『りんごはおかずだよ』でお馴染みのk-pさんから

「好きなミステリー小説を10作品、理由やエピソード等も添えて挙げてください。
ミステリー小説の定義はお任せしますが、参考URLを貼っておきます。こんな定義に当て嵌まるのならミステリー小説といえる、程度の認識で。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8E%A8%E7%90%86%E5%B0%8F%E8%AA%AC#.E6.8E.A8.E7.90.86.E5.B0.8F.E8.AA.AC.E3.81.AE.E5.88.86.E9.A1.9E


というお題をいただきました。こういうご質問は非常にありがたいです。
この場を借りて感謝いたします。


★前置き


さて、回答に行く前にまず、ミステリの定義を考える必要があります。
参考URLを見ていきますと……「本格ミステリ」「ハードボイルド」「ソフトボイルド」「コージー・ミステリ」という具合に進んでいくのですが、2点気になる事があります。

1つは「冒険小説」が入っていない点。
ハヤカワ文庫から「冒険・スパイ小説ハンドブック」などという本が出ているように、個人的には「ミステリ」に分類されると思っているので、まことに勝手ながら入れさせていただきます。


2つ目は「ホラー小説」について。
この分類では「ホラー」も入れて良いことになっておりますし、私自身もホラーは結構好きなんですが……
ホラーって、ミステリですかね……?
個人的にはホラーはミステリというよりも、ファンタジーと地続きな感じがするのですが……とりあえず書きながら考えてみます。





次に諸注意について。

1:僕は日本の小説も好きなのですが、残念ながらあまり読めておりません。海外小説が多くなっていますがご了承ください。

2:一作家一作主義……同一作家からは複数作選ばないという方針を取りました。

3:順不同です。

4:記憶を頼りに書いています。細部の展開などに記憶間違いがあるかもしれません。
また、記憶の強度によって作品ごとの文章量に偏りがあります。


5:思いっきりネタバレします。なので、タイトルを太字にして、その後にスペースを空けますので、
ネタバレが嫌な方はスクロールしてください。


6:なんと数えてみたところ、10000文字もあるみたいです……。分割すべきだったでしょうか? 
 読みにくかったらごめんなさい!



では、本題の作品紹介へと移ります。




魍魎の匣/京極夏彦




エロゲ「水月」のファンブックにて、ライター氏が参考にした書籍に挙がっていたので、読んでみました。
私、「水月」という作品がかなり好きでして、その中でも雪さんというヒロインのエンディングが本当に好きなんですね。


主人公は狂気に包まれ、幸せを感じている。
けれど、正気の我々から見ると、主人公は狂気に囚われていてその姿はとても悲しい。
幸せと、悲しみが入り混じったそのエンディングは本当に素晴らしかったと思います。


で、『魍魎の匣』を読んでみたわけですが……も、『魍魎の匣』のエンディング、まんま『水月の雪さんエンド』やん!!
というよりも、『水月の雪さんエンド』が『魍魎の匣』そのまんまじゃん!! という……
これは確かに「参考にした書籍」でしょうなぁ。

↓『魍魎の匣』エンドから引用



「幸せになるなんて、簡単なことなんだ」
「人を辞めてしまえばいいのさ」。


愛する娘の亡骸を抱え、荒涼とした大地を一人行く男。
時折男が何かを話しかけると、少女もまた、楽しげに応じる。
たとえその声が、男にしか聞こえなかったとしても……

私は、何だか酷く―
 男が羨ましくなってしまった。




狂気に包まれた、幸福な男。
それを見て、「酷く、羨ましくなってしまう」私。
このエンドは……本当にたまりません。


全体の感想を書きますと、思春期の少女の危うい心の描写から始まり、偏執的な神経症の描写や膨大な薀蓄の合間に、ユーモア溢れるのどかなやりとりなども混ざり、1000ページの分厚さが全く苦にならない、
非常に読みやすい物語となっております。


本書を読んで気に入った方は、京極堂シリーズのまとめ読みという贅沢な時間が用意されています。
個人的に「塗仏の宴」と「邪魅の雫」はイマイチでしたが、他は全部80点以上をつけられるおすすめ作品です。




クワイヤボーイズ/ジョゼフ・ウォンボー





「警察小説」というジャンルの中から1作選ぶなら、これです。
文庫化もされていませんし、日本での知名度は低いと思われるジョゼフ・ウォンボーですが、
警官の日常を描かせたら彼の右に出る作家はいません。
というのも、ウォンボー自身が、元警察官なんですね。


