88点。

貴志作品の読書体験は今回が4作目。
「クリムゾンの迷宮」、「新世界より」、「黒い家」を読んでいます。


既読3作は全て楽しく読んだ一方、人間の邪悪さ、どす黒さを叩きつけられるような読書体験でした。
そのため、貴志さんはそういう作風なのだろうと身構えながら本書を読みましたが、
ありがたいことに胸糞度はかなり低かったです。
面白さはそのままに、爽やか青春ものとも呼べる読み口で、お気に入りの1作になりました。
感銘を受けた点はいくつもあるのですが、この記事ではバランスの取れたキャラクター造形について書きます。


☆曾根 隆司(被害者1)

殺され役。クズです。それ自体は疑う余地ありません、が。
そこまで胸糞度は高くなかったりします。

彼は徹頭徹尾、自己中心的。
昔結婚していた友子の家に居座って不協和音を撒き散らし、友子が必死に稼いだお金を、パチンコですってくるクズであります。
ただ、家族を殴ったり、遥香に手を出したりする描写がないのが、胸糞度を必要以上に高めていないな、と。
エグいDV描写なども書けたでしょうけど、本作の主眼はそこじゃない、という事ですよね。

家にいたらたまらなく不快ですが、この手の被害者の胸糞度としてはかなり低くて良かったです。


☆櫛森 秀一(主人公・殺人者)

キャラクター造形が素晴らしいです。

「家族を守るため、人殺しになった少年」と聞くと、悲壮感漂うかわいそうな少年を思い浮かべがち。
それ自体は間違っていませんが、この秀一くんは基本的に、「あまり人好きのしない」キャラクターなのが、逆に良かったと思います。

非常に頭が良い彼は、しかし、頭が良い少年にありがちな欠点もまた備えています。
それは、『相手を内心でバカにする』癖。
彼は自信に溢れ、ゲーム感覚で人を言葉で操ります。若さ故の全能感もあります。
率直に書けば、知的で鼻もちならないガキ、なのです。

ですが、そんな彼だからこそ本書のような逆境では頼りになります。
練りに練られた殺人計画は、素晴らしいの一言。
主人公の、そして作者の調査力&知力は恐ろしく、物語に凄みを与えています。
本書が一級品のミステリである所以です。

また、不条理に対して(内心侮蔑しながら)毅然と立ち向かう姿勢を持ち、
意味不明に絡んでくる教師や、紀子を嘲るクソ生徒といった胸糞モブを、
ガツンとやりこめてくれるのも読んでいてスカっとします。
重いテーマの作品だからこそ、「やられっぱなしではいない」という、鼻っ柱の強さがとても良いですね。


☆福原紀子(恋人)、櫛森遥香(義妹)

この二人は秀一を、そして物語の青春基調を支える、重要なヒロイン。

かつて荒れていた紀子は、秀一の言葉に救われた過去があります。
……秀一がゲーム感覚で紀子を洗脳し、秀一を愛するよう仕向けたという、とんでもない話ではあるんですが……。
紀子の献身ぶりはいじましく、秀一の罪を面と向かって赦してくれる女神でもあります。
秀一はそんな紀子に、最後まで甘えっぱなしでした。
こんな子が自分を好いてくれたらいいなぁ、と思わせるヒロインでした。
雨の降り続く秀一の世界に、一瞬射した眩しい陽光。
それが、紀子との時間だったのだと思います。

血のつながらない遥香は、(母の友子と並んで)秀一が庇護すべき対象で、純粋な愛を注いでいます。
恋人の紀子や、友人の大門ですらある種、利用対象として見ている秀一も、母の友子と妹の遥香だけは、ちゃんと愛しているのです。
身を寄せ合って生きてきた兄妹だからか、遥香の方も兄を慕い、兄と遊びたい、兄に構ってほしいというお兄ちゃん愛が凄いです。
兄の恋人である紀子を敵視するのも、実に良いですね。
紀子が陽光だとすれば、遥香からは、狭い傘の下で分け合ったか細い温もり、優しい微熱。
そんな印象を受けました。


ここでは名前を挙げませんでしたが、男友だちの大門やゲイツも、秀一の味方。
特に大門くんの暖かさは素晴らしいですね。
正直、秀一は友だちにほしくないけど、大門くんとは友達になりたい……。

潮風の湘南を疾走するロードバイクの光景と、人々の温かさ。
つらいだけではない。世界中が敵に見えたとしても、自分(秀一)を支えてくれる人はきっといる。

同じ環境でも、受け取り方次第で世界が色を変えるように、
同じストーリーラインでも、描き方次第で物語の味わいが変わる。


貴志さん、邪悪すぎない話も書くんですね……!