいな心境の私。
この「秒速」とか「言の葉の庭」みたいな、地味~~で渋い作品こそ彼の好きなところなので、
人気が出ても以前のような作品も作ってください!