本書にて描かれるのは、他の警察小説のような『事件』でも『容疑者の逮捕』でもありません。
『警察官が大活躍して、犯人逮捕、男を上げる』ような作品ではないのです。

そこで描かれるのは、警察官としてのストレス。
退屈な日常、くだらない事件、住民からは警戒されることはあれど好かれることはなく、犯罪者の心の闇に触れ……。

「警官というのは肉体的には危険な仕事ではない。しかし精神的にはとても危険な仕事だ」(うろ覚え)のような一文があったように思いますが、まさに本書ではそんな警官たちが病んでいく姿が描かれます。

毎夜、バーに集まって乱痴気騒ぎをする警官たち。
飲まなきゃ、やってられない。
チームワークで事件を解決していく警察小説もいいですが、
よりリアルに警官を描いた本書も是非、手に取ってほしいなと思います。


同著者の作品なら「センチュリアン」もお薦め。

毛色を変えて、もっとオーソドックスな警察小説が読みたい向きには、エド・マクベインの「キングの身代金」をお薦めいたします。



死の接吻/アイラ・レヴィン






ものすごく、テクニカルな小説。
技巧の全てを使い尽くしているかのような作品です。


犯人視点で描かれる第一章。
ここでの犯人は、付き合っている娘が妊娠したため無理やり結婚させられそうになっています。
堕胎してほしいと頼むも、受け入れてもらえない。やむなく、犯人は娘を殺そうと決意します。


……実はこの犯人、後々相当なクズだと判明するのですが、第一章の段階では非常に共感できてしまいました。
いや、もちろん「殺す」のはよくありません。
しかし、妊娠したからといって無理やり結婚を迫るのもどうかと思うのです。
中出しした男が悪いんですが、それを許した女も悪い(レイプは別ですが、本書の性行為はレイプではないです)
と思うのは現代人かつ、割と適当な性格の僕だからでしょうか。
堕胎というのは1950年代のアメリカではなかなか考えられない事だったのだとは思います。
何せ、今ですら堕胎を認めない州もあるということですし、キリスト教の考えとはそぐわない面もあるのかもしれません。


そんな事情もあって、「殺すのはどうかと思うが、まだ学生なのに子供を作ったせいで望まぬ結婚を強いられる」犯人に割と同情しながら、読みました。
殺人に至るまでの犯人の心情などもなかなか緊迫感があって、ハラハラします。
さて、そんなふうに犯人の心に寄り添い、共感しながら読んだ第一章が終わり、被害者の妹が語り手となる第二章に移ると……。


なんと、あれほどわかったつもりでいた犯人が解らないのです。
これには心底から驚嘆させられました。
犯人に感情移入できなかった人はそこまで驚かなかったかもしれません。
しかし、犯人に感情移入しながら読んだ私としては、当然犯人のことは完全に解ったつもりでいたのです。
それが、わからない。容疑者が何人か出てくるのですが、どれが第一章の語り手なのかわからないのです。


ラストの前にも一つの工夫があります。クライマックスを盛り上げるため、緩急を意図的につけているのです。
「面白い作品」は沢山ありますし、たいていの面白い作品は「巧い」のだと思います。
しかしこれほど正面から技巧が駆使された作品、「巧いなぁ」とうならされた作品は、本書だけかもしれません。




郵便配達は二度ベルを鳴らす/ジェームズ・M・ケイン







この主人公は、紛れもなくクズです。
しかしクズであるにも関わらず、強く感情移入できてしまうのは、ケインの卓越した文章力故。


浮き沈みの激しいジェットコースターのような、主人公の不安定な心。
劇的に移り変わる周囲の状況に、悩み、決意し、また悩み、流されていく……とにかく、スピード感溢れる作品です。


大まかなあらすじを書いてみます。


A 主人公のチェンバースは人妻のコーラに恋をし、二人は相思相愛になる。
B 二人は共謀して、邪魔になった夫を殺してしまう。
C チェンバースはコーラに対し、恐怖を感じ始める。


Aパートではチェンバースの、コーラに対する愛欲が見事に描かれていますし、Bパートでは殺人に臨むチェンバースの高揚と恐れが描かれていて、(普通に考えたらチェンバース達のやっている事は外道であり、応援する筋合いもないのですが)
ついつい彼らを応援してしまいます。
上述した『死の接吻』の第一章もそうなのですが、巧い倒叙作品は不思議と犯人に感情移入してしまうんですよね。

ここまでも十分面白いのですが、問題はその後。


一度は愛した男を、邪魔になった途端に殺したコーラの非情さに、遅ればせながらチェンバースは気づくのです。
コーラが再び不倫した際、殺されるのは自分、という事になりはしないだろうか?
ひょっとしたら、コーラはただ邪魔な夫を始末したかっただけなのではないか。
そのためにチェンバースを誘惑し、首尾よく共犯者に祭り上げ、犯人として警察に売るのではないか?
そうしてチェンバースが捕まれば、彼女は本当の意味で自由の身となるのでは?


疑心暗鬼は膨れ上がり、ピリピリとした緊張感が二人の間に充満していきます。
あんなに愛した女を、疑惑と恐怖の目で見てしまうチェンバース。


そんなチェンバースがコーラを再び愛するシーンには、思わず心が動かされました。
装飾的な文章ではありません。シンプルな文章に込められた、チェンバースの想いに心を動かされたのです。


女はおれのそばへ寄って来て、手をとった。顔をみあわせた。
そのとき、悪魔が離れたこと、おれが愛してることを、女は知った。

 
ラストの描写もしんみりとして心に残ります。


気がついてみると、いつもおれはコーラ(人妻)といっしょに、青空の下で、ひろい水のなかで、これからおれたちは幸福になる、それが永久につづくんだと話しあっている。
コーラといっしょにいるとき、おれは大きな川の上にうかんでいるらしい。


チェンバースとコーラは天国には行けなかったかもしれません。
けれど、いつかどこかで再会し、幸せになれることを願ってやみません。




……うーん、冷静に考えれば不倫した挙句、夫を殺した二人なのに……
それなのに、こんな気持ちにさせられるとは……小説の力は偉大だ、と思わせる作品です。


短い作品なので、未読の方はぜひ読んでみてください。
もし本書が気に入ったなら同著者の「殺人保険」もおすすめです。





終わりなき夜に生まれつく/アガサ・クリスティ





僕のTwitterを読んでくれている方は、僕がクリスティファンだということは知っていると思います。
そして、クリスティは沢山の面白い作品を書いています。
その中で、どの作品を選ぼうか、正直迷いました。


この『終わりなき夜に生まれつく』は、犯人当てを楽しむ作品ではありません。
確かに犯人は意外ではあるのですが、そのトリックは「二番煎じ」です。
「クリスティさん、あなたそのトリックは以前使いましたよね」という。
なので、犯人当てを楽しみたい人には『五匹の子豚』、もしくは『葬儀を終えて』あたりをお薦めしたいです。


では、本書の良さはというと、それはひとえにドラマ性にあります。


本当は殺人など犯したくない犯人と、自分が殺されることを知っている被害者のラブストーリー。
犯人は、被害者と共にいられる未来を束の間信じ、
被害者は自分が殺されることを知ってなお、犯人と共にいる未来を夢見ます。
「終わりなき夜」に生まれついた犯人。
こんな生き方はもうやめにしたいと思い、穏やかな陽光を夢見るけれど、それでも犯人は生き方を変えることができません。


「なぜそんなふうに私を見つめているの? まるで愛しているみたいな目で…」

被害者から犯人に向けられたこの台詞。


たぶん、誰にだってチャンスはあるのだろう。だが、僕は――背を向けてしまった。

という犯人の独白が悲しく響く……非常に印象的な作品です。


元々クリスティは犯人当てだけでなく、犯行に至るまでのドラマを描かせても素晴らしい作家で、前述した『五匹の子豚』、『ナイルに死す』、『ホロー荘の殺人』、『鏡は横にひび割れて』など数々のお気に入り作品があります。
本書が気に入った方は、ぜひそれらの作品にも触れてみてほしいと思います。




解錠師/スティーヴ・ハミルトン






言葉を話すことができない、というハンディを抱えている少年マイク。
彼には二つの才能がありました。一つは絵の才能、そしてもう一つはピッキング。鍵のかけられた扉を開ける才能です。


口がきけないこともあり、孤独だったマイクですが、大好きな絵を通して友人ができます。
その友人が余計なことをしたせいで、マイクは学校のゴロツキとかかわりができてしまいます。
そこから雪崩のように、彼はどんどんと性質の悪い人間に目をつけられていき、とうとう取り返しのつかない事態へ、
抜けようとしても抜けられない、犯罪者の泥沼にずぶずぶと浸かっていくことになります。


犯罪、特に少年犯罪の発生は、周囲の環境に大きく左右されるといいます。
家族、そして学校の友達。
マイクは、言葉を話すことができませんでした。それもあって、なかなか友達ができなかった。
そんな中、マイクには絵の才能がありました。なので絵を通じて、友人ができました。
しかしその友人はゴロツキの注意をひいてしまいます。主人公は唯一の友人に頼まれて、断ることができません。


彼の心にあったのは、褒められたい、自分は凄いと他人に思われたい。そんな少年らしいプライドです。
好きな人に振り向いてもらいたい、好きな人の幸せを守りたい、そんなありふれた気持ちです。
全ては因果であり、マイクの一つひとつの行動が、破滅的な未来を呼び寄せていく……そんな、一人の少年の不器用な人生が、本書では丁寧に描かれていきます。


どこかで一つ、違う選択をしたならば、抜け出すことができたかもしれない。
けれど、その時々でマイクは常に自然な選択をし、その結果、状況は泥沼へと陥ってしまうのです。


こう書くと、いかにも暗い物語ですし実際暗いのですが、
初めて出来た友人に絵の才能を褒められるシーンや、恋をし、片思いの娘に笑顔を向けられて幸せを感じるシーンなど、瑞々しい青春小説としての楽しみもあります。
ほろ苦い作品、ほろ苦い人生ではありますが、そこには確かな希望がある。
そんな力強さを感じる作品でもありました。




バトルロワイアル/高見広春




元々、サバイバル要素の強い殺し合いの作品は好きなのですが、
本作で最も素晴らしいのは、一人ひとりの登場人物、人間関係を丁寧に描いていることです。

登場人物たちは何の変哲もなく、どこにでもいる少年少女たち。
「こんな奴、いたなぁ」とか「俺、こいつに似てるかも」とか「こういう子好きだなぁ」などと思いながら読んでいました。
その描きこみは、まるで自分がクラスメイトたちをよく知っている、そんな錯覚すら抱かせるほどでした。
メイン格のキャラクターだけなら丁寧に描かれる作品は多いのですが、そうではなく、クラス全体の一人ひとりを丁寧に描いている点こそ、この作品を推す最大の理由です。


どこからか誘拐され、寄せ集められてきたキャラクターたちとは違い、日々同じ教室で時を過ごすクラスメイトだからこそ、
そこで培われてきた人間関係が、網の目のように、登場人物たちを繋いでいます。
友達、反目する相手、恋人同士、片思いの相手、何となくつるんでいる相手などなど、誰かと誰かを結ぶ関係。
誰かが誰かに抱く気持ち。そういった心の綾がすべて、殺し合いという無情なゲームの面白さをグイグイと高めているのです。

「殺し合いに積極的に参加する者」、「大好きな人と共に心中する者」、「仲間同士集まって、同盟を結ぶ者」、
「疑心暗鬼に陥り孤立する者」などなど、各キャラクターに感情があり、それを余すところなく描いていく。


スリラー作品としても一級品ですが、登場人物一人ひとりが作中で息づいているからこそ、
共感をし、応援をし、「殺されないでくれ」と強く願う。
そんな共感が、緊迫感をより高めていく。
こうした相乗効果が、本作をS級の娯楽大作に仕上げています。


名前だけを聞いて、「趣味の悪い殺人小説」だと食わず嫌いしている方には一度読んでほしい作品です。



余談ですが、wikipediaによりますと


『第5回日本ホラー小説大賞の最終候補に残ったものの、審査員からは「非常に不愉快」「こう言う事を考える作者が嫌い」「賞の為には絶対マイナス」など、多くの不評を買い、受賞を逃す』とあります。


これが本当かどうかは分からないのですが、もし本当だとするたら、随分質の低い審査員だなぁと思わずにはいられませんでした。

スティーブン・キングの名作ホラーに、設定のよく似た『死のロングウォーク』という作品がありますが、
これなどもホラー小説大賞の審査員は認めないのでしょうか……。
このような偏狭な審査員を抱えている方がよほど、賞のためにはマイナスだと思うのですが。

 
Wikipediaには
(選者の1人が後に書くところによると、最大の落選理由は作品的に落ちるからであり、しかし、おもしろいから売れるだろうと、別の場で語り合っていたとされる)
とも書いてありまして、まぁ「作品的に落ちる」のなら仕方ないかなとも思います。
面白いのに作品的に落ちる、というのが僕にはちょっとわかりませんが。 



あ、あと、これもミステリという印象はないのですが、「このミス」に入っていたので入れてみました。







天使と悪魔/ダン・ブラウン




本作は、超有名な『ダヴィンチ・コード』の前作に当たる作品です。


『ダヴィンチ・コード』にも共通して言えることですが、

・「薀蓄で知的好奇心を満足させてくれ」

・「サスペンスシーンでスリルを味わわせてくれ」

・「考えさせられるテーマ性を持つ」

上質のエンターテイメント作品です。
また、訳文が非常に読みやすいため、ライトノベル感覚でスラスラ読めるのも見どころで、
「ダヴィンチ・コード」が楽しめた方はぜひ、この作品も手に取ってほしいところです。


本作で特に印象に残ったのは真犯人のキャラクター造形。

「科学から恩恵を受けた、祝福された子供」(天使)から、「試験管で生を受けた、呪われた子供」(悪魔)へ……
本書タイトルが表しているのは、そんな真犯人の変貌ぶりでしょう。


「科学は人を破滅に追いやる」。
狂信者でもある真犯人の言葉には一片の真理があります。
科学の進化により、人類は、自らを一瞬で消し去る自爆スイッチを手にすることになりました。
一方で、発達した交通手段で遠隔地同士を瞬時に繋ぐ、インターネット上で大勢の人に文章を発表できる、
夜にも明かりを灯して活動できるなどなど、語りつくせないほど多くの生活の質的変化、向上がテクノロジーによってもたらされました。
科学の進歩によって癒されるようになった病、救われる命。
その結果、高齢化社会が到来するなど、単純な善し悪しでは語れない、科学の力。
 

宗教もまた、多くの人の心を救い、同時に多くの人の心を壊してきました。
そんな「宗教」と「科学」の力について。
二つの力の共存について考えさせられる、という意味でも本書はしっかりと私の心に根づいています。





マタレーズ暗殺集団/ロバート・ラドラム






一度読みだしたら、やめられない作品。
そう考えて真っ先に頭に浮かんだのが、本作品でした。
1000ページの作品は普段なら読了するのに4日ぐらいはかかってしまうのですが、
本書は2日で読み終えています。
とにかく面白くて、作品世界にグイグイと引っ張られていったのです。


仇敵同士のアメリカ諜報員スコフィールドと、ソ連諜報員タレニエコフ(タレエニコフだったかな……?)。
お互いがお互いの大切な人を奪い合った、そんな過去の因縁を持つこの二人が手を組んで、
世界滅亡を企むマフィア『マタレーズ』と戦うという、スリラー作品。
娯楽小説として、非常に力のこもった作品ですが、何といっても『マタレーズ』の設定が良いのです。


大企業・権力者に目をつけられ、卑劣な手段により潰されてしまったマタレーズ。
彼は世界への復讐のため、「マタレーズ評議会」を開催します。
大企業、権力者に恨みを抱き、世界の転覆を目論む5人の名士たち。
その席上でマタレーズ自らに命じられ、彼を、そして館の使用人達を皆殺しにしたのは、羊飼いの少年でした。
マタレーズの遺志を受け継いだ羊飼いの少年は、4人の名士たち(1人死んだ)とともに、暗殺集団を結成。
今や陰から世界を動かす力を得たマタレーズ、混沌をもたらすマタレーズに、スコフィールドとタレニエコフは立ち向かえるのか?


ラドラム作品の面白さは、俗に言う『厨二臭さ』にあります。ハッタリの描き方が実に良いのです。
設定だけをかいつまんで言えば、「ばかばかしい」と思ってしまうかもしれませんが、読んでみるとグイグイと引き込まれます。
この紹介記事ではそのハッタリの面白さを伝えることができないのがとても残念ですが、とにかく世界転覆の陰謀やら
肌に刻みつけられた血の刻印(うろ覚え)やら、そういった要素にワクワクできる人はぜひ読んでみてほしい作品です。




スコフィールドとタレニエコフがお互いを赦しあい、絆を深めていく描写や、
マタレーズの元愛人(今は老婆になっている)の孫、美少女アントニアの登場など、
定番ではあるものの、エンタメとして確実に面白くなる要素を出し惜しみせず、これでもかと入れてくる。
本作は、そんな贅沢な娯楽小説です。


この作品が気に入った方は、同じラドラムの「スカーラッチ家の遺産」もお薦めです。





ゴッドファーザー/マリオ・プーヅォ





ゴッドファーザーは、ファミリーの物語です。
マフィアの物語(固い結束で結ばれたマフィア組織は、ファミリーと呼ばれる)であると共に、
文字どおり家族の物語なのです。


マフィアといえば、犯罪、非合法、暴力など、血なまぐさいイメージを浮かべる方が多いと思います。
(そんなはずはないのですが)始終、ドンパチと抗争を繰り広げている、そんな感じです。
当たり前ですが、もちろんそんなことはありません。
彼らもまた私たちと同じように、悩み、迷い、苦悩し、時にはダンスを楽しんだりもします。
人を愛し、子供を愛し、人生を生きています。
本作で描かれているのは、マフィア組織の中で生きる等身大の男たち(女たちは多少影が薄いが一応登場する)です。


ゴッドファーザーは古典的な父親越えのプロットを踏んでいます。
主人公、マイケルの父親、ヴィトー・コルレオーネは
ファミリーを愛し、ファミリーを守り抜いた偉大なるドンでした。


そんなヴィトーの後を継ぐことになるのは、今までマフィアとは無縁の生活を送ってきた三男のマイケル。
ファミリーを守るため、父のような偉大なドンになるため、マイケルは奮闘します。
冷酷さ、厳罰を用いてファミリーの規律を引き締めていくのです。
それは、厳しさの中に寛容さを、そして何よりも愛をもってファミリーを守っていったヴィトーとは対照的なリーダー像でした。


「男は、ファミリー(組織)を守るために、ファミリー(家族)を犠牲にしてはいけない」
うろ覚えですが、そんなヴィトーの台詞があります。
しかし、組織の勢力を拡大していくにあたり、非情さを押し出したマイケルは、家族ですらも切り捨てていきます。
そして訪れるのは、全てを失うという結末。


家族の愛情に囲まれ、「人生はこんなにも美しい」と語って死んでいった父、ヴィトー。
本作は、偉大なる父を超えることができなかった、悲しい息子の物語なのです。



「ゴッドファーザー」といえば何よりも映画版が有名です。
実際、私も大好きな映画で、原作小説の良さを存分に引き出した名作だと思います。
しかし原作小説は原作小説でこちらも素晴らしい作品なので、映画版が気に入った方はぜひ小説版も手に取ってほしいです。
もちろん私のように、小説版を先に手に取り、映画を見るという順番でも構いません。


映画版は三部作になっていて、原作を映画化した1、2に比べ、オリジナル脚本である3の評判はいまいち良くありません。
しかし個人的には3も好きな作品なので、評判に尻込みすることなく三部作すべて、見ていただきたいと思います。


……ところで、「ゴッドファーザー」はミステリに入れていいんでしょうか?
何となく違う気もするのですが……。



以上、10作品が現時点でのミステリベスト10ということになります。
長文記事をここまで読んでいただきまして、本当にありがとうございました!




オマケ

次点:最後まで入れるか迷った作品たち


虚無への供物/中井英夫

ラストチャイルド/ジョン・ハート

利腕/ディック・フランシス

初秋/ロバート・B・パーカー

キングの身代金/エド・マクベイン

悲しみよこんにちは/フランソワーズ・サガン

鋼鉄都市/アイザック・アシモフ

針の眼/ケン・フォレット

殺人者/コリン・ウィルソン

リング/鈴木光司

死にゆくものへの祈り/ジャック・ヒギンズ


――

(クールで孤独な、男の哀愁を漂わせる主人公を描いた、印象的な3作品
「針の眼」、「利腕」、「死にゆくものへの祈り」のうち1つくらいはベスト10に選ぶべきだったかもしれない。
好きな物語体系にも関わらず、トップ10に漏れ、語れなかったのが残念)




オマケその2:「ホラー」を入れた場合、ベスト10、もしくは上の次点に入る作品


屍鬼/小野不由美

アイアムレジェンド/リチャード・マシスン

クージョor死のロングウォーク/スティーブン・キング

クリムゾンの迷宮/貴志祐介


(「バトロワ」も入れていることですし、これらについても入れてもよかったかもしれません。
ただそうするとますます収拾がつかなくなった気もします。
現時点でもトップ10は激戦区で、泣く泣く削った作品も多かったので)